第15話:突貫旅行
いつも通りのある日のこと。
傘を差して淡々と学校から家に帰る青嵐、スマホで雨が降り始めた年代を調べるために資料を漁りつつ、普通に帰宅していた。
家に着いたら玄関の鍵を解錠してドアを開ける、ただいまと言えば返事が返ってこない。
「おかえり」
返事があった、あってしまった。
存在してはならないものがそこに存在していた。
「…はあ」
青嵐は小さなため息を吐き出した、一瞬驚いたものの声と小綺麗に置かれた靴と淑やかに置かれたピンクのキャリーケースのせいで誰がいるのかよくわかった。
リビングのドアを押し開けたらさも当たり前かのように椿が制服姿のままソファに寝転がっていた。
「お前何やってんの?」
「寝転がってるだけ」
「いやそうじゃなくて、なんで鍵閉めてたのにうちにいるんだよ」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに自信満々な笑みを浮かべて起き上がる椿、それに対して何か恐ろしい気配を感じる青嵐。
「聞きたい?」
「言っておくがお前に拒否権はない、質問じゃなくて尋問だ」
「乙女にそんなことするんだね」
「付き合ってもない男の家でTシャツ1枚でうろちょろする乙女が何処にいる?」
「ごめんて…」
椿の顔が赤くなった、彼女にとって相当な黒歴史となりつつあるようだ。
少し茶化した空気をこほんと咳払いで振り払い、椿は話し始めた。
「それはそれとして、ダメじゃないか相棒」
「何が」
「あんな分かりやすいところにこいつを隠してたら空き巣に入られるぜ?」
椿はポケットから1本の鍵を取り出した、紛れもなく青嵐の家の鍵だ。
「お前やりやがったな」
もしどこかで鍵を紛失してしまった時のために青嵐は鍵を庭に隠していた。
ひとり暮らしだから鍵がないと家に入れないし鍵の会社に連絡するのも面倒だからだ。
正直なところ、場所を聞いたところで見つけられるかすら怪しい場所に隠してあったから椿が見つけたのは想定外だった。
いや寧ろ発見したのが目の前のバカで良かったのかもしれない、宝探しの如く人の家を探検しそうだが悪いことはしないだろう。
「まあいい、それはやるよ」
「え、いいの」
それはそれで椿の想定外だったらしい、素っ頓狂に口を開けて驚いている。
「これからうちに来ることあるだろ、俺がいなかったら入れないだろ?」
椿ぐらいなら鍵を持たせていても問題ないと青嵐は判断した。
「…青嵐さ」
「なんだよ」
「よく私に無防備だっていうけど青嵐も無防備だよね」
「そうか?信頼から渡してるんだぞ」
「知り合って数週間ぐらいの女子を鍵渡すぐらい信用するのは無防備だと思うよ?」
「お前だから渡してんだよ」
流石の青嵐でもそんなホイホイと鍵をばら撒くようなことはしない、信頼してるからこそ渡すのであって別に無防備なわけではない。
「私も青嵐だから薄着だったんだけど」
「初日からやり過ぎだバカ」
椿の主張も理解できる、しかし青嵐の主張はまさに正論だった。
荷物をダイニングテーブルに投げ捨てるように置き、青嵐は椿の隣に腰掛けた。腰が少し沈むがスプリングの反発力が2人分の体重をしっかりと支える。
「それで、今日はなんだ?」
再びよくぞ聞いてくれましたと笑う椿、その笑みに青嵐は嫌な予感を感じた。
「明日から鹿児島に行かない?」
「いやだ」
「なんでよ!?」
「当たり前だろバカ」
ドヤ顔で言ったが断るのは当たり前だ。
前日に突然知らされたところで準備できていない。
それに私立高校に通っても通帳の数字は揺るぎない程には金持ちなのだが、一人暮らしの青嵐にとって旅行なんて金を浪費するだけで無駄な事だ。
「その突貫旅行の引率をして俺になんのメリットがあるかプレゼンしろ」
「引率とはなんだね引率とは」
ブーブー文句を言いつつも椿はスマホを取り出し少しだけ操作をしてから青嵐に画面を見せた。
煌々とする画面には『雨と魔女の存在についての可能性』とタイトルの付いた論文があった。
青嵐は目を見開いた、調べる方向を修正してから手に入る情報は増えたが、それでもわずかだった。
だが椿の持ってきた情報はどうだろうか、内容によっては母親に直通する大きなものだった。
「ちょっと貸してくれ!」
「まあ聞きなって、後でリンク送るから」
青嵐がスマホを奪い取ろうとするのを椿がひらりと躱した。
焦る青嵐を飄々とした口調で諌める椿、まるで青嵐の行動が全て読めているようだった。
「この論文書いた人が鹿児島の大学にいて詳しく話を聞きに行こうってわけ、わからないことは専門家に聞くのが1番だからね」
その通りでしかなかった。
今の自分にメリットしかないことがわかった瞬間、青嵐の決断は迅速過ぎた。
「よし明日行こう、いや今すぐ行こう」
「焦り過ぎだよ、まあ明日行くつもりだったんだけど」
「本気の突貫旅行じゃねえかよ」
通りで荷物が多いわけだ、キャリーケースなんて大きいバッグを持ってきたのも頷ける。
しかし青嵐には一つの懸念点があった。
「明日も平日だぞ、学校はどうするんだよ」
鹿児島まで行って論文を書いた教授に話を聞いて帰るなんて、間違いなく日帰りでは不可能だ。
とはいえ数日も学校を休んでしまうのは無遅刻無欠席を貫きたい青嵐にとって致命的だ。
「………ふふ、あっはっはっは!!」
三度、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑みを浮かべて高笑いをする椿。
青嵐は正直その高笑いが雷が鳴ることよりも怖かった。
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