第24話
「
ペネロペが何もない虚空へ向かって拳を突き出す。
するとそれに合わせて右のガルギュルクディオが連動、拳を固めて七種を殴り飛ばした。
テレビの中でしか見ないロケットパンチを実際に食らった感想が、七種の脳裏に走馬灯のように浮かんでは消える。
速い、風圧、デカい、硬そう、当たったら痛い、骨が折れる、内臓破裂?
そんな目まぐるしい想像を断ち切る、想像以上の衝撃。
辛うじてノーチサーヴァを挟み直撃こそ避けたものの、その勢いは軽自動車との衝突と相違ない。
「か、っは……ッ! お、も……っ」
「正義やないけど、鉄槌はくださしてもろたで」
『だ、大丈夫七種っ!?』
「う、うん……なんとか」
「まあこれ試合やのうて殺し合いやし、怯んどる敵がおんねやったら追撃するわなぁ」
『七種、ヤバいよ! 構えてっ!』
「っ……わ、分かってる……!」
「いやいや構えようが無駄やって!
ただの一撃で女子高生が吹っ飛ばされる威力を、今度は両拳を用いて絶え間なく叩き込まれる殴打の連撃。
視界が眩む。
骨が砕け肉の引きちぎれる子気味良い音が──
「はぁっ!」
「え、な──っぶな!」
煙が晴れればそこには骸と化した七種が無惨に転がっている。
そう思い両手の拳を振りかぶり続けていたペネロペへ、意識の隙間を突く七種の、気配を殺した一太刀がペネロペの前髪を撫でた。
間一髪、わずかでも反応が遅れていれば両目の視力を奪われていた。
「ど、どう、なっとんねん……!」
「
「こっちのセリフやわ! どうなっとんねんこの移動速度、ありえへんやろ!」
「瞬間移動なので」
「サラッと言うな! さも当然かのように! 暗殺者かおどれは!」
「流石にあんなの何回も受けてたら命がないので……」
「こっちは一発で致命傷なるとこやったけどな! ……ったく、こらあかんわ。正直初心者相手やしそんな力入れんでもええか思たけど、このままやったら腕の一本でも落とされかねへん……」
ペネロペは己の認識を改めざるを得なかった。
自身が今相手をしている新米魔女が格下などではないと。
イリアから才能を見出され、ロイにその才を引き出され、そしてアウラに短時間とは言え戦い方を仕込まれた。
現状、最強の女子高生魔女である。
「大したもんやわ……七種言うたな。一応確認やけど、ワイらのとここーへんか? あんたほどの腕っぷしやったら熱烈歓迎やけど」
「ごめんなさい、私には恩返ししたい人がいるんです。私はその人の助けになりたいから、あなたたちのところには行けません」
「ははっ……そりゃそうやわな、すまんすまん。王権と天帝に気に入られたタマやし惜しい思て声かけただけや。ほなしゃーない──
空気が、変わった。
火花でも散るかのような気配の切れ味が頬を撫でる。
沸き立つ魔力が空間を歪ませ、ペネロペの輪郭すらをねじ曲げた。
「な、なに……? 空気が、痛い……!」
「気ぃつけや言うたやろ、ワイあんま手加減できるタイプちゃうて。あんたがワイの想像超えるくらい強かったんやからしゃーないわ」
それはペネロペの奥の手。
自動車が燃料を燃焼させてエネルギーを生み出すように、ペネロペは自身の魔力を過剰に燃焼させて、自身の総合能力を強制的に引き上げている。
「倍ほど強なるで、先言うたんやから卑怯とか抜かすなよ。
音を置き去りに振り抜かれた回し蹴り。
それを蹴りだと認識する頃には、七種は遥か後方へと吹き飛ばされて軽自動車に叩きつけられていた。
視界が何度も点滅し、一拍置いて訪れる本痛。
許容量を超えた衝撃の重みに横隔膜がせり上がり、呼吸もままならない。
『おいペネロペ、もう少しマシなネーミングはなかったのかァ……?』
「ただの蹴りに名前なんかつけてられへんし、ガチ蹴りでええやろ。……なぁ?」
『ブルッブルルッ……! 聞こえていないぞォ、ペネロペ』
「流石にさっきの瞬間移動とやらを使う余裕もなかったみたいやなぁ。まあ
『気をつけろよペネロペ、久々だァ。制限時間は五分と見ていいだろう』
「そんだけあったら十分やろ、思い上がった小娘叩き潰す程度やったら」
自身の血反吐を踏み締めて、辛うじて立ち上がるまでに至る七種。
未だ痺れる指先、呼吸のままならない肺。
混濁する意識の中で上へ向けられたノーチサーヴァが戦意を表明する。
この上なく心もとない戦意である。
「っく、はぁ……はぁ……っ」
『な、七種っ……! しっかりしてよっ』
「んな無理言うたんなや、こちとら
「だ、い……丈夫、だよストラス……は、ぁ……まだ、やれる……から」
「ええ根性しとるわ。歴戦の魔女でもこれ一発で大抵内臓お釈迦にしてノックアウトやっちゅうのに。なんでそこまで頑張るん? アウターと戦ってんねんで、負け=死ぬって決まっとんねんから敵わん思たら逃げたらええのに」
「逃げ、られないです……あなたは私より強いから、逃げても多分逃げ切れない」
「へぇ……賢いやん」
「それに……」
「それに?」
「あなたたちに
「
「────……なん、て……?」
ノーチサーヴァの切っ先が、地面に触れて音を立てる。
背中に氷でも放り込まれたような冷たい感覚、痛みを忘れ思考が凍る。
心臓の音が、やけに大きく耳に伝った。
「魔女なったばっかりのあんたは知らんやろけどな、人間に限らず動物の命って魔晶作り出すのにごっつ効率ええねん。幸い最近は
「濡れ、衣……? そんなことの、ために……?」
「手っ取り早く稼ぐんやったら人殺してその命で魔晶作んのが一番や。あんたが恩感じとるんが誰か知らんけど、恩返ししたいならとっとと人殺して魔晶こさえて渡したった方が喜ばれんで。だからさっき誘ってん、うちのグループに。つーことでワイらは
「…………いで」
「ぁん? なんて?」
「……ないで……!」
「なんやねん、ハッキリ言わんかい。聞こえへんわ」
「それ以上──私の恩人を侮辱しないでッ!!」
全身から吹き出す魔力がテラスに並ぶテーブルや椅子を吹き飛ばし、周囲のガラスを粉々に砕いた。
七種を中心として響き渡る地鳴り、濃密な魔力の奔流にペネロペは目眩を禁じえなかった。
「ぐ、ぅぉぉおっ……!? お、お前どこにこんな魔力……っ!」
『ペネロペ……これは、まさか……!』
「一回蹴られただけで、盗んだ言うんか……!?」
「──
七種の立っていた地面が爆ぜた。
アスファルトの地面が陥没するほどの踏み込み、その背に広げた両翼で風を掴みさらに加速する。
ノーチサーヴァの刀身が空気を切り裂き、振り抜いた風切り音が後から響き砂埃を巻き上げた。
その速度はもはや尋常が認識できる代物ではなかった。
何が来るかは分からない、ただ先に動かないとヤバい。
そんな漠然とした危機察知能力が功を奏し、ペネロペはガルギュルクディオを自身の目の前にまで移動させ防御の姿勢をとっていた。
ただ長年の経験則から前もって身を守ったペネロペの唯一の誤算、それは同じ
気づけばビルの外壁に叩きつけられ、血反吐を吐いていたことに驚愕させられる。
「あなたは私の友人を……」
『
「侮辱しただけじゃなく……」
『
「私のパートナーの名誉まで……」
『
「傷つけた……!」
『
「許さない……ッ!」
『
「ち、ちょちょちょっ! あかん! それは流石にシャレならへんっ!」
ストラスによる怒涛の付与魔術、幾度となく重ねがけされ凄まじい魔力が七種の身体へ収束していく。
こと殺傷力と言う点において、今七種の手に握られているノーチサーヴァを上回るものはこの世には存在しない。
そう断言できるほどにペネロペは焦燥感に駆られていた。
斬られる以前に、触れられた時点で命が危ない!
「はぁぁぁっ……!
刹那、ペネロペの全身が炎に包まれる。
熱さや痛みは感じない。
それは他でもない、ストラスが気に入らない人間を別の空間へと飛ばしていたただの転移魔術であり、殺傷力はない。
ただし、もっとも殺傷力のある刃の目の前に転移させられると言う点においては、この転移魔術もまた殺傷力の一端を担っていると言っても過言ではないだろう。
なにせペネロペが転移させられたのは、今か今かと抜刀のタイミングをはかっている七種の真正面なのだから。
「え、うっそや──」
『逃げろペネ──』
「
音はない。
ただ全てを置き去りに振り下ろされた刃は空気を、空間を、その直線上にあるものを全て等しく撫で切るのみ。
月下に照らされ命を吸い上げるその一太刀を、咲き誇る一輪の花に準えて──
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