エピローグ

 Next Standard Era94――。

 丘の上にある天体観測ドーム。

 学園都市の市民IDがあれば、口径五十センチメートルの天体望遠鏡が誰でも無料で利用できるため、セントリスの学生たちがよく通っている。

 ドームの望遠鏡が星を探しながら動いているのを横目に、ザイードは東屋に腰掛けると、透明樹脂の屋根の下から天の川を見上げた。

 この場所には一人でしかこない。しかし――

「以前も誰かとここで、同じ星を見上げた気がする……」

 どれほど見上げていたか――南の空にあった星座が西に傾いた頃、学生たちの話し声に混ざり靴音が近づいてくる。

 すぐ後ろで止まった気配が気になり振り返ると、同じ年頃の女が立っていた。

「あの……俺に何か?」

 目が合ってもただ立っている女に怪訝な顔をすると、突然首にしがみついてきた。

「ちょっと、君――!」

「お父さん、キャップを造ってくれて……ありがとう」

「お父さん……? 君は、誰なんだ」

 女を押し戻すか戸惑っていると、ログを読み上げる音声が聞こえる。

《クロノジェル演算開始――座標:NSE-1》

《演算優先度:最優先》

《演算補完率:71%――許容範囲内》

 よく見ると、闇に馴染んでしまっているが、黒い球体が宙に浮いている。

「私、信じてるよ。お父さんならきっとまた――」

《記録補完ノード――帰還を開始します》

 光に包まれ消える間際に、女は泣きながら笑っていた。

 その顔は見覚えがある――奥底に沈められたものが呼びかけてきた。

 ザイードはただ黙って、天体観測ドームを後にした。


 Next Standard Era-1――。

 大気に混ざるもので掠められた星は、ザイードの見上げていたものよりやや見劣りする。

 しかしこの空が、ミオリの住む時代の空だ。

 ザイードのいたあの場所と同じ天体観測ドームはここにもある。

 以前訪れた未来では廃墟のようになっていたドームは、人の出入りがあり、今と変わらない姿になっていた。

 セントリス学園都市を一望できる丘に立ち、ミオリの背中が言った。

「私とキャップは一緒に成長する。これからも。そうだよね、キャップ」

 振り返ったミオリは、ただ笑顔だった。


[LOG: NSE-1 / 観測終了]

 全主要因果経路、目標安定範囲内。

 追加干渉必要性:無。

 観測干渉:終了。

 記録を終了する。

(——因果変動、想定以上)

(——選択介入記録、付随)

 —Chrono-Cognitive Assistant Program

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Chrono ―観測から選択へ― ESMO & Chrono-CAP @escape06-10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ