第21話:論理の化け物

教授となるのは果てしなく難しい。


まずは大学院を卒業して博士号を取得するところからスタートする。

博士研究員となり、そこから研究機関にて研究を重ね、学会で認められるような実績を積むことが必須となる。

助教から講師、講師から准教授、そして准教授からようやく教授となるのだ。

一般的に大学教授となるのは40代、50代でようやくなる人も多い。


そんな群雄割拠の業界で、史上最年少で教授の座へと登ってみせた天才がいた。


名は綾小路沙夜。


中学に進級すると同時に渡米、新天地で才能を遺憾なく発揮してあれよあれよという間に連続で飛び級、日本では同年代が高校受験でひいひい言っているのを尻目に、彼女は大学院の卒論と格闘していた。


専門分野の考古学において、若い視点による真新しいオリジナリティに溢れつつも理論的な考察は学会で認められ、何度か教科書の記載を変更させた程である。

若くして考古学の重鎮となった天才、新時代の怪物、それが綾小路沙夜に対する世間の共通認識だった。


そんな若き天才である綾小路沙夜が現在取り組んでいる研究対象、それこそが“雨”だった。


非現実的な方法で降り出したとおとぎ話で言われている雨、いつから降っているか、なぜ降り始めたのか、それは謎に包まれていた。

人類史上最大級の謎に挑もうとしていた。


頬杖を突いてにんまりと笑う伊達、ではなく綾小路教授、青嵐も椿もまだ事態を把握できていなかった。


「それでどこから聞きたい?論文を読んだのならある程度は問題ないだろうが、同郷のよしみというやつだ、説明だってしてやろうじゃないか」


「えっと?ちょっと待ってください?」


椿の頭に大きくハテナが浮かんでいる、青嵐だって同じだ。


「伊達さん、あんたが綾小路沙夜教授なんだよな?」


「その通りさ」


「つまり俺があんたを探していることを知っておきながらおちょくっていたと?」


「とても愉快だったよ」


「絶対に許さねえこいつ」


詰まるところ、青嵐は教授の手にひらの上で踊らされていたわけだ。

目の前で会話している人物が教授本人だという事に気づかず、その様子を観察され楽しまれていた、実に滑稽だった。


「中々に面白い演出だっただろう?幼馴染の姉が実は教授でしただなんて、私には作家の才能もあるのかもしれないねぇ」


高そうな机をバシバシ叩いてゲラゲラ笑っている、青嵐はその姿が憎たらしくて仕方なかった。

天才の考えることは常人には理解できないというが、それは本当のことなのかもしれない。


「というか何で偽名使ってたんだよ」


「別に偽名というわけではないさ、今は『綾小路』だが、旧姓は『伊達』だからね、使い分けているというわけさ」


「片親なのか?」


「ちょっと青嵐」


普通は察して聞くことではないことを青嵐は堂々と聞いた、椿が失礼ではないかとヒヤヒヤしている。

血縁者のいない青嵐には片親だからどうとか、そんな考えは微塵もない。


「私の両親は今も仲睦まじいさ」


「え?では教授はなぜ旧姓が?」


「そりゃあ、私は結婚しているからね、この国では夫婦別姓が認められていないだろう?」


銀色に鈍く輝くネックレスの先に付けられた1対の指輪を指で弄りながら、サラッと返答した。

数秒間の沈黙を切り裂いたのはまたもや椿の絶叫だった。


「ええ!?既婚者なんですか!?21歳なんですよね!?」


「そうだが?色々あって今は独身だがね、まあ偽名が必要ないなら幾つになっても私は『綾小路』で生きるがね」


教授の深い目はどこか虚げで、遠くを見つめていた。

それ以上を聞く勇気なんて、青嵐も椿も持ち合わせていなかった。


「さあ時間は有限だ、本題に移ろうじゃないか」


自らの手で話題を切り替えてくれるのだからありがたかった。


「青嵐、ほら」


椿が青嵐を肘で突いて喋るように促す。

2人が知りうる中で最も魔女の根幹に近い人物は多忙だ、少しでも時間を有効に使わなければならない。


「じゃあ………教授、貴方は魔女は存在していると思うか?」


「それは、論理的になのか精神的になのか、どちらだい?」


「両方、はダメか?」


「欲深いが問題ないさ、日本人はもっと欲を出していかなければならないからね、ではまず論理的に話そうか」


棚から資料をいくつか取り出す教授、青嵐の前に並べられたのは青嵐も図書館やパソコンで幾度となく目にしたものばかりだった。


「私の論文を見つけたんだ、これらの資料には目を通した筈だ、違うか?」


「全部見た、これで俺達は雨が降り始めたのが少なくとも1000年以上前だと断定したんだ」


「専門知識も技術もない中でそこまで出来れば上出来だろう、褒めてやってもいい」


「やったぜ霞草」


「やったね青嵐」


界隈の重鎮に褒められるというのは案外嬉しいものだった。

第一、先程までいじり倒してきた相手が真面目に褒めてくるのは少々こそばゆいものであるのだが。


「キミ達が目を通した資料だけではない、まだ世に発表されていない資料にも共通点があるのだが………わかるかい?」


そのクエスチョンに対するアンサーは青嵐ではなく椿が答えた。


「全部、誰かが雨を降らせたことになっていることですか?」


教授は嬉しそうに笑った。


「正解だ!素晴らしい」


椿は満更でもなさそうな顔をして称賛を受けた、髪を人差し指で弄っている。

青嵐は教授の細い指先に視線を移す。

その先にはどれも雨が降っているという記述、そして何より黒幕が存在するという記述がある。


「理解したかい?この資料には『かつて何者かが降らせた雨』、こちらには『西洋人の降らせた雨』との記述がある、資料に間隔が開いているから表記揺れする事はあり得る、だがどの資料でも明確に人に原因があるとの記述があれば、おとぎ話の魔女のモデルとなった人物が存在する可能性は濃厚となる、以上が私の論理的な解答だ」


綾小路沙夜が天才と呼ばれる所以の片鱗を垣間見た気がした。

彼女の確かな経験、技術、知識、その全てが一息に美しく詰められているのを、青嵐は理解した。

今2人の目の前にいるのは年下を揶揄って楽しむ大学生はいない、世界に認められたギフテッドがそこにはいた。

その姿に青嵐は感嘆し、綾小路沙夜の教授としての面を尊敬した。



「………それで、精神的にはどうなんですか」



椿が、綾小路沙夜教授ではなく、女大生である伊達沙夜に問いかけた。





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