第23話
時は少しばかり遡り十分ほど前。
アウラとヴェロニカが互いに
肩肘を張った七種を連れて、ペネロペが訪れたのはとあるカフェ。
そのテラス席にて二人はコーヒーを啜っていた。
片や胸元の空いたシャツにチェックのミニスカートと、以前レレンにコーディネートされた服装を身にまとっている七種に対し、ペネロペはと言うとクラブにいた下着姿にホットパンツと言う、どう考えても健全とは程遠い格好のまま。
無論周囲からの視線は釘付け。
そんな視線の集中砲火を受けて、コーヒーの味など分かるはずもなく、七種はひたすらに肩を縮こめていた。
「なんやなそんなキョロキョロして。もしかしてワイが他の仲間連れてきて不意打ちするとでも思っとるんかいな?」
「ち、違います……その、あなたの格好が、すごい注目されてて……」
「んぁ? あー、これかいな。この方が楽やねん、動きやすいし」
「そ、そう言う問題ですか……?」
「んなもん個人の自由やがな。ワイの個性を他人にどうこう言われる筋合いないわ。あんたももっと周り気にせんと自分に素直になったらどうや?」
「わ、私はそんな、自分に自信持てないです。魔女になったばっかりで、自分がどんなことできるかも分からなくて、ちゃんと役に立てるのかとか……」
「っかぁぁぁ……堅っ苦しいなぁあんた。なんやねん人様の役に立つてアホかいな。魔女にまでなって周り気にしてビクビクビクビク……見とったら腹立つわ」
カップが逆さになるまで飲み干し、肺の空気を残さず吐き捨てるペネロペ。
どこからともなく取り出した煙草を咥え、再びこれでもかとため息をこぼす。
やりたいことをやりたいようにやれるだけやる。
そんな思考の元本能に従って生きるペネロペにとって、七種はまさに対極にいた。
「あんた今いくつよ?」
「え、あ……一六歳です」
「ジューロク!? わっかいなぁ。まだまだこれからやん。友達作って部活してバイトして、やりたいことぎょーさんあるんちゃうん?」
「……やりたいこと」
「なんや、ないんかいな? その歳言うたらやりたいこと多すぎててんやわんやなっとるやろ」
「今はまだ、分からないです。ただ今は、私を助けてくれた人の役に立ちたいって気持ちでいっぱいで他のことなんて……」
「どうやって育ったらそんな考えなんねん今時珍しい。まあええんちゃう? 恩ある人になんかしたりたい思うんは。けどあんた、その恩返し終わったらなにするん?」
「恩返しが、終わったら……?」
「んなもん一生かからな返されへん恩ちゃうやろ。恩返し終わって、いざ自分のことしよ思て、なんもすることない言うて棒立ちするんかいな。おもんないなぁ」
「な、そんなの……私の勝手じゃないですか。大切な人に恩返ししたいのも、その後どうするかを決めるのも、全部私なんですから!」
「せや、それがあんたの本音やろ。大事な人に恩返しすんのも、これからのこと自分で決めたい言うんも全部自分の勝手や。人様にどうこう言われることちゃう」
「あ……」
「ほなワイがなんでこんな格好しとんのか分かったとこで、コーヒーも飲み終わったことやしそろそろ始めよか。目ぇ覚めたやろ、いろんな意味で」
「……あの、私今一個だけやりたいことができました」
「ほほぉ? 言うてみお嬢ちゃん」
「────……あなたに、勝ちたいです」
「へぇ……ええやん、素直になって憎たらしさなくなったわ」
もうその表情に堅苦しさも羞恥の色もない。
自信とともに自然と溢れ出した魔力の奔流が大気を、空間そのものを震わせた。
魔力に対して知覚を持たない一般人ですらが、分からないままにそのプレッシャーを感じとって、思わず身じろぐ。
まさかテラスでコーヒーを飲んでいる十代の少女がそれを放っているなど、通行人の誰も思うまい。
「言うとくけどワイあんま手加減できるタイプちゃうし、なんなら殺し専門やから気ぃつけや」
「大丈夫です、私も譲りませんから。必ず勝ちます」
「ええわ、やっと魔女らしいなったやん。ほな行こか。
門を潜るとともに、景色を同じままに通行人の姿が消え去った。
そこはもう二人だけの世界。
魔女と悪魔だけが入ることを許された反転世界である。
「名取 七種の名の元に命じます。拓いて、
「ペネロペ・クリーチェリの名の元に命じたるわ、拓けや
音を立てて鎖を引きちぎる二冊の
七種の
ヴェール越しに射すくめる藍色の双眸。
血の通いを感じさせない蒼白な肌は、夜の景色により映える。
『わっほーい! やっと戦えるー!』
「お待たせ、ストラス。もう大丈夫だよ」
対するペネロペの
燃ゆる鬣を振り乱し嘶きを上げるその悪魔の名はガミジン。
見た目は完全に馬面の怪物である。
『ッブルルッ……! やぁっといい顔になったなァ、奴さん。そうじゃなきゃやり甲斐がねぇってもんだァ』
「片手間に相手できるようなタマやないなってしもうたわ。めんどくさい」
「ありがとうございます、ペネロペさん。おかげで魔女になれた気がします」
「やめーやこそばいな、仮にもうちら敵やで。馴れ合うのはここまでや。ほな──」
「「
アスファルトへ突きつけられた、蹄を模したブーツが荒々しい音を立てる。
蹄鉄のバックルがあしらわれたレザーのベルト。
その下には厚手の毛皮でこさえられた腰布が夜風を浴びてひるがえる。
両肩や心臓部の左胸を覆う分厚いプレート、それ以外を覆うのは、革製のベルトに締めあげられた毛皮の装い。
全体的に軽装でまとめられたその姿はさながら剣闘士のようだ。
「はぁぁぁ……血ぃ騒ぐわ、締結すると。
軽装を身にまとうペネロペが呼び出したのは、巨人を彷彿とさせる巨大な腕二本。
自律機動するそれは自ら浮遊しペネロペに付き従う。
近未来的な両腕は文字通りペネロペの腕となり、ペネロペの腕の動きとシンクロしている。
冠した名はガルギュルクディオ、その意味は大いなる腕。
己の理想をもぎ取るための腕である。
「さぁーて、なにが出てくんねや……? もったいぶるやんけ」
締結を終えたペネロペの眼前には、荒々しく渦巻く風の球体。
その中に七種はいる。
夜空に浮き立つ麗しの翼が風をまとい、繭を切り裂くように顔を出した。
低めのヒール、全体的に細い輪郭をしたアーマー型のブーツ。
地面を掴みより速く駆け抜けるための形状をしたそれは、太ももへ向かって軽装の鎧と分厚い布地が折り重ねる。
鳥の羽根を編み込んだかのようなミニスカート、裾へ向かうに連れて透明度を帯びて面積の広いフリルに覆われた。
右肩から半身を覆うマントには翼の模様が浮き上がり、対して左肩には嘴を模したひし形の盾が装着されている。
「力が湧いてくる……もっと、いけそう。
七種の胸の中心より引き抜かれるように現れた一振りの剣。
大仰に羽根のあしらわれた鞘。
柄に当たる部分が長く、柄頭には細い鎖に吊るされて可愛らしいフクロウのストラップがぶら下がっている。
その名もノーチサーヴァ、夜にはためく翼の意を持つ
「えぇ、なんやねんそのストラップ……」
「えへへ……世羅さんから貰ったんです」
「世羅……君あの女の正体知っとるんか?」
「魔女、ですよね?」
「ああ魔女や、そこは間違っとらへん。問題はなんの魔女やぁ言う話や」
「なんの、魔女……?」
「まあ知っとるわけないか。ワイが言えた立場やないけど気ぃつけや、アイツ本来こっち側の魔女やで」
「……よく分からないですけど、私はインナーやアウターで差別はしません。私の友達はアウターの魔女で、私の恩人はインナーの魔女です。どっちも私の大切な存在だから。私の友人を悪く言わないでください! 行きます!」
「別に悪くは言うとらへん──」
言い終えるが早いか、否こちらの方が断然早い。
行きますと宣言をしてからコンマ数秒、まばたき一回分にも満たない神速が、ペネロペの視界より七種の姿を消し去った。
視界より消え去るとほぼ同時に振り抜かれた刀の一閃を、ペネロペは見えぬまま辛うじてガルギュルクディオで防いでみせる。
ついこの間までただの女子高生だった七種が、フェイントなどと言う技術を身につけているはずもなく、ただ宣言通りに真正面から地面を蹴りその手に持った剣を振り抜いただけ。
実際にはただそれだけである。
にも関わらず、歴戦のペネロペが警戒レベルを最大限にまで引き上げねばならないほどに、今の七種は脅威として認識するには十分だった。
「はっ、はぁ……っ!? なん、やねん今の……反則やろッ」
不意打ちでもない、堂々の正面突破である。
何一つとして卑怯でも反則でもない、ただ自分の動体視力がその速度に追い付けなかっただけ。
理解しているからこそ歯噛みは止められない。
たった一太刀で、決して起こしてはならない獅子を起こしてしまったのだと思い知らされる。
「一度でダメなら──っ!」
「いやいや、あかんやろっ……!」
冷や汗を流すペネロペをよそに、七種は再び太刀を振るう。
無駄を削ぎ落とした軽装に優れた身体能力。
そこにストラスの機動性を兼ね合わせた七種の尋常ならざる太刀筋は、容易くペネロペの防御を掻い潜った。
辛うじて致命傷こそ回避できているものの、すでに何度もペネロペの皮膚の薄皮に刃を通している。
「なんやねんこの体捌き、下手したらあの飢餓の魔女に匹敵するか……!? ほんまに昨日今日に魔女になったんかいなっ」
「
『ブルルッ……しっかりしろペネロペ、押されすぎだァ!』
「分かっとる! ちっ、調子乗んな小娘っ!
自律機動の両腕、ガルギュルクディオは両手を合わせ、鉄槌と化したその手を地面へ叩きつけた。
アスファルトを容易く砕く腕力。
さらにアスファルトを殴ろうとも傷一つつかない強度。
そんな破壊兵器より放たれる魔力の圧力が周囲の建造物を内部から破壊した。
コンクリートやアスファルトが容易く砕けパウダーへと姿を変える音圧だ、水分の割合が七割を超える人体など容易くその振動を受け入れてしまう。
内臓ごと揺さぶる超高振動。
異変を感じてすぐさま距離を取った七種がしかし、少しその振動を浴びただけでも軽い吐血を伴った。
「く、かはっ……血の味がするっ」
「やってくれんなぁオイ……ポテンシャルに関したらお嬢以上かもしれへん。王権のヤツ、どえらいもん見つけてきよったな」
「まだ力に振り回されてる感じがする……」
「敵追い詰めても油断はなしか、こーゆーとこはまだ憎たらしいなぁ」
「だってペネロペさんは、間違いなく私よりずっと強いですから」
「はっ、よう言うで。まあせっかくや、鵜呑みにさしてもらうわその評価。こっちもふんどし締めてかからなあかんらしい。ほな今度はこっちから行くで!」
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