第3話
私の世界は、論理と秩序で構築されている。生徒会副会長として、私は常に完璧な「制度」を体現しようと努めてきた。しかし、私の論理だけでは解読できない、不協和音が現れた。それは、セレナが聴くという、人々の「心の声」だった。
最初は、それをただの「ノイズ」として否定しようとした。証拠もなければ、客観的な根拠もない。しかし、あのいじめ事件を解決する過程で、私はセレナの「感性」を、私の「論理」で証明する役割を担うようになった。そして今、私たちは、セレナの能力を凌駕する「語り」の使い手、国際犯罪グループ「サギー」を追うことになった。
彼らは、セレナの能力を完璧に理解し、それを逆手に取って私たちを翻弄する。彼らの仕掛ける「物語」は、私の知るどの論理にも当てはまらない、歪んだパズルだった。
最初の事件は、国際的な会合で起きた。私は、政治家たちの行動を分析し、テロ計画を未然に防ごうとした。しかし、セレナの心が揺らいでいることに気づいた。彼女が聞いた「心の声」は、かつて彼女が愛した人物の「語り」だった。
その声の持ち主は、偽装師カメレオ。彼は、私の「論理」の隙間を突き、セレナの「感情」を利用して私たちを欺いた。私は、カメレオの行動を論理的に追跡しようとしたが、彼が変装したのは、セレナの記憶の中にしか存在しない人物。私の知る「記録」や「証拠」では、彼の存在を証明することができなかった。
次に現れたのは、感情操作師ルージュ。彼女は、感情を香りで操作することで、私の論理的な思考を鈍らせた。私は、常に冷静であろうと努めたが、彼女が放つ香りは、私自身の心の奥底にある感情を揺さぶり、判断力を奪っていった。
論理の崩壊
私は、この奇妙な犯罪グループを追う中で、私の「論理」が通用しない事態に直面した。
彼らの中心にいる首領、ミラージュは、ただ心を読むだけでなく、記憶を操作する。私の「論理」は、過去の「記録」を基に未来を予測する。しかし、過去の「記録」そのものが改ざんされているとしたら?私は、この事件の真実を「論理」で証明できるのだろうか、という深い疑念に囚われた。
さらに、記憶泥棒エコーは、セレナの幼少期の記憶にまで関与しているという。もし、彼女の能力の根源である「心の声」の記憶そのものが偽りだったとしたら、私たちの推理の全てが崩壊する。
私の知る「制度」や「論理」は、この「サギー」という存在の前では、まるで無力なようだった。私は、ただセレナが聞く「心の声」を信じることしかできない。そして、その「心の声」すら、彼らの策略かもしれない。
私は、この歪んだ「物語」を解き明かすために、セレナの「感性」を信じ続けるしかない。私の役割は、セレナが拾い集める「心の声」という断片的な情報を、現実の「記録」として残し、一つの「論理」を再構築することだ。
この追跡は、私の信じる「論理」と、セレナの「感性」の戦いではない。それは、私たちが持つ力を合わせて、彼らが作り上げた「虚構の物語」の隙間から、真実の「語り」を拾い上げる作業だ。
この戦いの結末がどうなるか、私にはまだわからない。だが、私はこの物語の結末を、彼らの手ではなく、私たちの手で書き換えると決意した。そして、この「語り」の旅は、まだ始まったばかりだ。
国際犯罪グループ「サギー」を追う私たちは、彼らが作り出した「偽りの物語」という深い霧の中を彷徨っていた。私の論理は通用せず、セレナの「心の声」という能力だけが唯一の手がかりだった。そんな私たちの前に、新たな協力者たちが現れた。しかし、彼らもまた、それぞれの「物語」を抱え、私を戸惑わせた。
最初に現れたのは、捜査一課警部補・神崎 慎一だった。「こんな非科学的な捜査、ワシの美学には合わんのじゃ」と、彼は京都弁でぼやいた。彼の目は、セレナの能力を信じきれないという疑念を宿していた。しかし、彼の心の声は違った。彼の心には、ミラージュによって奪われた妹の「物語」が残されていた。彼はセレナの「直感」を否定しながらも、その能力が、彼自身の「論理」では解決できない過去を解き明かす鍵になるのではないかと、かすかな希望を抱いていた。私は、彼の「論理と感情」の間に存在する矛盾を、注意深く記録しなければならなかった。
次に、科学捜査班主任・白鳥 玲奈が合流した。彼女は冷たい目でセレナの能力を観察し、無機質な口調で「あなたの耳が捉える音を、周波数として解析しましょう」と言った。彼女の心の声は、セレナの聴く「心音」を、科学的なデータとして解読しようとしていた。彼女の存在は、私の「論理」にとって大きな助けとなった。彼女の技術があれば、セレナの能力を「客観的な証拠」として証明できるかもしれない。そして、彼女がセレナの過去を深く知る人物だと気づいたとき、私はこの捜査が単なる事件追跡ではないことを悟った。これは、セレナ自身の「物語」を巡る戦いなのだ。
裏切りの予感
しかし、協力者たちは、全員が味方とは限らなかった。
公安調査官・黒瀬 陽一は、「サギーの情報は、ウチで全部把握しとるけん」と、博多弁で飄々と語った。彼は、セレナの能力を国家的な「兵器」として利用しようと目論んでいるようだった。彼の心は、私たちの捜査が持つ「国家的な利益」で満たされていた。私は、彼の言葉と心の声のズレに、警戒を強めた。彼の情報網は、サギーのスパロウに匹敵するかもしれないが、彼の目的は、セレナを守ることではない。それは、セレナの能力を、国家という「制度」の中に取り込むことだった。
そして、特別捜査本部長・大河原 剛が指揮を執ることになった。「お前の能力、使えるもんなら使ってやるべ」と、彼は豪快に笑った。彼はセレナを「兵器」と呼び、危険な任務に投入することを躊躇しなかった。彼の心には、ミラージュとの過去の交渉が残されていた。彼はミラージュを「物語を操る者」として理解し、その力を利用しようとしていた。彼の存在は、私に「正義とは何か」を問い直させた。本当に正しい「物語」とは、いったい誰が語るものなのだろうか。
過去からの残響
私は、この新しい「共鳴者たち」と協力しながら、サギーの次の動きを待っていた。そして、その手がかりは、意外なところから現れた。少年課巡査部長・三谷 透から、連絡が来たのだ。彼は、「セレナちゃん、大丈夫か」と、懐かしい広島弁で、彼女を気遣ってくれた。彼は、セレナが「心音探偵」となる前の苦しみを、唯一知っている人物だった。
しかし、彼の心の声は、私の心に新たな不協和音を生み出した。彼の心には、エコーによって改ざんされた「偽りの物語」の痕跡があった。三谷さんが知るセレナの過去は、すでにサギーによって書き換えられていたのかもしれない。私は、彼の心を傷つけないよう、慎重に、セレナの過去を巡る「真実」を探すことを決意した。
この捜査は、もはや犯罪グループを追うだけの単純な物語ではない。それは、セレナの「物語」、神崎警部補の「物語」、そして、この捜査に関わる全ての人間たちの「物語」が複雑に絡み合い、一つの「真実」へと収束していく、壮大な「語りの歴史」なのだ。そして私は、その歴史を、この手で記録し続ける。
新たな犠牲者と、歪んだ論理
私たちは、サギーの次の行動を待っていた。彼らは、感情や記憶を操ることで、私たちの「論理」を無力化する。次に狙われるのは、誰の「物語」なのか。そう考えていた矢先、一報が入った。殺害されたのは、国会議員の大前田一郎。彼の死は、単なる犯罪ではなく、サギーが仕掛けた新たな「物語」の始まりだった。
現場は、厳重な警備が敷かれた大前田議員の自宅。物理的な証拠は何もない。しかし、セレナの耳には、犯行現場に残された「心の声」が響いていた。それは、感情操作師ルージュの「語り」だった。
「…怒り、憎しみ、そして深い絶望。その香りが、この部屋に充満してる。でも、それは犯人のものじゃない…大前田議員の心の声…」
セレナの言葉に、私は驚きを隠せなかった。彼は、なぜ死の直前に、そのような感情を抱いていたのか? 論理的に考えれば、犯人に対する憎しみのはずだ。しかし、セレナの言葉は、その思考を否定する。
「『…こんな結末、許さない…』…って…」
セレナが耳にしたのは、絶望と、そして自らの死を「許さない」という、大前田議員の心の声だった。この言葉は、私たちを、より深い「虚構の物語」へと誘った。
探偵たちの思惑
この事件に、警察は迅速に動いた。神崎警部補は、現場で冷静に指揮を執りながら、セレナの言葉を静かに聞いていた。「その心の声が、真実じゃと証明できん限り、ワシは動けんのじゃ…」彼の心の声は、妹の「物語」の再来に怯え、確実な「論理」を求めていた。
白鳥主任は、セレナの聞いた「心音」を、科学的に解析しようと試みていた。「この音の周波数は、人間の感情のパターンと一致しない。サギーが作り出した、偽りの音の可能性が高い」彼女の言葉は、私の論理と合致していた。サギーは、セレナの能力そのものを欺く「物語」を作り上げたのだ。
一方、黒瀬調査官は、大前田議員の過去の「物語」を洗い出していた。「大前田議員は、裏でサギーと繋がっとったかもしれん。今回の事件は、取引のもつれたい、んじゃなかろうか」彼の心の声は、常に国家の利益を優先し、人間関係の複雑な「物語」を無視しようとしていた。
そして、大河原本部長は、私とセレナを呼び出した。「大前田議員の裏には、もっと大きな『物語』がある。お前たちの能力で、それを暴くべ」彼の言葉は、私たちを事件の中心へと導く。彼にとって、私たちは真実を暴く「兵器」なのだ。
結末の鍵
私は、この事件が、大前田議員の「物語」だけでなく、サギーが私たちに仕掛けた「ゲーム」であることを確信した。
大前田議員の「許さない」という心の声は、誰に向けられたものだったのか? 私は、この事件の「論理」を再構築した。
ルージュの「感情操作」:彼女が現場に残した香りは、大前田議員の心に、深い絶望を引き起こした。
ミラージュの「記憶操作」:大前田議員は、死の直前に、何らかの「物語」を見せられた。それが、彼を絶望させた原因ではないか?
私たちは、大前田議員の身辺調査を進めることにした。彼の家族、秘書、そして過去の「物語」を。この事件は、単なる殺人事件ではない。それは、大前田議員の「人生」という「物語」を巡る、壮大な心理戦だったのだ。
私はノートを広げ、セレナの聞いた「心の声」を、再び記録し始める。この事件の「結末」は、まだ誰にも語られていない。
大前田議員殺害事件の捜査が膠着する中、サギーは私たちを嘲笑うかのように、次の舞台を設定した。日本銀行。世界の金融を司る、最も堅固な「制度」の中枢だ。ニュース速報が、日銀への強盗事件を報じる。しかし、彼らが狙ったのは現金ではない。強奪されたのは、データだ。金融取引の記録、銀行間の信用情報、そして、過去に消されたはずの「物語」の断片。
現場に到着した私たちを、大河原本部長が迎えた。「やつらは、金の代わりに物語を盗んだんだ。お前たちにしか、その意味はわからんべ」。彼の言葉は、この事件がただの犯罪ではないことを示唆していた。
セレナが日銀のロビーに足を踏み入れた瞬間、彼女の顔が歪んだ。無数の心の声が、洪水のように押し寄せたのだ。
「聞こえる…!たくさんの声が、ぐちゃぐちゃになってる。焦り、恐怖、欲望…でも、一番強いのは、**『私の物語を返して』**っていう声。銀行員の人たちの心の声じゃない…」
セレナは、日銀の金庫室の扉に触れた。そこに残されていたのは、かつて、この場所に閉じ込められた人々の心の残響だった。
「…この場所は、たくさんの人々の物語が、お金と一緒に閉じ込められてた。でも、その中に、一つの悲しい声がある。『なぜ、こんなところに私を閉じ込めたの』って…。それは、日銀の職員の声じゃない…」
白鳥主任は、セレナの聴覚を記録し、その周波数を解析した。「このパターンは、過去の犯罪記録のデータベースには存在しない。サギーが作り出した、新しいタイプの『偽りの音』かもしれない」。彼女の分析は、私たちの推理をより複雑なものにした。
異なる正義の衝突
この事件の捜査には、私たちだけでなく、各部署の思惑が絡み合っていた。神崎警部補は、現場に残された物理的な証拠を丹念に調べていた。「心の声じゃなくて、足跡や指紋、そういうもんが欲しいんじゃ…」。彼の心の声は、過去の悲劇を繰り返さないために、「論理」と「証拠」を求めていた。
黒瀬調査官は、冷静に語った。「サギーは、日銀のデータから、国家の機密情報を盗もうとしたのかもしれん。セレナさんの能力は、それを解読する鍵ばい」。彼は、セレナを国家の利益のために利用しようとする思惑を隠そうともしなかった。
一方、大河原本部長は、サギーの目的が「物語」そのものにあることを見抜いていた。「奴らは、金で動くわけじゃない。物語を支配することで、世界を動かそうとしとるんだ」。彼の言葉は、私たちに「正義」とは何かを問い直させた。
真実を巡るゲーム
私は、この強盗事件が、サギーが私たちに仕掛けた新たな「ゲーム」であることを確信した。
彼らが盗んだのは、データではない。過去に「闇に葬られた」人々の物語だ。彼らは、その物語を公開することで、世界の金融システム、そして社会の「論理」を混乱させようとしている。
セレナが聞いた「私の物語を返して」という心の声は、盗まれた人々の「語り」だ。そして、「なぜ、こんなところに私を閉じ込めたの」という声は、日銀という「制度」に閉じ込められた、ある人物の「語り」の残響だ。
私はノートを広げ、新たな「論理」を組み立てる。サギーは、この事件を通して、社会の最も強固な「制度」である「お金」の裏側に隠された「物語」の存在を、私たちに突きつけている。
この事件の結末は、盗まれた「物語」を、私たちが「論理」で証明できるかどうかにかかっている。
日銀強盗事件の余波が広がる中、サギーは私たちに考える隙も与えず、次の「物語」を始めた。今度の舞台は、国家の象徴。標的は、中川龍二総理。彼の暗殺は、単なる犯罪ではなく、彼らが作り上げた「虚構の物語」が、現実の秩序を破壊する瞬間だった。
現場は、厳重な警備を誇る首相官邸。しかし、侵入された形跡は一切ない。中川総理は、自身の執務室で、まるで眠るように息を引き取っていた。物理的な証拠は何もない。しかし、セレナの耳には、その場に残された「心の声」が響いていた。
「…とても静かな、澄んだ音。怒りも、悲しみも、憎しみもない。ただ、**『これで、すべて終わりにできる』**っていう心の声…」
セレナは、その声が中川総理自身のものではないと確信した。それは、犯人の心の声。しかし、その声は、殺意や悪意に満ちていない。まるで、長年の苦しみから解放されたかのような、穏やかな音だった。
探偵たちの揺れる信念
この不可解な事件に、捜査本部は混乱していた。神崎警部補は、いつになく動揺している。「こんな事件、ワシの論理じゃ説明がつかんのじゃ…」。彼の心の声は、この静かな殺意の裏側に、ミラージュの冷酷な「物語」を感じ取っていた。
白鳥主任は、セレナの聞いた「心音」を解析しながら、険しい表情で呟いた。「この周波数は、人の心の平静さを示している。しかし、殺人を犯した人間の心の音ではない。サギーは、心を読み取るセレナの能力を完全に欺く『物語』を構築している」。彼女の言葉は、私たちの推理を根底から揺るがした。
黒瀬調査官は、中川総理の過去の「物語」を徹底的に洗い出していた。「総理は、過去に多くの利権を操作しとる。今回の事件は、その報いばい」。彼の心の声は、事件を単純な「国家の闇」として片付けようとしていた。しかし、私には、彼の「論理」が、この事件の真実を覆い隠そうとしているように思えた。
そして、大河原本部長は、私とセレナを呼び出した。「奴らの狙いは、総理の命だけじゃねえ。国家という『物語』そのものを、破壊しようとしとるんだ」。彼の言葉は、この事件が、単なる暗殺事件ではないことを示唆していた。
真実の行方
私は、この暗殺事件が、サギーが仕掛けた「ゲーム」の最終章ではないかと感じた。彼らは、最も強固な「制度」である「国家」の「物語」を破壊しようとしている。
セレナが聞いた「これで、すべて終わりにできる」という心の声。それは、誰の「物語」を終わらせようとしているのだろうか?
私は、ノートを広げ、新たな「論理」を組み立てる。
ヴェールの「語らせる力」:犯人は、中川総理に、死の直前に何かを「語らせた」のではないか?
記憶泥棒エコー:中川総理は、死の直前に、偽りの「物語」を見せられ、それが「解放」の感情を引き起こしたのではないか?
この事件の鍵は、中川総理の心に何が「語られた」のか、その「物語」の正体を突き止めることだ。それは、彼の過去に隠された、もう一つの「物語」かもしれない。私たちは、中川総理の「人生」という「物語」を巡る、最後の真実を探すことになる。
嘲笑うゲームマスター
中川総理暗殺事件の捜査が難航する中、私たちを嘲笑うかのように、新たな「物語」が始まった。警視庁のメインサーバーがハッキングされ、私たちの捜査情報がすべて彼らの手に渡ったのだ。そして、そのハッキングと同時に、サーバーに一つのデータが送り付けられた。それは、一連の事件の証拠映像だった。
大前田議員の殺害、日銀強盗、そして中川総理の暗殺。それぞれの事件の犯行の瞬間が、まるで映画のダイジェスト映像のように編集されていた。そこには、犯行の様子が鮮明に記録されていた。しかし、映像に映る人物の顔は、すべてカメレオの変装で、誰が真犯人なのかを特定することは不可能だった。
映像の最後には、一つのメッセージが残されていた。
「ゲームは、次のステージへ。これで、君たちの『論理』は完璧になったはずだ。あとは、真実を語る勇気だけだ」
それは、紛れもなくミラージュの「語り」だった。彼は、私たちを「ゲーム」のプレイヤーとして見ていたのだ。
論理の構築と、新たな対立
ハッキングされたことで、捜査本部は混乱に陥った。神崎警部補は、怒りを露わにしながらも、送られてきた映像を分析していた。「ふざけとる…。しかし、この映像が真実なら、ワシらの論理は根本から間違っとる」。彼の心の声は、映像が示す「虚構」と、彼が信じる「現実」の間で揺れていた。
白鳥主任は、冷静に映像の解析を進める。「映像の音声には、ノイズが隠されている。サギーは、私たちにこの映像を『見せて』、同時に私たちを『試している』」。彼女の言葉は、映像に隠された、もう一つの「物語」の存在を示唆していた。
黒瀬調査官は、この事態を国家的な脅威と見ていた。「セレナさんの能力は、もはや国家の管理下に置くべきだ。これ以上、私的な感情で捜査を続けることはできん」。彼の心の声は、セレナの能力を「国家の道具」として利用しようとする思惑で満ちていた。
そして、大河原本部長は、私とセレナを呼び出した。「奴らは、お前たちの『論理』を完成させようとしとる。そして、その『論理』を使って、我々を裁こうとしとるんだ」。彼の言葉は、この「ゲーム」の本当の目的を明らかにした。
語りの結末
サギーは、私たちに「完璧な論理」を与えた。しかし、その論理は、彼らが作り上げた「虚構の物語」に基づいている。
私は、ノートを広げ、新たな「論理」を組み立てる。
サギーが提供した映像は、ヴェールが作り出した「語らせる力」の産物ではないか?
映像に映る人物の心の声は、ルージュが操作した感情ではないか?
映像に隠されたノイズは、エコーが改ざんした「偽りの物語」ではないか?
私たちは、この「完璧な論理」を疑わなければならない。なぜなら、真実の「語り」は、いつも、彼らが隠そうとした心の声の奥底に存在するからだ。
この「ゲーム」の結末は、サギーが仕組んだ「論理」を乗り越え、セレナの「心の声」を信じられるかどうかにかかっている。私たちは、彼らが作った「物語」のルールを破り、私たち自身の「語り」で、この事件を終わらせなければならない。
ゲームの始まり、そして真実の解読
私たちは警視庁のサーバーに送り付けられた「ゲームの記録」を前に、深い混乱の中にいた。サギーは私たちに完璧な「論理」を与え、その論理で私たちを裁こうとしている。しかし、私はこのゲームを彼らの思う通りには終わらせない。
「私たちは、このゲームのルールの裏側を読み解かなければならない」
私は、捜査本部の面々を前に語り始めた。
「サギーが起こした一連の事件は、それぞれが独立した出来事ではない。彼らは、すべてを繋ぐ一つの『物語』を構築している。この『ゲーム』のルールは、単純な犯罪ではない。それは、私たちに特定の『論理』を信じさせ、真実から目を逸らさせるための罠だ。この『ゲーム』の始まりは、中川総理の暗殺事件からではない。もっと深い、別の『物語』から始まっている」
私は、自らのノートを開き、そこに記された最初の「不協和音」を指差した。それは、大前田議員殺害事件だった。
「この事件は、単なる暗殺事件ではない。セレナが聞いた『許さない』という心の声。それは、誰に向けられたものか? 私は、大前田議員の『人生』という物語を、徹底的に洗い直した。彼は、若き日の総理の私設秘書だった。そして、その時代に、彼は一人の女性の心を弄んだ。その女性は、総理の裏切りによって、全てを失い、自ら命を絶った」
虚構の物語と、隠された真実
「サギーは、この女性の『物語』を利用したのだ。ルージュは、彼女の心の残響を香りで再現し、大前田議員の心を揺さぶった。そして、エコーが、彼の心に、かつての罪の記憶を鮮明に蘇らせた。大前田議員は、死の直前に、過去の罪を突きつけられた。彼の『許さない』という心の声は、犯人に対するものではない。罪を犯した自分自身に対する、絶望の『語り』だった」
私の言葉に、神崎警部補の目が大きく見開かれた。「…ワシの妹の『物語』と、同じじゃ…」。彼の心の声が、私には聞こえた。
「次に、日銀強盗事件。彼らは、金ではなく、データを盗んだ。セレナが聞いた『私の物語を返して』という声。それは、日銀の金庫に封印された、過去に『闇に葬られた』人々の物語だ。サギーは、これらの物語を公開することで、社会の『制度』を破壊しようとした」
「そして、中川総理の暗殺。彼は、その全ての『物語』の中心にいた。彼は、大前田議員を切り捨て、女性の死を隠蔽し、日銀のデータを封印した。彼は、自分の『権力』という物語を維持するために、他者の『物語』を破壊し続けた。ヴェールが総理に『語らせた』のは、彼が犯してきたすべての罪だ。そして、オラクルが、総理の心に、この『ゲーム』の結末を見せた。彼は、自らの『物語』が、決して正義ではないことを知った。だから、彼の心は穏やかだった。自らの死によって、全ての『物語』を終わらせようとしたのだ」
ゲームを終わらせる者
「サギーが私たちに送った映像は、この『物語』のダイジェストだ。彼らは、私たちに『論理』と『証拠』を与え、真実に辿り着かせようとした。彼らは、この『ゲーム』の目的が、犯罪ではないことを示唆している。彼らの目的は、『歪んだ物語』を終わらせ、真実を語り継がせることだ」
私は、深く息を吸い込んだ。
「私たちは、この『ゲーム』を終わらせるべきではない。私たちは、この『ゲーム』のルールを破り、彼ら自身に、真実の『物語』を語らせなければならない。この『ゲーム』の本当の狙いは、セレナの『感性』と、私の『論理』を、彼らの『物語』を終わらせるための『武器』として完成させることだ」
神崎警部補は、静かに私に問いかけた。「そしたら、我々はこれから、どうすればいいんじゃ?」
私は、彼の目を見つめ、静かに答えた。
「私たちは、彼らが作った『物語』の中枢に乗り込む。そして、彼らが真実を語るまで、彼らの『語り』を、私たち自身の『物語』で、破壊し続ける。」
中川総理暗殺事件の捜査が進む中、捜査本部に一本の匿名電話がかかってきた。それは、サギーからの挑発的なメッセージだった。
「素晴らしい推理だ、セレナ、そして東雲灯里。特にセレナ…その力、我々の元で活かさないか?」
電話から流れる声は、変調されていたが、その声の「心の声」をセレナは聞いていた。その声は、首領ミラージュのものだった。彼は、セレナの能力を高く評価し、仲間になるよう勧誘している。
捜査本部の面々は、この電話に激しく動揺した。
「ふざけとる!我々をここまで愚弄して…!」神崎警部補が怒りをあらわにする。
白鳥主任は、電話の音声を解析しながら冷静に言う。「この音声には、ノイズの痕跡がある。彼らは、私たちにこの電話を聞かせ、同時に私たちを『試している』。この電話は、単なる挑発ではない。私たちに、セレナの『心の声』の力と、彼女の『信念』を試しているんだ」
黒瀬調査官は、電話の着信元を追跡しようと試みるが、すでに痕跡は消えていた。「こんな簡単に、国家の通信網を突破するとは…やはり、セレナさんの能力は、危険すぎる」。彼の心の声は、セレナを監視し、彼女の能力を国家の管理下に置こうとする思惑で満ちていた。
そして、大河原本部長は、私とセレナを呼び出した。「奴らは、お前を狙っている。お前の『心の声』が、奴らの『物語』を完成させる鍵だと考えているんだ」。
私は、セレナの顔を見た。彼女は、静かに電話の「心の声」を分析していた。彼女の心は揺れていたが、その瞳には、強い光が宿っていた。
「彼らの言う『ゲーム』は、まだ終わっていません。彼らが私を必要としているなら、私も彼らの『物語』を終わらせるために、彼らの懐に飛び込みます」。
私は、セレナの言葉を聞いて、決意を固めた。私たちは、この「ゲーム」を、私たち自身の「物語」で終わらせなければならない。
私は、新たな「論理」をノートに記した。
『サギーは、セレナを『最後の駒』として、自分たちの『ゲーム』を完成させようとしている。しかし、私たちは、そのゲームのルールを破り、彼らの『物語』を私たちの『物語』で上書きする』
この戦いは、最終章へと向かっている。
舞台は整い、主役たちが現れる
警視庁へのハッキングから数日後。私たちはサギーの次の行動を警戒し、捜査を続けていた。しかし、彼らは私たちの予想を裏切る形で、自ら姿を現した。場所は、東京の中心にある、閉鎖された巨大な劇場。電光掲示板には、不気味なメッセージが流れていた。
「ようこそ、我が『物語』の最終章へ」
私とセレナ、そして捜査本部の面々が劇場に足を踏み入れると、そこには誰もいなかった。だが、舞台の中央に、一人の人物が立っていた。優雅な身のこなし、そしてどこか見覚えのある顔立ち。
「素晴らしい推理だ、セレナ、東雲灯里。そして、ここに集った、私の『物語』を解読した、勇敢な探偵たちへ」。
男が拍手を送る。その声は、電話で聞いたミラージュの声だった。彼の心は、揺るぎない確信と、私たちへの敬意に満ちていた。
「君たちは、私の『ゲーム』のルールをすべて解き明かした。大前田議員の『絶望の物語』、日銀に封印された『無名の物語』、そして中川総理の『偽りの物語』。すべてを論理的に繋ぎ合わせ、真実の『語り』を構築した。特にセレナ、君の力は、私の想像を遥かに超えていた。君は、人の心の声を聞くという、この世界の最も純粋な『語り』を体現している」
真実を語る者、そして物語を操る者
ミラージュの言葉に、神崎警部補が怒りを込めて叫んだ。「お前がワシの妹の人生を奪ったんか!」。彼の問いに、ミラージュは静かに首を横に振る。
「奪ったのではない。彼女の『物語』は、君の『論理』が証明できなかった。だから、私は、その『物語』を、誰もが信じられる『真実』へと書き換えるために、この『ゲーム』を始めたのだ」。
その言葉に、私ははっとした。サギーの目的は、犯罪ではなかった。彼らは、この世界の「論理」や「制度」によって隠蔽された「物語」を暴き、真実を人々に語り継がせるために、この「ゲーム」を仕掛けたのだ。
ミラージュの背後から、次々とメンバーが現れる。
完璧な偽りの顔で立つカメレオ。香りという名の感情を操るルージュ。無機質な視線を送るAI、ノイズ。そして、私の記憶にも関与しているかもしれないエコー。
彼らは皆、私たちを嘲笑うのではなく、まるで同じ「物語」の登場人物であるかのように、静かに私たちを見つめていた。
「さあ、セレナ、東雲灯里。舞台は整った。君たちは、この『ゲーム』の結末を、どのように語るつもりだ? 君たちの『物語』を、私たちに聞かせてほしい」。
ミラージュは、私たちに最後の選択を迫った。彼らの「物語」に乗るか、それとも、私たち自身の「物語」を語るか。この選択が、この世界の「語り」を、未来へと導く鍵となる。
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