第9話

私たちの探偵事務所に、奇妙な依頼が舞い込んだ。それは、私の母校である高校の合唱部が、突然活動停止に追い込まれたというものだ。理由は「部員全員が声を出せなくなった」という不可解な報告。しかし、医療的には何ら異常はないという。

​私は、この事件に、サギーの「語りの断絶」と同じ「論理」を感じた。合唱部という、声という「語り」を共有する集団が、一斉に「沈黙」した。それは、単なる生理現象ではない。誰かが、彼らの「語り」を、意図的に封じ込めたのだ。

​私たちは、顧問教師に話を聞くため、音楽室へと向かった。ドアを開けると、そこには、いつもの合唱部の賑やかさはなく、ただ重苦しい静寂が満ちていた。部員たちは皆、楽譜を前に、ただ呆然と座っている。

​「どうして、こんなことに…」

​私は、部長である白石響に話しかけた。彼は、いつも完璧な「語り」を操る少年だった。しかし、彼の心の声は、絶望に満ちていた。

​「…音がズレると、心もズレるんだよ。でも、今は、音そのものが、消えてしまった…」

​セレナは、彼らの「心の声」を聴き取ろうと、静かに目を閉じた。しかし、彼女の顔が、一瞬にして青ざめた。

​「…東雲さん。みんなの心に、同じ旋律が響いてる…でも、その曲、聞いたことがない…」

​セレナが聴き取ったのは、彼らの心の声ではなかった。それは、沈黙の中に響く、存在しないはずの曲の「旋律」。この事件は、単なる「声の喪失」ではない。それは、この学校に隠された、ある「物語」の残響が、形を変えて現れたものなのだ。


​私は、この事件の「論理」を解明するために、学校の制度記録を調査することにした。消えた楽譜、そして、元顧問教師の退職。その二つの「物語」が、この事件の鍵を握っていると、私の論理が告げていた。

​学校の倉庫で、古い合唱部の記録を探す。そこには、数十年分の楽譜やプログラムが残されていた。その中から、私は、一つの奇妙な記録を見つけた。10年前に開催された、合唱コンクールのプログラム。そこには、優勝した合唱部の曲名が、意図的に塗りつぶされていた。

​「この曲は、存在しないことになっている…」

​私の隣で、セレナがそのプログラムに触れた。彼女の耳に、塗りつぶされた曲から、悲しい「心の声」が響いてくる。

​「…『この歌は、もう、誰も歌ってはならない』…」

​それは、かつての合唱部を指導していた、元顧問教師の「心の声」だった。彼は、なぜ、この曲を封印したのか? そして、この「消えた音符」が、なぜ、現在の合唱部員の心に「旋律」として響いているのか?

​この「語りの封印」の裏には、一体どのような「物語」が隠されているのだろうか。

​私たちは、この「沈黙」の真相を解明するために、元顧問教師に会いにいくことを決意した。彼の「語り」が、この事件の全ての「論理」を繋ぎ合わせる、最後の鍵となるだろう。

​私たちが元顧問教師を捜している間に、合唱部に一人の転校生が現れたという情報が入った。桐生ひかり。彼女は、合唱部の部員の中で、唯一声を出せる少女だった。

​私は、彼女の「語り」に、この事件の真実が隠されているかもしれないと感じ、彼女に話を聞くことにした。

​「…この学校、音が死んでる」

​彼女は、そう呟いた。その言葉は、まるで、この学校の「沈黙」を、彼女自身が理解しているかのようだった。

​私は、彼女が歌う歌を聴かせてもらった。彼女の歌声は、どこか悲しく、そして美しい。しかし、その歌声の奥にある「心の声」は、セレナには届かなかった。彼女の心は、まるで分厚い壁に囲まれているように、閉ざされていた。

​彼女の歌声は、この事件の「旋律」の起点なのか? それとも、彼女もまた、この「沈黙」の被害者なのか?

​私たちは、この謎多き転校生の「語り」の真相を解き明かすために、彼女がこの学校に転校してきた理由を、調査することにした。彼女の「物語」が、この事件の最後のピースを埋めるだろう。

​私たちは、元顧問教師、そして転校生である桐生ひかり、この二人の「語り」を、私たちの「論理」で再構築した。

​元顧問教師は、かつて合唱コンクールで歌われた曲を、生徒たちが苦しんだ末に生まれた「悲劇の語り」だと考え、その曲を封印した。彼は、生徒たちが、その「語り」に囚われることを恐れたのだ。

​一方、桐生ひかりは、その「悲劇の語り」を知っており、その「語り」を再生させるために、この学校に転校してきた。彼女は、元顧問教師の「語りの封印」を解き放ち、この学校の「沈黙」を終わらせようとしていたのだ。

​そして、この「語り」の再生を邪魔しようとした者がいた。それは、この事件の犯人。彼は、この学校の「沈黙」を、自分の「物語」として利用しようとしていた。

​私たちは、この事件の全ての「論理」を繋ぎ合わせ、犯人を追い詰めた。犯人は、私たちを嘲笑うかのように語り始めた。

​「君たちは、この『沈黙』を理解できない。この沈黙は、この世界の『語り』が、いかに不完全であるかを示す、真実の証だ」

​しかし、セレナは、彼の「心の声」の奥にある、真実の「語り」を聴き取った。それは、彼が、過去に自分の「語り」を誰にも聞いてもらえず、その絶望から、他者の「語り」を奪うようになった、という悲しい「物語」だった。

​私たちは、この「沈黙」の真相を解明し、合唱部員たちの「声」を取り戻した。そして、彼らが歌う歌は、もう、悲劇の「物語」ではない。それは、私たちの「論理」と、セレナの「感性」が、彼らの「語り」を再生させた、希望の「物語」なのだ。


私たちの探偵事務所は、いつもの静けさに包まれていた。合唱部の事件を解決し、彼らの「語り」を再生させた私たちは、平和な日常を取り戻していた。私は、これまでの事件の記録を整理し、セレナは、窓から差し込む陽射しの中で、静かに「心の声」を聴いていた。

​しかし、その静寂は、一本の電話によって破られた。神崎警部補からの電話だった。彼の声は、いつになく重かった。

​「…東雲さん。信じられんかもしれんが、あの男が、もう出てきたんじゃ」

​彼の言葉に、私の心臓は止まりそうになった。「あの男」とは、サギーのリーダー、ミラージュのことだ。彼は、厳重な警備を誇る刑務所に収容されていたはずだ。

​「何かの間違いではないですか? 彼は、多くの事件に関わった、国際的な犯罪者です。刑務所から、そう簡単に…」

​私の言葉を遮るように、神崎警部補は、深く息を吸い込んだ。

​「違う。これは、間違いじゃない。彼の弁護士が、すべての罪を、彼が作り上げた『物語』だと主張し、それを裏付ける証拠を提出したんじゃ。そして、その証拠は、我々が信じてきた『論理』を、根底から覆すものだった…」

​神崎警部補の心の声は、深い絶望に満ちていた。彼は、私たちが信じてきた「論理」が、ミラージュの手によって、いとも簡単に破壊されたことを悟っていた。

​偽りの真実と、語りの支配

​私は、この事態を冷静に「論理」で分析しようと試みた。しかし、どれほど考えても、答えは見つからない。ミラージュは、自分の罪を、すべて「虚構の物語」だと主張した。そして、その「物語」が、真実として認められたのだ。

​彼は、刑務所の中でも、私たちとの「ゲーム」を続けていたのだ。彼は、私たちの「論理」を理解し、それを逆手に取って、自分の無実を証明した。

​「彼は、世界中の人々の『語り』を操ることで、自分を『無実の物語』の主人公にした…」

​セレナがそう呟いた。彼女の耳には、ミラージュが刑務所の中で、どのようにして人々の心を操り、この「物語」を作り上げたのか、その全てが聞こえていた。

​この事件は、単なる犯罪ではない。それは、この世界の「論理」や「制度」が、いかに不完全であるかを示す、冷酷な「実験」だった。そして、私たちは、その実験の「被験者」だったのだ。

​再び動き出す、物語の歯車

​ミラージュは、再びこの世界の「物語」を操ろうとしている。彼は、私たちの「探偵事務所」の存在を、そして、セレナの「心の声」という能力を、知っている。

​私は、この「論理」の崩壊を、セレナに伝えた。彼女は、静かに頷いた。彼女の瞳には、一切の恐怖がない。

​「東雲さん。私たちが、この世界の『語り』を、もう一度、正しい場所に置く。それが、私たちの使命だ」

​彼女の言葉に、私の心は決意を固めた。

​この世界の「論理」が、ミラージュによって崩壊させられた今、私たちが信じられるのは、セレナの「心の声」と、私たちの「語り」だけだ。

​私たちは、再び、この世界の「物語」を救うために、立ち上がらなければならない。


セレナ視点___

私は、ヘッドフォンをはずし、目を閉じた。東雲さんが、世界地図を広げ、それぞれの国の「語り」を、私に聞かせてくれた。

​「セレナ、アメリカの『語り』は、自由と、夢の物語です。彼らは、自分の人生を、自分の手で語りたがっています。サギーは、その『語り』を、どう利用していると思う?」

​東雲さんの言葉が、私の心の中で、アメリカ大陸の「語り」と重なる。

​自由の偽り、アメリカの語り

​私の耳に、アメリカの街の音が流れ込んでくる。銃声、車のクラクション、そして、無数の「心の声」。

​「…『俺は、ここで、成功の物語を語るんだ!』」

​「…『私の心は、誰にも縛られない!』」

​その「心の声」は、強い希望に満ちていた。しかし、その声の奥に、私は、もう一つの音を聴き取った。それは、とても甘く、囁くような音だった。

​「…『君の成功の物語を、私が叶えてあげる…』」

​サギーは、人々の「夢」を、自分の「語り」として利用していた。彼らは、偽りの「成功の物語」を語り、人々から「希望」を奪っていたのだ。

​信頼の崩壊、中国の語り

​次に、東雲さんが、中国の「語り」を、私に聞かせてくれた。

​「中国の『語り』は、人と人とのつながり、そして、家族の物語です。彼らは、互いの信頼を、とても大切にしています」

​私の耳に、中国の街の音が流れ込んでくる。賑やかな市場の声、家族の会話、そして、無数の「心の声」。

​「…『この約束は、絶対に裏切れない…』」

​「…『私たちは、家族だから、どんな時も一緒だ』…」

​その「心の声」は、強い信頼に満ちていた。しかし、その声の奥に、私は、とても冷たく、無機質な音を聴き取った。

​「…『この物語は、私たちのものだ…』」

​サギーは、人々の「信頼」を、自分の「語り」として利用していた。彼らは、偽りの「家族の物語」を作り上げ、人々の「つながり」を、崩壊させていたのだ。

​信仰の虚構、インドの語り

​最後に、東雲さんが、インドの「語り」を、私に聞かせてくれた。

​「インドの『語り』は、精神性と、信仰の物語です。彼らは、人生の全てを、神聖な『語り』だと信じています」

​私の耳に、インドの街の音が流れ込んでくる。寺院の鐘の音、祈りの声、そして、無数の「心の声」。

​「…『私の魂は、この世界を救うためにある…』」

​「…『神様は、私の物語を、きっと知っている』…」

​その「心の声」は、深い信仰に満ちていた。しかし、その声の奥に、私は、とても薄っぺらく、虚ろな音を聴き取った。

​「…『君たちの信仰は、すべて、私の手の中にある…』」

​サギーは、人々の「信仰」を、自分の「語り」として利用していた。彼らは、偽りの「救済の物語」を語り、人々の「希望」を、支配しようとしていたのだ。

​語りの支配者、ミラージュ

​私は、ヘッドフォンを外し、東雲さんの方を見た。

​「東雲さん。サギーは、世界中の『語り』を集めている…」

​東雲さんは、私の言葉に静かに頷いた。

​「彼らは、人々の『語り』を奪い、それを『物語』に書き換えている。そして、その『物語』を、彼ら自身の『語り』として、世界に広めようとしている…」

​サギーの最終的な目的は、世界の「語り」を支配すること。そして、その世界の「語り」を、彼ら自身が「創造」することだ。

​私は、もう一度、目を閉じた。私の耳には、世界中の「心の声」が響いている。その声は、サギーの「偽りの物語」に、少しずつ侵食され始めている。

​私たちは、この世界の「語り」を、彼らの手から守らなければならない。


灯里視点___

​ミラージュが再び自由の身となったことで、私たちの平和な探偵事務所は、再び世界の不協和音に包まれた。彼は、アメリカ、中国、インドという、それぞれ異なる「語り」を持つ国々で暗躍している。私は、セレナが【心音】で捉えた情報をもとに、警察関係者と協力して、彼の新たな「ゲーム」の解明に挑む。

​警察との再連携

​私たちは、セレナが聴き取った【心音】の記録を携え、神崎警部補、白鳥主任、黒瀬調査官に協力を求めた。

​「サギーは、人々の心の奥底に眠る『語り』を盗んでいる。アメリカでは『自由』を、中国では『信頼』を、インドでは『信仰』を」

​私の言葉に、神崎警部補は懐疑的な表情を浮かべた。「それは、セレナの主観的な感覚ではないのか?犯罪の証拠にはならん」と彼は言ったが、彼の心の声は、この事件が過去のどの事件とも違うことを理解していた。

​白鳥主任は、セレナの【心音】の記録を科学的に分析し始めた。彼女は、各国の【心音】に共通する、特定の周波数のパターンを見つけ出した。「この音は、人の心の奥底にある感情を揺さぶる性質を持つ。サギーは、この音を巧みに使い、人々の『語り』を操作している」と彼女は冷静に分析した。

​黒瀬調査官は、自身の情報網を駆使し、各国で起きた不審な出来事を洗い出した。アメリカでは、投資詐欺による大規模な破産、中国では、家族の信頼関係の崩壊による集団訴訟、インドでは、宗教団体への多額の寄付による自己破産が相次いでいた。彼の得た情報は、セレナの【心音】が捉えた「語り」と完璧に一致した。

​私たちは、これらの情報を統合し、ミラージュの新たな「ゲーム」の全貌を解明した。彼は、各国の文化や思想に根ざした「語り」を悪用し、人々を操っていた。彼の最終的な目的は、世界の「語り」を支配し、人類の歴史を自分の手で書き換えることだった。

​私は、この恐ろしい「論理」を、誰もが理解できる記録としてノートに綴った。そして、セレナは、ミラージュが世界の【心音】をどのように操っているかを、私たちに語ってくれた。

​この戦いは、私たちの「探偵」としての旅の集大成となるだろう。私たちは、この世界の「語り」を、ミラージュの支配から守るため、立ち上がらなければならない。

セレナが【心音】を通して探った情報は、神崎警部補、白鳥主任、そして黒瀬調査官の論理的な分析によって、確固たる証拠へと変わっていった。サギーがそれぞれの国で仕掛けた「語り」の罠は、私たちの目の前で、具体的な犯罪として姿を現したのだ。

​しかし、この事件には、まだ一つの矛盾が残っていた。

​「サギーは、なぜ、そこまでして人々の『語り』を操ろうとするのか?」

​私は、この疑問を解決するために、過去のサギーの事件の記録をもう一度、最初から見直すことにした。ミラージュが最初に私たちに接触してきたとき、彼は自分の罪をすべて「虚構の物語」だと主張した。彼の心の声は、深い絶望と、そして、誰にも理解されない「孤独」に満ちていた。

​私は、彼の「語り」の根源に、ある一つの真実が隠されているのではないか、と推理した。

​語りの支配者、ミラージュ

​その答えは、白鳥主任の科学的な分析によってもたらされた。

​「ミラージュの脳波を分析した結果、彼の脳には、通常の人間には存在しない、特定の周波数の音波に反応する部位があることがわかったわ。それは、セレナが聴く『心の声』と同じ周波数。ミラージュは、生まれつき、他者の『心の声』を聴くことができるのかもしれない」。

​白鳥主任の言葉に、私は息をのんだ。ミラージュは、私たちと同じ能力を持っていたのだ。

​「しかし、彼は、その能力を、他人と共鳴させるのではなく、支配するために使ったのよ。彼は、他者の『心の声』を、自分の『物語』に書き換え、他者の心を操ろうとした。それが、彼の犯した罪の、本当の『論理』よ」。

​語りの結末と、新たな旅立ち

​私は、この事実をセレナに伝えた。彼女の瞳には、一切の恐怖がない。

​「東雲さん。ミラージュは、孤独な音を、支配の音に変えてしまったんだね」。

​セレナの言葉に、私は頷いた。ミラージュは、自分の「語り」を誰にも理解してもらえなかった。だから、彼は、他者の「語り」を奪うことで、自分の存在を証明しようとした。しかし、その行為は、彼をさらなる孤独へと追い込んだ。

​この事件は、単なる犯罪ではない。それは、私たちに、語りの本質を問う、哲学的な「ゲーム」だった。語りは、誰かの心を破壊する力を持つ一方で、誰かの心を救い、再生させる力を持つ。

​私たちは、この世界の「語り」を、ミラージュの支配から守らなければならない。私たちの探偵としての旅は、語りの断絶と再生を巡る、より哲学的な旅として、新たな章へと進んでいく。

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心音探偵セレナ 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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