意外と面白い

「焦らないで。まずは、どうしたら戻るかを調べましょう。」

何も喋っていない和葉に、冷静さを求める私。

焦っているのは、私だ。

まあ、それが分かったとしても。

落ち着くことは容易ではない。

すぐにリビングに行って、パソコンを。

「……私、分かるよ。」

和葉の言葉に、私の足は止まる。

「本当?」

その声は、すこし歪んだ。

戻り方が分かるならば安心、とは思えなかった自分がいる。

和葉の頷く頭に、どこか変な感情が混ざっている気がする。

「……本当?」

そう聞き返すと、和葉は頷かなくなった。

「うん、本当だよ。」

となったら、また話し出す。

会話のリズムが、不規則で不愉快だ。

純粋な会話では、起こり得ない不快感。

それを察した脳は、分からない何かを覚悟をする。

「……ずばり、それは?」

嫌な予感が、身を撫でるけど。

聞くことで、不利益が出ることはない。

安直に、そう思った。

「……今は。怪異の悪戯によって、私という存在が永遠に分裂している状態なの。」

怪異も大変だな。

そんなことを言って、雰囲気を変えようとしたが。

真面目に聞こうと、その自分を心の中で責める。

「だから、私以外の和葉。それが九人も居て、合計が十人なんだけど……」

こそばゆい話し方だ。

息を整えるために、唾を飲む和葉。

その音が、嫌に生々しい。

こちらの心臓が、蝕まれる感覚がする。

「なんだけど。分身を作成する時に使われた身体オリジナル、以外の体を殺せば……」

殺す。

「え、殺す……?」

もちろん、良い言葉が聞けるなどとは思っていなかったけど。

その言葉は、あまりにもインパクトが大きい。

「お姉ちゃん。分かっていると思うけど、早まらないでよ。身体オリジナルを殺したら、普通に死ぬんだからね?」

要するに、五割を九回も当てないといけないということ。

「そんなの、どうしろと言うんだ……」

それは、ざっと計算するに五百分の一だ。

当然、やりなおしはなければ。

それには、生命が懸かっている。

「因みに。あの怪異は、自認の精神や記憶と真実の肉体を複製するらしい。」

自認の精神や記憶と真実の肉体。

なんで、精神や記憶は真実ではないのだ。

いや、精神と記憶は主観だから当然か。

うん。

「……と言っても、何の情報にもならないよね。」

空白を埋めるような和葉の声からは、虚しくも意味を見出せない。

難しい単語が並べられていて、小難しそうだが。

要は、心も体も記憶も複製する。

身体オリジナルの全てが同じな、完璧な分身コピーが出来上がっているということだ。

むしろ、より難航してしまう気がする。

「残された時間は?」

分身コピーを殺す道具を探しつつ、そんな質問をした。

怪異には、制限時間というものがある。

怪異ごとの固有の期間の内に、悪戯による変化を戻さないと。

怪異に蝕まれ、爆死してしまう。

「この怪異は、制限時間が二百年もある特殊な怪異だよ。姉さん、いい加減に落ち着いて。」

こんな大一番に、焦りを隠す必要なんかない。

そう思っていた自分を、少し愚かだと思った。

「すまない。」

そうだよな、焦られたら迷惑だよな。

「話を戻すが。悪戯による変化を戻すには、分身を殺さなければいけない。従って、身体オリジナル分身コピーの違い。つまり、複製が欠けている部分が見つかればいい。」

でも、やはり。

体でも精神でも記憶でもない、第四の項目はないように思える。

戻すことは、不可能なのか。

妹の生命を目の前にしてまで、詰みを宣言するのか。

「……姉さん、時間はあるよ。そろそろ、何か食べたい。」

あたりは、暗くなり始めた。

「そうか。ならば、冷蔵庫にトマト煮がある。好きに食べててくれ。」

昼に食べた時の残飯をとっておいただけのものだが、最近の私は食欲がない。

量は多いし、申し分ないだろう。

「……申し訳ないんだけど。私もこんなことになって、食欲が普段の通りとはいえない。米だけ食べたいのだけど、米は入っている?」

米だけで食べるなんて、美味しいのかな。

と思ったが、訳がありそう。

「……もしかして。トマト煮が嫌いだから、避けているだろう?」

昼食の時を思い出すと、たしかに。

苦い顔をして、食べていたかもしれない。

「そんなことないよ……」

腰に手を当てて、そんなことをいう和葉に。

図星なんだな、と思う。

嘘を吐く時の和葉は、腰に手を当てる癖がある。

私を欺こうなど、馬鹿にしたものだ。

「……癖?」

そういえば、癖は自認の精神になるのだろうか。

怪異の悪戯は、自認の精神や記憶と真実の肉体を複製することだった筈だ。

自認の精神、という言葉を噛み砕くと。

本人が認めている、マインドの形。

ということになるが。

その中に、癖というものは。

当てはまらないのではないだろうか。

もし、癖が自認の精神だとしたら。

和葉は、自分の嘘を吐く時の癖を理解していることになる。

だとしたら、その癖は直せることになるが。

実際、和葉のこの癖は何度も見てきている。

やはり、そうだ。

癖は、自認の精神に当てはまらない。

身体オリジナルの癖は、複製されていない。

つまり、和葉の癖が出なかった体は。

分身ということになるだろう。

少し、試してみるか。

何の気なしに、洗面所に足を止めていたことを自覚しつつ。

二人の和葉が居る、洗面所を抜けた。

足を運び。

すぐ近くの扉を開けると、沢山の和葉。

勿論、分かってはいた。

が、気圧されてはしまう。

そんな和葉の集団を無視して、冷蔵庫にあるトマト煮をとった。

そして、リビングの机にそれを置いた。

「もう外は暗い、夜御飯は食べた方がいい。」

もちろん、思っていたわけではない。

炙り出すためだ。

「姉さん、いいよ。今日は、食欲が湧かないや。」

本心でない私の発言に、一人の和葉は。

手を広げて、そんなことを言う。

なぜか、申し訳ないと思った。

だが、これで分かった。

この和葉は、身体オリジナルの和葉の癖と不一致だ。

此奴は分身コピーだ、と確信した。

広がった和葉の手をとって、キッチンへと連れる。

「私は分身コピーを見分ける方法が分かった。貴女は分身コピーだ。」

そう言ったら、和葉の声を聞く気もなく。

まな板にあった、包丁を取った。

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