第22話:証拠の必要性

椿が綾小路沙夜教授ではなく、女大生である伊達沙夜に問いかけた。


「そちらにも答えなければならないね、そうだねぇ、“魔女”という存在について精神的には………」


ごくりと唾を飲んだ。


窓にポツポツと雨が当たっている。

続きの音が紡がれるのを今か今かと待ち侘びた。


「信じているね」


青嵐は嬉しかった。

椿とは違い、人の影響を受けずにはっきりと自分自身の意思で魔女を、青嵐の母親を信じてくれる人が地球上にいてくれることが嬉しかった。


「私自身不思議で仕方ないのだがね、そういう妄信的な存在がいない事を証明するのが生き甲斐のひとつなのだが、五月雨さんが嘘をついてるようには見えなかったからね、魔女というよりは五月雨さんの事を信じているさ」


「そうか………そうか」


何とも言えない嬉しさが込み上げてきて、青嵐はまともに喋れなかった。

青嵐の視界の端で椿が微笑んでいる。


魔女を名乗った母親、彼女の言葉が真実だと信じ続け、孤立し1人歩いてきた青嵐。

しかし今の青嵐は孤独ではない、彼を信じる親友が、そして同じように母親を信じる先輩がいた。


「他に私にできることは?」


「世に出てない資料を戴けないでしょうか?」


「いいだろう、そこの棚にまとめられているから、見るなり写すなり写真を撮るなり好きにしたまえ」


「ありがとうございます、では遠慮なく」


テキパキとより多くの情報源を得ることに成功した椿、これでより魔女に近づける事は間違い無いだろう。

机の上にある紙1枚をとっても2人にとっては貴重な情報源だ。

真実に近づくために間違いなく必要なもの、靴を舐めてでも頂戴するべきものだ。


見たことのないような資料に目を通す。

自身の考えが論理的に肯定されていくのがわかる。

欲しい情報が次々と脳にインプットされていくのが堪らなく楽しかった。


しばらくして青嵐に、ひとつの疑問が浮かんだ。


突拍子もない問い、返答によっては自分自身の努力が全て消えてしまうが青嵐の望む結果が得られる問いだ。

目の前にいるのは考古学界の若き権威、聞けることは今のうちに聞いておくのが1番だろう。


「なあ教授」


「何かな」


資料を見る手を止めた青嵐の声かけに綾小路教授は答える準備をした。


「もしもの話だから参考程度に聞いておきたいだけなんだが………」


「ほう?」



「もしあんたの立場で『魔女はいる』って声を大にして言ったら、世間の認識は変わるか?」



ぱりっと、空気が一瞬で張り詰める気がした。

ぱらぱらと分厚い資料をめくる椿の手がぴたりと止まる。


綾小路沙夜教授は右と言ったら右、左と言えば左になるほどの権力を持ち合わせている。

もしも、IFの話ではあるがもしそんな彼女が青嵐の母こそが魔女の正体であると、魔女は存在すると言えば、世界はそれを認めるのだろうか。


一瞬だけ顎に手を当てて考え、教授として綾小路は返答した。


「不可能だ、可能性が限りなくゼロに近いだろう」


「やっぱりか………」


いい返事なんて初めから期待していなかった。


よくて払えない対価を要求されて、悪くてバカにするなと怒られる、もとよりプラス方向に向かうような質問ではなかった。

青嵐は少しだけ卑怯な手を考えてしまった自分に対してもやっとした何かを抱いた。

世間に無理やり認めさせる、そんなことは母親は望んでいないだろうに。

まっさらな紙をくしゃくしゃにしたいような気分だった。


「だが明確な証拠があれば話は違うね、証拠さえあれば世間は認めざるを得ないのさ、今それを探している段階なのだがね」


明確な、覆すことが不可能な証拠だ。


弱小だったサッカーチームが優勝し、翌年も強さを発揮してまぐれだと言い張る人を黙らせるように。

世界中の人が、老若男女問わず全ての人が認めるような動かぬ証拠を突きつけさえすれば母親の存在は証明されるのだ。

でなければ世間は認めるわけがないだろう。


「………なら、その確かな証拠がある場所に心当たりは?」


ふっと、沙夜が青嵐の質問に対して小馬鹿にしたように笑った。

窓を叩く雨の音が強くなった気がした。


「ありはするが、キミには教えられないね」


「理由は?」


「少々事情が複雑でね、専門知識もへったくれもないガキに荒らされたら研究自体が停滞することになる」


何度も言われてる通り、青嵐達に専門知識も技術もない。

時間をかけてじっくりと進めている研究を破綻させられるのは教授にとってマイナスでしかない。


目の前の天才はその研究でご飯を食べているのだ、収入源を潰されるなんてたまったもんじゃないだろう。


「じゃあ、何をしたら教えてくれる?」


しかし青藍だって引くわけにはいかない。

母親の情報があるかもしれない場所だ、そんなの何が何でも知りたいに決まってる。

すでに青嵐の欲しい情報は母親の居所だけではなく母親の過去も範疇になっていた。


「何をしても、だね、リスクカットは基本さ」


「そうか………」


「要は現地人への対応が酷かったら困るんだ、少なくとも目上の人に敬語も使えないガキに教えるわけにはいかないさ」


「うっ…」


「ほぅら私は教授だ、敬え敬語を使え」


「ごめん…申し訳ありません…」


綾小路教授のユーモアを交えつつも少し冷ややかな視線を感じて青嵐はぎこちなく目を逸らした。

親しみやすいから頭から抜けていたが、目の前の教授は青嵐にとって間違いなく目上の相手だ、青嵐が言い返す筋などあるはずもない。


「では教授、一つよろしいでしょうか?」


ぱたん、と資料のファイルを片手で器用に閉じて澱んだ空気に椿が切り込んだ。





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