5
一週間後、約束の場所に俺とスクルードさんは来ていた。スクルードさんには見えない位置で控えてもらっている。意味はないかもしれないが警戒心を解くために。
俺はというと堂々と仁王立ちをして待っている。
自分で言うのもなんだが、俺は結構強い。勇者とタイマンだったら勝てるぐらいには。
しかしだからと言って、俺は決して油断しない。油断できない相手というのもあるがそれよりも油断して死んでいった仲間たちがいるからだ。
魔族と言っても全員が全員俺の言うことを聞いてくれるわけではない。若い魔族は特に。手柄を立てたいが故に無理をしてしまったり、単純に自分の力を過信してしまったりして、死んでいく仲間を見てきた。
平たく言えば仲間の死から学んだ教訓ってわけだが、その言い方はさすがに配慮が足りないだろう。みんな、望んで死んだわけではないのだ。
そう。誰もかれも。魔族も人も。
俺がこれからすることは殺し合いではない。前回同様、話し合いだ。
平和のための。
しかし、俺がどれほど非戦を望もうと決して勇者たちは―人類は戦争を望むのだろう。やりたくなくても、殺したくなくても殺すのだ。
仕方なく。どうしようもなく。
どうすることもできないのだ。過去を切り離せない限り。人類が魔族を憎み、魔族が人類を憎む限り。
もちろん、これは俺自身の持つ考えであって誰にも押し付ける気はない。
「疲れたな」
つい、そんな言葉が漏れてしまった。だめだな。一人になると魔王という仮面が剥がれてどうしようもない自分が出てくる。責任から逃げようとする、醜い自分。
そんなの、逃げられるわけないのに。だから俺は嘘をつく。自分に嘘をつく。
「ふざけたことをぬかすな!魔王。お前が今までどれほどの命を踏みつけてきたと思っている!」
いつのまにか勇者が来たようだ。どうやらさっきの言葉を聞かれていたようだ。
でも、やっぱりそうだよな。俺は魔王で、人類の敵。魔族の皆を守らなくてはいけない。運命からは、逃れられない。
なんてことを思いつつも、思うだけにしておこう。
「ふん。もちろん冗談に決まっているだろう。―さあ、返事を聞こうか。僧侶」
「はい。魔王、あなたの交渉では母を救うか世界を救うか。その二択でしたね」
「そうだな。俺は優しいからな。目の前に困ってる人がいれば助けずにはいられないんだ」
もちろん嘘だが。俺は目の前に困ってる魔族がいれば助けるが困ってる人は助けない。仮に助けることがあればそれはただの打算だ。
「ええ。あなたの申し出は確かに母にとっても、私にとっても希望となり得る。でも母は、あなたの助けなど必要としていない。私たちは、最低な種族である魔族の庇護など、必要としていない。あなたなんて、必要ない。だから、あなたとの交渉は決裂です」
「そうか。それは残念だよ。つまりはあれだな。俺の計画は失敗に終わったわけだ。まあ、このままお開きというのもあれだから、話し合いを続けよう」
これには勇者が答えてきた。
「やけにあっさり引くな。前はあれだけ煽ってくれたくせに。話し合い?これ以上何を話すって言うんだ。交渉は終わっただろうが」
たしかに僧侶との交渉は終わった。だが
「まあ聞けよ。世間話だとでも思って。魔王ってのは大変なんだぜ。だから、さっき疲れたって言ったのは案外、冗談じゃなかったりするんだ。お前らももう疲れただろう?毎日毎日殺し合い。命の奪い合い。大切な人がいなくなる苦しみはそう何度も何度も耐えられるものじゃないだろう」
「……」
全員黙る。やっぱり戦いってしんどいからな。例え生き延びても。
なんなら死んだ方が何も考えずに済むからましかもしれない。
―なんて口が裂けても言わないが。
「そこでだ。こいつをお前らに預けたい。大事な文書だ。国王に渡せ」
「内容は」
「別に見てくれて構わない。なあに、ただの和平交渉だ」
「……分かった」
実は僧侶に断られることは分かっていた。知っていた。
知っていたうえで準備していた。スクルードさんに聞いたことだが、勇者というのは基本手柄を立てた人がいつの間にか呼ばれるものらしい。つまり、勇者という役職などなく、この世の勇者なんて大概がただの兵士か冒険者だ。
しかし目の前にいる勇者はそんなことはない。調べて分かっていたことだがこの勇者は天啓によるもの。俺たち魔族はそんな怪しげなもんは信じないが人間はそういうのを簡単に信じるらしい。
簡単に。いともたやすく。
天啓ってのはつまり神に選ばれたと認識される。
信心深い人間のことだ。ただ手柄を立てて勇者と呼ばれるまでに至った者たちと、神に選ばれた勇者。言葉の重みが全然違う。なんとも報われない話なのだが。
で、そんな勇者からだったら和平交渉が上手くいくかもしれない。可能性があるかもしれない。そう思ったわけだ。
「もちろんお前らからも和平すべきですって伝えてくれ。でなきゃ意味がない。俺の言葉だけじゃ、国王には響かない」
「……一つ聞かせてくれ、魔王。お前たちの目的は何なんだ」
「どういう意味だ」
目的ってなんだ?平穏な暮らし以外に何かあるのか。
「俺たちは魔物が世界征服のために人類を敵対視して、場合によっては殺しもする。そう思っていた。だが、お前はこの半年間ずっと、戦ってこなかった。っていうより、俺たちの目の前にしか現れなかった。それどころか、ここ数年、魔物による被害が例年に比べて少ない。異常なほどに。それに今も、和平の交渉をしている。本当に分からない。魔物ってのは悪じゃないのか」
世界征服。
どこからそんな言葉が出てきたのだろう。ただでさえ今の領地を治めるのに苦労するのに世界とは。考えたくない、どころか禿げそう。
まあでも、確かに今までの魔王は記録でも結構やんちゃしてるのが分かる。そう思われるのも仕方ないか。ただ、俺は本気で和平を実現したい。そう考えている。
「悪か悪じゃないかなんて言われれば―そんなの分からない。分かるはずもない。俺は正義の行動だと思っているが、はたから見ればそれは悪行かもしれない。そんなもんだろ、世の中なんて。誰かの悪は誰かの正義で、正義の味方は正義の敵で、善意は悪意で、天使は悪魔で、そして、―勇者は魔王だ。」
「何を言って―」
「まあ要は、それぞれの立場があるってことを言いたいんだ。それぞれの立場があって、それぞれの考えがある。それは一面からじゃ測れない。
―まあとにかく、和平したいってのは嘘じゃない。詳細も全部この文書に書かれている。だから頼んだぜ、勇者殿」
そう言って俺は勇者に文書を手渡した。
手渡すときに勇者の手に触れた。触れてしまった。
その時だった。突如空から雷が降ってきた。晴天の、青が広がる空から。
その雷は俺と勇者の体を貫いた。雷に打たれたような衝撃、ではなく雷に打たれた衝撃を食らった。そこから先の記憶は不透明だ。スクルードさんがすぐに駆け寄ってきたような気もするが、何だか曖昧だ。
目が覚めると、見覚えのない部屋にいた。見覚えのないベッド、見覚えのない照明、見覚えのない鏡。とにかく全てが知らない世界だった。
しかし、その知らない世界に知っている人物が一人いた。それは鏡に映る自分。
つまりは―勇者である。
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