深夜のコンビニ

しらかわ由理

深夜のコンビニ

俺は大学生になり、一人暮らしで夜型の生活がすっかり板についてしまった。

サークルで遊び、期間ぎりぎりになってからレポートや課題に追われる日々。

深夜にコンビニで買い物するのが日課になっている。


家の近くにあるコンビニは24時間営業の小さなもので店員はいつも同じ。

おばちゃんか、たまに若いバイトの兄ちゃんくらいしかいない。

薄暗い照明といつも流れている古いJ-POPが妙に落ち着く場所だった。


その夜も、いつものように午前2時頃、腹が減ってコンビニに向かった。

冬の夜は冷え込んでいて、吐く息が白く曇る。

コンビニの自動ドアがシュッと開くと、

いつものおばちゃん店員がレジに立っていた。


おばちゃんはいつものように無愛想に「いらっしゃいませ」と呟いた。

俺は特に気にもせず、弁当コーナーに向かう。

弁当を手に取ってレジに向かうとおばちゃんがじっと俺を見ていた。


いつもより目が鋭い気がしたけど、疲れているのかなと流した。

おばちゃんに「袋にお入れしますか?」と聞かれたから

「いや、いいです」と答えて、弁当とお茶をサッと受け取った。


その時、おばちゃんが小さく「気をつけてね」と呟いた気がした。

『何だ?』とは思うものの別に深く考えることもなくコンビニを出た。


家までの道は、住宅街の細い路地を通る。街灯はまばらで、夜の静けさが妙に重い。

弁当の袋をぶら下げながら歩いていると、背後でカサッと音がした。

振り返ったけど、誰もいない。


猫か何かだろ、と自分に言い聞かせて歩き続けた。

でも、しばらくするとまたカサッ、カサッ。明らかに足音っぽい。

しかも人間ではない。四つ足の獣のような……。


急いで振り返ったがやっぱり誰もいない。

心臓が少しドキドキし始めた。

家まであと5分くらいのところで、急に背筋がゾクッとした。


後ろに何かいる。


確信みたいなものが急に湧いてきた。

足を速めると、背後の足音も早くなる。


カサカサカサッ!


もう走るしかなかった。

弁当を握り潰しそうになりながら、必死で家のドアに辿り着いた。

鍵を開ける手が震えていつもなら一発で入る鍵がなかなか刺さらない。


不意に背後で足音が止まった。いや、止まったんじゃない。

すぐ近くにいる。ハッハッと獣臭い息が背後からかかる恐怖の中、

ガチャリと鍵を開け、慌てて獣臭い息遣いを忘れられず

前を向いたまま後ろ手にドアを閉めて鍵をかけた。


心臓がバクバクしている。

カーテンの隙間から外を覗いたけど、誰もいない。

急いで窓の鍵も閉めた。


『気のせいか?』


でも、あの足音は絶対本物だった。

落ち着こうと、弁当をテーブルに置いて深呼吸した。

そしたら、弁当の袋から何か落ちた。小さな紙切れだ。


拾ってみると、コンビニのレシートじゃない。

手書きのメモだった。

走り書きみたいな字で、こう書いてあった。


『決して振り返ってはいけないよ』


ゾッとした。こんなメモ、弁当と一緒に渡された覚えはない。ありえない。

だって、俺が弁当を取った時、袋になんて入れてない。

レジでおばちゃんが……いや、まさか。


あのおばちゃんがこんなメモを渡してきた記憶もない。

頭が混乱してきた。

その夜は部屋の電気を全部つけて

隅々まで確認して戸締りをした部屋で俺は眠った。


誰もいない。窓も全て鍵がかかっている。

でも、落ち着かない。メモの文字が頭から離れない。

結局、朝まで一睡もできなかった。


次の日、怖いもの見たさでまたコンビニに行った。

昼間だったからか、いつものおばちゃんはいなくて、若いバイトの兄ちゃんがいた。

何かを聞いてみようかと思ったけど、馬鹿らしくてやめた。


レジで会計しながら、ふと気になってバイトの兄ちゃんに聞いてみた。


「あの、夜勤のおばちゃんって」


そこで、レジ打ちをしていた兄ちゃんが怪訝な顔で首をひねった。


「夜勤? うちのコンビニ、深夜は俺一人で回してるよ。

 今はおばちゃんなんてバイトに一人もいないけど」


背筋が凍った。


『じゃあ、昨夜コンビニでレジ打ちをしてくれたおばちゃんは誰だったんだ?』


俺が固まっていると、兄ちゃんが続けた。


「そういや、前にこの店で夜勤してたおばちゃんが居たって、店長が言ってたな。

 ……なんか帰る途中で獣?か何かに襲われて何年も前に亡くなったって。

 それで深夜は危ないから男だけで回すことに決まったんだってさ」


その話を呆然と聞いた俺は家に帰って、昨夜のメモをもう一度見た。

震える手で広げると、昨日は気づかなかった文字が裏側にも書いてあった。


『今夜もきっと来る。戸締りをして、決して振り返っちゃいけないよ』


そんな走り書きと共にもう一行。


『あなたは生きてね、若いんだから』


きっと優しいおばちゃんだったんだろう。

今までロクに挨拶もしてこなかった俺はその時初めて後悔した。


その夜、俺はメモに書かれた通りに家に鍵をかけて全てのカーテンを閉めた。

でも、深夜2時を過ぎた頃、ドアの外でカサッ、カサッと音が聞こえた。

振り返っちゃいけない。絶対に。


俺は自分にそう言い聞かせて布団を頭から被り

おばちゃんが書いたであろうメモを握り締めてぎゅっと目を閉じた。


そして、朝日が昇る頃、目が覚めると何もかもが終わっていた。

外の気配も。獣臭さも。何もかもが消え去っていた。


「え?」


同時にしわくちゃになるほど強く握っていたメモもなくなっていた。

まるであのおばちゃんが、あの不穏な気配を代わりに連れ去っていったように。


不思議な、温かいぬくもりだけが俺の手の中に残っていた。

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