第8話
始まりは、奇妙な密室から
私たちの探偵事務所に、新たな依頼が舞い込んだ。警察からの非公式な協力依頼だ。東京近郊で発生した、8件の連続殺人事件。被害者はいずれも男女一組で、ラブホテルの密室で死亡していた。死因は心不全か窒息。現場には争った形跡もなく、監視カメラにも、被害者が部屋に入った後は誰も出ていないことが確認されていた。
私は、事件の概要を聞いただけで、この事件がただの犯罪ではないことを悟った。これは、サギーが仕掛けた「ゲーム」と、その本質において同じだ。
「この密室は、ただの空間じゃない。これは、語りの断絶空間です」
私の言葉に、神崎警部補は懐疑的な表情を浮かべた。しかし、この事件の「論理」は、私にそう語りかけていた。ラブホテルという場所は、匿名性、性愛、そして一時的な「語り」が交差する。しかし、この事件では、その語りが「断絶されたまま」終わっている。
私たちは、最初の事件現場へと向かった。部屋の中は、一見すると何の変化もない。しかし、セレナの顔が、一瞬にして青ざめた。
「…東雲さん。この部屋、語りが途中で止まってる…」
セレナが、部屋に残された“語られなかった声”を聴き取る。彼女が聴いたのは、悲鳴でも、恐怖でもない。それは、語られることを拒まれた「心の声」だった。
鏡の告白と、歪んだ語り
部屋には、不自然なほど多くの鏡が設置されていた。通常の鏡に加えて、天井や壁にも無数の鏡が張り巡らされている。私は、その鏡の配置図をノートに書き留めながら、一つの仮説を立てた。
「この鏡は、語りを反射するためじゃない。語りを歪めるために設計されてる」
セレナは、鏡に手をかざし、その奥に“語りの残響”を聴き取ろうとした。
「…聞こえる。でも、とても複雑な音。何重にも重なってる…『なんで、こんなこと言えないんだろう…』って…」
セレナが聴き取ったのは、被害者が、恋人に語れなかった本音だった。彼らは、この密室という空間で、互いの「語りの鏡像」と向き合い、その歪んだ「語り」によって、自己が崩壊していく。そして、その自己崩壊が、彼らの死を引き起こしたのだ。
この事件の犯人は、単なる殺人犯ではない。彼は、被害者たちの「語り」を盗聴し、その「語り」が自己崩壊に至るよう、この密室の空間を設計した「語りの盗聴者」であり、「鏡の設計者」だ。彼は、被害者たちが抱えていた「語りの鏡像性」を嘲笑い、それを彼らの死へと導くための「武器」として使ったのだ。
語りの断絶と、新たな旅立ち
この事件は、語りの断絶と鏡像性を性愛の磁場で問い直す、語り設計の極限実験だ。私たちは、8人の被害者の「語り」を一人ずつ再構成し、犯人の「語り設計」を暴いていく。
この事件は、私たちに、より深い「問い」を投げかけている。密室は、語りの断絶空間なのか? 鏡は、自己を映し出すのか? それとも、自己を歪めるのか?
私たちは、この「ゲーム」を終わらせるために、この密室に隠された、語りの終焉ではなく、語りの封印という真実を解き明かさなければならない。私たちの探偵としての旅は、語りの断絶と再生を巡る、より哲学的な旅として、新たな章へと進んでいく。
語りの断絶と、八つの物語
ラブホテルで起きた連続殺人事件。その異常な事態に、私の頭は、これまで学んだすべての「論理」を総動員して、この「物語」の解読を試みていた。犯人は、被害者たちの「語り」を密室で封印した。私は、この封印された「語り」を再構成するため、被害者たちの背景、そして、部屋に残された「沈黙」を、最初から一つずつ振り返る。
最初の語り:言葉の断絶
最初の被害者は、交際を始めたばかりの大学生カップルだった。部屋に残されていたのは、二人で撮った無数の自撮り写真。楽しげな笑顔の裏で、セレナが聴き取った「心の声」は、悲しい「語り」を告げていた。
「…『本当は、君にもっと言いたいことがあるのに、言葉にできない』…」
彼らは、お互いに「語る」ことを恥じらい、SNS上の煌びやかな「物語」を演じていた。しかし、密室という二人だけの空間で、その仮面が剥がされ、互いに本音を語ることができなくなった。彼らの「語り」は、言葉になる前に断絶され、死を迎えた。
第二の語り:過去の封印
第二の被害者は、不倫関係にあった既婚者同士だった。部屋には、彼らが交換したであろう、燃え残った手紙の切れ端が散乱していた。
「…『私の過去を、この場所で終わらせたかった』…」
セレナが聴き取ったのは、過去の過ちを悔やみ、この関係で新たな「語り」を始めようとした男の「心の声」だった。しかし、彼のパートナーの「心の声」は、「あなたは、過去を忘れたいだけ。私と、本当の『語り』を始めようとしていない」と、悲しい真実を語っていた。彼らの「語り」は、過去に封印されたままで、新たな「物語」を紡ぐことができなかった。
第三の語り:自己欺瞞の末
第三の被害者は、人気インフルエンサーと、そのファンの男女だった。部屋には、ライブ配信の機材が残されていた。
「…『画面の中の私は、完璧な嘘つきだ』…」
インフルエンサーは、画面の中で「完璧な恋人」を演じ、フォロワーの理想を「語り」として作り上げていた。しかし、密室という二人きりの空間で、その「物語」は崩壊した。彼女の「嘘の語り」に憧れていたファンは、その真実を知り、絶望する。彼女たちは、互いに欺き続けた「語り」の末に、死を迎えた。
第四の語り:期待の重圧
第四の被害者は、それぞれが夢を追う芸術家同士だった。部屋には、未完成の絵画と、歌詞のない楽譜が残されていた。
「…『私は、君の期待に応えられるだけの「語り」を持っていない』…」
互いに才能を認め合い、刺激し合っていた二人。しかし、その尊敬は、いつしか「期待」という重圧へと変わっていった。相手の「語り」を完璧なものだと信じ込んでいた二人は、密室という空間で、互いの不完全な「語り」に直面する。彼らの「語り」は、期待の重圧に耐え切れず、崩壊した。
語りの終焉と、鏡の告発
私は、被害者たちの「語りの断絶」が、それぞれ異なる理由で起きていることを理解した。言葉の断絶、過去の封印、自己欺瞞、期待の重圧。しかし、そのすべての「語り」には、一つの共通点があった。
それは、鏡だ。
すべての部屋に、無数の鏡が設置されていた。犯人は、この鏡で、被害者たち自身の「語り」を彼らに突きつけた。彼らは、鏡に映る自分の姿を通して、自分たちが「語れなかった」真実と向き合い、その自己崩壊が、死を招いたのだ。
この事件は、単なる殺人事件ではない。それは、人間が抱える「語りの断絶」を嘲笑い、それを「死」へと導く、犯人による歪んだ「語りの設計」なのだ。私たちの探偵としての旅は、この歪んだ「語り」の構造を解き明かし、犯人の真実の「語り」を暴くことにある。
私たちは、この一連の密室殺人事件の「論理」を、サギーの件で知り合った警察関係者たちに説明するため、捜査本部に足を運んだ。神崎警部補、白鳥主任、そして黒瀬調査官。彼らは、私たちの話に耳を傾け、この事件が単なる犯罪ではないことを理解しようとしていた。
「この事件は、犯人による『語りの設計』です」
私の言葉に、神崎警部補は静かに頷いた。「ラブホテルという、二人の『物語』が生まれるはずの場所が、なぜ、命の終わる場所になったのか…ワシには、その『論理』が知りたかったんじゃ」。彼の心の声は、この事件の背景にある、人間の深い闇に触れようとする、強い意志に満ちていた。
私は、被害者たちの「語りの断絶」を、一人ずつ具体的に説明した。
「最初のカップルは、言葉を失った。二組目は、過去を封印した。三組目は、自己を欺いた。四組目は、期待に押しつぶされた…」
私の「論理」による説明は、次第に彼らの「物語」と共鳴していった。
鏡の告発と、封印の解除
セレナは、事件現場の密室に設置されていた鏡の画像を、白鳥主任に見せた。「この鏡の配置は、被害者たちが自分の心を映し出し、そして、その心が自己崩壊するように設計されています」。白鳥主任は、セレナの言葉を信じ、鏡に残された微細な成分を分析し始めた。
「セレナの言う通りだわ。この鏡には、通常の鏡とは違う成分が付着している。それは、特定の周波数の音波を反射し、増幅する性質を持つ。犯人は、この音波で、被害者の心の声を歪ませ、彼らの心を破壊したのよ!」
白鳥主任の冷静な分析は、私たちの推理を科学的に裏付けた。
黒瀬調査官は、自身の情報網を駆使し、被害者たちの共通の繋がりを調べていた。
「被害者たちは、全員、過去にSNS上で、匿名アカウントから特定のハッシュタグを付けられた投稿をしていた。それは、『#語れない自分』『#鏡の中の私』といったものだった。犯人は、その投稿を監視し、彼らをこの『語りの断絶空間』へと誘い込んだんやろう」。
黒瀬調査官の情報は、犯人が、私たちの「論理」を理解し、それを悪用する、非常に狡猾な人物であることを示唆していた。
語りの結末と、新たな旅立ち
私たちは、この事件が、単なる連続殺人事件ではないことを確信した。それは、人間の「語りの断絶」を利用した、犯人による歪んだ「ゲーム」なのだ。
このゲームの結末は、私たちが、この密室に隠された「語りの封印」を解除し、犯人の「語り」を暴くことにかかっている。
私たちは、この「ゲーム」を終わらせるため、警察関係者たちと協力し、新たな「物語」を紡ぎ始める。私たちの探偵としての旅は、語りの断絶と再生を巡る、より哲学的な旅として、新たな章へと進んでいく。
セレナ視点___
私は、鏡の前に立っていた。そこに映る私は、いつもの私だ。ヘッドフォンをつけ、静かにたたずんでいる。しかし、私の耳には、この部屋の、いや、この場所の「語り」が、洪水のように流れ込んできている。
東雲さんが言うように、この部屋は「語りの断絶空間」だ。楽しかったはずの「物語」が、ここで突然、途切れている。私の「心の声」は、悲鳴や怒りを聞くことに慣れている。でも、この部屋に残された「心の声」は、それとは違った。それは、まるで、語ることを拒まれた「叫び」だった。
鏡の中の私は、笑っている。でも、その笑顔は、偽物だ。私は、本当は、怖がっている。東雲さんがそばにいてくれるから、平気なふりをしているだけだ。
「この鏡は、語りを歪めるために設計されてる」
東雲さんの言葉が、私の心に響く。鏡の中の私は、私自身の「心の声」を映し出す。でも、その声は、歪んで聞こえる。それは、私が、本当は、この場所にいるのが怖い、と言いたかったのに、言えなかった「叫び」だ。
鏡の告白と、歪んだ心
私は、鏡に手をかざした。鏡の向こうから、何重にも重なった音が聞こえてくる。
「…『なんで、こんなこと言えないんだろう…』って…」
それは、最初の被害者の心の声だった。彼は、恋人に、本当の自分を「語る」ことができなかった。そして、鏡の中の自分と向き合ったとき、彼の「語り」は、自己崩壊した。
私は、彼の気持ちが、痛いほどよくわかる。私だって、本当の自分を、誰にも見せたくない。私の「心の声」は、誰にも理解されない。それは、孤独な音だ。でも、東雲さんが、私の「心の声」を「論理」で証明してくれた。だから、私は、東雲さんを信じている。
この事件の犯人は、私と同じだ。彼は、誰にも「語り」を理解してもらえなかった。だから、彼は、他者の「語り」を奪い、それを歪ませることで、自分の存在を証明しようとしている。
語りの再生と、新たな旅立ち
私は、もう一度、鏡に触れた。鏡の向こうから聞こえてくる、歪んだ「心の声」は、もう怖くない。それは、彼らの「語り」ではない。それは、彼らの「叫び」だ。
私は、その「叫び」を、東雲さんに語る。それは、私の「心の声」と、東雲さんの「論理」が、彼らの「物語」を救うための、最初のステップだ。
この事件は、まだ終わっていない。でも、私は、もう怖くない。この旅は、私の「心の声」を、もっと強く、そしてもっと美しくするための、大切な「物語」なのだから。
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