第14話:純粋な興味

喫茶店に行く前よりも机にできた本のタワーが比べ物にならないほど高かった、それはより調べることが増えた証拠だった。

先程までとは違い広い部屋には青嵐ひとりしかいない。


「あった」


青嵐は縦書きの文章を指でなぞり、目的の部分で止めた。

そこにあるのは紛れもなく雨に関する記述、江戸初期についての文献から探し当てた青嵐にとって重要な意味を持つ一文。

誰もが見たことのある浮世絵と共に綴られていた。


「江戸時代にはもう降ってるのか」


雨が降り始めた時代を探す青嵐、江戸時代にはもう降っているから少なくとも400年近く前から雨は降り続けている。

まだ文献はたっぷりとある、もっと昔のことが出て来る可能性だってある。


「…途方もないな」


本は少なくとも10冊以上はある、数日間学校にも行かずにここに通わなくては到底読み切れないだろう。

元より覚悟していたことだ、青嵐は再び1文字ずつ実直に向き合った。


「途方もないから2人でやるんでしょ?違う?」


広くがらんとした部屋の中でわざわざ隣の席に誰かが座る、椿だ。


「そうだったな」


椿はトートバッグに手を突っ込み、財布を取り出しその中から喫茶店のお釣りを青嵐の横に少し乱雑に置いた。

ありがとうと一言足して青嵐はそれをしまった。


「なに置いてってんの、私が太ったらどうするのよ」


椿はため息を吐きつつも積んである本を一冊手に取り、読み始める。


「その辺走ってたら痩せるだろ」


「そんな簡単に痩せないんですぅー!」


この男子め、椿は睨みをきかせて訴えかけた。


「脂肪ってすっごく付きやすいけど落とすのは大変なの!」


青嵐は無言で椿の方を見た。

正確には組まれた腕に持ち上げられる柔らかく膨らんだ双丘にだ。

椿は割と着痩せするタイプだ、服の上からだとわかりにくいがTシャツ1枚だったり強調されたりするとわかりやすいが椿は持っている側の女子だ。


「………確かに落とすのは難しそうだな、重そうだし」


「どこ見て言ってるのかな?というかこの間家行った時も見てたよね?」


バレていた。


青嵐の家に行った時にチラチラと見ていたことにも気づいていた。


「悪かった、けどそんなに強調されたらそりゃあ視線は行くぞ、無防備なお前が悪い」


青嵐だって男子だ、Tシャツ1枚で家を彷徨かれたり、胸を強調するような事をされるとその引力に視線が抗えない。

つまり椿が悪いのだと主張した。


「というか気づいてたならちゃんと服着ろよ」


「うっ…それはさ…」


至極真っ当な指摘に椿は狼狽えた。


「で、でも青嵐が見なければいいじゃん」


「うっ………」


それもまた至極真っ当な指摘だった。


「そんなえっちな子に育てた覚えはないんだけどなぁ」


「俺はお前に育てられた記憶がないな」


「見るのも程々にしてよね」


椿は勝ち誇ったように笑った。

その反応に青嵐は何故だか無性にムカついた。

少なくとも椿の手のひらの上で転がされている現状が気に食わなかった。


「なあ霞草」


「なにかな?えっちな青嵐くん?」


「お前は大きい犬を見たらどう思う?」


「え、大きいなって思うけど」


「それと同じだ、お前の胸を見ても変な気は湧かない」


椿の胸を見てしまうのは純粋な興味、性的な目的など1ミリもないと言う。

そんなの嘘に決まっているのだが。

勝ち誇った笑みは一瞬にして消え去った。

そして青嵐を見る眼差しがとんでもなく冷め切ったものへと変化していた。


「青嵐さぁ…そういうところあるよね…」


はあ、と間違いなく今までの人生で最も大きいため息を椿は吐き出した。

確かに青嵐は椿の手のひらの上から脱出できたが、代償に人として大切な何かをなくした気がした。

哀れみの念をダダ漏れにしたまま椿は再び本と向き合った。


「なんだよその目は」


「別に?どうせ私は魅力がない女ですよーだ」


「ああもう、悪かったよ」


女子という生き物の扱いは何故こうも上手くいかないのだろうか、同年代の女性とまともな会話をしたことのない青嵐にはわからなかった。


「母さんは俺に女性の扱い方は教えてくれなかったみたいだな」


記憶がなくても母に教わっていれば無意識にそう言う発言をする。

つまりそれは自身が母から女性の扱い方を教わっていないと言うことだと青嵐は主張した。


「それは自分でなんとかするべきだと思うな」


青嵐は返す言葉を持ち合わせていなかった。

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