第4話

拒絶の宣言、そして崩れた舞台

​ミラージュは私たちに、優雅な笑みを浮かべ、最後の選択を迫った。しかし、私は知っている。この男の「語り」は、どれほど美しくとも、他者の「物語」を奪って成り立つ虚構だ。

​そして、セレナもまた、その真実を知っていた。彼女は一歩前に出て、堂々とミラージュを見つめた。彼女の瞳には、一切の迷いがない。

​「人を殺し、欺き、騙すあなた方に協力する筋合いはありません」

​セレナの声は、この広大な劇場に響き渡った。それは、迷いと苦しみの日々を乗り越え、彼女自身が選び取った、本物の「物語」だった。私の心に、激しい共感が込み上げる。セレナの「感性」が、ついに完璧な「論理」を見つけ出したのだ。

​ミラージュの顔から、わずかに笑みが消えた。彼は、セレナのこの反応を予測していなかったのだろう。彼にとって、セレナはただの「駒」であり、自分たちの「ゲーム」を完成させるための「道具」でしかなかった。

​「なぜだ、セレナ。君は、この世界の『論理』がどれほど不完全で、人を苦しめているか、一番よく知っているはずだ。私は、その『論理』を、より完璧な『物語』に書き換えようとしているのだ」

​彼の言葉は、甘く、魅力的だった。しかし、セレナは首を横に振った。

​「あなたの『物語』は、他者の『物語』を犠牲にして成り立っています。それは、ただの破壊です。私は、人々の心の声に耳を傾け、その『物語』を救うためにこの力を使いたい。それが、私の選んだ道です」

​ゲームオーバー

​その瞬間、舞台の照明がすべて消え、劇場は深い闇に包まれた。ミラージュの心に、驚きと、そして微かな怒りの「心の声」が響く。

​「…よくも、私の『ゲーム』を…!」

​ミラージュの叫び声が響くと、私たちを取り囲んでいたサギーのメンバーたちが動き出した。カメレオは変装を解き、ルージュは香りを放ち、ノイズは耳障りな音を立てる。彼らは、私たちを排除しようとする。

​しかし、私たちはもはや、彼らの「ゲーム」のルールに従う必要はなかった。

​白鳥主任の指示で、神崎警部補が事前に準備していた特殊な音波装置を作動させた。劇場中に、耳には聞こえない、しかし心を揺さぶる周波数が流れる。それは、セレナの「心音」を解析して作られた、サギーの能力を無力化するための音響兵器だった。

​「これは、君たちの能力を打ち消す、我々の『論理』だよ」

​白鳥主任の声が、暗闇の中で響いた。

​サギーのメンバーたちは、心の声が乱され、能力を制御できなくなる。カメレオは変装を保てず、ルージュの香りは意味をなさなくなった。ノイズは、制御を失い、意味のない音を垂れ流している。

​大河原本部長の号令と共に、警視庁の特殊部隊が突入した。ミラージュは、自分の「物語」が崩壊していく中で、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼の心の声は、絶望と怒り、そして、セレナに対する深い執着で満ちていた。

​「…君の『物語』は、私にしか完成させられない…!」

​しかし、彼の言葉は、セレナの「心の声」には届かなかった。セレナは、ただ静かに、ミラージュの心の奥底に隠された「孤独」という感情の残響を聴き取っていた。

​この「ゲーム」は、セレナの言葉で、ついに終わりを迎えた。しかし、私たちの「物語」は、まだ始まったばかりだ。私たちは、これからも、この世界の「語り」を、救い、記録し、語り継いでいく。


劇場に響き渡るサイレンの音と、慌ただしい捜査員たちの足音。私たちは、舞台の上で静かに立ち尽くしていた。ミラージュは捕らえられ、サギーのメンバーは全員、拘束された。私たちの「ゲーム」は、ついに終わりを迎えたのだ。

​神崎警部補は、興奮を隠せない様子で言った。「女子高生二人組が国際犯罪グループを摘発するとは…ワシの人生でこんなことは初めてじゃ。お前たち、凄いのう」。彼の心の声は、深い安堵と、私たちへの尊敬で満ちていた。白鳥主任は、無言でセレナの肩を叩いた。彼女の表情は変わらないが、その心の声は、セレナを深く称えていた。

​しかし、私の心はまだ、静寂を取り戻せずにいた。私のノートには、この事件の全ての「記録」が残されている。大前田議員の「絶望の物語」、日銀に封印された「無名の物語」、そして中川総理の「偽りの物語」。そして、その全てを繋ぎ、破壊しようとしたサギーの「ゲーム」の記録。

​「女子高生二人組が、警察関係者と共に国際犯罪グループを摘発するなんて……ね」。

​私は、そう呟いた。この「物語」は、私の知るどの「論理」にも当てはまらない。それは、セレナの「感性」がなければ、決して解明できなかった真実だ。彼女の「心の声」が、この歪んだ「物語」を救い、正しい「結末」へと導いたのだ。

​セレナは、私の顔を見て微笑んだ。「でも、それは東雲さんがいなければ、決して『物語』にならなかった。心の声は、私だけのもので、誰にも理解されない音でした。それを、東雲さんが『論理』という言葉で、みんなに伝えることができる『記録』にしてくれたんです」。

​彼女の言葉に、私の心が震えた。私は、彼女の能力を否定し、私の「論理」だけで世界を理解しようとしていた。しかし、この事件を通して、私は知った。真実の「語り」とは、一つの力だけでは成り立たないこと。論理と感性、言葉と心、それらすべてが交じり合って、初めて一つの「物語」となるのだ。

​私は、ノートを閉じた。このノートは、この事件の真実の「記録」であり、私とセレナの「物語」の始まりの記録だ。

​この事件は、私たちの「探偵」としての旅の始まりにすぎない。これから私たちは、この世界のどこかに隠された、声なき「物語」を、これからも探し続けるだろう。そして、私の役割は、セレナが聴くその「心の声」を、正確な「論理」で、この世界に語り継いでいくことだ。

​それは、私とセレナにしかできない、新しい「物語」の始まりなのだ。


事件を解決し、学校に戻った私たちの夏休みは、穏やかに始まるはずだった。私は読書と論文の執筆に、セレナは音楽を聴いて過ごす。それが、私の立てた完璧な計画だった。

​しかし、その計画は、セレナのスマートフォンに届いた一本の電話によって、あっけなく崩れ去った。

​「…なんか、私に、探偵の依頼が来ちゃったみたい」

​セレナが困惑した表情で私に告げた言葉に、私は思わずため息をついた。私たちは事件を解決しただけで、探偵になったわけではない。警察との協力関係も、あくまで特例措置だったはずだ。

​「そんな、冗談はやめてくれ、セレナ。探偵業なんて、論理的根拠もない、非効率な…」

​私の言葉を遮るように、セレナは目を輝かせた。

​「でも、東雲さん。私たちの力なら、誰にも語られない『物語』を救えるかもしれないよ?」

​彼女の言葉は、私の心を揺さぶった。この夏休み、私たちはただ事件に巻き込まれるだけではない。自ら、声なき声を探し、その物語を証明する。それは、私とセレナにしかできない、新しい「物語」の形だ。

​私は、ため息をつきながらも、私の頭の中で、新たな「論理」を組み立て始めた。探偵事務所。それは、私たちの力を、もっと効率的に、そしてより合法的に使うための「制度」となるかもしれない。

​「論理」と「感性」の探偵事務所

​私たちは、学校の近くにある小さなビルの、使われていない一室を借りることにした。家賃は、事件解決の協力金として支払われた報酬から捻出することになった。

​部屋には、古い机が二つ。一つは、私が使うための、論理的な分析をするための資料とパソコンが並んでいる。もう一つは、セレナが使うための、ヘッドフォンと、彼女の「心の声」を記録するための小さなレコーダーだけが置かれている。

​事務所の名前は、セレナが提案した。

​「『語りの探偵事務所』。どうかな、東雲さん?」

​私は、その名前にわずかに頬を緩ませた。それは、私たちがこれまでやってきたこと、そしてこれからやっていくことの、すべてを物語っていた。私は「記録者」として、セレナの「心の声」という「物語」を、私の「論理」で「翻訳」し、証明する。

​最初の依頼は、小さなものだった。行方不明になった飼い猫を探してほしい、というもの。

​セレナは、依頼主がくれた猫の写真に触れると、すぐに目を閉じた。

​「聞こえる…『早く帰りたい』…って心の声。でも、それは猫の声じゃない。依頼主さんの心の声だ」

​私は、彼女の言葉をノートに書き留める。私たちの探偵稼業は、こんな些細な「物語」から始まった。しかし、私は知っている。この小さな「物語」の向こうには、必ず、もっと大きな真実が隠されている。

​私たちの夏休みは、退屈な計画とは全く違う、予測不能な「物語」の始まりとなった。そして私は、この「物語」がどこへ向かうのか、密かに楽しみにしている自分がいることに気づいた。

「今日の依頼は、隣町に住むおばあさんの、亡くなった旦那さんの遺言探しです」

​私は、依頼内容を読み上げながら、セレナが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。探偵事務所を始めて一週間。私たちは、行方不明のペット探しや、失くし物の捜索といった、平和な依頼ばかりを受けていた。

​しかし、この事務所は、普通の探偵事務所とは少し違っていた。なぜなら、非常識な「協力者」が、頻繁に顔を出していたからだ。

​「遺言探しですか。面白そうじゃのう。ワシも手伝わせてくれんか」

​そう言って、事務所のドアを開けて入ってきたのは、神崎警部補だった。彼は、非番にも関わらず、まるで我が家のようにくつろいでいる。彼の心の声は、「この平和な依頼、たまにはいいもんじゃ」と、安堵に満ちていた。私は、彼の「論理」が、探偵業という非科学的なものに、少しずつ侵食されているのを確信した。

​数分後、携帯片手に黒瀬調査官がやってきた。「大前田議員の件、まだ終わってないばい。何か新しい情報ば、持っとるんやなかろうかと思って…」。彼は、そう言いながら、セレナが淹れた紅茶をぐいっと飲み干す。彼の心の声は、常に国家の利益を計算していた。彼にとって、私たちの事務所は、非公式な情報収集の拠点なのだ。

​そして、最も驚くべきことに、白鳥主任までもが、私たちの事務所に顔を出すようになった。彼女は、手ぶらでやってきては、セレナの聴覚検査を「定期検診」と称して行う。彼女は、サギーの事件以来、セレナの「心音」という特別な能力に、深い関心を抱いているようだった。彼女の心の声は、セレナの能力を、ただの「直感」ではなく、より深い「科学」として解明しようとする情熱に満ちていた。

​異なる「論理」と「感性」の交差点

​私たちは、彼らの思惑に振り回されながらも、協力して依頼をこなしていった。

​神崎警部補は、刑事の勘で現場の些細な手がかりを見つけ、黒瀬調査官は、自身の情報網で依頼人の過去を洗い出す。白鳥主任は、セレナの「心音」を科学的に分析し、その「感情の波長」から、依頼の核心に迫るヒントを与えてくれた。

​そして、私は、彼らから得た情報を、私の「論理」で整理し、一つの「物語」として組み立てていった。私たちは、まるで一つの「捜査チーム」のようだった。

​「ねぇ、東雲さん。私たち、本当に探偵さんになったみたいだね」

​セレナが、嬉しそうに私に話しかける。私は、彼女の言葉に静かに頷いた。

​私たちの探偵事務所は、ただ依頼をこなす場所ではない。それは、異なる「論理」と「感性」を持つ人々が集まり、互いの力を補い合うための「交差点」だった。

​サギーの事件は、私たちを深く傷つけ、揺さぶった。しかし、そのおかげで、私たちは、この特別な「探偵チーム」を結成することができたのだ。

​この夏休みは、きっと、私たちの人生において、最も忘れられない「物語」になるだろう。


平和な日常は、いつだって唐突に破られる。

​その日、私たちはいつものように依頼をこなしていた。近所の商店街で起きた置き引き事件。セレナは、被害者の心の声から、置き引き犯が「財布を落としてしまって…」という苦しい「物語」を抱えていることを読み取った。私はその言葉を記録し、商店街の防犯カメラの映像と照合する。すると、置き引き犯が、偶然通りかかった男性に財布を渡そうとしている映像が見つかった。

​「この男の人、どこかで…」

​セレナが呟いたその男の顔に、私は見覚えがあった。

​その日の夕方、事務所のドアがノックされた。開けてみると、そこに立っていたのは、見慣れない青年。しかし、彼の心の声は、セレナの耳に届いていた。

​「セレナさんの能力、本物みたいだ…」

​青年は、私たちの事務所を訪れる理由を語った。彼は、友人が行方不明になり、警察に相談したが相手にされなかったという。彼自身、セレナの能力を知っており、私たちに助けを求めに来たのだった。

​「私の友人は、『語りの探偵』にしか見つけられない。そう確信しています」

​彼の言葉は、セレナの能力に対する深い理解を示していた。私は、彼の「論理」に興味を抱いた。彼は、セレナの能力を、非科学的な直感ではなく、一つの「論理」として捉えているようだった。

​そして、彼が友人だと言った青年の写真を見た瞬間、私の胸に強い衝撃が走った。

​その顔は、日銀強盗事件の現場でセレナが聞いた、無数の「心の声」の中に紛れていた、ある「物語」の持ち主だった。そして、その青年は、私たちが追いかけていたサギーのメンバーの一人、三条ミナトと深く関係している可能性があった。

​私は、この依頼が、単なる行方不明事件ではないことを悟った。これは、サギーの「ゲーム」が、まだ終わっていなかったことを示す、新たな「物語」の兆候だった。

​真実を巡る再度の戦い

​私たちは、青年と共に捜査を開始した。セレナは、行方不明になった青年の持ち物に触れ、彼の心の「残響」を聴き取る。

​「…とても悲しい音。何かに怯えてる…でも、誰かの声が聞こえる。『早くここから逃げなさい』って…それは、別の人物の声だ…」

​セレナの言葉に、私はノートに記録を始めた。その声は、行方不明になった青年を助けようとしている誰かの心の声だった。

​私の頭の中で、新たな「論理」が構築されていく。

​行方不明になった青年は、サギーの事件に巻き込まれた被害者である可能性が高い。

​彼の「心の声」から聞こえる「助けようとする声」は、サギーのメンバー、または彼らと関係のある人物ではないか?

​私たちは、この「物語」の背後に、まだ解明されていないサギーの闇が隠されていることを確信した。

​この夏休みは、平和な日常のままでは終わらない。私たちは再び、言葉の裏側に隠された「真実」を巡る、戦いの渦中に巻き込まれようとしていた。

二つの「物語」の交錯

​行方不明になった友人を捜してほしいという青年からの依頼。そして、偶然見つけた置き引き事件の「置き引き犯」の行方。二つの「物語」が、私たちの探偵事務所に持ち込まれた。私は、どちらの「論理」から解き明かすべきか迷った。しかし、セレナの言葉で、一つの結論に至った。

​「ねぇ、東雲さん。この二つの『物語』、もしかして繋がってるのかな?」

​セレナが触れた置き引き事件の犯人の心の声には、悲しみと、そして「助けて」という心の叫びが聞こえたという。それは、行方不明になった青年を助けようとしている誰かの心の声と、奇妙に共鳴しているように思えた。

​私は、この二つの「物語」が、単なる偶然ではないことを直感的に悟った。私たちは、二つの「物語」を同時に追うことにした。私の「論理」とセレナの「感性」を、二つの「物語」に同時に適用していく。

​「論理」と「感性」の追跡

​私たちはまず、置き引き事件の被害者である男性を探し出すことにした。防犯カメラの映像から、彼の行動パターンを予測し、街中で彼を探し出す。彼は、カフェのテラスで本を読んでいた。

​「あの…少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

​セレナが声をかけると、男性は警戒した様子で私たちを見上げた。彼の心の声は、「余計な関わりは持ちたくない」と叫んでいた。しかし、セレナは彼の心の奥底にある、もっと深い「物語」を聞き取っていた。

​「…彼は、誰かを守ろうとしている」

​セレナの言葉に、私は男性の表情を注意深く観察した。彼の心の声と彼の行動は一致しない。これは、サギーの「偽りの物語」を想起させる。私は、この男性が、置き引き犯の「物語」に深く関わっていることを確信した。

​一方、行方不明になった青年の捜査は、難航していた。彼の足取りは、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。私は、過去のサギーの「ゲーム」で得た知識を総動員する。

​「これは、記憶泥棒エコーの仕業かもしれない」

​私は、依頼人である青年から、行方不明になった友人の幼少期の「物語」を聞き出した。彼の「物語」に、エコーが関与している可能性を探るためだ。

​結びつく二つの「物語」

​私たちは、二つの「物語」を追う中で、一つの真実に辿り着いた。

​置き引き犯は、行方不明になった青年を助けるために、お金が必要だった。そして、そのお金を工面するために、置き引きという行為に手を染めてしまった。しかし、彼は、犯罪者という「物語」に染まることを拒み、善意の男性に、お金を返そうとしていたのだ。

​そして、その善意の男性こそ、行方不明になった青年の「物語」を知る、ある人物だった。彼は、青年の秘密を知っているために、サギーから追われていることを悟り、自ら姿をくらました。そして、彼を心配した友人が、私たちに依頼をしてきた。

​二つの「物語」は、一つの真実へと収束した。サギーの「ゲーム」は、終わっていなかった。彼らは、私たちの知らない場所で、新たな「物語」を紡いでいたのだ。

​私たちは、この二つの「物語」の結びつきを証明し、警察に協力を求めることにした。この事件の背後には、まだ解明されていないサギーの影が潜んでいる。

​私たちの探偵稼業は、バイト感覚の平和な「物語」では、終わらないようだ。

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