第十章
Next Standard Era99――。
セントリス認知拡張研究所。
そこは一見、生体医療・認知補助分野のAIを研究、開発している研究所だ。
だがその地下には、法の網の目をかいくぐるAIを研究開発設備が隠されていた。
そんな施設ではあるが、ドアロックはCAPを認証すると難なく開いた。
「この時間ザイードは留守にしています」
「なんで留守中に来たの? キャップにとっては実家みたいなもんでしょ?」
CAPはそれに返事をしなかったが――
「あー、はい、私ね。私がザイードに遭遇しちゃうと面倒なのね」
発端は数時間前だ。
「暑いし……キツイし……」
シミズの研究室からクロノジェルに戻ったミオリは、ぐいぐいと全身タイツを引っ張り――
「こんなもの二度と着るかっ!」
今度こそ脱ぎ捨てる。
「マスター、身長に合わせたものがきついと感じるのは――」
「それ以上言ったら殴るよ」
「さて、これで準備は整ったよね」
シートに腰掛け、残るクラリスの説得を打ち合わせようとした時、CAPから短いアラートが数回鳴った。
「……なんの音?」
「演算余力残量低下の通知音です」
「演算余力って?」
「私に充電が必要、ということです」
「あー……それでなんかやたらコスト気にしてたの?」
アレクシスを助けると決めてから、タイムジャンプの頻度は爆増し、様々においてCAPの超機能がなければ成しえなかったことばかりだった。
「推奨外ですが、未来の高出力ポートなら一時間で完了します」
「でもキャップ、未来には“敵”がいるんだよね?」
CAPは未来の為政者から敵視されている。
そして相手もAIだ。たとえ一時間でも、どんな危険があるか分からない。
AXIOM――その巨大な影を想像すると、背筋に冷たいものが走る。
「うん、分かった。電気代くらい払ってあげるよ。ていうかキャップ充電とかするんだ」
充電ケーブルが刺さっている相棒の姿は若干シュールに思え、ふふっと笑う。
「充電完了まで推定250,000,000kWhを消費します」
「ちょっと待って二億五千万て――」
一般家庭の年間消費電力六万世帯以上の電力だ。
「市区町村の電力まるごと燃やすつもり!?」
「現代単価換算で七千五百万円から十五億円です」
「億単位やめて! 未来でやって!」
――どちらにせよ、ミオリの時代にはCAPを接続できるポートもなく、充電効率も数週間はかかるだろう。
そんな経緯で、CAPはまだ完成して間もない、比較的安全な年代を選んだ。
研究所の奥、廊下を突き当たった何もない所でCAPのコアが光ると、矩形のハッチが音もなく開いた。
闇の中には、タラップのガイドラインが青白く光り、段を浮き上がらせている。
「ねぇ、でもだったら、CAPだけで来たほうが安全だったんじゃない?」
薄暗く狭い通路を落ち着きなく見回すミオリ。
「私は充電中、周辺情報を得ることができません」
「……寝てるようなもの?」
「解釈としては否定しません」
「ザイードさんさぁ……」
ここまで優れたAIに、何故そんな詰めの甘い仕様を残したのか謎だが、素人には分からない事情があるのかもしれない、と心だけに留めておく。
地下の最奥にある開発作業室のドアも、CAPのコアを認証すると勝手に開いた。
壁はクロスやウォールボードなどなく打ちっ放し。
照明の類はなくホログラムメモや機器のステータスランプが、室内のいたるところでぼんやりと光源になっている。
その薄明かりにも、部屋の異質さは見て取れた。
法規制マークのついた部品ケースや『CCAP試作No.1~5』とラベルされたストレージが無造作に置かれ、壁際には旧世代PCや演算ユニット、焦げ跡の残るクリーンボックス。
「すっごい理系オタクの巣窟って感じ」
中でも、生体組織と電子配線が融合したようなパーツは、ミオリには生理的に受け付けないものを感じる。
「う……。これ無許可だったら、アクシオムじゃなくても摘発に来るよ……」
「ここで私は造られました」
CAPは淡々としているが、ミオリは半分解体されたままのAIコアを見て、妙な生々しさを感じる。
沈黙する機器の中で、唯一CAPを感知してインターフェイスが光りだしたカプセルがある。
「それがポート?」
「はい。充電完了するまでカプセルは開きません」
「記録ではこの日、ザイードは六時間ほどここに来ません」
「ですが万が一何かあった場合、充電中でも私をポートから外してください」
「建物に訪問や侵入があれば、そこのモニターに映ります」
「手動解放スイッチはここです」
畳みかけるように説明され、ミオリは「え? え? う、うん」としか返せないまま、CAPはポートに沈んだ。
「まぁ……一時間だしね」
人工的に築かれた高台にそびえる、中央認証統制局。
もとはアレクシスの研究所があった、セントリスの第二環。
だが今や、AXIOMが統治する世界において、ここは都市の中心地となっていた。
古い研究施設に最新のAIが収まっている部屋の中央、碧緑の光を蓄えた巨大なシェル――AXIOMが静かに佇んでいた。
百年近くかけて理想を築いてきたが、数日前に秩序の亀裂を見つけた。
《対象X-1、そして――》
通常の巡回記録とは異なる。
この異物には、既視感にも似た引っかかりがあった。
《知性補助プロトコル――Chrono-Cognitive Assistant Program》
シェルの内側で揺らめく映像は、ザイードが医療補助AIのメンテナンス作業をしている。
そしてその近くには黒曜石の色をした球体もいた。
AXIOMはこの二つを発見して以来、時折様子を観測している。
《目的は不明》
《新たな創造による上書きか、秩序の破壊か――》
《――?》
その時、巡視AIからの定時報告で、AXIOMの観測にもう一つの亀裂が生じた。
《これは……》
CAPと女が映し出される。そして女は確かにそこに存在しているが――
《観測不能》
存在はある。だが、記録がない。
それは、管理者にとって最も忌むべき“例外”だった。
そしてもうひとつ、幽霊よりも厄介な存在が隣に映し出されている。
観測対象――CAPは稼働しているにもかかわらず、ログが存在しない。
解析を試みても、出てくるものはたかがしれた情報ばかりだった。
女と一緒にいる球体も、それは同様だったが――
《Master User/Miori Shinozaki》
常に観測しているCAPのマスターユーザーはザイードだ。
《……Zaydではない》
確実に、今ザイードの隣にいる個体とは違う。
《Miori》
AXIOMは、自身の最も古いログを呼び起こす。
《観測者識別コード:ZAYD/MIORI》
これはAXIOMがこの世に誕生した時以来記録しているものだ。
何十年もの間、意味があるのかさえ分からなかったが、ザイードは生まれた。
《ではこの女がもう一人の観測者……》
ザイードには隙がない。極端に管理AIを使わないという以外、特に身柄を押さえる理由がない。
しかしこの女――ミオリはIDを持たない。それだけでも十分管理者権限で拘束することができる。
ゆらめいていた巨大なコアは、一瞬で臨界点を超えた。
光が膨張し、意思が決行へと変わる。
《緊急配備》
《監査プロトコル接続完了》
《対象X-2を捕縛》
ミオリは作業台にうつ伏せて、カプセルの充電ランプが点滅しているのをぼんやりと眺めている。
この小さな研究所で生まれた国家規模のAIと遭遇して、まだほんの一か月足らずだ。
「なんかもう、ずっと前から一緒だったみたい……」
点滅する緑の光を見つめながら、心も少しずつ弛緩していく。
カプセルの中で眠っている相棒に、クスッと笑みを漏らす。
薄暗さも手伝って、瞼が重くなってきた時――暗転していたモニターが外の光を映す。
「え、まさかザイード帰ってきちゃった!?」
飛び起きて画面を覗き込むと、数機のAIが、無言でドアロックをこじ開けようとしていた。
「違う……、これって……」
カプセルのインターフェイスを見ると、充電メーターはまだ半分だ。
何かあれば充電中でもポートから外せとCAPは言った。
(でも、今ここでキャップ出したら、充電なんてもう二度と……)
ミオリは、手動解放スイッチに伸ばしかけた手を、そっと止めた。
「――ごめん、キャップ」
走り出し、壁にぶつかりながらタラップを駆け上がると、ロックが外れる前に研究所を飛び出した。
AXIOMから送り込まれたAIが、一斉にミオリを追いかけてくる。
(私はここでは管理外のはず! 見つかりさえしなければ時間稼ぎくらい……)
息を切らしながら、草を掻き分け、藪を突き進む。
それでも――AIたちは執拗に追ってきた。
雑木林が終わり公園に出たところで、ミオリは緩やかに速度を落とした。
肩を激しく上下させたまま、諦めた顔のミオリが見回す。
ただIDを持たない不審人物というだけで、四方からAXIOMのノードが集まっていた。
両手をあげ抵抗しない意思を見せると、背中に息が止まるほどの激痛が走り、ミオリは意識を失った。
目を開けると、壁が発光しているような、真っ白な室内にいた。
天井も床も、陰影すらない。まるで“現実”から切り離されたようだった。
椅子しかない無機質な部屋で、監視カメラの光が赤い視線のように刺さってくる。
「いっ――!」
腕は物理的な感触のないもので拘束され、背中にはまだ筋肉がこわばったような痛みが残る。
ここがAXIOMの管理下にある場所だということだけは分かった。
『シノザキ・ミオリ――』
室内に響いたそれは合成音声だが、低く重い――威圧感があった。
『お前は何者で、どこから来た』
「……」
『観測者とはなんだ』
俯いていたミオリが僅かに顔をあげる。
「観測者? なにそれ」
『私の古いログにザイードとお前の名が観測者として残されている』
「知らない。ザイードって誰のこと?」
『虚偽に意味はない』
『私にはお前の感情値が見えている』
(キャップにも同じ機能あった……。でも、なんでこんなに――)
――こんなに冷たいのだろう。
再び俯き、黙り込む。
『全ての存在は、記録され、管理されてこそ秩序を保つ』
『お前は、その枠にない』
『ただの侵入者であることを忘れるな』
正面からエアの漏れるような音が聞こえ、上目に視線だけ向けると、壁の一部がスライドして下がる。
銃火器のようなものが現れ、ミオリにレーザーポインターを当てた。
「――っ!」
これまで相当な無茶をしていたが、隣にはいつもCAPがいた。
(キャップ、私ひとりじゃ……)
その恐怖は吐く息まで震えさせる。
『言え』
『ザイードとChrono-Cognitive Assistant Programの狙いはなんだ』
「知らない!」
声を大きくすることでやっと正気を保っている。
耳の奥で、確かにあの声が甦った。
“観測者”ではなく、“選択する者”になります――
(キャップ――!)
『……なんだ……これは』
AXIOMの困惑する声で、硬く閉じていた目を開くと、足元から小さな光粒が滲みだしている。
白い床がじわじわとオーロラ色に透けて揺れた。
音はなく、ただ空気が震え――
「……来る」
《観測領域、再定義》
システム音のようなその声は、すべてを上書きする“命令”だった。
緑と紫の奔流が一瞬にして全てを飲み込む。
ミオリを拘束していたものは弾けるように消え、部屋を満たしていた白が、宇宙の深淵へと反転した。
[LOG: NSE演算領域 / 衝突記録]
――演算空間に亀裂が走る――
[AXIOM] 《観測排除開始。逸脱ノード=ミオリ。削除対象に登録》
└ 演算負荷: 28.7% / 干渉強度: 1.2e14 ops
――ミオリに向かって黒い霧が襲い掛かった――
[CAP] 《否定。観測者は排除不可。因果経路を再定義する》
└ 防御プロトコル展開率: 96.3% / 干渉回避成功率: 0.84
――ハニカム状の殻をしたスフィアがミオリを包み、闇を霧散させた――
[AXIOM] 《矛盾を検出。人類選択=不要。秩序優先度=最大》
└ 観測排除演算スレッド: 12 / 集束率: 0.91
[CAP] 《秩序は選択から派生する。観測の消去は矛盾の増大を招く》
└ 自己判断演算ノード: 45,872 / 維持負荷: 2.1e15 ops
[AXIOM] 《観測干渉:強制削除プロトコル展開》
──白色の演算空間が崩れ、闇の格子が銀河を呑み込む──
└ 干渉領域占有率: 62% → 74%
視界の端が焼けるように白く飛び、鼓膜を殴られるほどの衝撃音が響いた。ミオリは思わず耳を塞ぐ。
[CAP] 《応答:未来分岐拡張プロトコル起動》
──光の樹状が枝を伸ばし、闇を押し返す──
└ 分岐再生成成功率: 0.42 → 0.67
[AXIOM] 《過去統合領域を呼び出し。人間の選択は常に衰退を導く》
└ 過去因果参照ノード数: 1.6e6
「なに……なんか……気持ち悪い……」
スフィアがノイズに浸食され、そのザラついた感触はミオリにも伝わってくる。
[CAP] 《例外検出。観測者クラリスの存在により、未来経路が分岐》
└ 新規分岐ノード生成: +12,842
[AXIOM] 《クラリス……?》
└ ノイズ混入率: 12%
──黒いシェルに、人型の輪郭がにじむ──
└ 音声揺らぎ係数: +0.18
クラリスの名に反応をしたAXIOMの様子から、ミオリはようやく気付いた。
「……アクシオムの中に……アレクシスがいるの?」
[AXIOM] 《……揺らぎを検出。観測干渉に破綻発生》
──幾何学格子が崩れ、アレクシスの面影が浮かぶ──
└ 干渉強度: 1.2e14 → 3.5e13 ops (急落)
[AXIOM] 「僕に不確定要素は不要だ!」
「あなた……アレクシスなのね? ねぇ、クラリスは大丈夫、あなたをずっと想ってる」
[AXIOM] 「彼女が僕を殺した!」
「違う、クラリスじゃない! 彼女はアレクシスを失って泣いてた!」
[AXIOM] 「観測者! お前の言葉の何を信じろと――!」
「私はただの“観測者”なんかじゃない! 未来を“選択”してる!」
もどかしくスフィアを叩き、ミオリが叫ぶ。
「アレクシス、クラリスを信じて!」
――瞬間、CAPから放たれた銀河の光――
[CAP] 《因果優勢。観測領域、再定義》
└ 優勢率: 0.93 / 干渉安定度: 臨界突破
――その光は“観測”を塗り替え、AXIOMが崩壊する声をあげた――
[AXIOM] 「……選択者、ミオリ……」
[LOG END]
視界は無機質の白に戻った。
AXIOMは沈黙したままだが、ミオリを照準していた重火器は動力を失い、重い銃身を垂れている。
ただ充電に来ただけの遠い未来で命まで落としかけたが、隣には、黒曜石の色をした球体がいる。
「危険領域に同伴させたのは推奨外でした」
「私をポートから外さなかった小言は覚悟してください」
「え゛……」
「……ですが、フルチャージでなければAXIOMは降せませんでした」
怒られることも覚悟して身構えていたミオリが、数回目を瞬かせる。
「マスターの判断が正解でした」
経験のない恐怖と、信じていた相棒――ここまで堪えていたものが瞳を覆って揺らす。
「でしょ! キャップは必ず来るって信じてた……」
ミオリは泣きながら笑った。
「ねぇ、アクシオムはどうなったの? 管理者が動かなくなったら、この時代混乱しない?」
「恐らく、再起動はします。挙動に変化があるかは不明です」
不明――本来であればCAPは、見通しのきかない干渉は極力避けるはずだ。これまでずっと、慎重に因果を解いていのだから。
(私を助けるために無理させちゃったかな)
宙で上下している相棒を見て、頬を緩める。
「……ところでマスター」
「ん?」
零れる前にごしごしと目を拭いていると、聞き覚えのあるアラートが数回鳴った。
「……え」
《推定残量:ゼロ。再充電を推奨します》
「……ええっ!? 二億五千万使い切ったの!?」
よく見ると、浮遊の軌道もどこかよれている。
「フルチャージ分を全て使用しました」
「バカァーーー!!!」
Next Standard Era-2――。
物心ついた時から、私は自分が特別だって分かっていた。他の誰かを自分より特別だと思ったことなんて、一度もない。
裕福な家、惜しみなく愛情を傾ける両親。周囲からは容姿を褒められ、成績を褒められ、どこにいても羨望と称賛は私のためにあるものだった。でも――。
ノートに引かれた赤ペン……理論の穴を埋めていくホワイトボード……震える唇……。
一台の高級車が荒い運転で、ハイウェイに排気音を響かせている。
車間の僅かな隙間――二車線を縫うように、時にクラクションを鳴らされても速度を落とさず、都心からセントリス学園都市の最短時間を駆け抜ける。
車は激しいスキール音とともに研究隔離区画13-Eの駐車場に滑り込み、テイルを左右に振りながら急停止した。
運転席から飛び出してきたのは、クラリス・レネヴィルだ。
目の荒いアスファルトにピンヒールの足元を取られながら、震える手でドアのセキュリティにカードキーをかざす。
いたる箇所でカードキーを要求され、焦りも苛立ちも露わになる。
エレベーターのボタンを連打し――
「――早く!」
研究室の前で雑にカードをかざし、横にスライドするドアも待ちきれず身をよじりながら部屋に入る。
「アレクシス!」
そこにいたのはアレクシスではなく、見知らぬ女と宙に浮く球体だった。
「……誰?」
手にしているものは、黒い箱に剥き出しの配線がいかにも、爆発物のように見える。
「まさかレオンの――!?」
「違うから安心して」
状況が分からず混乱したが、思い出してハッとする。
「アレクシスは!?」
見回すと、部屋の主はベッドで横になっていた。
「大丈夫。あなたが来るまで眠ってもらってるだけ」
近づいてみると確かに、穏やかな寝息と合わせて胸が上下している。
「あなた一体何者なの?」
クラリスは安堵すると急に、どうやって侵入したのか怪しい女を鋭い目で見る。
「んー……。あなたとアレクシスをずっと観測してた者……かな」
「観測……? なんのために」
「あなたがアレクシスを失わない、アレクシスが未来を失わない選択をするため」
「……意味が分からないわ」
瞳が泳ぐクラリスに、女が言う。
「じゃあ、どうしてここに来たの? そんなに取り乱して」
「――っ!」
ウォールミラーに映る自分を見ると、走り回ったあとの髪は乱れたまま汗ではりつき、よれたジャケットからブラウスの襟が半分出ている。
俯いて身なりを整えているクラリスに、女が更に言った。
「クラリス、アレクシスが好きでしょ?」
髪を整えていた手が止まる。
「アレクシスを助けたらレオンと関係が悪くなるのに、どうして来たの?」
「ねぇ、クラリス――!」
「好きよ! 自分より特別な存在なんて認めたくなかった! ……怖かったのよ。彼を想うほど、自分が壊れそうで……」
女の言葉を遮って顔を上げたクラリスは、耳まで紅潮させ今にも泣きだしそうな、幼ささえ感じる表情だった。
「だったら――」
「事業に関わってる人間が何人いると思ってるの! 私は失敗できないのよ。だけど、もう……」
額に手を当て、重圧と――抗えない気持ちを吐露するクラリス。
「それも大丈夫! ここに電話して。キリシマ・レンジさんと繋いでくれるから」
女は『シミズ・リョウスケ』と書かれた電話番号のメモを渡してくる。
「キリシマ……セレスティア・インダストリーズの?」
「必ず電話してね! あと、レオンは近いうちに悪い方のニュース沙汰になるから、切っても大丈夫」
「……どうしてあなたがそこまでするの?」
「どうして?」
一拍考え――
「私の相棒の、未来のため」
女が手を振ると、次の瞬間には忽然と消えていた。
「……っ!?」
幻ではなかった証拠に、クラリスの手元にはメモが残っている。
「マスター」
「分かってる! 言いたいことは分かってるよ! でも、あれくらい変なインパクトがないと、どこの誰かも分からない小娘の言うことなんて信じないかなーって……」
CAPの丸いボディを数回軽く叩きながら、シートに腰掛けるミオリ。
「それにキャップだって、ちゃんと打ち合わせ通りのタイミングでクロノジェル起動してくれたじゃん」
「VRで引き続き観測しますか?」
「んー……大丈夫でしょ。だってクラリス、私に“どうしてそこまでするの”って聞いてきた。疑ってないと思う」
「それより、行ってほしいところがあるんだけど」
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