3

1週間後、俺はスクルードさんとともに勇者に会いに行った。正確には勇者パーティの一人、僧侶と交渉するために、勇者に会いに行った。どうやって会うのかというと俺の分身が何時何分どこどこへとだけ言って、その場所へ向かって、だ。

半年も勇者から逃げ回っていたからもう来ないのではという声が部下から聞こえてきたがその点は大丈夫。もう勇者はそんなことを考える余地もないぐらい追い詰められている。

話は逸れるが人類と魔物の領地にはこれといった境目がない。川とか崖とかで分かれているわけでもなく、地続きである。境目がないからこそ人類と魔物は争っているのだ。もし仮に地学的な境目があればここまで争いあうことはなかったのではないだろうか。


「どうでしょうかねえ。そもそも奴らは我々の存在を認めていませんから、結局同じことかと。大体人類だって国同士で争っているようですし。人同士ですら争うのに、人と人外が争わないなんて、そんな甘い話はありませんよ」


「そうなのかな」


「そうですよ。私はこれでも最初からいますからね。ずっと見てきたからこそ、そんな話は夢物語だと言うことができます。ところで、魔物は夢を見ないのですよ。知ってましたか?」


「え、そうなのか?俺は全然夢を見るけど」


「ですね。ですから、魔王様以外のすべての魔物は夢を見ないのですよ。もっと正確に言えば魔物は寝る必要すらないですからね。従って、夢を見るという機能は我々には搭載されていません」


「じゃあ、寝ているときに見る夢じゃなくて、成し遂げたいこととかの意味での夢は?」


「それならば見ることは出来るでしょうね。もっとも、夢なんてものは叶わないことを前提として語らなければならないでしょうけども」


そういうものなのかなあ。

でも確かに夢ってやつは身の程知らずな願いであることが多い。昔俺が抱いていた夢を例にすると、俺は人類を全部魔王領にしようと考えていた。しかしそんなものは土台無理な話であるし、今の俺はそんなことを考えないくらいには諦めている。


「ま、そんなことを言いつつも夢は持っといたほうがいいと思いますよ。夢は叶わないと言っても、叶えるために努力をすることは悪いことではありませんからね。ですが、夢ってのは叶えるよりも見るほうがいいかもしれませんね」


「?どういうことだ?」


「そうですね。例えば私はこれでも魔族たちに裏魔王と呼ばれて尊敬されています。『将来スクルード様みたいになりたいなあ。』なんて声もちらほら聞こえてくるくらいです」


「自覚してたのか」


「ええ。自覚してます。ま、それは置いといて私はいわば一般魔族にとっての夢の存在なわけですが。しかし、私にとっての私とは特段いいものではありません。つまり夢というのは見ているときにはいいものであったとしても、叶えてしまえば、現実を知ってしまえば案外つまらないものなんですよ。無意味とは言いませんが、それに近いぐらいは無駄なものなのですよ」


「たとえ無駄だったとしても、それを知ることができたってことに価値があるんじゃないか?」


「そういう見方もできなくはないですがそれでもやっぱり、見ているほうが幸せでしょうね。なにせ、夢をかなえるには少なからず代償が発生します。時間だったり、労力だったりで、なかなかにしんどい生活を送ることになります。何の代償もなく叶えられる夢なんてものは存在しませんし、あったとしてもそんなものは夢という枠組みに入ることが許されませんからね。で、そうまでして叶えた夢が実はそんなに良いものではなかったと知った時、果たしてそれは夢を見ていた時よりも幸せと胸を張って言えるでしょうか?夢を見るということは特段何かを成し遂げたわけでもないですが、それでも妄想しているときは幸せでしょう?」


えらく長く語られてしまったが、別にこの話を真に受ける必要はない。そういう見方もあるという話だ。確かに夢は叶えるより見るほうが幸せかもしれないが見てばっかでもつまらないだろう。

雑談もここまでにして、俺とスクルードさんは勇者がいる場所へと向かった。

冒頭で人類と魔物の領地には境目が無いと言ったが、一応、目印になるような場所がある。昔地殻変動が起きて地面の一部がせり上がり、ライオンキ〇グの冒頭みたいになっている所がある。この世界にライオンキ〇グがあるのか、どんな世界線だよというツッコミが聞こえてきそうだが無視する。

約束の場所には既に勇者パーティが来ていた。勇者と僧侶だけで来いって伝えたはずなのに全員で来やがった。許せねえ。

しかしそうも言ってられない。来ちゃったものはしょうがない。そもそも向こうがこっちの指示に従う必要もないしな。

さて、じゃあ第一声はどうしようか。分身じゃない俺自身が相対するのは初めてだ。俺は会いたいなんて思ったことはないが、向こうは相当会いたがっていた。ここは格好よく、そして魔王らしくいこう。

というわけで。


「ふはははは。よくぞ来たな勇者よ。我こそは全魔物を統べるもの。魔王だ!」


マントばさばさ。シャキーン。決まった。


「いや魔王様。キメ顔してるところ悪いですけど、多分勇者に聞こえてないですよ。マントばさばささせたくて風の魔法を使ったところまでは良かったのですがその風のせいでちゃんと聞こえてないですよ」


「……マジで?」


「マジです。大マジです。帰ったらみんなに言いふらしていいですか?」


「やめろ。もういい。下に降りて仕切り直しだ。キメ顔もなしだ。いくぞ」


そう言って俺とスクルードさんは岩上から飛び降りる。

仕切り直し。


「よく来たな勇者よ。私が魔王だ」


「あ、簡略化された。」


後ろでスクルードさんがなんか言っているがよく聞こえない。


「今のお前は分身ではないんだな?」


勇者がそんな疑問を投げかけてくる。用心深いな。当たり前だが。巷では俺は逃げの魔王と呼ばれていたらしい。酷い呼び名だ。ただ半年間命大事に生きてきただけですけど?


「ああ。今貴様らの目の前にいる私は本体である。正真正銘、ほかの誰でもない、私自身である。今日は……」


「よし分かった。では、いざ尋常に勝負!」


そう言って勇者は襲い掛かってきた。襲い掛かってきた!


「待て待て待て、いざ尋常にじゃねえよ。そんな心構えで来てないんだから。とりあえず落ち着け。一回話を聞け。チルしろ!」


「ふ、何がチルしろだ。目の前に半年も追い続けてきた敵。それも魔王が目の前にいるのだ。待ってられるわけがないだろう!」


やーばい。半年逃げ続けてきたことが仇となって帰ってきた。全然話を聞いてくれない。それにうっかり素の言葉遣いになってしまった。あれ?どこ行った?魔王の威厳。

冗談は置いといて俺は勇者の攻撃を捌く。一応これでも魔王だからな。今後、俺を見くびってもらっては困るので戦いのシーンを書いておこう。印象操作だ。


陽光が大地を照らす中、勇者の横なぎの一線が俺の心臓をとらえてきた。俺は腰に差していた剣を抜き、手首を返すようにして勇者の一撃をいなす。鋼が鋼を裂くような音が空気を震わせ、火花が舞う。衝撃が腕を伝い、肩までしびれる。それでも俺は一歩も退くことはなかった。友のため、魔王軍の未来のため、ここで負けるわけにはいかないのだ!

俺と勇者はその後も壮絶な斬りあいを続けた。しかし、斬っても斬っても埒が明かない。なにせ、向こうには回復のエキスパート、僧侶がいるのだ。

俺は一度勇者から距離を取る。もうこうなったら、をやるしかないのか。

魔王にのみ許された伝説の剣技。その技を食らったものは皆等しく、なすすべもなく死ぬのみだ。

技を放つために構える。


「貴様は良く戦った。だが、もういい。我が必殺技を食らい、死ぬがよい。

食らえ!!」


その言葉と同時に剣が黒く光る。そして俺は渾身の一撃を勇者へと放ったのだ。

しかし。


「そこまでです。魔王様」


スクルードさんが技を放とうとする俺の前に両手を広げて立った。このままではスクルードさん諸共逝ってしまう(ちょっと説明。諸共でも勇者倒せればそれでいいじゃんと思うかもしれないが、勇者は死んでも僧侶の魔法で復活する。だからスクルードさんの無駄死にになってしまう)ので、俺は技を中断する。


「なんだ?邪魔をするとはいい度胸ではないか」


「我々は今回戦いに来たわけではないでしょう。お忘れになったのですか?」


「おっと、うっかりしていた。危うく勇者を殺してしまうところだった。すまないな、スクルード」


多分技を放っても勇者は殺せないが、こう言っておくと強者感が出るからな。ナイスアシスト。もといナイスパス、スクルードさん。


「―というわけで、戦いは終わりだ。最初に言ったように俺たちは今日、戦いに来たのではないのだ」


「ほう?それじゃあ何のために俺たちをこんなところに呼び出したんだ」


「決まっているだろう。話し合いだ。交渉だ。言っておくがお前達勇者パーティってのは俺たちにとって、いの一番に警戒すべき対象だ。もちろんお前達を殺すことはできる。でも、ただじゃ済まない。犠牲なしには、不可能だ。だから、交渉をしよう」


「交渉だと?笑わせるな。魔物は人類を脅かすただの害獣だ!そんな奴らの話など、聞く価値はない!俺たちは今日、お前を倒し、世界を平和へと導く!!」


勇者の発言、前から感じていたことだが嘘くさいんだよなあ。まるで本心じゃない。勇者ってこうあるべきみたいな発言しかしない。もっと言えば、人間らしくない。―ということは置いといて、勇者の言うことには反論させていただく。


「平和、ねえ。それは本当に俺を倒せば達成されるのか?」


「なに?」


「『なに』じゃないだろう。お前らは魔族を目の敵にして、親の仇のように接してくるが―確かにそういう一面もあるが―果たして敵は俺たちだけか?人類お前らだって、皆が皆仲がいいわけじゃないだろう。仲良しこよしで生きていないだろう。それでも人類という一つのくくりで、魔族という共通の敵を見定めて、『僕たちはみんな仲間だ。悪いのは全部魔王だ』とか言って、かろうじて平和を演じているだけだ。そう。演じているだけ。魔王を倒すという舞台が終われば仮初の平和なんてすぐに剥がれて人類間の、人の国同士での戦争が始まるんじゃないのか?」


「それは……」


「なんだ?違うのか?違わないだろう。実際問題、一部の地域では土地の所有権をめぐってドンパチやってるそうだな。魔族おれたちは、何一つ関与していないにもかかわらず」


「だからと言って、魔族を見逃していい理由にはならないだろう」


「いいや、理由にはなる。少なくとも魔族の生きる領地がお前ら人類のものになれば今よりも確実に人は死ぬ。それも、人の手によって」


「魔族は人を殺すだろう」


「違う。魔族が殺すのは人じゃない。侵略者だ」


「侵略者は魔族の方だ」


教育せんのうの賜物だな。もういい。どうせ勇者と分かり合おうなんて考えは持ち合わせていない」


「じゃあ交渉は決裂か?」


「いいや。俺が交渉するのは僧侶だ。俺は最初っから僧侶一人にしか交渉するつもりはなかった。たしか母親が不治の病に侵されているんだってなあ。治療法も見つかってないんだろう?だが俺たちはその病を治す方法を知っている。うちの領地にとある泉があってな。そこの水を飲めば治るだろう。―で、ここで俺のだす条件を呑んでくれるんなら水をやる。しかし、聞いてくれないんだったら―分かるよな?」


「外道がッ!」


「黙れよ勇者。俺はお前と話はしていない。それに、世界ってのは甘くないんだぜ。そんなことは百も承知だろうけど。で、どうする?」


「……条件とは、何ですか?」


今まで黙りこくっていた僧侶は顔を上げて小さな声で答えた。よし、食いついた。このままいけばこちらに有利な条件で進められる。


「おい!」


「俺の出す条件はただ一つ。勇者パーティを抜けることだ」


「それは私に、役目を放棄しろ、ということですか」


「そうなるな」


「あなたが約束を守るという保証は?」


「無い。だが貴様には選択の余地などないだろう?見知らぬ他人か大切な母親。どっちを助けるべきかなんて火を見るよりも明らかじゃないか。それとも、大切な母親を見殺しにして俺を殺すか?それもいいかもな。俺を倒せば貴様は母親を見捨てた血も涙もない僧侶となり、俺を見逃せば使命を放棄した僧侶となる。二つに一つだ」


「時間を……、ください……」


正直ここで決めたかったが、こういう時は焦っても仕方がない。一応最後にくぎを刺しておこう。


「いいだろう。1週間待つ。1週間後にまたここで落ち合おう。最後に言っておくが俺を殺しても水は手に入らない。むしろ、俺を殺せば泉を爆破するよう伝えておく。では良い答えを期待している。さらばだ」


そう言って俺とスクルードさんは瞬間移動の魔法を使い城へと戻った。







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