第4話 彼女を中絶させた売れないホスト先輩
客にあぶれた先輩ホストあきらが、村木兄さんのボックスにやってきた。
ホスト界の常識として、いくらナンバーに入っても礼儀を間違えるとその店にはいられなくなる。
先輩ホストに恥をかかせるわけにはいかないという一心から、女性客の会話のマウントは先輩ホストあきらにとらせることにした。
ただし、しらけたムードにならないように、村木兄さんが見張っている。
あきら先輩は、一か月前まで女性客につけを踏み倒され、とんでいたー行方不明になっていたーという恥ずべき経歴がある。
たいていの場合は、嫌気がさしてホストを辞めるのが常であるが、あきら先輩はなぜかこの店にしがみついている。
あきら先輩は、ドリンクは注文しなかった。
なぜなら、ドリンク代は村木兄さんの女性客が払わなければならないからである。
酔っているときのあきら先輩は、Highな状態であるが、素面のあきら先輩は暗くダサい表情である。
同姓から見ても、かっこいい男性とは言いがたいと内心思っていると、あきら先輩の方から口を開いた。
「今から打ち明け話をしまーす。というよりも、ざんげ話といった方がいいかな。
実は僕がホストになったわけは、女性の笑顔を見たいからです」
女性客からは、笑いがでた。
「まるでアイドルみたいね。いや、アイドルにしては年を取り過ぎてるわね。
わかった。女性を傷つけた過去があって、その罪滅ぼしのためにホストになったとかね。あっ、ドラマの見過ぎかな!?」
あきら先輩は、意外な表情で
「残念ながらビンゴです。そうです、嫌われるのを覚悟で白状しちゃいます。
実は僕、二十歳のときに女性を中絶させちゃいました。
でも、その当時は今みたいな、有能なアフターピルー緊急避難薬もなかったし、ノルレボみたいに、未成年者でも薬局で買えるということは、なかったんですよ。
しかし僕は、彼女との子供を育てるつもりでいた。
そうしないと男の沽券に関わりますからね」
急にボックスが深刻な空気で、シーンと静まり返った。
村木兄さんは、このムードを打ち消すように
「イヨッ色男、赤裸々な話、よくも白状してくれました。
リアルドラマの続き、お願いします」
あきら先輩は、涙を浮かべながら言った。
「どうして、彼女が中絶を選んだかというと、実は彼女、だまされてアダルトビデオの端役に出演していた過去があったんですよ。
だから、私が出産してもそのことがバレルと、子供が可哀相だと思って、出産を断念したって言ってました」
女性客からは、共感の声がでた。
「わかる気がする。そういえば飯島〇も言ってたわ。
もし出産して自分の子供が、アダルトビデオ女優の子供だということで、いじめられたらどうしようと悩んでいたんだって。
あっ、このことは飯島〇の死後、五年たってから週刊誌に載ってたことだけどね」
村木兄さんは答えた。
「そういえばアダルトビデオってオレたちは単に好奇心から楽しんで見ているだけど、女性にとっては苦難の道だよなあ。
ホモビデオもそうかもしれないがなあ」
あきら先輩は言った。
「まあ僕も、育てる自信満々とはいえない状態だった。
そんな矢先に、彼女から自ら中絶の話を聞かされたときは、ショックだったと同時にほっとしたものだよ。男として卑怯かもしれない。
所詮、僕は彼女にすべての責任を押し付け、逃げ出したどうしようもないヘタレ男でしかないんだなあ」
暗いためいきを打ち消すように、村木兄さんは口をはさんだ。
「はい、あきら先輩のお話し、同感できる部分もありますね。
しかし、残念ながらあきら先輩の二代目になるつもりは毛頭ございません。
やはり、妊娠させた限りは、男としての責任をとりたいです」
女性客を和ませるのがホストの仕事であり、傷ついた女性はもう二度と店には来てくれない。
村木兄さんは、冷や汗ものであきら先輩の中絶話を笑いに変えようと努力していた。
ふとそのとき、村木兄さんの脳裏に疑惑が走った。
相変わらず、つくり笑いを浮かべながら、あきら先輩の反応を伺うために彼女の名前を口にした。
「はるな、ゆかり、まさこ、これ年代順の女性の名前。
もちろん、ゆかりとまさこは昭和の名前だけどね」
そのとき、あきら先輩の顔が真っ青になるのを、村木兄さんは見逃すはずがなかった。もしかして、疑惑は当たっていたのだろうか?
ホストの営業時間のラストsongは、いつもナンバー1が歌うのである。
村木兄さんは、いずれは自分もそうなりたいと思いつつも、今日はそんなことを考えている余裕などない。
村木兄さんは、店を出てからあきら先輩のあとをつけ「はるな」と口にした途端、あきら先輩は振り返り
「どうして知ってるんだ」と怪訝そうな顔をした。
もしかして、あきら先輩が中絶させた相手というのは、村木先輩の現彼女であるはるなのこと? いや、まさか、そんな証拠はどこにもない。
仮にそれが事実だったとして、それは過去のことでしかないし、今さらあきら先輩に復讐して何になるんだ!?
それにはるなは、たとえ中絶の過去があるとはいえ、今は心身共に健康であり、OLとしてパソコンオペレーターをしている。
最近は、キリスト教会に通い始めたらしく、聖書を毎日読んでいるという。
はるな曰く、聖書は世界共通であり、ルビが振ってあるので、誰にでも読めるそうである。
翌日、村木兄さんは洒落たTシャツに細身のデニムパンツで、ホスト出勤をした。
本日は月一回の私服デーであり、ホスト全員が私服で出勤する日である。
あきら先輩は、ド派手なラメ入りTシャツと、ラッパズボンのような目立つ格好をしている。
昨日に引き続き、あきら先輩は村木兄さんのボックスに座っていた。
といっても、もちろん女性客の隣に座ることは赦されない。
女性客の隣に座るのは、担当ホストだけである。
あきら先輩は釘を刺した。
「君たち、このボックスについていいの?
担当ホストがやきもち焼くかもしれないよ。男ってジェラシー満々だから。
ホストクラブは永久指名制であり、担当替えなんてありえないことだけどね。
これ実話だけどね。大阪出身のホストが歌舞伎町のホストクラブに就職して三日目のこと、なんと先輩ホストの客が彼に担当替えしようとしたんだって。
その場は平穏だったが、なんと帰り道、彼は先輩ホストに待ち伏せされてアイスピックの尖った刃物で、頭の後頭部をグサッと刺されたんだって。今でも傷跡が消えないそうだよ」
女性客は答えた。
「大丈夫。私の担当ホストは急に売れっ子になり、おまけに私と違って大金を使ってくれる太客もついてるの。
もう、私のボックスにはついてくれないみたいね。
それより、昨日のあきら先輩の中絶話の続きをぜひ、聞かせて頂きたいわ。
あっ、私の名前は雪奈っていうの」
あきら先輩は、ノリノリだった。
「雪奈さんですか。僕の元彼女といっても、本名はいえないが、結局は彼女の中絶をきっかけに別れました。というよりも、彼女の方から去っていきました。
そのとき僕は二十一歳になろうとしていましたので、できたら僕は、産んでほしかったんですけどね。
それから彼女はなんとNHKのドラマに、脇役出演を果たしたんですよ。
もちろんNHKも彼女のアダルトビデオ出演を知っていた上でのことですがね。
レイプされた知的障碍者の役だったが、なかなか重要な役回りでしたよ」
へえ、NHKも思い切ったことするなあ。
それとも、女性は過去があってもやり直せるというスタンスを見せたのかな。
女性客雪奈は、目を丸くして興味津々で聞き入っていた。
あきら先輩は、話を続けた。
「それから彼女は元アダルトビデオ嬢ということで、実家から勘当されていたが、NHKドラマ出演を果たしたことで勘当も解消され、祖母の墓参りにもいったそうだよ。元のさやに戻ったというわけだ。やはり家族は大切にしなきゃな」
ボックスは盛り上がった。
女性客雪奈は、これで勘定をすませようとしたとき、あきら先輩は言った。
「あっ、担当に一言挨拶した方がいいよ」
」
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