オーダー科――屋上の片隅で①

 音楽室の扉は締め切られていた。にも関わらず、廊下にまで歌声は響いていた。


 無人の廊下を、城戸2尉に扇動されて歩くオーダー科生達。

 そして一番奥の突き当りの非常扉を開き、そこから非常階段を降りる。


 ……これは、校内の見回りを兼ねた非常用動線の目視確認の実習だった。学校生活が始まったら、オーダー科生の持ち回りで授業の合間の休み時間と放課後に南北の二棟、体育館棟の目視確認の巡回を行う。


 今回は避難経路の安全確認と同時に、校内生徒への軽度の行動監視の示威が目的である。

 要するに、一般生徒へのオーダー科という秩序維持のための暴力装置による威圧だ。

 むろん、実際にはそこまで高圧的な態度を取るように指示はされていない。


「ただの警備員の巡回と同程度に思ってもらえれば十分だ」

 ……そう聞かされていた。


 非常階段を降りた先は、中棟と呼ばれる2階の美術室と美術準備室、一階の職員室と保健室の上の広場のような屋上だった。

 ここから外扉を経て返し、中棟北階段に接続して2階1階と降りられるのだが、非常階段裏に人の気配がある。


 城戸2尉は足をとめ、敢えてそちらに踏み込んでいった。


 後に続く10人は、ややためらい、顔を見合わせながらそれに続いた。



 そこは、校内で最もひと目を避けられる日陰の一つだった。

 非常階段裏、屋上配管の都合でフェンスと北棟の壁の間を畳1枚ほどの幅の隙間が3メートルほどある。配管を包む四角い金属のカバーに腰掛ければ、風は強いが校外の景色を見通せる隠れた展望ベンチのような場所だった。


 そこで、いままさに昼食を始めようとしているカップルがいた。

 男子は運動部と思しきジャージの短パンにジップアップのパーカーを重ねている。女子の方はワイシャツに袖なしのセーター、膝丈のチェックプリーツスカートといういわゆる通学服風である。


 二人揃って、コンビニで売ってるような紙パックの甘いお茶を配管カバーの上に、膝には手製の弁当を置いて食事を始めていた。


 そこに、唐突に校舎の影より暗い詰め襟の軍服姿の大人が現れた。


 その顔を見て、二人は顔を見合わせた。


 学校きの士官教員だ。裏では『憲兵』などと呼ばれている。

 まだ新年度は始まっていないし、ここは非常経路を塞いでいるわけでもない。咎められるような要素はないはずだと思っていた。


 なんの用だ、と思いつつ、彼氏の方が意を決して声をかけた。


「どうも、こんにちは」


 膝の上に弁当があるから、立って挨拶するわけにもいかない。座ったままそういいながら会釈した。


「はいこんにちはー、ちょっといいかな」


 士官教員は妙に人当たりの良さそうな口調でそう挨拶を返してきた。

 そして、統合秩序推進局の制服姿の彼はまるでスマホで撮影でもするように、胸元に吊るしたボディカムをこちらに向けて、裏面を覗いた。


「3年2組の佐藤琉野くんと、2年4組の市川純織さんだね。……ふたりとも、とりあえず、お弁当置いて、2人ともそこに腹ばいになってもらっていいかな」


 その指示に、市川は

「は?」

 と思わず問い返した。


 無理もない、意味がわからない。なぜこんな吹き溜まりの塵だらけのところに伏せなければならないのか。


「まあまあいいから、さっさとやる。これは学校赴任の治安士官としての命令と受け取ってもらって構わないから」


 士官の、さっさとやる、という言葉のあたりから、いささか語気が冷たくなったように聞こえた。

 明確に命令と言われてしまっては従うしかない。


 ……昨年度2学期から、全国の高等学校に統合秩序推進局から、校内の治安維持および国体意識と風紀の保持を目的として、各校に1人ずつ教員資格を持つ士官が派遣されるようになった。


 彼らは生徒に対して、教師による指導注意以上の権限を持つ絶対的な命令権と、必要に応じては体罰の許可を与えられていた。


 当初、校内生徒の監視は校内の防犯カメラと人感センサ―そして顔認証AIを駆使し、極力無人で行うことを想定していた。

 だが原発攻撃被害を想定した議論が国会で発生して以来、電力供給難発生時を想定し、また防犯カメラとAI監視の全国高校での電力消費量の大きさもあって、一部業務を秩序維持目的の特別教育課程生の導入によって代替することを決めた。

 それがいわゆる『国防コース生』という制度の発生の政治的背景である。


 濃い灰色の制服の治安士官の背後にずらりと控えた10人近い様々な制服の子らは、おそらく新年度から入学してくる同制度の第一期生だろう。


 反抗心を隠さない彼女に対して、受験も控えている彼氏は表情と身振りでそっとなだめた。


「先生、何が理由かはわかりませんが、暴力だけはナシでおねがいしますよ」

「ああ、もちろん。そんなつもりはないよ」


 治安士官、確か城戸とかいう名前の男はにこやかにそう応えた。


 言質は得た。佐藤は腹をくくって、膝の上の弁当箱に蓋をかけ、ベンチ代わりの金属枠の上に置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る