第6話
被害者・水野陽翔視点___
俺の名前は水野陽翔。17歳。
俺の日常は、カメラの前にある。俺の人生は、画面の中で語られる物語だ。
「みんな、今日は心霊スポットの廃墟に凸ってみるぜ! チャンネル登録、高評価、よろしく!」
カメラに向かって話す俺の声は、明るく、いつも通りの陽翔だ。でも、この声は、俺の本当の声じゃない。本当の俺は、カメラを向けられると、本当の言葉が出てこなくなる。
SNSは、俺にとって最高の舞台だった。みんなが俺の『語り』を求めた。
「陽翔くん、面白い!」「次の動画も楽しみにしてる!」
そんなコメントを見るたびに、俺は、どんどん『陽翔』というキャラクターを演じることに夢中になった。
本当の感情なんて、必要なかった。必要なのは、視聴者が喜ぶ『語り』だけ。
そうして、いつの間にか、俺は自分の本音を語ることを忘れてしまった。
今日の肝試しのメンバーは、SNSで知り合った仲間たち。
リーダー格の颯太は、いつも強さを語っていた。言葉を発しない澪は、絵で語ることを選んだ。ひよりは、学校で語りを断絶された子。悠真は、音楽で語る。玲奈は、語りをネタとして消費する。そして、地元出身の智貴は、語ることを拒んでいた。
みんな、それぞれの方法で、自分の『語り』を偽って生きていた。
俺たちにとって、この廃墟は、ただの『ネタ』の宝庫だ。ここで、視聴者が喜ぶ『物語』を撮って、再生数を稼ぐんだ。
「おっしゃ、行くぜ!」
俺は、そう言って、一番最初に廃墟の中へ足を踏み入れた。
廃墟の中は、異様な静寂に包まれていた。ホコリの匂いがする。音がない。
俺は、動画を撮るために、怖がるふりをした。
「うわ、なんか出た!?」
カメラに向かって、大げさに叫んだ。でも、心の声は、全然怖がっていなかった。
俺は、この『語り』が、いつものようにうまくいくと思っていた。
その時、俺の心に、突然、強い衝撃が走った。
それは、言葉では言い表せない、強い『沈黙』だった。
俺の心の声が、かき消されていく。
俺が作り上げた『陽翔』というキャラクターの『語り』が、音を立てて崩れていく。
「…どうして、言葉が出てこないんだ…」
俺は、本当の言葉を、叫びたかった。
でも、もう、喉から声が出なかった。
俺の心が、沈黙に閉じ込められていく。
最後に聞こえたのは、俺の『語り』を失った、俺自身の『叫び』だった。
それは、誰にも聞こえない、音のない『叫び』だった。
俺は、誰にも『語れない』まま、沈黙の中に消えていった。
灯里視点___
「…東雲さん、聞こえる?」
セレナの声が、私の耳に届いた。彼女の声は震えていた。私は、懐中電灯で薄暗い廃墟を照らしながら、セレナの表情を見た。彼女の顔は青ざめていた。
「どうしたの、セレナ?何か聞こえたの?」
私は、ノートを構え、ペンを握りしめた。しかし、セレナは首を横に振った。
「…聞こえない。何も。何の音もしない。ただ、彼の心臓が止まる直前の音だけ…でも、その音は、まるで悲鳴をあげたかったのに、声にならなかったみたいに、静かだった…」
セレナの言葉は、私の論理を混乱させた。何かの悲鳴が記録されていない、ということは、彼の死に、音の伴う暴力的な出来事はなかった、ということを示唆している。しかし、彼の死は、間違いなく他殺だ。私たちは、不可解な「沈黙」という事実に直面した。
現場には争った形跡もない。ただ、彼の顔には、恐怖と絶望が混ざり合ったような、奇妙な表情が浮かんでいた。私は、彼の瞳に映る最後の景色を読み取ろうとしたが、それは、ただの暗闇だった。
「これは、サギーの『語りの鏡像性』かもしれない」
私は、過去のサギーの「ゲーム」を思い出し、呟いた。彼らは、私たちの能力を嘲笑うかのように、偽りの「物語」を構築する。この「沈黙」は、セレナの「心の声」という能力を無効化するための、新たな罠なのかもしれない。
語りの断片と、軽んじられた言葉
私は、セレナを連れ、廃墟を後にした。警察に通報し、神崎警部補たちが現場に到着するのを待った。私は、この事件の「論理」を、被害者・水野陽翔の「物語」から再構築する必要があると感じた。
私たちは、彼のスマートフォンに残されたSNSの履歴を調べた。そこには、彼が動画配信者として活動していた「物語」の記録が残されていた。彼のフォロワーは数十万人。画面の中の彼は、明るく、人気者で、常に「語り」を演出していた。しかし、彼のSNSに残された言葉は、彼の本当の「物語」とはかけ離れているように思えた。
「『今日の動画、超面白い!』って書いてるけど、心の中では『本当は全然面白くないのに』って思ってる声が聞こえる…」
セレナが、SNSに残された言葉の裏側にある「心の声」を読み取る。それは、彼が「語り」を軽んじ、本音を語ることができなくなった悲しい「物語」だった。彼の「語り」は、画面の中の「演出」として消費され、彼の心は、次第に沈黙の中に閉じ込められていったのだ。
語りの倫理と、沈黙の磁場
私は、この廃墟が、なぜ「語りの倫理が崩壊した場」と呼ばれるのか、理解し始めた。
水野陽翔は、SNSという「語りの場」で、自分の「物語」を偽り続けた。彼は、語ることができなくなった本当の自分の「物語」を、この廃墟に置いてきたのかもしれない。そして、この場所は、彼の「語り」を封じる「磁場」となっていた。
セレナが聴き取った「沈黙」は、彼の死の直前の「語れなかった叫び」だった。それは、言葉ではなく、心そのものが発した悲鳴。この廃墟は、彼が軽んじた「語り」の代償として、彼の声を奪い、沈黙の中に閉じ込めたのだ。
私たちは、この事件が単なる殺人事件ではないことを確信した。これは、語りの倫理を巡る、より深い「物語」の始まりだ。私たちは、この廃墟に潜む「語りの磁場」を解明し、真犯人を見つけ出すために、この「沈黙」という謎を解き明かさなければならない。
水野陽翔の死は、この事件のほんの始まりに過ぎなかった。彼の後に続く被害者たちは、それぞれが特定の「語り」を失った者たちだった。私は、セレナが聴き取った「沈黙の心音」と、被害者たちのSNSに残された「語りの断片」を、具体的な内容で洗い出した。
語りの断絶者たち
第一の被害者、水野陽翔。彼は、動画配信者として「リア充な日常」を演出するうちに、本音を語れなくなった。SNSの投稿は毎日更新され、いつも笑顔の自撮りや、仲間との楽しげな動画が並んでいた。しかし、彼のスマホのメモアプリには「本当は家にいたい」「誰も俺の本当の顔を知らない」という、誰にも見せていなかった心のつぶやきが残されていた。彼が最後に叫びたかったのは、カメラの前では決して語れなかった、本当の自分の孤独な声だった。
第二の被害者、佐伯澪。彼女は、絵を描くことでしか自分を表現できず、言葉で気持ちを伝えることをやめていた。彼女のSNSは、カラフルな抽象画やデッサンで埋め尽くされていたが、どの作品にもキャプションはなかった。廃墟で「語れない自分」と向き合い、彼女の心音は、言葉にならない筆の動きのような叫びを残した。
第三の被害者、藤堂颯太。彼は、格闘技の大会での優勝経験を誇り、SNSでも筋トレやサンドバッグを叩く動画を投稿し続けていた。「弱さは悪だ」と語る彼の投稿には、いつも強気な言葉が並んでいた。しかし、彼の通話履歴には、毎晩のように「怖い夢を見た」「本当に強くなりたい」と、友人に弱音を吐く電話の記録が残されていた。廃墟で彼の鎧は剥がされ、語られなかった恐怖が沈黙として残された。
第四の被害者、三輪ひより。彼女は、学校でいじめに遭い、誰も話を聞いてくれなかった。彼女のSNSは、友人たちとの楽しげな写真ばかりで、一見すると不登校の兆候はない。しかし、彼女のメッセージ履歴には、友人からの返信が一切ないメッセージが数百件も残されていた。「ねえ、聞いてくれる?」「今日の授業、こんなことがあったんだ」という、彼女の「語りたいのに語れない」声が、心音として沈黙に記録された。
第五の被害者、大谷悠真。彼は、作曲という「音の語り」を操っていた。彼のYouTubeチャンネルには、自作のピアノ曲やバンド演奏の動画が並んでいた。しかし、廃墟では彼の能力は無効化された。彼が死の直前に聴いていたのは、彼がかつて作曲しようとしていた、しかし完成させることができなかった「無音のメロディ」だった。
第六の被害者、白石玲奈。彼女は、心霊系の都市伝説を動画のネタとして消費し、軽々しく「語り」を扱っていた。彼女のSNSには「この廃墟、マジでやばい!」「幽霊の語り、ゲットだぜ」といった、語りをゲームのように扱う投稿が並んでいた。しかし、廃墟で彼女が直面したのは、ゲームではない、真の「語り」の崩壊だった。
最後の被害者、野村智貴。彼は、この廃墟が持つ「語りの磁場」を知っていながら、過去の出来事から語ることを拒み続けていた。彼のスマホの検索履歴には、「廃墟」「封印」「声」といった、この場所にまつわるキーワードが大量に残されていた。彼は「語りの封印者」として、沈黙を選んだ。
沈黙の謎と、語りの再生
この一連の殺人事件は、単なる連続殺人ではない。犯人は、被害者たちがそれぞれ抱えていた「語りの断絶」を、この廃墟という特定の「磁場」で具現化させた。そして、彼らの心を沈黙の中に閉じ込めたのだ。
しかし、セレナの「心の声」は、絶望だけを語っていなかった。沈黙の心音の奥には、語りを奪われた者たちの、語りを取り戻したいという、無意識の希望が残されていたという。
この事件は、語りの断絶から始まったが、セレナの「心の声」と、私の「論理」によって、語りの再生へと向かうだろう。私たちは、この「沈黙の廃墟」を「語りの墓場」としてではなく、「語りの再生装置」として再設計し、真犯人の「語り」を暴かなければならない。
水野陽翔の死から始まった一連の殺人事件は、私とセレナを、再び非常識な「物語」へと引きずり込んだ。今回の事件の犯人は、被害者たちの「語り」を奪い、彼らの心を「沈黙」の中に閉じ込めた。私は、この事件の「論理」を、サギーの件で知り合った警察関係者たちと共有する必要があると感じた。彼らの協力なしには、この事件を解決することはできない。
私は、捜査本部の面々を前に、これまでの捜査で明らかになったことをすべて語った。被害者たちの名前、年齢、そして彼らが抱えていた「語りの断絶」という、具体的な事実。
「水野陽翔は、動画配信者として『偽りの物語』を演じ続けた結果、本音を語る能力を失いました。佐伯澪は、言葉による『語り』を捨て、絵でしか自分を表現できなくなっていた。藤堂颯太は、強さという『語り』で弱さを封じていた。三輪ひよりは、学校で『語り』を断絶され、不登校になっていた。大谷悠真は、音楽という『音の語り』を奪われた。白石玲奈は、語りを『ネタ』として消費し、その倫理を失った。そして、野村智貴は、この場所の『語りの磁場』を知っていながら、語ることを拒み続けた」
私の「論理」による説明は、次第に彼らの「物語」と共鳴していった。
論理と感覚の共鳴
「その廃墟は、彼らの『語りの断絶』が集まった場所だったんですね。そして、犯人は、その磁場を利用して、彼らの『叫び』を沈黙に変えた」
セレナがそう呟くと、神崎警部補が静かに頷いた。「それは、まるで、ワシの妹の『物語』のようじゃ…」。彼の心の声は、過去の悲劇を思い出し、この事件の真実を理解していることを示していた。
白鳥主任は、私たちの話を聞きながら、被害者たちのSNSのデータを科学的に分析していた。「被害者たちの投稿には、共通して、特定のハッシュタグが使われています。それは、彼らがこの廃墟を訪れる前に、誰かに『語りの断絶』を告白していたことを示唆しているわ。犯人は、その告白を利用して、彼らを廃墟へと誘い込んだのよ」。彼女の冷静な分析は、私たちの推理を科学的に裏付けた。
黒瀬調査官は、この事件の裏側に隠された、サギーの残党の動きを語った。「この事件は、単なる連続殺人やなか。サギーの残党は、この『語りの断絶』を、新たな『語りの支配』へと繋げようとしとるんやろう。彼らの狙いは、この事件の真実を、自分たちの都合のいい『物語』として世界に語り継ぐことやなかろうか」。彼の情報網は、事件の背後に潜む、より大きな陰謀を明らかにした。
私たちは、この事件の真犯人を捕らえるため、協力して捜査を続ける。この戦いは、私たちの「探偵事務所」での平和な「物語」を、再び非常識な「物語」へと引きずり込んでいく。この事件の結末は、私たちがこの「沈黙の廃墟」を「語りの墓場」としてではなく、「語りの再生装置」へと変えられるかどうかにかかっている。
私たちは、被害者たちが共有していたSNSの特定のコミュニティを突き止めた。そのコミュニティを管理していたアカウントのユーザー名を見たとき、私の心臓は止まりそうになった。それは、最後の被害者、野村智貴だった。
しかし、セレナが彼のスマホに残された最後の投稿に触れたとき、私の推理は覆された。彼の心の声は、汚い嘘と恐怖に満ちていたが、それは彼の声ではなかった。それは、彼に「語り」を書き残させた、真犯人の心の声だった。
その時、私たちの背後から声がした。私たちは、その人物を追い詰めた。彼は、被害者たちとこの廃墟に訪れていた、肝試しグループのメンバーの一人だった。彼の名前は、遠山 健(とおやま けん)。
彼は、被害者たちが抱えていた「語りの断絶」を嘲笑い、彼らを廃墟へと誘い込んだ。そして、彼らの心を沈黙の中に閉じ込め、彼らの「語れなかった叫び」を、自分の「物語」として消費しようとしていたのだ。
彼は、私とセレナに語りかけた。「君たちの『論理』も、『感性』も、この場所では無力だ。この廃墟は、すべての『語り』が消え去る場所なのだから」。
彼の言葉は、私たちを絶望させようとするものだった。しかし、セレナは、静かに首を横に振った。
「いいえ。ここは、すべての『語り』が消え去る場所じゃない。ここは、すべての『語り』が、もう一度生まれる場所だ」
セレナは、廃墟の地面に触れ、この場所に隠された、無数の「語り」の残響を歌い始めた。彼女の歌声は、私たちの「論理」と共鳴し、この場所に隠されたすべての「語り」を、私たちの目の前に、具現化させた。
遠山健は、セレナの歌声に、恐怖に顔を歪ませた。彼の「物語」は、セレナの歌声によって破壊されていく。彼は、セレナの「心の声」という、最も純粋な「語り」の力に、抗うことができなかった。
神崎警部補たちが、遠山健を取り押さえる。彼は、最後に私たちに呟いた。「…この場所で、俺の『物語』は、終わるんだな…」。彼の心の声は、絶望と、そして微かな安堵に満ちていた。
私たちは、この事件を解決した。犯人は、遠山健。彼の「物語」は、ここで終わりを告げた。しかし、この事件を通して私たちが知ったのは、「語り」は、誰かの心を破壊する力を持つ一方で、誰かの心を救い、再生させる力を持つということだった。
セレナ視点___
私は、ガラス越しに遠山健を見た。彼の顔は、疲れ果て、何もかも諦めているようだった。私の耳は、彼の心の声を聞き取ろうと、静かに集中する。しかし、聞こえてくるのは、かすかな「雑音」だけだった。
「…とても汚い音。嘘と、恐怖と、裏切りの…」
私が東雲さんにそう伝えると、彼女は私の言葉をノートに書き留める。
「セレナ。彼の心の声は、この事件の真実を語っているはず。彼の『語り』を、私に聞かせて」
東雲さんはそう言ったが、私の耳には、彼の心の声は、ただのノイズにしか聞こえなかった。
私は、彼の心の声の奥にある、もっと深い音を聞き取ろうと試みた。しかし、彼の心は、まるで分厚い壁に囲まれているように、閉ざされていた。それは、彼が自ら作り上げた、彼の「物語」を守るための壁だった。
語りの断絶と、共鳴
私は、彼がSNSで管理していたアカウントの写真を見た。そこには、被害者たちの笑顔が並んでいた。しかし、私の耳には、彼らの「叫び」が響いている。彼らの心は、遠山健によって、沈黙の中に閉じ込められていたのだ。
私は、彼の心の声を聞くことを諦めた。私は、彼の「物語」を、別の方法で理解しようと決めた。私は、彼の目を見つめた。彼の目は、私を映していた。その目に映る私は、私自身の「語り」を、彼に語りかけていた。
私は、彼の心の声を聞くのではなく、彼自身の心を、私の「語り」で揺さぶろうとした。
「あなたは、彼らを殺したかったわけじゃない…」
私がそう呟くと、彼の目が、わずかに揺れた。
「あなたは、彼らの『語り』を、永遠に、あなたの心の中に、閉じ込めたかっただけ…」
私の言葉は、彼の心の壁を、少しずつ壊していく。彼の心は、私の「語り」と共鳴し始めた。
「彼らが、あなたの心を傷つけたから…」
私の言葉に、彼の瞳から、一筋の涙がこぼれた。彼は、自分の心を、誰にも「語らせたくなかった」。だから、彼は、彼らの「語り」を、沈黙の中に閉じ込めたのだ。
遠山健は、静かに、私に語り始めた。それは、彼の心の奥底に隠された、もう一つの「物語」だった。彼の「物語」は、誰にも語られることがなかった。しかし、私の「心の声」と、東雲さんの「論理」は、その「物語」を、この世界に、具現化させた。
私は、この事件の真実を、私の「心の声」と、東雲さんの「論理」で、証明することができた。私たちは、遠山健の「物語」を救い、この世界の「語り」を、また一つ、守ることができたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます