第47話 裁判の決着

「……つまりその手紙は、ミランダ夫人が嘘の証言を引き受けた証拠、と言うことになりますよね」

 静かに声を上げたのは、今まで黙っていた大公夫人クリスティーヌだ。


 彼女の言葉に侯爵はわなわなと震え、どうしていいのかわからないようだ。

 そんな様子に審問官たちもお互いに頷き合い、流れは誰が見てもアイリス側に有利だと確信できた。


 クリスティーヌはにっこり笑うと、隣に立つアイリスの頭を撫でる。

「置き手紙に書いていたみたいに、本当に自分で証拠を探してきたのね。アイリス、すごいわ!」

 その手が優しくて温かいから、アイリスは緊張しきっていた体からふっと力が抜けた。


「ほーら、ボクの言ったタイミング、カンペキだったでしょう?」

 アイリスの耳元に口を寄せて、ティファが自慢げに言い放つ。


「あの。申し訳ありませんが……私、そのような手紙、書いた記憶はないのですが……」

 だが辺りの空気には一切構わず、手を挙げ発言したのは当のミランダだ。首を傾げながら美しく髪を揺らし、本当に意味が分からないという表情をしている。


「その手紙、侯爵様の執務室から持ってきたとおっしゃいましたけれど、証拠でもあるんでしょうか?」

 真っ赤な唇を上げて、嘲笑するように微笑む様子に、アイリスは背筋がゾッとする。


「そ、そうだ。私の執務室から持ってきたって……。我が屋敷はそんな簡単に侵入できない。執務室ならなおのことだ。どうせ嘘の証拠とやらをでっち上げたんだろう?」

 侯爵は真っ青になった顔が、今度は声を荒らげたために紅潮している。


 貴族たちはミランダの発言に翻弄されて、どちらが本当のことを言っているかわからなくなってしまったようだ。口々に自分の考えを言葉にしたせいで、辺りは一気に騒がしくなる。


「皆の者、静粛に」

 議場に木づちの音が鳴り響いた。審問官長の低いがよく通る声が聞こえると、潮が引くように再び静謐が支配する。


「……以上で、各人の主張と提示されるべき証拠はそろった。これよりアイリス・アルフォルトの養育権についての決裁を行う」

 先ほど決定的な証拠を出したにも関わらず、ミランダの発言で全体の空気が変わってしまった。


【大丈夫。ボクたちは本当の証拠を見つけてきたんだから】

 ティファからの心話が飛んでくる。


 アイリスの背中を、クリスティーヌが安心させるようにそっと撫でた。その後ろで、大公はあごに手を当てて、アイリスの持ってきた文箱を見つめている。


 審問官たちは一か所に集まり、何やら討議をしているようだ。

(お願い、私を侯爵のところに戻さないで!)

 アイリスはその様子を見ながら、胸の前に置いた手をぎゅっと握り締めて、心の中で願いを何度も繰り返す。


 ほどなくして再び審問官長が木づちを打った。

「ただいまより、アイリス・アルフォルトの親権についての裁定を行う」


 ──ついに裁定が出る。アイリスは大きく息を吸って前を向いた。


「両親がそろっているのに他家が養育権を持つ前例がなく、手紙での証拠なども提出されたが、明確な証拠と認められない」


 審問官長の声が、議場に朗々と響いた。

「ゆえに我々審問官は、アイリス・アルフォルトの親権はアルフォルト侯爵にあると裁決した」


 刹那、全身から血の気が引いた。背中に触れていたクリスティーヌの手が止まる。


「なんで……」

 呆然として声が漏れる。


 瞬間、場に不釣り合いなフハハハハッという笑い声が聞こえた。


「やはり審問官長様は素晴らしい。アルフォルトのものはアルフォルトに。正しい裁決をしてくださった!」

 侯爵が満面に笑みを浮かべて、アイリスと肩に載るティファにねっとりとした視線を向けた瞬間、アイリスの腕にぶわっと鳥肌が立った。


「アルフォルト侯爵。裁定の最中です。静粛に」

 厳しい口調でたしなめられた侯爵は余裕たっぷりに一瞬眉を上げて、一歩引き下がった。


 審問官長は一つ嘆息をついて話を続けた。

「ただしアイリス嬢と女王竜ティファの安全と健全な養育が行われているか、定期的に外部から調査を入れることが条件である」


 審問官長の言葉に、勝利を得た侯爵は唇に笑みを残したまま、大きく頷いた。

「もちろん、アイリスたちを不当に扱う者たちはすべて屋敷から放逐するつもりです」


 まるで水の中で会話を聞いているみたいに、アイリスの頭の中に会話の内容が届かない。ティファがアイリスの頬をつつく。

【アイリス、ねえ、アイリスってば!】


「静粛に!」

 カンカンと木づちが再び打ち付けられる。アイリスはその音にハッと顔を上げた。

「今回の裁定について、不服があれば申し出るように」


「審問官長!」

「私からお願いしたいことがあります」

 その言葉に大公と同時に、意外な人間が手を上げる。


「陛下。先日高等学院で主席を取った私に、一つ褒美をくださると言っていましたよね」

 手を挙げたまま、そう国王に尋ねるのはリシャールだ。一瞬瞠目してから国王は息子の言葉に頷いた。


「弟子に先手を打たれたな……」

 ぼそっと文句ありげに呟くのは大公だ。ハッとして振り向くと、大公はいつも通りの表情でアイリスに頷きかける。


「心配するな。あいつは頼りになる弟子だからな」

 その言葉に再びリシャールを見れば、リシャールがアイリスを見て、小さく微笑んでいる。それは絶望の淵にいた彼女にそっと差し伸べられた手のように思えた。


「それでは、陛下。鑑定の魔導を、先ほどのアイリスが持ってきた手紙に使う許可をください」


「審問官長。一度下った裁定をひっくり返すようなことは……」

 とっさに侯爵が声を上げるが、ゆらりと国王が席から立ち上がったのを見て、思わず口を閉じた。


「よかろう。リシャールには確かに望むことを褒美として与える約束をしている。であれば……先ほどのアイリス嬢が持ってきた手紙が、本当にミランダが書いたものかどうか確認するために鑑定の魔導を行おう」


 その言葉に、あっという間に控室にいたらしい王宮魔導士が呼びこまれる。アイリスが状況の変化に呆然としている間に、手紙は魔導士に預けられていた。


「魔導士が持っているあの液体、あれを書類に掛けると、書いた人間の上に向かって光が伸びる。内容が真実であれば青、偽りであれば赤い光で」

 大公が先ほどとは違う手紙を片手に持ったまま、もう一方の手でアイリスの肩を叩く。


「とても貴重な魔導で、王宮の重要書類や国同士の契約書などで、間違いがないか確認するために使われるんだ」


「だったら、あの手紙にあの液体をかけた途端に……」

 ティファが言いかけた途端。手紙に液体が掛けられて、ふわりと青い光が盛り上がると、それが一点に向かって伸びていった。


 その青い光に照らされたミランダは、完璧な形をした口角が歪み、ヒクッ、ヒクッと小刻みに引きつる。


「……わぁ、悪い魔女みたい」

 耳元でティファのドン引きしたような声が聞こえる。


「……ミランダ・カリギュラム。鑑定の魔導によって、この手紙は真実の内容を伝えたものだと確定した」

 大公がびしりと人差し指をミランダに突き付けた。


「前例がどうとか言っていましたが、この二人が行なった証言が、すべてが偽証だったということになれば、裁定自体が覆るのではないでしょうか。審問官長」

 その言葉に顔を青くした審問官長と、審問官たちは顔を見合わせる。すうっと息を呑んだ審問官長は、一瞬目を瞑り頷く。


「先ほど、アイリス嬢が提出した書状について、内容・署名者共に嘘偽りがないと確認が取れたため、裁定の再審査を行う」


【アイリス、本当の裁定が行なわれるよ】

 ティファの声が力強くて、まっすぐに視線を送って頷くリシャールがいて。肩を叩く大公と、背中を支えてくれるクリスティーヌの手の温かさに、全身に熱い力が湧いてくる。


「先ほどのアイリス・アルフォルトの親権はアルフォルト侯爵にあるという裁決は、モーリアス・アルフォルトと、ミランダ・カリギュラム両者の虚偽の証言があったため、取り消す」


 アイリスはぎゅっと拳を握り締め、まっすぐ前を向いて、審問官長の目をじっと見つめた。


「アイリス・アルフォルトの親権は、不適格な養育を行ったアルフォルト家から、フェルトルト大公家に委譲することを認める」


 瞬間、アイリスはクリスティーヌにティファごとぎゅっと抱きしめられていた。

「アイリス、やったわよ。ティファと一緒に貴女、勝ったのよ!」

 ぎゅうぎゅうと抱き締められて、ようやく実感がわいてきて、かぁっと全身が熱くなる。


「アイリス、やったね。ボクたちの勝利だ!」

 ティファが飛び上がり、アイリスの顔に抱き着く。

「ちょ、ちょっと待って。ティファ、前が見えない!」

 大喜びするティファを引き離した途端、ガタンと座席を蹴って立ち上がるモーリアス・アルフォルトが大きな声を上げた。


「そんなことが許されてたまるものか!」

「裁定に不服があれば、挙手を願います」


 だがほんのひと時で冷静さを取り戻した審問官長は、先ほどアイリスたちに返したように淡々と言葉を紡ぐ。その言葉にアルフォルト侯爵が、ぐっと息をつめた瞬間、大公が手を挙げた。


「いや、俺は今の裁定に不服があるわけではないんだが……。アイリスが持ってきた文箱の中に、とても興味深いものがあるのだが……読み上げてみても構わないか?」

 そう言って大公が一つの書状を顔より高い位置に持ち上げて、振って見せる。


「や、やめろ、それはっ」

 とっさに侯爵が前に飛び出だそうとする。だが武装をしている審問官補佐が飛び込んでくると、あっという間に侯爵を取り押さえた。


 顔を真っ赤にした侯爵は数名の審問官補佐に取り押さえられ、無理やりその場に座らされた。ガチガチと歯を噛み鳴らし、必死に抗おうとする様子を見れば、大公が持っている書類はよほど彼にとって都合の悪いことなのだろう。


 大公はそれに冷徹な視線を送り、国王はみっともない侯爵の様子を見て肩を軽く竦めると、声を上げた。


「フェルトルト大公、その書状、この場で読み上げることを許可する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る