第22話
ヴェロニカの両脚を包むのは、万年筆のように尖った先端をしたブーツ。
近未来的なデザインをしたそれには踵がなく、先端を地面に突き立てるのみ。
尾てい骨の辺りより伸びる、荒々しい質感の尻尾は左大腿部に巻き付き、反対の大腿部には
オーバーサイズのパーカーを脱ぎ捨てると同時に、ヴェロニカはフォカロルの持つ巨大な両翼をそのまま自身の背に宿した。
エメラルドグリーンの双眸を覆い隠すバイザーはフォカロルの嘴を象っており、先端は空気抵抗を極限まで軽減する構造になっている。
「っしゃ、締結完了……ッ! 来い、
ヴェロニカの左大腿部へ巻きついた尻尾を、管のように接続した注射器型の
しかし本来プランジャーとされる部分に尻尾の先端が接続されているため、押し込める形状にはなっていない。
名をフューザデヴァーザ。
旱害を撒き散らすものと言う意味を込めて名付けられた、ヴェロニカの能力を余すことなく周囲へ及ぼすための手足である。
「────……随分食いでのありそうな姿に変わったわね」
「はっ、テメェも随分な姿じゃねぇか。テメェも本来こっち側だろ、天帝!」
腰の辺りより伸びた弧を描く翼。
星々を鏤めたかのような輝きを放つそれは、彼女をより高みへと引き上げた。
かすかにカールのかかった長髪は、アウラの魔力を帯びて揺らめき燃ゆる。
頭部より後方へ向かって伸びる鹿らしき角には、脈動する葉や蔦が巻き付き、角と言うよりは木々のそれに近い。
黄金のリングが連なる装飾に覆われた胸当て。
腰周りを覆うスカート状のアーマーと、半透明のヴェールがあしらわれたそれらの防御範囲は最低限。
真っ青に染まりきった柔肌のほとんどが惜しげもなく晒されていた。
「私は本来どちら側でもないわ。友人がインナーだからそっちにいるだけ。私は私の心をつき動かしてくれるものの傍に降り立つ。
アウラに付き従うよう現れた二頭の鹿、だが全身が木でできており、生物と言うよりは植物に近い。
淡い炎を角に宿すそれらは、アウラの元に擦り寄り甘えた声を漏らしているが、内包する魔力はとても可愛らしいなどと言う言葉では片付けられない。
その名もデーヴァスメンタ、調停を保つものの名を授けられた聖獣である。
高層ビルの屋上に巻き起こる巨大な魔力の渦。
今彼女たちの中で滾る闘争心を止めるものは、止められるものはいない。
それ以上にもう、言葉は必要なかった。
どちらからともなく踏み出し、双方の翼が風を掴む。
見上げるのも億劫になる高層ビルの隙間を縫って空を駆ける双方、先に鍔を鳴らしたのはやはりヴェロニカだ。
ホルスターから抜き放ったフューザデヴァーザより、半透明の棘が無数に撃ち放たれる。
ひとたび触れれば鉄やコンクリートでさえ抉り溶かす。
そんな防御の概念を奪い去る致命の弾丸を、これでもかと連射する殺意の高さに、アウラは苦笑を禁じ得ない。
機動力はヴェロニカが完全に凌駕している。
それでも辛うじてアウラが無数の棘の弾幕を掻い潜れているのは、長年培ってきた戦闘経験からなるもの、だけではない。
こと戦闘経験において、インナーの魔女はアウターに決して及ばないからだ。
常日頃戦禍に身を投じているヴェロニカの放つ、視認性の悪い半透明の棘。
そんな代物を未だ掠りもせず躱し切れているのは、アウラの持つ能力が機動力と言うアドバンテージを、容易く無に帰すほどの性能が故。
「ちっ……当たらねぇ、一発も……ッ!」
「どうしたの? 牽制はもう十分でしょ?」
「しねぇよ牽制なンざ! 吠え面かきやがれ──
高層ビルなどより遥かに天高く舞い上がったヴェロニカ。
その手に携えたフューザデヴァーザを真下に向けて発射したのは、やはり先ほどと同じ半透明の棘。
だがより細く、より鋭く、より空気抵抗に対し効果的な形状へと変化したそれらは文字通り雨のように、無数にアウラへと降り注いだ。
フューザデヴァーザの冠する名の意味は、旱害を撒き散らすもの。
そう、フューザデヴァーザとは注射器の形をしたショットガンである。
「あら、これは回避不能ね。──
空を覆い尽くすほどの散弾の雨を見て、ようやくアウラが回避ではなく防御の体制を取った。
二頭の鹿の形をした
散弾の雨に打たれた大樹は、その成長速度を上回る腐蝕速度に次々と枝を折られ、葉を蝕まれ、雨が上がる頃には見るも無惨な姿へと変えられてしまう。
しかし役目を果たしたかのように、枯れ木となって散っていく大樹の下。
アウラはまったくの無傷でその場に佇んでいた。
「ひどいことするのね、環境破壊よ?」
「関係ねぇよ、テメェ相手に手を抜くゆとりはねぇからな」
「高く買ってくれるのね。褒め言葉として受け取っとくわ」
「はっ、余裕こいてンじゃねぇよ防戦一方のクセして。もっと来いよ!」
「そう? じゃあお言葉に甘えて──
両翼を、両手を最大限広げたアウラの遥か先、頭上に広がる夜空が雲に覆われる。
気温が下がり、夜風の冷たさは増す一方。
だがそれよりも背筋に伝う嫌な感触は、より鋭利にヴェロニカへ危険を知らせた。
「……ンだこれ。テメェがやってンのか、これを……!」
「私のことを知ってるなら、私の能力についても少しは知ってるんじゃない?」
「噂程度にしか知らねぇ、けど……噂以上かこりゃァ」
次に変化が起きたのは空ではなく、地面。
アスファルトの地面から渦巻いているように見えるなにか、いやもはやなんだと目を凝らす必要はない。
何故ならそれは、今や地面ではなくヴェロニカたちのいる遥か上空にまで立ち上っているからだ。
視界を覆い尽くさんとする巨大な風の暴力、竜巻。
ビル群の隙間を縫って移動するそれらは、ビルのガラスのみならず外壁すらを剥がす勢いで、さらに勢力を増していく。
頬に伝った汗、いやこれは雨だ。
夜空を覆う暗雲より零されたのは、先ほどフューザデヴァーザより放たれた散弾など目ではない。
鼓膜が揺さぶられる豪雨。
発光する暗雲が放つのは言うまでもなく、空を引き裂く稲妻だ。
──天変地異、現状を説明するならばこの一言に尽きる。
「天候操作、こんなのムチャクチャだろ……ッ!」
「当然でしょう? 私は天帝よ」
あまりにも理不尽な一言、しかし眼前に広がる光景を見せつけられては反論する余地もない。
天帝の魔女、アウラヴェラ・セラヴェーン。
彼女は天を統べる魔女である──。
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