会いたくて

 それから一週間、舞は練習が終わるとその足で天野カイトの個展に足を運んだ。

何故なら二人は連絡先を交換していなかったから。

調べると個展は一週間だったので、いつかは偶然か必然かはわからないが会えると舞は考えた。

舞は毎日、通い続けた。


いつも天野カイトは訪れた客と話をしていた。おそらく商談なのだろう、時には難しい顔をしてそのまま出ていってしまうこともあった。結局、最終日まで舞は天野に声をかけることは出来なかった。

最終日、最後のお客様が帰り、ポッと一つの明かりが消えた。

誰もいない部屋の椅子にもたれ天野カイトは何やら瞑想しているようだった。

窓の外から横顔を見ているだけで舞は幸せだった。

このまま会わずに帰ろうかーーと思い一歩足を引いたとき、天野先輩と目が合った。


「こんばんは、舞さん。さぁ、中へどうぞ」


「こんな時間にすみません。今なら天野さんとお話しできるかなと思って来てみました」


「……来てみたら運良く僕がここにいた……ということですか?」


カイトは笑顔で舞を見た。


「はい、そうです……いいえ……ウソです。実は毎日来ていたんですが、タイミングが合わず声をかけそびれていました」


カイトは連日、商談で忙しかったことを思い出し少し寂しそうに笑った。


「そうだったんですね。それは申し訳ないことをしました」


天野カイトは飾られた盆栽たちを指差して言った。


「実はね、この作品たちは全て舞さんを模して作り上げた作品なんです。今は便利なものでネットでいつでも舞さんのダンスを見ることができます。その情熱的な動きに熱いものを感じて僕の心や体に乗り移った力を盆栽に落とし込みました。ここにある二十点の作品に息吹を吹き込んだのです。とても満足したものに仕上がりました。だからこの個展を開きました。誰よりも舞さんに見て欲しかったのです。それなのに、僕は卑怯な賭けをしました。もし、この場所に舞さんが現れなければ、このまま黙って日本を離れようと思っていたんです」


「日本を離れる……って、どういうことですか?」


「はい……実は、盆栽は海外でとても人気が高いんです。今は日本で盆栽の売買をしたりしていますが、正直、海外のニーズの方が高いんです。僕の描いた盆栽の絵も海外では高く売れるんです。今回の個展のおかげで、ようやく夢だった海外進出できる段取りがついたところです」


「そうだったんですね……それで天野さんはいつ海外へ?……」


「……と、その前に……今日は僕の個展に舞さんが来てくれた……僕も覚悟ができました」


カイト先輩は舞の目をじっと見つめて言った。


「舞さん、僕とお付き合いしていただけませんか?正直に言うと……このまま何もかも投げ捨てて舞さんのそばにいたい……それが今の僕の本心です」


「天野さん、ありがとうございます。ちっとも卑怯なんかじゃありません……あまりにも正面からストレートにこられたので、戸惑ってしまい正直になれなかったのは私の方です。天野さんはいつでも真っ直ぐでした。少なくとも私はそう感じました。そしてそれに応えるだけの意気地がなかったのは私の方です。今やっと気がつきました。私は天野さんのことが好きです。ずっと一緒にいたいです」


カイトはそっと舞を抱きしめた。

そして言った。


「舞と呼んでもいいですか?」


「はい。私はカイトと呼ばせてもらいます」


二人は見つめ合って笑った。


「日本を離れる前にお願いがあります」


舞はカイトの目を見て言った。


「何かな。僕にできることなら……」


「カイトの作品が一つ欲しい。私を描いた最高の作品を……」


「今までも舞という作品を作り続けてきたよ。それじゃあダメなのかい?」


「そうじゃなくって……多くの人に公開されているものじゃなくて私だけが見ることができる自分をそばに置いておきたいの。迷ったときや落ち込んだときに、いつでもそばにいてくれる存在の作品。カイトを感じられる、世界でたった一つの私だけのものが欲しいの」


舞は続けた。


「カイト……出発前に少しだけ私に時間をください。リハーサルを見て欲しいの。五日後の金曜日、麻布のアリスタ小ホールを借りています。午後八時、ホールで待っています。その時に私の我儘なお願いの応えを聞かせてください」


舞はカイトの腕のなかで思い切った告白をしてしまったことに自分で驚いていた。


(なんて大胆なことを……でも、もう気持ちは抑えられない……)


そんな舞の気持ちを察して、カイトは舞を強く抱きしめて熱いキスを交わした。


舞は溢れる涙を止めることができなかった。

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