第17話:衝撃の再会
青嵐と椿の通う学校は私立高校で、生徒の数が多い。
地域の学校とは比べ物にならない程には生徒の数が多く、よくいえば個性的、言ってしまえば自身が上の人間だと確信する生徒が多いのもあって騒々しい。
だが今2人のいる場所には高校以上の数の人がいて、高校と比べて上品な騒がしさがあった。
「I came to the university.」
「なんで英語なんだよ」
「理知的に見えないかなって」
「わざわざ英語で言う時点でバカ丸出しだ」
「ミスっちまったか〜」
その騒がしさに混じっていつも通りの会話を繰り広げつつ構内を歩く青嵐と椿、見慣れぬ景色に四苦八苦しつつも進んでいる。
椿企画の突貫大学ツアー、2人は今綾小路教授の元を訪れに鹿児島の大学へと来ている。
飛行機に乗って数時間、遠い鹿児島まで来た2人は結構有名な旅館に荷物を置いてからすぐに大学へと直行した。
その代金は当たり前だが自己負担、だと青嵐は思っていた。
「………なあ霞草」
「なに?」
「やっぱり自分の分ぐらい払わせてくれないか?申し訳なさ過ぎる」
「もう払ったから無理で〜す」
昨日に鹿児島へ行く話をされたせいもあり、旅費は青嵐の分も椿が既に払ってしまっていたのだ。
金持ちだからダメージはそこまでないのだろうがそれでも女性に全額負担させるなんて、青嵐のプライドが許すわけなかった。
しかし椿は払わせないの一点張りで、最早手遅れとなっている。
「手伝うって言ったでしょ」
「金銭的に手伝うとは言ってないだろ」
「女の子の好意は無碍にしないんでしょ」
「それを出してくるのは反則だろ」
母親が言いそうな事で青嵐を牽制してしまえば、彼は何も反論することができなかった。
はあ、と青嵐は呆れてため息をついた。
高校とは比べ物にならないほど広いエントランスホールの真ん中に行くと、椿は立ち止まり、周囲を見まわして何かを探している。
「どうしたんだ?」
「ここで教授のところまで案内してくれる人と待ち合わせしてるんだけど………ちょっと早過ぎたかな」
スマホの画面に表示された時刻をチラリと見る、まだ昼前の中途半端な時間だった。
「あと何分だ?」
「20分ぐらい」
「なら先にお手洗いに行ってきていいか?」
「いってらっしゃい」
許可が出たところで青嵐は小走りでトイレの標識を目指した。
漏れそうというわけではないが、これから話を聞くのに途中で抜け出すなど失礼極まりない。
今のうちに行っておくのが正解だと考えた。
男性を示す青い紳士のピクトグラムの方へ進み、トイレを済ませて手を洗った。
当然のようにハンカチをポケットに常備している青嵐は手を拭いて、変なところがないかを鏡で確認してからトイレを出た。
ちょうど、まるで照らし合わせたかのようなタイミングで反対側の女子トイレからも1人大学生が出てきた。
ふとその眼鏡越しに目が合い、青嵐は軽く会釈をして椿の元へ戻ろうとした。
「ん?そこのキミ、少し待ちたまえ」
しかしその女性が青嵐が立ち去るのを止めた。
明るい茶髪のロングと赤い縁の眼鏡が似合うその女性は青嵐の顔を覗き込んでうーんと唸った。
「な、何か用ですか?」
青嵐は困惑せざるを得なかった。
「いや、人違いだったら悪いのだが………キミは五月雨青嵐かい?」
青嵐の思考が停止した。
目の前の女性は今確かに『五月雨青嵐』と、自分自身の名前を呼んだのだ。
「なんで俺の名前を………」
「やはりそうか!いやぁ最後に見た時から随分と成長しているものだから確信がつかなかったが、正解でよかったよ!」
大きくなったなと、手で自身の背丈と自身より高い青嵐の背丈を比べる嬉しそうな女性、彼女を前に青嵐は口を開けて驚いた。
「んん?そんなに驚くとは、私との再会が余程嬉しかったのかい?」
「………最後に会ったのって、いつでしたっけ」
記憶が欠如していることが悟られないように、青嵐は不自然にならないよう問いかけた。
そうせざるを得なかったのだ。
「んん〜………確か私が中学3年の時だったから、キミが小5のとき………」
「それは本当か!?」
青嵐は小5という部分に喰らい付いた。
彼女は青嵐のことを知っている、しかし青嵐は彼女のことを知らなかった。
しかし今ので納得がついた、彼女は知っているのだ、昔の青嵐を。
わかりやすく言えば青嵐が探している自身の幼少期を、目の前の女子大生は知っているのだ。
突如訪れたまたとない大チャンスを逃すほど青嵐はバカではなかった。
突然大きな声を出し、敬語をやめて豹変した青嵐に女性は驚いた。
「あ、ああ、その筈だが」
「じゃあ………」
青嵐はようやく探し求めてきた記憶の手がかりを掴みかけた。
「あっ…霞草……」
しかしその時青嵐の視界の端に、スマホをスワイプして自身を待つ椿の姿が映った。
椿のことを待たせ過ぎるのは悪い、しかしこのチャンスを逃すわけにはいかない。
葛藤が止まらなかった。
椿と目の前の女性を何度も行き来する青藍の目を見て、女性は青嵐が誰かを待たせていることに気づいた。
そして椿とはまた違う、大人の色気をたっぷりと含んだ笑みを浮かべた。
「こんなところで話すのもアレだ、カフェテリアにでも行くとしよう」
「いやでも………」
「私とキミの仲じゃないか!今更水臭いぞ青嵐」
「いやちょ……せめて一言……」
少し抵抗する青嵐の腕を掴んで強引に椿とは真逆の方面へとズカズカと進んでいく。
青嵐はろくに抵抗することもできず、椿はスマホに夢中で連れ去られる青嵐に気づかない。
「…霞草すまん………」
知らない過去に対する好奇心は、椿への申し訳なさを踏み倒してしまった。
青嵐の静かな謝罪は、エントランスホールの上品な騒がしさに一瞬でかき消され、椿の耳に届くことはなかった。
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