「いや、確実ではない。今の私は、焦りすぎている。」

不覚にも、そんな言葉を発していた。

というならば、嘘になる。

深層心理の私が、落ち着けと言った気がした。

「……どういうつもり?」

当然、和葉は怯えているような振る舞いを見せた。

その姿を目にして、最善策があれではなかったと反省する。

だけど、私だって。

と、それに対する言い訳を思いついた時。

考えるのを、やめた。

「和葉には、分かりやすい癖がある。」

真面目な場面。

落ち着きたいという表情の焦りなのか。

どこかの探偵気取りの話し方に伴って、手に取った包丁をおもむろに置く。

「その癖を言うと、潜在的に直そうとするから意味はない。」

その癖、というか。

和葉の癖は、それだけではないがね。

「私の目の前にいる和葉は、その癖が出てなかった。だから偽物だと決めうって、殺そうとしたが……」

癖が出ない時もあるよな、と落ち着いた。

そう言おうとしたところで、喉が止めてくる。

和葉に話を通すこともなく、実行を試みた。

愚かな行為をしようとしたという話は、口すら不快になったらしい。

「……お姉ちゃん。」

見慣れた、和葉の哀れみの目。

「……ごめ、申し訳ない。」

この表情を見慣れているのを、情けなく思う。

「お姉ちゃんは、謝りすぎるのが癖だよね。」

謝りすぎるのが、癖。

そうなのか、申し訳な。

当たっているな。

「……本題はそこじゃなくて。」

そう言い終わると、少し笑ってみせる和葉。

目を細めるような笑いには、簡単な感情を持っているわけではなさそう。

「……なに?」

沈黙の中、次の会話を待つ。

話せる時に話して。

そんな言葉は、気が利いているだろうか。

いや。

気が利くかなと長考する人は、気が利くことができないのかもしれない。

そんな思考が終わると、手に重力を感じる程の暇。

その中でも和葉を見ていると、和葉の唇から歯が見えるようになる。

「あの、これさ。戻る意味ないんじゃない?」

笑いが含まれるにしては、異質な言葉だ。

馬鹿げた発言だという自覚は、あるように感じる。

「……正気?」

とは言うものの、嘘をついているとは思わない。

この家庭は両親が忙しくて、子供だけの時間が長い。

それは、私が一人っ子である時もそうだった。

なのに、今や。

この家系の末っ子である、和葉の方が立派だ。

私ですら分かることは、和葉も分かっている。

「だって、この怪異というもの。悪戯をされるだけで、それ以外の被害はないんだよ。別に、この悪戯はあまり困らないし……」

だけど。

「それは……」

えっと。

それは駄目、と言いたくなるのは。

そもそも、なぜだ。

たしかに、私は今まで。

この怪異の悪戯から、救おうと思っていた。

勝手に、本人の命を賭けてまで。

でも、それはなぜだ。

美術品は、造形が命だけど。

和葉は、美術品ではない。

和葉の命は、形に依存しない。

和葉の外見が好きだから、和葉と関わるのか。

いや。

例え、手が一本しかなくても。

脳がなくても。

もし、人間でなかったとしても。

私は、和葉が好きだ。

それは、大切な妹だからだ。

ならば。

「もう、いいか。」

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