第20話:伊達の正体

コップを返却口に戻し、カフェテリアの外へと歩き出す。


考古学科のある方へ、大学生の波に飲まれて同じ方向へ歩みを進める。


普通に歩いているだけなのに。


「こんにちは伊達ちゃん!」


「ああ、こんにちは」


こんな調子で伊達は至る生徒から挨拶をされる。

青嵐がチャットで椿の怒りを宥めている間もよく挨拶されている。


「伊達ちゃ〜ん、次の講義の時間に店長が勝手にバイト入れちゃったから何とかしてよ〜!」


「別に構わないが、お代は高くつく事になるね」


「勘弁してよ〜」


「なら、大人しく欠席するといい」


「伊達ちゃんのけち〜」


何て事のない大学生の日常会話が目の前で繰り広げられている。

自分だけ蚊帳の外になっていて、青嵐は少しつまらなかった。

ようやく自分を知る人と出会えたというのに、自分は相手にされないのが少し気に食わなかった。


しばらく進むと椿と彼女が待ち合わせていたであろう案内人の職員が扉の前で待っていた。

扉には考古学教授室の表札がある、目的の綾小路教授はここにいるらしい。


椿も青嵐に気づいたようで、スマホから顔を上げるなり指をさして大きな声を出した。


「あ!いた!」


「すまない、少し誘拐されてた」


「まったく………どんだけトイレしてるのかと思ったら大学生のお姉さんに逆ナンされてついて行ったと、私という女がいながら酷いやつだよ青嵐は」


「ほぼ誘拐だしいつからお前は俺の女になったんだ」


風評被害にも程がある。

確かについて行った青嵐も悪いが、元凶は椿が青嵐を叱る様子を見てくすくすと笑っている伊達で間違いない。


青嵐にそこまで言われる筋合いはない。


…最終的には自分の意思でついていったことを否定はしないが。


そういうちょろいところがあーだのこーだの言われ、青嵐はもはや反論する気もなくなった。


「まあその辺にしておいてやるといい、幼馴染と再開すれば積もる話もあるものさ」


珍しく伊達が出した助け舟に、椿は一瞬固まり伊達の顔をじっと見た。


「………幼馴染ぃ?」


「らしいです」


「まごうことなき幼馴染さ、青嵐が小さいガキだった頃から知っているからねぇ」


青嵐は敬語で、伊達は面白そうに弾む口調で対照的に答えた。

数秒間沈黙が続き、その次に待っていたのは椿の絶叫だった。


「はあ!?幼馴染!?めちゃくちゃ重要人物じゃん!?」


「随分と愉快な恋人を作ったじゃないか」


「友人だ、履き違えないでもらおうか」


「私はいいと思うのだがね、どこか五月雨さんに似たところもある、シャイだったキミが恋するのも納得というわけさ」


「このバカにどう恋しろと?」


混乱している椿に軽い罵倒なんて届くはずもない。

椿を見る伊達の目は、どこか遠くを見るようで、魔女の姿を懐かしむようだった。


「ちょっと詳しく話を!」


「追々話そうか、案内ご苦労だったね、もう構わないよ」


「高校生とはいえお客様なんですから、あまり意地悪しないでくださいよ?」


「善処しよう」


慌てる椿を横目に伊達はつばきを案内して来た職員に仕事に戻るように促す。

部屋の前まで来てしまえばもう案内はいらない、椿はぺこりと頭を下げて職員を見送った。


「それで確認だが………キミ達は綾小路教授に会いにきた、あっているかい?」


「あってる」


事実確認を済ませると、伊達はまたもやニヤリと悪い笑みを浮かべて見せた。

その笑みに青嵐は嫌な予感がしてどうしようもなかった。

「入ろうか」と思いドアをノックもせずに押し開ける伊達、恐る恐る彼女の後に続く2人。


綺麗にファイリングされた資料が本棚にしまってある。

アンティークのような天球儀が端に置かれた広い机の上には紙束がいくつも重ねられてタワーが1棟も2棟も建設されている。

焦茶の高そうなソファが向かい合わせに2つも置かれていた。

机の上に置かれたネームプレートには『綾小路沙夜教授』と金の文字が刻まれている。


間違いない綾小路教授の部屋だ。


机に向かう椅子に座る人物、その人こそが綾小路教授、なのだが。


「………居ねえ」


「居ないね」


その椅子に座る人物は不在だった。


「………アポ取ったんだよな?」


「その筈だけど」


大切な急用だろうか、出直した方がいいかと考え始めた青嵐と椿。

それを止めたのは終始笑顔だった伊達であった。


「まあソファにでも座りたまえ、急ぐ必要などないだろう?」


「でも…」


「いいからいいから」


2人に座るように促す、浮き足立つ伊達の足はソファではなく奥の教授の机に向かっていた。

赤い縁の眼鏡を外して机の上に置く、服の下から出したチェーンネックレスの先にはふたつの指輪が吊るされていた。


「それで、論文について聞きたかったのかな?」


嫌な予感がより一層増した。


先ほどのように青嵐の悪い予感はだいたい当たる、今回だって例外なわけがない。


青嵐の直感が告げていた、教授の椅子に腰かけようとする幼馴染の姉、彼女の正体が何者であるかを。

伊達は青嵐に自分が大学の『関係者』だと名乗った。



そう、彼女は自身が大学の『生徒』だなんて一度たりとも名乗っていなかった。



「そこって教授の席じゃ………」


椿の言葉に、伊達の口角がより高くに上がった。

眼鏡を外したことでより大人の妖艶さが宿った唇が声を紡ぎ出す。



「一体いつから私が教授ではないと錯覚していたのかね?」



少年のような悪戯を成功させた妖艶な大人は嬉しそうだった。


「改めて自己紹介を、大学生:伊達沙夜であり、教授:綾小路沙夜だ、さあ少年よ何から聞きたい?」


そこに座って口角を釣り上げていたのは、若くして教授の座に上り詰めた現代考古学の権威だった。




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