第5話

私たちの夏休みは、バイト感覚の探偵業で平穏に流れていた。しかし、その静寂は、世界的な文学賞のニュースによって破られた。受賞したのは、30年間も沈黙を貫いてきた伝説の作家、久遠真澄。彼の受賞は、その「沈黙」そのものが評価されたという異例のものだった。

​しかし、授賞式の直前、久遠は姿を消した。残されたのは、彼の書斎に響いていたという「心の声」──「この物語は、私のものではない」。

​この報せを聞いたとき、私の心はざわついた。久遠真澄は、サギーが操った「物語」そのものかもしれない。私たちは、この事件がただの失踪事件ではないことを直感的に悟った。

​私たちは、久遠の書斎へと向かった。そこには、彼の代表作『四幕の沈黙』の原稿が散乱していた。セレナは、原稿に触れ、久遠の最後の「心の声」を聴き取ろうとする。しかし、聞こえてきたのは、別の声だった。

​「…久遠さんの心から、違う人の声が聞こえる。『この物語は、私のものだ』って…」

​セレナの言葉に、私はノートを広げた。この「物語」は、久遠真澄のものではない。誰かが彼の「語り」を盗み、それを彼の作品として世に出したのだ。久遠の「沈黙」は、盗まれた「語り」を守るための、最後の抵抗だったのかもしれない。

​この事件の裏側で、文学界の権威たちが暗躍しているという。彼らは、この「語りの所有権」を巡って、どのような「取引」をしていたのだろうか。そして、サギーの残党が、久遠の「沈黙」を利用して、新たな「語りの支配」を試みているという情報も入ってきた。

​私たちは、この事件が、かつてのサギーとの戦いの再来であることを確信した。

​第一幕:動機なき殺人

​私たちの推理が、現実を侵食する。久遠真澄の小説『四幕の沈黙』に描かれた通りに、連続殺人事件が発生した。

​最初の被害者は、無名の清掃員。現場には、何の痕跡も残されていない。しかし、セレナが聴き取った心の声は、私の論理を揺さぶった。

​「…この人、死の直前にこう言ってた。『私は、誰かの物語の中にいただけ』って…」

​私は、すぐに久遠の小説の第一章を読み返した。そこには、動機も、名前も、顔も与えられなかった“匿名の犠牲者”が描かれていた。清掃員は、その「物語」と完全に一致する。

​神崎警部補は、現場の清掃記録を調べ、被害者がこの清掃会社に勤めていたことを突き止めた。しかし、それ以上の情報はない。被害者は、本当に何の繋がりも、何の「物語」も持たない、ただの犠牲者なのだろうか。

​白鳥主任は、清掃員の制服に付着した微細な粒子を分析していた。「この粒子は、久遠真澄の書斎から見つかったインクの成分と一致する…」彼女の言葉に、私は息をのんだ。

​私たちは、小説の「物語」が、現実を侵食していることを悟った。犯人は、ただ小説を模倣しているのではない。久遠の「語り」そのものが、犯行の設計図となっているのだ。

​第二幕:正義による殺人

​第二の殺人は、私たちの警戒を嘲笑うかのように起きた。被害者は、元検察官。現場には、正義を象徴する天秤のオブジェが残されていた。

​セレナが聴いた心の声は、より鮮明だった。

​「…『これが、正しい裁きだった』って…」

​私は、久遠の小説の第二章を読み返した。そこには、“正義を信じすぎた男”が描かれていた。彼は、自らの「正義」を貫くために、罪を犯す。元検察官は、小説の登場人物の「物語」と完全に一致した。

​白鳥主任は、天秤のオブジェに残された指紋を分析していた。「指紋は、久遠真澄の編集者、水無瀬澪のものだ」。彼女の言葉に、私は驚きを隠せない。水無瀬澪。彼女は、久遠の唯一の理解者であり、この事件の鍵を握る人物の一人だ。

​神崎警部補は、元検察官の過去の捜査記録を調べていた。「彼が、かつて担当した事件の記録に、久遠真澄の名前があった…」。彼の言葉に、私たちの推理は、より確固たるものになった。

​この「ゲーム」の真実が見えてきた。犯人は、久遠真澄の小説に登場する「物語」の登場人物を、現実世界で演じさせている。そして、その背後には、久遠真澄と、彼の編集者、そして文学界の権威たちが隠されている。

​私たちは、この「語りの連鎖」を断ち切るために、水無瀬澪に接触する必要がある。しかし、彼女もまた、この「物語」の登場人物として、何らかの「役割」を演じているのかもしれない。この「ゲーム」は、私たちが思うよりも、もっと複雑な構造をしていた。

​第三幕:愛による殺人

​三番目の殺人は、私たちが水無瀬澪に接触する直前に起きた。被害者は、女性作家。彼女の遺体のそばには、燃え残った未発表原稿が残されていた。

​セレナが聴いた心の声は、悲しみと、そして深い愛に満ちていた。

​「…『あなたの物語に、私を残してほしかった』って…」

​私は、久遠の小説の第三章を読み返した。そこには、“語りを奪われた女”が描かれていた。彼女は、愛する男に「語り」を盗まれ、その復讐のために殺人を犯す。女性作家の「物語」は、小説の登場人物と完全に一致した。

​神崎警部補は、女性作家の死を、警察の捜査記録と照合していた。「彼女は、久遠真澄の作品に影響を受け、小説家になった人物だった」。彼の言葉に、私は、この事件の真の動機に近づいた。

​この殺人は、「愛」による殺人ではない。それは、自身の「語り」を奪われた者たちの、悲しい復讐の「物語」だった。この女性作家は、久遠の作品に人生を救われたと語る読者代表・天城透と、何らかの関係があるのではないか。

​私たちは、この事件の背後にある「語りの取引」を解明するために、文学賞の審査委員たちの行動を監視し、天城透に接触することを決めた。

​第四幕:沈黙による殺人

​そして、最後の殺人は、私たちの推理を根底から覆した。被害者は、久遠真澄自身。彼の遺体は、かつて彼が書いた小説の舞台となった劇場で発見された。彼の死は、小説の最終章と完全に一致する。

​セレナが聴いた最後の心の声は、静かで、しかし、恐ろしい真実を物語っていた。

​「…『この語りは、私のものではなかった』って…」

​私は、その言葉をノートに書き留めながら、激しい衝撃に襲われた。久遠真澄は、自らの「物語」を否定した。彼は、誰かに「語らされていた」のだ。

​この「ゲーム」のゲームマスターは、久遠ではない。誰かが久遠に「物語」を与え、彼を駒として使っていた。久遠は、それに気づき、最後の「沈黙」という形で抵抗したのかもしれない。

​そして、久遠の作品を愛する読者代表・天城透の心の奥底には、久遠が語ったはずのない“物語”が刻まれていた。彼こそ、久遠に「語り」を与えた真犯人なのか?

​しかし、その推理を阻む、新たな「不協和音」が聞こえてきた。サギーの残党、語りの亡霊・レヴ。彼は、久遠の沈黙を「語りの空白」として利用し、私たちをこの「物語」に誘い込んだ。

​この「ゲーム」の最終章は、まだ終わっていなかった。この物語の結末は、久遠を「語らせた」人物を突き止め、この世界の「語りの所有権」を巡る戦いに、終止符を打つことだ。


最後の記録:物語の所有者

​久遠真澄の死。それは、私たちが追いかけていた「物語」の終焉を意味するはずだった。だが、セレナが聴いた最後の「心の声」は、この事件が、私たちが考えていたよりも遥かに深い場所で繋がっていることを示唆していた。

​「この語りは、私のものではなかった」

​この言葉は、久遠真澄が、誰かの「語り」を盗み、それを自身の作品として発表した可能性を示していた。私は、これまでの事件の記録をもう一度、最初から見直すことにした。

​第一章:無名の物語

​第一幕の殺人。被害者は、無名の清掃員。現場には何も残されていなかった。セレナは、彼の心の声から**「私は、誰かの物語の中にいただけ」**という言葉を聞き取った。

​私は、この言葉の論理的解釈を再構築した。彼は、単なる犠牲者ではない。久遠の小説に登場する「匿名の犠牲者」は、現実世界に存在しなかった。しかし、この清掃員は、久遠の小説に登場することで、初めて「物語」を与えられた。彼は、久遠の「語り」に、偶然にも、そして悲劇的にも、現実の命を与えられてしまったのだ。これは、サギーの語りの亡霊・レヴが仕掛けた、最初の「ゲーム」だった。

​第二章:正義の物語

​第二幕の殺人。被害者は、元検察官。現場に残された天秤のオブジェは、彼が抱いていた「正義」という「物語」を象徴していた。そして、白鳥主任の科学的分析は、その背後に久遠の編集者、水無瀬澪が関与している可能性を示していた。

​私は、元検察官の「物語」と、水無瀬澪の「物語」の繋がりを探した。元検察官は、過去に久遠真澄が関与した事件の担当者だった。そして、その事件で、水無瀬澪は、久遠真澄を守るために、偽証した可能性がある。彼女は、元検察官が信じていた「正義」を、久遠の「物語」を守るために、利用したのではないか?この事件は、正義と愛という、二つの異なる「語り」が衝突した結果だった。

​第三章:愛の物語

​第三幕の殺人。被害者は、女性作家。彼女が愛する男に「語り」を奪われたという「物語」は、久遠真澄の作品に深く影響されていた。

​私は、この事件の「論理」を、さらに深く分析した。この女性作家は、久遠の作品に人生を救われたと語る天城透と関係があった。天城透の記憶には、久遠が語ったはずのない“物語”が刻まれていた。私は、天城透こそが、久遠に「語り」を与えた真犯人ではないかと推理した。彼は、久遠の作品を愛するあまり、自らが「語り」となり、久遠を「語り手」として利用した。そして、その「語り」を愛する女性作家が、別の「物語」を創作しようとしたため、彼女を排除したのではないか?これは、愛という名の、語りの「所有権」を巡る悲しい事件だった。

​第四章:沈黙の結末

​そして、第四幕の殺人。久遠真澄の死は、この「ゲーム」の最終章ではない。それは、サギーの残党が仕掛けた、最後の「論理」だった。彼らは、久遠の死をもって、すべての「語り」を沈黙させ、自分たちが世界の「物語の所有者」になろうとしていた。

​私は、この「論理」を崩すために、一つの仮説を立てた。

​久遠真澄は、自分自身の「語り」を、誰にも盗ませまいとした。だから、彼は沈黙を選んだ。しかし、彼の沈黙は、この「ゲーム」の参加者たちに、新たな「物語」を与えてしまった。

​この事件の真犯人は、久遠真澄の「語り」を盗み、自らの「物語」を完成させようとした、語りの亡霊・レヴだ。そして、彼は、久遠真澄の「語り」を巡る、すべての事件の背後で暗躍していた。

​この「ゲーム」の結末は、久遠真澄の「語り」を、誰が所有すべきか、という問いにある。それは、彼の「語り」を盗み、利用した者たちではなく、彼の「語り」を救い、真実を記録する私たちだ。

​私たちは、レヴという「語りの亡霊」を突き止め、この「ゲーム」に、私たち自身の「語り」で、終止符を打たなければならない。

最後の「論理」と、仲間たちの「物語」

​私たちは、これまでの事件の記録をすべて携え、警察署の一室に集まった。神崎警部補、白鳥主任、そして黒瀬調査官。彼らは皆、私たちの「探偵事務所」での日常とは全く違う、真剣な表情をしていた。

​私は、この一連の事件の全てを、最初から語り始めた。

​「サギーが仕掛けたのは、単なる犯罪ではありませんでした。彼らは、久遠真澄の『沈黙』を利用して、この世界の『語り』を支配するゲームを仕掛けていたのです」

​私は、久遠真澄が盗んだ「語り」が、彼の作品『四幕の沈黙』に隠されていたことを説明した。

​「第一幕の殺人。無名の清掃員は、久遠の小説に『語り』を与えられた最初の犠牲者でした。彼は、誰かの『物語』の中で生きることを強いられたのです」

​私の言葉に、神崎警部補は静かに頷いた。「それは、ワシの妹の『物語』と、同じじゃ…」。彼の心の声が、この事件の真実を理解していることを示していた。

​「第二幕の殺人。元検察官は、久遠の編集者、水無瀬澪が守ろうとした『語り』によって殺されました。彼女は、久遠の作品を守るために、彼自身の『正義』を犠牲にしたのです」

​「第三幕の殺人。女性作家は、久遠の作品に人生を救われたと語る天城透によって殺されました。彼は、久遠の『語り』の所有権を巡って、彼女と争っていたのです」

​そして、私は、久遠真澄の死の真実を語った。

​「彼は、誰かに『語らされていた』のです。彼は、自分の『物語』ではないことに気づき、最後の抵抗として、自らの命を絶った。この事件の真犯人は、久遠の『語り』を盗み、彼の『沈黙』を利用して、この『ゲーム』を仕掛けた語りの亡霊・レヴです」

​論理と感覚の共鳴

​私の「論理」による説明は、次第に彼らの「物語」と共鳴していった。

​白鳥主任は、私たちの話を聞きながら、久遠の原稿に残されたインクの成分と、天城透の筆跡の類似点を指摘した。「この科学的証拠は、天城透が久遠真澄に『語り』を与えていたことを示唆しているわ。レヴという存在が、天城透を操っていた可能性が高い」。彼女の冷静な分析は、私たちの推理を科学的に裏付けた。

​黒瀬調査官は、この事件の裏側に隠された、サギーの残党の動きを語った。「レヴは、サギーの元情報収集係・スパロウの右腕だった男ばい。サギーの崩壊後、裏社会で活動しとった。久遠真澄の作品が、彼の『語り』を具現化するのに最適なツールだったんやろう」。彼の情報網は、レヴの正体を明らかにした。

​神崎警部補は、私たちをまっすぐに見つめ、静かに言った。「わかった。我々は、お前たちの『論理』と『感性』を信じよう。この『ゲーム』の結末を、我々で終わらせるんじゃ」。彼の心の声は、この事件の真実を、私たちと共に証明しようとする固い決意に満ちていた。

​私たちは、この一連の事件の真犯人であるレヴを捕らえるため、協力して捜査を続ける。この戦いは、私たちの「探偵事務所」での平和な「物語」を、再び非常識な「物語」へと引きずり込んでいく。


私たちは、レヴの居場所を突き止めた。それは、久遠真澄の作品の舞台となった、閉鎖された劇場だった。レヴは、久遠の「語り」を具現化するために、その場所を選んだのだ。

​神崎警部補は、刑事たちを指揮し、劇場の周囲を厳重に包囲した。「ワシらがお前の『論理』を、現実の『力』で証明してやるんじゃ」。彼の心の声は、怒りと共に、この「ゲーム」を終わらせるという強い決意に満ちていた。

​しかし、黒瀬調査官は、冷静な表情で私とセレナに警告した。「レヴは、サギーの中でも最も狡猾な男ばい。彼の目的は、単に捕まらんことやない。久遠真澄の『語り』を、世界に語り継ぐことたい」。彼の心の声は、この事件の背後にある、もっと深い「物語」の存在を示唆していた。

​劇場に突入した私たちは、舞台の上に立つレヴの姿を見つけた。彼は、嘲笑うかのように、私たちに語りかけた。

​「ようこそ、『四幕の沈黙』の最終章へ。君たちは、この物語の結末を、どのように語るつもりだ?」

​彼の言葉は、挑発に満ちていた。しかし、彼の心の声は、私の耳には届かなかった。彼は、サギーのグライドのように、心を無にすることで、セレナの能力を無効化しているのかもしれない。

​「あなたの『物語』は、他人の『語り』を盗んで成り立っている。そんな虚構の物語は、誰にも語り継がれません!」

​私が叫ぶと、レヴは静かに首を横に振った。

​「違う。これは、久遠真澄の真実の『語り』だ。彼は、自分の作品が、誰かの『物語』を盗んだものではないと知っていた。そして、その『語り』の持ち主を、君たちに語り継がせるために、この『ゲーム』を仕掛けたのだ」

​彼の言葉に、私は息をのんだ。久遠真澄は、本当に、自らの「語り」を盗んでいなかったのか?

​その時、舞台の照明が、一人の人物を照らし出した。そこにいたのは、久遠の編集者、水無瀬澪だった。彼女は、静かに私たちに語り始めた。

​「…私の『物語』は、この場所で、彼によって盗まれた。そして、彼は、その『語り』を、小説として世に出した」

​水無瀬澪の言葉は、私の推理を完全に覆した。久遠真澄は、彼女の「語り」を盗んでいたのだ。しかし、その時、セレナが、水無瀬澪の心の声の奥に、もう一つの「物語」を聴き取った。

​「…『私の語りを、彼に完成させてほしかった』…」

​水無瀬澪は、久遠に「語り」を盗まれたことに、絶望してはいなかった。むしろ、彼女は、久遠に自分の「物語」を託していたのだ。

​この「ゲーム」の真の犯人は、レヴではない。久遠真澄でもない。それは、久遠真澄の「語り」を巡る、人々の複雑な感情だった。

​私たちは、この事件の真実を、今、目の当たりにしている。

劇場は、再び静寂に包まれた。舞台の上で、レヴは呆然と立ち尽くしていた。彼の「ゲーム」は、私たちの手によって、そして何よりも、水無瀬澪自身の「語り」によって、完璧に崩壊した。

​神崎警部補の号令で、刑事たちがレヴを取り押さえる。彼は最後まで抵抗せず、ただ虚ろな目で私たちを見つめていた。彼の心の声は、セレナにはもう聞こえない。彼は、自らが作り上げた「物語」の終焉を、ただ静かに受け入れているようだった。

​「…こんな、結末は…」

​レヴはそう呟くと、力なく膝をついた。彼の心の奥底に隠された「物語」は、久遠真澄の「沈黙」と、水無瀬澪の「愛」によって、もはや存在しなくなっていた。

​水無瀬澪もまた、静かに刑事たちの前に進み出た。彼女は、すべてを語る覚悟を決めているようだった。彼女の心の声は、悲しみと、そして深い解放感に満ちていた。

​「この『ゲーム』は、私たちの『語り』を証明するために、久遠が仕掛けたものでした。レヴは、それに乗っただけ…」

​彼女は、久遠真澄の最後の「物語」を語り始めた。

​語りの証明と、真実の記録

​私は、警察署の取調室で、水無瀬澪と向き合っていた。私のノートには、彼女が語るすべての「物語」が記録されていく。

​久遠真澄は、若き日に水無瀬澪と出会った。そして、彼女の心に隠された、悲しい「物語」に触れた。それは、彼女の家族が巻き込まれた悲劇的な出来事。久遠は、その「物語」を小説として書き、世界に発表した。彼は、彼女の「語り」を救い、証明したかったのだ。

​しかし、小説が世界的な成功を収めたことで、久遠の「語り」は、彼のものになってしまった。水無瀬澪は、自分の「物語」が他者のものになったことに、深い苦しみを感じた。久遠もまた、その事実に気づき、筆を折った。彼の「沈黙」は、彼女への贖罪であり、同時に、自分の「物語」を誰にも渡さないための、最後の抵抗だった。

​しかし、久遠の沈黙は、サギーの残党であるレヴによって、新たな「ゲーム」に利用された。レヴは、久遠の作品を模倣し、連続殺人を実行した。彼の目的は、久遠の「語り」を、犯罪という形で「語り継ぐ」ことだった。

​そして、久遠真澄は、その「ゲーム」の結末として、自らの命を絶った。彼は、自らの死をもって、この「ゲーム」を終わらせ、水無瀬澪の「語り」を、私たちの手で証明しようとしたのだ。

​私は、彼女の「物語」の全てを記録し終え、ノートを閉じた。

​「あなたの『語り』は、ここに記録されました。もう、誰にも奪われません」

​私の言葉に、水無瀬澪の瞳から、一筋の涙がこぼれた。

​新たな「物語」の始まり

​この事件は、すべてが終わった。久遠真澄の「語り」は、真実の「物語」として、私たちのノートに記録された。

​警察署を出ると、夜空には満月が輝いていた。隣には、静かに私の隣を歩くセレナがいる。彼女は、もう誰の「心の声」も聞いていない。

​「ねぇ、東雲さん。私たち、たくさんの『物語』を救ったんだね」

​セレナの言葉に、私は静かに頷いた。

​私たちの探偵事務所は、これからも、この世界のどこかに隠された、声なき「物語」を、探し続けるだろう。そして、私は、その「物語」を、このノートに記録し、真実の「語り」として、未来に語り継いでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る