初めてのデート
その後、舞はダンサーとして順調に実力をつけてきた。
ある日、舞がスタジオでダンスの練習をしているとミラーに一人の男性が映っていることに気がついて曲を止めた。
そこに立っていたのは天野カイトだった。
カイトはブルーにまとめた花束を抱えていた。
「あっ、ごめんなさい……気がつかずに……」
舞はタオルで汗を拭きながら鏡の中のカイトに言った。
「あっ、こちらこそすみません。練習を止めてしまって……正直言うと、ずっと見ていたいくらいです……あっ、これ、二十歳の誕生日にと思って」
舞は先週、ツアーの途中で二十歳の誕生日を迎えていたが忙しくてそれどころではなく、いつもの日常として時が過ぎた。
花束にはお誕生日おめでとうと書かれたカードが添えられていた。
「わぁ、ステキ。さすが芸術家さんですね。色合いが私好みでとっても綺麗です。ありがとうございます。でもどうして天野さんが私の誕生日をご存知なんですか?」
「あなたは今や有名人なんですよ、プロフィールは一般公開されています」
確かにそうだった。
舞は有名人と言われてすっかり舞い上がってしまった。
「えっ?……そうなんですね……私自身は全く自覚がないもので……」
舞はとっさに笑って誤魔化した。
カイトも舞に合わせて笑った。
「あの……この後、練習が終わったら一緒に食事に行きませんか?」
(天野カイトという人は案外、積極的な人なんだなぁ……)
舞は、遠い日のあの眼差しを思い出していた。
「はい。一度お約束をしておきながら、お会いするきっかけがなく、ずるずると時間だけが流れてしまいました」
「……僕はあれからずっと舞さんを見ていましたよ……一日も欠かさずに、ね」
(えっ?……もしかしてこの人、ストーカー?……)
それからすぐに舞は支度をしてスタジオをあとにした。
天野カイトはすぐ近くのイタリアンの店を予約してくれていた。
「お口に合うかどうかはわかりませんが、この店のピザはどれも美味しい。僕のおすすめです。もちろんパスタや他のメニューもどれも絶品ですよ。今日は僕が主催の舞さんの誕生日パーティーです。遠慮なく好きなものをたくさん食べてください」
入店すると店員がすぐに二人を一番奥の個室に案内してくれた。
テーブルには淡いピンクのフラワーアレンジメントが飾られていた。
「この店のアレンジメントは全て僕がやっているんです」
カイトはさりげなく言った。
(どうりで……)
店の雰囲気が、どこか天野カイトという人を連想させるのだ。料理を邪魔しないさりげない演出……それが天野カイトらしさを表現していると舞は思った。
そして芸術家同士らしく楽しく会話が弾み、あっという間に二時間が経っていた。
「楽しい時間はあっという間だ……別れは惜しいけど僕はもう帰らなければならない。明日までに終えなければならない個展の準備があるんです。舞さんを送る時間もおしゃべりに費やしてしまったようだ……」
カイトはワインでほんのり赤くなった頬を撫でながら残念そうに言った。
「天野さん、今日は楽しい時間をありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ楽しい時間をありがとう。この楽しかった時間が明日からの舞さんのダンスに活かされるとするならば僕は幸せだ。僕も個展が終わればたっぷり時間がとれる。そうしたらまた、会ってくれますか?」
「ええ、もちろんです。その日を楽しみにまた明日から頑張れそうです」
舞は心からそう思った。
舞は天野カイトにすっかり魅了され、知らないうちに天野カイトという人をもっと知りたいと思うようになっていた。
「明日からもずっと舞さんをみています。僕には必要な人ですから。では、お先に失礼。コーヒーを注文してありますからもう少し楽しんでいってくださいね」
そう言い残してカイトは店を出ていった。
まもなくコーヒーとアイスクリームが運ばれてきた。
「今日のお料理はいかがでしたか?お口に合いましたでしょうか?」
オーナーだろうか、笑顔がよく似合う白髪混じりの背の高い男性が舞に言った。
「ええ、とても美味しかったです。ごちそうさまでした……あの……一つ、伺ってもいいですか?」
舞は思い切って聞いてみた。
「天野さんって、どんな方ですか?」
「そうですね……一言でいうならば、とても情熱的な方ですね」
男性はごゆっくりと言い残して厨房へ入っていった。
舞は三十分ほど時間を楽しんでから店を出た。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
舞は自然と鼻歌を口ずさんでいた。
(やっぱりカイト先輩は私の思った通りの人だわ……)
舞が店を出るとすぐに看板の明かりがパッと消えた。
舞が最後の客だった。
静かな住宅街は静寂に包まれていた。
どこか夜の気配が寂しくて思わず夜空を見上げると、そこには無数の星が輝いていた。
(ちゃんと計算されているのね……)
天野カイトはそういう人だ。
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