第3話
翌日。寮を出るギリギリまで悩んだが、朝ご飯を食べに食堂へ行き、少し体調が悪い感じを出そうと思っていたもの、友達である穂歩《ほほ》が隣に座ってきて「今日の放課後ヒマ?」と聞いてきたのに対し、「用事があって無理」と反射で返してしまったのだった。
「え~!久々に部活休みなのに!」
「ごめんって」
陸上部である穂歩は放課後基本的に暗くなるまで部活をしている。部活も兼ねて図書委員となっている私からすれば、これ程にアウトドアな人間と友達になっているのが信じられないくらいだ。
穂歩は中学の頃からの顔なじみだ。同じ県、同じ中学、三年目だけ同じクラス出身。『この学校は図書室が充実しているらしいし、司書の免許を取れる大学が近いのもあって有利だ』と中学の教師に教えてもらい、他県の高校を選んだ私にいきなり声をかけてきたのが穂歩だった。「悠……さん、だよねっ?」とおそるおそる声をかけてきた初々しさが今や皆無。朝から放課後の予定まで埋めてこようとしてくる馴れ馴れしさというか、明るさに救われたことも何度かあったが、今日はやめてほしかった。
「てか、悠が外せない予定あるのって珍しくない?」
隣で白米を頬張りながら当たり前と言わんばかりにツッコミを入れてくる。確かにそこを突かれると痛い。図書委員の役割は毎日あるわけでもなく、寧ろ穂歩が所属している陸上部と比べればかなり融通が利く方だ。元々図書司書や本関係の職業に就くのを望んでいる人間が周囲の県から集まってくるのがこの高校なわけで、私が図書室の司書担当日でも関係無しに本を読みに来ている図書委員も多いため、頼めば代わってくれることが多い。
なので、穂歩が休みの日に私の司書としての部活動が被ってる時は基本変わってもらっている。それくらい穂歩の休みは貴重で、私に放課後の予定は無い。
「まあ、色々あって」
「……ふ~ん」
……明らかに怪しまれている。ので、話を逸らすことにした。
「なんで今日部活休みなの、朝練も無し?」
「無し。ほら、今先輩たち大会行ってて、一年はこの時期休みになるらしいよ?」
そういうと目玉焼きを白米に乗せ、醤油を垂らしながら「まあ、一年の中でもエースは行ってるみたいだけど」と明らかに不満そうな表情で言い放つ。どうやら中学の頃から有名だった子もこの学校に入ってきたらしく、一年の練習はその子を中心として組まれているらしい。二年生からやるレベルのことをさせられている……と愚痴りながらも、穂歩はその有名な子と同じくらいの成績だと風の噂で聞いたことがある。
一年生で上学年の大会に着いていくことが出来るのは一人、という伝統があるらしい。同じくらいの成績で穂歩も選ばれる権利はあったはずだが、中学の頃のネームバリューが明暗を分けたらしい。無名の穂歩は今ここでぶつくさと文句を垂れながら私の隣で朝ご飯を食べ、エースさんは大会に着いていった、というわけだ。
誰を連れていくか決める試験前日までストイックな食生活をしていた穂歩が『差別だよ!ヂードデイだよ!』と言いつつ、悔し泣きしながら、ファミレスでホットケーキを頬いっぱいに頬張っていたあの日を思い出す。
穂歩は可哀想だったが、こういった愚痴や不満を私にぶちまけてくれるくらいには心を開いてくれているのだろう。
「で、放課後に何ぞやありますの?」
「まあ、図書委員のことで外せない用事があって」
嘘をついた。この疑りようと穂歩の性格からして、「別クラスのギャルに呼ばれて」などと言った日には、それはもう大騒ぎ、その相手を特定するまでわーわーと色んなことを探ってくるだろう。
最悪、教室から出る私の後を追ってくるかもしれない。
「あ~、んじゃしゃあないかあ」
私の言葉に納得してくれたのか、白米と目玉焼きを豪快に掻き混ぜ、一気にかき込んだ。朝からよく食べるな……といつも思う。私の目の前には食パン一枚と牛乳しかない。最初は食堂のおばさん、寮母さんが出してくれるサラダも食べてはいたが、サラダまで食べると朝からお腹いっぱいになってしまう。
「じゃ、今日はエース様もいなければ最愛の悠ちゃんもいないし……たっぷり走ってきますかあ」
「門限忘れないようにね」
「寮母さんみたいなこと言うじゃん」
「言われたことあるんだ……」
適当に言ったことが的中してしまい、逆に私が困惑してしまう。確かこの学校に来た理由を何となく聞いた気がするが、「陸上部強いじゃんここ!」と言われたのだった。つまり、かなり本気で陸上に取り組んでいるらしいことがわかる。
そもそも、本気で無ければ食事制限などしないわけで。
そんなところも含め、私は割と本気で司書を目指すためにこの高校へ入学し、穂歩も陸上という目標を持って入学しているのだった。互いにインドア・アウトドアと表面的なものは違うもの、根本的なところは近いのもあり、仲良くなるのも比較的早かった……と思う。
何しろ、穂歩が『同じ学校』というだけでかなり積極的な交友を求めてきたので、私からは何のアプローチもしていないのだが。
「ごちそうさまでした。寮母さん、ごちそーさまです!」
食べ終わった皿を置く場所の奥から「はーい」と聞こえてこないかどうかと言ったタイミングで、穂歩は今日の準備をするために自分の部屋へと戻っていった。かくいう私は、まだモソモソと食パンを齧っている。
それもこれも、放課後に待ち受けている回避不能イベントのせいだろう。気が重い。だが、穂歩に色々と喋ってしまったせいで仮病を使って休むといった選択肢はなくなってしまった。
何より、今まで無遅刻無欠席。まだ秋ごろだが、定期テストは勿論、時折ある抜き打ちテストですら赤点を取らず、一応十位台に乗っている身として、ハプニングがあろうと休むのは自分を許せないような気がした。
「はぁ……」
放課後どうするかと思いつつ、待ち受けている強制イベントへの嫌な感情と一緒に、冷えたバターが染み込んでいる食パンを水で流し込んだ。本当に、面倒臭い。
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