第24話:チェックメイト

「ずばり、イタリアのフィレンツェです」


ぴんと張り詰めた空気がさらに凍えるのが青嵐には分かった。

その原因となっているのは腕を組んでぴくりとも動く気配のない教授の強烈な眼差しだった。


「根拠を聞こうか、私を納得させるほどのね」


「もちろんです、青嵐それ取って」


「これか?」


椿が指さしたのは客用の机に積み上げられた資料のうち数枚が重ねられたものだった。

手渡せば椿はありがとうと小さく笑って教授の机に資料を広げた。

椿の後ろから机の上に広げられた資料を覗き込んだ青嵐の目に飛び込んできた情報は、魔女のお伽話のとあるページを印刷したもの数枚だ。


どれも魔女が雨を降らせているシーンを切り取っている。

描かれる魔女の顔はまさに醜悪、青嵐の記憶にいる母親の顔とは似ても似つかなかった。

青嵐はそれが忌々しくて少し嫌な気分だった。


「これらの絵に共通しているものがあります、背景のここに」


椿の細くしなやかな指が示した先には円形の建築物のようなものが描写されている。


「資料はおよそ1700年前のもの、その頃のヨーロッパにこんなシンボルになる円形の巨大建築物なんて、コロッセオ以外にないでしょう?」


コロッセオが建造されたのは紀元前80年ほど、資料の年代にはすでに存在している。

そのイタリアのシンボルが椿が指さしていない他の資料にも描かれている、魔女のお伽話発祥の地がイタリアであることの何よりの証拠だ。


「確かに、割と簡単にわかるもんだな…」


青嵐は素直に感嘆した、まさか相棒がここまでできるだなんて思っていなかったからだ。


「ではなぜフィレンツェを選んだんだい?キミの言う証拠ではイタリアのどこだったとしても不自然ではないが」


そう、国を特定するところまでは良かった。

しかし地域を絞るにはこれでは根拠が足りない、例え当てずっぽうで当たっていたとしてもこの教授は認めることはないだろう。


「そう、これだとイタリアのどこでも不自然ではないです、でもこの資料と照らし合わせるとどうでしょう」


椿が次に差し出したのはとある絵画が印刷された一枚のプリントだ。

リアリティのある絵を描くことで有名な画家の書いた古い絵画、そこには他の資料と同じように魔女が雨を降らせる様子が描かれている。

そちらに描かれる魔女の顔はどこか涙ぐんでいるように青嵐の目には見えた。


「これが決定的な証拠です」


「ほう?」


教授が眉をぴくりと動かして椿の指先が示す部分を注視する。

今度彼女の指が指に示したのはなんの変哲もない教会、青嵐にはこの教会が何を示しているのかわからなかった。

ヨーロッパへの渡航経験のない青嵐だが、向こうではキリスト教が広く信仰されていて教会の母数が日本よりも圧倒的に多いことぐらいは知っている。


「この絵画はさっきの資料と同じ年代のものです、それにこの画家はリアリティを追求したことで有名ですよ」


椿の言う根拠、それがなんなのか青嵐にもようやく分かってきた。

それはしっかりと筋の通った根拠があるもので、教授を納得させるのにふさわしいものだと感じた。

椿は一瞬青嵐のほうをちらりと見て、彼が期待の眼差しで見ていることを確認した。

その期待に応えるように、椿は「詰め」の作業に入った。


「この年代のイタリアでこのサイズでこの建築方法の教会は『サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂』で間違いないです、そうですよね教授」


イタリアで最も古いとされるその大聖堂はフィレンツェ以外にあるはずもない。

椿の理論がかちりと音を立ててピッタリとハマった。


椿は最後に教授の方を見てなんとも憎たらしい、それでいて頼もしいものを感じさせるドヤ顔をした。



「チェックメイトですよ、教授」



先ほどまでの真面目な青嵐の見たことのない椿の姿はすでになく、そこにいるのは青嵐と軽口を叩き合う普通の女子高生の椿だった。


ぽつぽつと、雨音だけが響いて静寂が場を包み込んだ。

まるで賭けのせいでヒートアップした場の空気を冷やすようだった。


長い長い沈黙ののち、教授の口から出てきたのは長いため息だった。


「はぁ.........まさか本当に当ててしまうとはねぇ.........これは参ったよ」


教授は両手をあげて椅子の背もたれに体重を預けて自身の負けを認めた。

椿の理論が稀代の天才に追いついた瞬間である。


パァン、と乾いた破裂音が部屋に鳴る。

青嵐と椿は声をかけたわけでもなく、どちらからともなくハイタッチをしていた。

2人の顔は揃ってこれまでにないほどの微笑みだった。


「かなりの知識量がないと導き出せないはずなのだが、どうやら私はキミたちのことを甘く見ていたようだね」


観念した教授はポケットから小さな鍵を取り出す。

机に備え付けられた引き出しについた鍵穴に差し込み、回せばかちりと小さな音が鳴った。

引き出しから一冊の紙束を取り出す。


「お目当ての私の最新のレポートさ、まだ未完成だから発表もクソもしてないよ」


2人が心を踊らせながらサッと目を通すとそれはまだ世間に発表されていない最新の研究結果だった。

稀代の天才の現在地点が事細かに綴られていた。


「キミの予測通り、イタリアのフィレンツェが魔女の御伽話発祥の地だと予測されている、前に現地へ確認しに行ったら歴史のひっくり返る可能性がある証拠があるのがわかった、けどそれが手に入れられなくてねぇ………」


教授は今日いちばんのため息をつきながら吐露した。

憂鬱、まさにそんな言葉がぴったりなため息だ。


目の前にいる天才でさえ手に入れることが困難なものとは一体なんなのか、一般人である2人にはわかるわけもなかった。


「現地民の中でも情報を持っている魔女を信仰している団体、通称“魔女教”がなかなか頑固でね、交渉が難航しているんだ」


「魔女を信仰って…」


何を食べたらそんな厨二病くさい団体名になるのか青嵐にはわからなかったが、その魔女教とやらが面倒そうなのだけはわかった。

そしてもうひとつ、その名を聞いて青嵐は少し憤りを覚えた。


「人の母親を信仰…?イカれてんじゃねえのか?」


いや少しではない、いつもの口調が砕けるほどに青嵐は怒っていた。

青嵐が愛してやまない母親、その母親が自身の知らないところで神格化されて信仰されているのが苛立ってしょうがなかった。

自分だけの母親が名前も顔も知らない誰かに女神のように扱われている、

青嵐の独占欲をその事実は刺激してしまった。


「確かに母さんは美人だよ、優しいし惚れちゃうのも理解はする、だが人の母親を信仰するなんて…」


やれやれと言った感じだった。


「なんとなくこうなる気がしたんだがねぇ…」


大事で大事で仕方がない母親がこんな扱いを受けていると知れば青嵐は怒るであろうことを教授は考えていた。

そしてそれは現実となってしまった。


まるで青嵐の心情を表しているかのように雨が強く窓を叩いた。


賭けに勝利した椿の顔は赤く上気していた。



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魔女と呼ばれる義母が失踪したので追いかけようと思います GOA2nd @GOA2nd

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