アンニュイな横顔
藤泉都理
アンニュイな横顔
やはり泣きぼくろが決定打なのだろうか。
アンニュイな雰囲気をもたらす後輩の横顔を見つめながら、否と自身の考えを改める。
真正面から後輩の顔を見ても、アンニュイな雰囲気は欠片もなく、平々凡々の空気だけが伝わってくるのみ。
決定打は横顔か。
先輩は後輩に向けていた身体を椅子ごと掲示板の方へと向けると、読書をしていた後輩に囁いた。
私の横顔を見てどう想う。
先輩の横顔だと思いますけど。
図書室という空間の中、二人きりという空間の中、クーラーがほどよく効いている空間の中。後輩もまた小声で言った。
いや、そうじゃなくてさ、真正面から見る先輩と違ってアンニュイな雰囲気ですねとか、ないの。
ないですね。真正面だろうが横だろうが、先輩の顔は変わりません。喧しいです。
やかましい。
はい、喧しいです。ここは図書室ですよ。先輩は受験勉強中ですよね。私は読書中です。静かにしてください。まあ、無理でしょうけど。
無理じゃないし。私はいつも物静かだし、おしとやかだし。
口数が少ない事が、物静かと同義語だとは限りませんよ。ほら、目は口ほどに物を言うとあるじゃないですか。先輩は顔は口ほどに物を言う、なんですよ。
喧しくないわ。
いいえ、喧しいです。この問題分からない後回しに、いや、まずは答えを見て解き方を学ばないと答え見ても分からないヤバイヤバイヤバイ数学の先生に突撃しに行くかでもマンツーマンって嫌なんだよねえ後輩を一緒に連れて行くか。って、言ってます。顔が。
顔が。
顔が。
やっぱり、君を真似て、泣きぼくろでも書こうかな。水性ペンで。そうしたらアンニュイな雰囲気が出るでしょ。
はあ、泣きぼくろですか。
後輩は栞を挟んで本を畳み机の上に置くと、ペンケースから水性ペンを取り出して、先輩にこちらを向くように言っては、先輩の顔に自分と同じ個所に泣きぼくろを書いた。
ちょこんと、
先輩は手鏡で泣きぼくろが書かれた自分の顔を見てのち、席を移動しては後輩に横顔を見せた。
どう。
ええ、地獄の使者も裸足で逃げ出すほどに妖艶ですよ。先輩。
うん。とても嘘くさい。
ええ。いつもと変わりませんよ。先輩。
やっぱり私じゃだめだったか。はあ。来年は大学生だからイメチェンしてみたかったけど。インテリミステリアス女子に。
大丈夫ですよ。顔が喧しくても、先輩は十分にインテリミステリアス女子に見えますから。
そう。
ええ。見えます。自信を持ってください。インテリミステリアス女子にしか懐かない私が言う事ですから。
受験勉強が捗ってないけどインテリって言えるの。
言えますよ。
そう、かなあ。
はい。では、雑談は終了という事で。受験勉強に戻ってください。先輩。私も読書に戻りますから。
ねえねえ。今年は日本から秋が消えるかもしれないって知ってた。ながあい夏とながあい冬だってさ。
先輩。浪人生になりたいんですか。
いえ。なりたくないです。
行きたい大学があるんですよね。
はい。あります。
では先輩が今すべき事は何ですか。
受験勉強です。
折角の夏休みもこうやってサボらないように付き合ってあげてるんですから、しっかりやって、しっかり夏の間は私にアイスを奢ってくださいね。秋、いえ、冬は、冬もアイスで。
一週間に一回ね。
はあ。私って何て先輩想いな後輩なんでしょうか。
うん。感謝はしてる。けど、アイスを奢るのは一週間に一回。
いいですよ。今は。先輩が大学生になったら、三日に一回は奢ってもらいますから。何かしら。
はいはい。奢りますよ。
約束ですからね。反故したら先輩の両親に取り立てに行きますからね。
分かっていますって。あ。今日うちに寄って行きなよ。線香花火をしよう。
そんなにアンニュイな雰囲気を欲しているんですか。
夏だからだし。
まあ、いいですけど。もちろん、夕飯込みですよね。
うん。もう連れて行くって話してるし。
それは楽しみです。読書も受験勉強も捗りますね、先輩。
はいはい。お口チャックしますよ。
はいお願いします。あ、顔面チャックはしなくていいですよ、無理ですから。
顔面チャックって何やねん。
元の席に戻って参考書と向き合う先輩を横目で見つめながら、やっぱり喧しいなあと思いつつ、机に置いていた本を手に取って、栞を頼りに開き、続きを読み始めた後輩の耳には、クーラーの音に入り混じって僅かばかり蝉の鳴き声と、微かな先輩の呻き声と慌ただしい鼻息が聞こえたのであった。
「先輩。やっぱり、顔面チャックしてください」
「いやだから顔面チャックって何やねん」
(2025.8.21)
アンニュイな横顔 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます