第7話

​灯里視点___

私たちの夏休みは、平和な探偵稼業に終止符を打ち、クラスメイトたちとのハワイ旅行という、まばゆい「物語」へと変わった。山口、橘、佐野、平野、岡田。彼らは皆、私たちのこれまでの「語り」に共鳴し、私たちをこの旅行に誘ってくれた。

​ハワイの陽射しは、私たちの心を温かく照らした。海の音、人々の笑い声、すべてが心地よい「語り」として、セレナの耳に流れ込んでいく。私は、この平和な「物語」が、いつまでも続くことを願った。しかし、私は知っている。私の「論理」は、いつだって、平和な「物語」の裏に隠された、不協和音を見つけ出してしまう。

​それは、今回の旅行に参加しているクラスメイトたちにも当てはまる。

​「…だば、誰も読まねぇ日記ばっか書いでらんだ…」と呟く佐久間璃子。彼女の心には、誰にも語られない孤独な「物語」が隠されていた。

​「家じゃ、なんにも言えんくてさ…笑っとるだけで、ほんとは何もないだよ」と語る中原颯真。彼の「笑い」は、本当の感情を隠すための仮面だった。

​彼らは皆、それぞれの「語り」を抱え、この旅行に参加している。そして、その「語り」の中には、いつか私たちを、再び事件へと引きずり込むかもしれない、危険な「物語」が潜んでいることを、私は予感していた。

​崩壊と、新たな叫び

​その予感は、あっけなく現実のものとなった。

​私たちは、ショッピングモールで買い物を楽しんでいた。華やかな装飾、人々の楽しそうな「語り」が、空間を満たしていた。その時、乾いた銃声が響き渡った。

​「キャアアア!」

​悲鳴が上がり、人々がパニックになって逃げ惑う。セレナの顔が、一瞬にして青ざめた。彼女の耳に、無数の「叫び」と、そして、冷たい「心の声」が流れ込んでいく。

​「…とても、汚い音。嘘と、恐怖と、裏切りの…」

​私は、セレナを庇うように、彼女の前に立った。私たちは、この状況から、冷静に「論理」を構築しなければならない。犯人の「物語」を読み解き、この事態を収束させる必要がある。

​しかし、その「論理」は、私たちのクラスメイトたちの「語り」によって、崩壊していく。

​「…手話しか使えんから、みんなわからんって言うさ…」と呟く望月亜美の心には、恐怖と、そして、誰にも届かない「叫び」が響いていた。

​「…俺、完璧な彼氏って言われてるけど、ほんとはそんなことねぇよ」と語る藤井陸の心の声は、恐怖に満ちた「嘘」を吐き続けていた。

​「…うちのポエム、実は全部借りもんやねん…」と語る宮本ひかりの心は、彼女の「語り」が、この状況では何の役にも立たないことを悟っていた。

​語りの断絶と、新たな物語

​銃声は、私たちの日常を破壊し、クラスメイトたちの「語り」を、一瞬にして露わにした。彼らは皆、それぞれの「語り」を、この極限状況で失いつつあった。

​セレナは、目を閉じ、集中していた。彼女は、この場所で鳴り響く「銃声」の奥に隠された、真実の「心の声」を聴き取ろうとしていた。

​「聞こえる…!とても、悲しい音。何かに怯えてる…でも、その声は、犯人の声じゃない…」

​セレナが聴いた「心の声」は、犯人自身のものではなかった。それは、この場所に隠された、別の誰かの「語り」だった。

​私は、セレナの言葉をノートに書き留めた。この事件は、単なる銃乱射事件ではない。それは、この場所で「語り」を奪われた、別の誰かの「物語」と深く関係している。

​私たちのハワイ旅行は、平和な「物語」ではなく、新たな「叫び」に満ちた、危険な「物語」へと変わった。私は、この「物語」の結末を、再び私たち自身の手で、語り継いでいかなければならない。


ショッピングモールで起きた銃乱射事件。私たちは、パニックの中で隠れ、この事態を冷静に「論理」で分析しようと試みていた。犯人は、まだ捕まっていない。そして、セレナは、銃声の奥に隠された、別の誰かの「心の声」を聞き取っていた。

​「聞こえる…!とても、悲しい音。何かに怯えてる…でも、その声は、犯人の声じゃない…」

​セレナが聴いた「心の声」は、犯人自身のものではなかった。私は、この事件が、単なる無差別殺人ではないことを悟った。これは、この場所に隠された、別の誰かの「物語」と深く関係している。

​その時、私たちのクラスメイトたちの「語り」が、私の耳に流れ込んできた。

​「…昔のことは、もうしゃべりたくないでかんわ…」と語る高橋仁の心は、恐怖に満ちた「沈黙」を選んでいた。

​「…姉の語り、継ごうとしたけど…うまぐいがねがった…」と語る村瀬奈々の心は、この極限状況で、彼女自身の「語り」を失いつつあった。

​彼らは皆、それぞれの「語り」を、この銃声によって、破壊されていた。私は、この「物語」の背後に、誰かの「語りの断絶」が潜んでいることを確信した。

​偽りの語りと、真実の探求

​私は、セレナに問いかけた。

​「セレナ、その声は…誰の声なの?」

​セレナは、目を閉じ、集中していた。

​「…聞こえる。でも、とても複雑な音。何重にも重なってる…『私は、誰かの物語を、盗んでしまった』って…」

​セレナが聴き取ったのは、この事件の「真実」に深く関わる、別の誰かの「語り」だった。この事件は、単なる銃乱射事件ではない。それは、この場所で、誰かの「物語」が、盗まれた結果、起きた事件なのだ。

​私は、この「物語」の論理を組み立て始めた。犯人は、この場所で、誰かの「物語」を盗んだ。そして、その「物語」の持ち主が、復讐のために、この事件を起こした。

​しかし、この「論理」には、一つの矛盾が残っている。なぜ、犯人は、無関係な人々を巻き込んだのか?

​その時、セレナは、銃声の音の奥に隠された、別の音を聴き取った。それは、この場所に設置された、盗聴器の音だった。

​「…聞こえる。たくさんの声が、盗聴されてる。悲しい音、怒りの音、喜ぶ音…すべてが、誰かに記録されてる…」

​セレナの言葉に、私ははっとした。犯人の目的は、復讐ではない。彼は、この場所で、人々の「心の声」を盗み、それを自分の「物語」として、利用しようとしていたのだ。

​語りの結末と、新たな旅立ち

​私は、セレナの能力を使って、盗聴器の設置場所を特定し、警察に通報した。そして、私たちは、この事件の真犯人を、その場所で待ち伏せた。

​現れたのは、私たちの知らない、見慣れない青年だった。彼は、背が高く、細身で、鋭い目つきをしていた。彼の名前は、遠野 健(とおの けん)。彼は、このショッピングモールの警備員として働いていた。その立場を利用して、盗聴器を仕掛け、人々の心の声を盗んでいたのだ。

​彼は、私とセレナを嘲笑うかのように、語り始めた。

​「素晴らしい推理だ。君たちは、私の『物語』を、ここまで解読した。しかし、この『物語』の結末は、私が決める」

​彼の言葉に、私は静かに答えた。

​「いいえ。あなたの『物語』は、他者の『語り』を盗んで成り立っている。そんな虚構の物語は、誰にも語り継がれません」

​セレナは、彼の心の声の奥にある、真実の「語り」を聴き取った。それは、彼が、過去に誰かに「語り」を盗まれ、その復讐のために、同じことを繰り返していた、という悲しい「物語」だった。

​私たちは、彼の「物語」を救うために、彼の心の声に語りかける。それは、セレナの「心の声」と、私の「論理」が、彼に「語り」の本当の意味を教えるための、最後の試みだった。

​銃乱射事件は、解決した。しかし、この事件は、私たちに、より深い「問い」を投げかけた。この世界には、まだ、誰にも語られない「物語」が、隠されている。私たちの探偵としての旅は、まだ終わらない。私たちは、これからも、この世界の「語り」を、救い、記録し、語り継いでいくだろう。


ハワイでの銃乱射事件は、解決した。私たちは、誰かの「語り」を盗み、自分の「物語」として利用していた遠野健を捕らえ、多くの命を救った。しかし、この事件を通して私たちが直面したのは、犯罪という「論理」だけでは割り切れない、より深い「問い」だった。

​帰国後、私は、事件の記録を整理していた。被害者たちのSNSに残された「語りの断片」、そして、遠野健が盗聴した彼らの「心の声」。その膨大なデータに、私は、この事件の真実を語る、新たな「論理」を見つけ出そうとしていた。

​その時、私は、ある匿名ブログに辿り着いた。

​「…これは…」

​そこに書かれていたのは、私たちのクラスメイトたちの「語り」だった。佐久間璃子の孤独、中原颯真の仮面、望月亜美の悲しみ。しかし、その「語り」は、私たちが知っている彼らの「語り」とは、全く違うものだった。

​佐久間璃子の孤独は、「詩的な沈黙」として美しく描かれていた。中原颯真の仮面は、「家族を守る優しさ」として再構成されていた。それは、まるで、彼らの「語り」を、誰かが代筆したかのような、完璧な「物語」だった。

​私は、このブログに、強い違和感を覚えた。これは、彼らの「物語」を救済する行為ではない。それは、彼らの「語り」を、作者の都合の良い「物語」に書き換える、暴力ではないか。

​セレナもまた、その「語り」の違和感を聴き取っていた。

​「…東雲さん。この語り、とても綺麗だけど…でも、『これは、私の語りじゃない…』って、たくさんの声が聞こえる…」

​セレナが聴き取ったのは、代筆された「語り」の奥にある、クラスメイトたちの「拒絶の声」だった。彼らは、自分の「語り」を美化されたことに、喜びを感じるどころか、深い苦痛を感じていたのだ。

​語りの倫理と、真実の探求

​私は、この事件の「論理」を、再び組み立て始めた。

​犯人は、クラスメイトたちの「語り」を代筆することで、自分の存在を証明しようとしていた。彼は、過去に自分の「語り」を誰にも聞いてもらえず、否定された経験を持つ人物だ。しかし、彼は、他者の「語り」を盗んだわけではない。彼は、彼らの「語り」を「代理」することで、彼らの「物語」に、自分の「語り」を重ねようとしていたのだ。

​しかし、その行為は、他者の「語り」の主体性を奪う、恐ろしい暴力だった。それは、語りの救済ではなく、語りの支配だった。

​私は、セレナと共に、犯人の「語り」を突き止めるために、この匿名ブログの書き込みを分析した。書き込みの文章構造、使用される言葉の癖。それは、私たちのクラスメイトの中にはいない、見知らぬ人物の「語り」だった。

​私たちは、語りの構造と倫理を分析し、セレナは拒絶された声を拾い上げた。二人は、犯人の「語り」を“本人の声”として再構成し、語りの再生を試みる。それは、語りの代理ではなく、語りの共鳴へと導く、私たちの新たな戦いの始まりだった。

​この事件は、語りの盗用から語りの代理へと、問いを深化させるものだ。語りの倫理とは何か。誰が語るか。誰が聴くか。誰が記録するか。その根源的な問いが、私たちの目の前に投げかけられている。

​私たちは、この「物語」の結末を、再び私たち自身の手で、語り継いでいかなければならない。

私たちは、匿名ブログの「語り」を分析していた。そこには、クラスメイトたちの「語り」が、美しく、そして歪んだ形で代筆されていた。私は、その代筆された「語り」に潜む、あるパターンに気づいた。

​「…この文章の癖、どこかで…」

​私は、頭の中で、過去の「記録」を遡る。そして、一つの「物語」に辿り着いた。それは、かつて私たちが解決した、いじめ事件の「語り」だった。いじめの被害者だった、水無瀬澪。彼女もまた、自分の「語り」を誰にも聞いてもらえず、苦しんでいた。

​「…まさか…」

​私は、水無瀬澪が、この匿名ブログの代筆者なのではないかと疑い始めた。しかし、その「論理」には、一つの矛盾があった。水無瀬澪は、セレナと私の「語り」によって救われたはずだ。なぜ、彼女が、他者の「語り」を奪うようなことをするのか?

​セレナは、水無瀬澪の「語り」に触れるため、彼女の心に集中する。しかし、聞こえてきたのは、水無瀬澪自身の声ではなかった。

​「…違う。この語りの奥にあるのは、別の声。誰かの悲鳴のような、でも、とても静かな声…」

​セレナが聴き取ったのは、水無瀬澪の「語り」ではない。それは、この代筆された「物語」の背後に隠された、別の誰かの「叫び」だった。それは、水無瀬澪の「物語」に深く関わっていた、あの時の加害者グループの一人ではないか?

​語りの共鳴と、贖罪の物語

​私たちは、水無瀬澪に接触することにした。彼女は、静かに私たちの話を聞いていた。そして、彼女が語った「物語」は、私の推理を根底から覆した。

​「…私は、あの事件の後、自分の『語り』を、どうすればいいのか分からなくなっていました。そんな時、あのブログを見つけたんです。そこに書かれていたのは、私の『語り』のようでした…でも、違いました。それは、私をいじめていた、あの時の彼女の『語り』でした」

​水無瀬澪が語ったのは、いじめの加害者の一人、鷹取茜が、あの事件の後、誰にも語れなかった苦しみを抱え、日記のようにブログを書いていた、という「物語」だった。彼女は、誰にも「語り」を理解してもらえず、自らの「物語」を、美化し、代筆することで、自分を許そうとしていたのだ。

​しかし、そのブログの代筆は、彼女自身の「語り」をさらに歪ませ、彼女を深い孤独へと追い詰めていた。水無瀬澪は、そのブログを見つけた時、彼女の「心の叫び」に気づき、彼女の「語り」を救おうとしたのだ。

​私たちは、鷹取茜の「語り」を、水無瀬澪と共に、私たちの「論理」で証明し、彼女に、もう一度、本当の自分の「語り」を語らせることを決意した。

​この事件は、語りの救済と、語りの暴力、そして語りの共鳴を巡る、より深い「物語」へと変わっていった。

私たちは、水無瀬澪から聞いた「物語」を胸に、鷹取茜の元へと向かった。彼女は、高校を卒業した後も、同じ街で暮らしているという。インターフォンを鳴らす私の心臓は、激しく脈打っていた。かつて、私の「論理」を嘲笑い、セレナの「心の声」を歪ませた彼女が、今、どのような「物語」を抱えているのか。

​ドアが開くと、そこに立っていたのは、見慣れない顔だった。しかし、セレナの耳には、その人物の「心の声」が響いていた。

​「…『鷹取さんは、今、話す気分じゃないみたいで』…」

​その心の声に、私ははっとした。この人物は、鷹取茜の「語り」を、私たちに聞かせまいとしている。この「論理」は、私たちが追いかけてきた、誰かの「語り」を代筆し、支配しようとする者たちのそれと、全く同じだった。

​「私たちは、鷹取茜さんに、直接お話が伺いたいんです」

​私がそう言うと、その人物は、警戒するように私たちを見つめた。しかし、セレナは、その人物の心の奥底に隠された、もう一つの「物語」を聴き取っていた。

​「…『私が、彼女の心を壊してしまった…』って…」

​セレナが聴き取ったのは、この人物が、鷹取茜の「物語」に深く関わっており、そして、彼女を苦しめていることを知っている、という「物語」だった。私は、この人物の「語り」を、セレナの「心の声」と、私の「論理」で証明する必要があると感じた。

​偽りの盾と、真実の叫び

​私たちは、その人物に、鷹取茜の「語り」を代筆していた匿名ブログのこと、そして、彼女が抱えている苦しみを語った。私たちの言葉に、その人物の顔が歪んだ。

​「…そんなこと、どうして知ってるんですか? 彼女は、もう誰にも、何も話さないと決めているんです…」

​その人物の心の声は、驚きと、そして、深い悲しみに満ちていた。私は、その人物が、鷹取茜の「語り」を、誰にも奪わせまいとする「守護者」であると同時に、彼女を深く傷つけた「加害者」であることに気づいた。

​「私たちは、鷹取茜さんの『物語』を救いたいんです」

​私の言葉に、その人物は、静かに頷いた。そして、私たちを、部屋の中へと招き入れた。

​部屋の奥には、椅子に座り、窓の外を虚ろな目で見つめる鷹取茜の姿があった。彼女は、私たちの存在に気づいていないようだった。彼女の心の声は、沈黙に包まれ、何も語らなかった。しかし、セレナは、その沈黙の奥に、かすかに響く「叫び」を聴き取っていた。

​「…『誰か、この物語を、終わらせて…』って…」

​セレナが聴き取ったのは、鷹取茜が、自らの「物語」を、誰かに「終わらせてほしい」と願う、悲痛な叫びだった。

​私たちは、鷹取茜の「物語」を、彼女自身に語らせるために、この事件の真実を、彼女に伝えることにした。これは、語りの救済と、語りの共鳴を巡る、最後の戦いだった。

部屋の静寂は、重く、どこか湿っていた。鷹取茜は、私たちの存在に気づいていないかのように、ただ窓の外を虚ろな目で見つめている。私は、彼女にこの事件の「論理」を語り、真実を突きつけるべきだと考えた。しかし、セレナは、私の隣で、静かに彼女の「心の声」に耳を傾けていた。

​「…『この物語を、終わらせて…』」

​セレナが聴き取った、鷹取茜の心の叫び。それは、彼女が、自らの「語り」から解放されることを願う、悲痛な叫びだった。

​私の論理は、この状況でどう動くべきか、答えを出せずにいた。しかし、セレナは、私の論理とは違う、彼女自身の「感性」を信じて、一歩前に出た。

​「鷹取さん…」

​セレナの声は、静かだった。しかし、その声は、鷹取茜の心の奥底にまで届いた。鷹取茜は、ゆっくりと私たちの方に顔を向けた。彼女の瞳は、まるで光を失ったかのように、何も映していなかった。

​「…あなたは、この物語を、終わらせることはできません」

​セレナの言葉に、鷹取茜の瞳が、わずかに揺れた。

​「なぜなら、この物語は、あなた一人のものじゃないから」

​セレナは、鷹取茜の手に、そっと触れた。セレナの能力は、他者の「語り」を聴く力。しかし、今、彼女は、自分の「語り」を、鷹取茜に語りかけている。

​「いじめの事件の後、私は、自分の『心の声』が、誰も理解してくれない孤独な音だと、そう思っていました。でも、東雲さんが、私の『心の声』を『論理』で証明してくれた。水無瀬さんが、私の『物語』を、愛してくれた。そして、この事件を通して、たくさんの人の『語り』が、私の心の中で、共鳴している」

​セレナは、そう言って、鷹取茜の「心の声」に、自分の「心の声」を重ねた。

​「あなたの『物語』は、孤独な物語じゃない。それは、あなたを苦しめた『物語』を、終わらせようと願う、私たちの『物語』でもある」

​セレナの言葉は、鷹取茜の心の壁を、一つずつ壊していく。鷹取茜の瞳に、再び光が宿った。

​「あなたの『物語』を、終わらせることはできない。でも、あなた自身の『物語』を、もう一度、新しく始めることはできる」

​セレナがそう言うと、鷹取茜の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女は、静かに、私たちに語り始めた。それは、誰にも語ることができなかった、彼女自身の「物語」だった。それは、誰にも聞いてもらえなかった、彼女の本当の「心の声」だった。

​私たちの「探偵」としての旅は、犯罪を解決するだけではない。それは、誰かの心を破壊する「語り」を、誰かの心を救う「物語」へと変えることだ。そして、私は、その「物語」を、このノートに、永久に記録し続ける。


探偵事務所の日常は、意外なほどに静かだ。

​私がノートパソコンに向かい、事件の記録を整理している横で、セレナはヘッドフォンをつけ、目を閉じている。彼女の耳には、この街の無数の「心の声」が流れ込んでいる。通勤ラッシュの喧騒、カフェでのおしゃべり、公園で遊ぶ子供たちの笑い声。普通の人には聞こえない、世界の「物語」だ。

​「今日の商店街は、みんなが『今日の晩ご飯は何にしようか』って話してるよ。美味しそうな匂いが、たくさんの声になってる」

​セレナがそう呟くと、私は彼女の言葉をノートに書き留める。それは、事件の記録ではない。私たちの日常の「記録」だ。

​論理と感性の交差点

​私たちの日常は、いつも「論理」と「感性」の交差点にある。

​私が「今日のコーヒー豆は、カフェイン量が少ないから、仕事の効率が上がる」と論理的に分析していると、セレナは「このコーヒー、優しい味がするね。淹れてくれた人の心の声が聞こえるみたい」と感性で語る。

​最初は、そのギャップに戸惑った。私の「論理」は、彼女の「感性」を理解できず、彼女の「感性」は、私の「論理」を必要としていなかった。

​しかし、サギーとの戦い、そして「語りの代筆者」事件を通して、私たちは知った。論理だけでは解けない謎があり、感性だけでは伝わらない真実がある。私たちの力は、どちらか一方だけでは不完全なのだ。

​私たちは、互いの力を認め合い、補い合うことで、一つの「物語」を完成させていく。

​探偵たちの、静かな日常

​探偵事務所の窓から、夕日が差し込んでいる。

​私は、パソコンを閉じ、セレナに問いかけた。「今日の『心の声』は、もう終わり?」

​セレナは、ゆっくりとヘッドフォンを外した。「うん。もう、十分。今日は、たくさんの『物語』を聴いたから」

​彼女の顔は、満足げな笑顔に満ちていた。私は、彼女の笑顔を見て、この探偵事務所を始めてよかったと、心から思った。

​私たちの日常は、華やかな探偵物語ではない。それは、この世界のどこかに隠された、声なき「物語」を、静かに見つけ、記録し、語り継いでいく、私たちの旅なのだ。

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