第46話 侯爵に証拠を叩きつけよう!
「本件はアイリス嬢の養育権について、フェルトルト大公より起こされた貴族裁判である」
アイリスは大きく息を吸うと、まっすぐ背筋を伸ばした。肩にティファの爪がアイリスの肩をぎゅっと食い込む。その前足を撫でてアイリスは心話を飛ばした。
【静かに、お行儀よくしてね】
【そんなこと、わかっているよ】
そんな会話に気づいたわけではないだろうけれど、審問官が眉を顰めこちらを見た。
「ところで、本裁判に竜を連れてくることは許可が出てないのですが……」
困惑した声に、アイリスは冷たい手で心臓をぎゅっと握られたような心地だ。だがその時、特別席に座っていた国王が軽く手を挙げた。審問官長が即座に反応する。
「陛下……何かございましたでしょうか?」
アイリスは改めて、国王とその隣に座るリシャールに気づく。リシャールは穏やかな笑みを浮かべてアイリスに合図を送ってくれた。
「その白竜が赤竜の炎に燃やされたという竜だな。であれば、今回の裁判に無関係とはいえないだろう。私が白竜ティファの臨席を許可する」
その言葉に、審問官もアイリスもほっと息をついた。
「それでは、大公側の反証の前に、アルフォルト侯爵、主張することはあるか?」
審問官の言葉に、人々の注目を一身に集めた侯爵は席から立ち上がる。うしろではアイリスの母だと主張しているミランダ夫人が底知れない微笑を浮かべていた。
「我が娘アイリス、父が迎えに来たぞ! 今日こそ一緒に帰ろう」
両手を左右で広げ、娘を抱きしめるような白々しい仕草をしてみせる。
【うげっ。キショクわる……】
瞬間、ティファからの心話が飛んできた。アイリスは笑いそうになり、ごまかすためにものすごいしかめっ面になってしまった。
まったく自分の思い通りの展開になってないことに気づいたのか、侯爵はコホンと咳ばらいをする。
「昨日皆様の前でお話いたしましたが、アイリスは間違いなく私の子であり、産んだのは、ミランダ・カリギュラムです。不幸な事故はありましたが、今後は両親そろってアイリスの養育を行うつもりでおります」
胸に手を当てて国王にアピールするように目線を下げて見せる。
「それに……」
ゆっくりと視線を上げた侯爵は、ティファに目を向けるといやらしい笑みを浮かべた。
「ティファ。試練を乗り越えて、美しい女王竜として生まれ変わったのだな」
まるで自分の手柄のように言う侯爵の言葉に、アイリスはお腹の中にマグマに放り込まれたかのようにカッと熱くなった。
ティファから怒りのこもった心話が飛んでくる。
【アンタのために変体したわけじゃない!】
「……侯爵の教育が不十分だったから、ティファは燃やされたんです」
アイリスはティファの心話に背中を押されたように声を上げた。
だが、アイリスが口を開いた瞬間に、彼女の声を消すように、侯爵はさらに大きな声を上げた。
「大公家はティファが女王竜となったため、アイリスを引き取りたいと言い出したんだ!」
ジトリと欲深い視線をティファに向ける。侯爵はどんなことをしてもティファを手に入れようとしているのだと、背筋が寒くなる。
【私、侯爵からティファを守るから!】
【ボクだって絶対にアイリスを守る! あのオッサンになんて負けない】
お互い顔を見あって頷き合う。
「両親がそろっているのに、他家に養育権が委譲される、などという前例はありません。審問官長。真の親子を引き裂く様な非道な判断はされませんように、重ねてお願い申し上げます」
そう言うと、侯爵とミランダはそろって頭を下げた。薄っぺらい主張ではあったが、それでも『前例がない』という言葉に審問官たちは頷いた。
「……では侯爵の主張に対して、フェルトルト大公より反証を」
その言葉にオーランド・フェルトルトが立ち上がり、ゆっくりと辺りを見渡した。
「アイリスがアルフォルト侯爵とミランダ夫人との間の子供であるということに関して、反証を行う。まずは妻クリスティーヌに、シルヴィア・アルフォルトから送られた手紙を公開する」
アイリスも一度見せてもらったことがある。愛する人の子を身ごもった幸せな報告を、大好きな義理の姉クリスティーヌに伝えるシルヴィアの手紙だ。
「この妊娠が継続され、出産したとすれば、まさにアイリスが生まれた時期とぴったりと合う」
審問官補佐が、大公が提出した手紙をもって審問官の元に届ける。
「確かにこちらは、シルヴィア夫人からクリスティーヌ夫人に当てられた手紙と思われる。内容はレオナルド・アルフォルトの子を授かったという内容で、生まれた子が男児ならアレクシス、女児ならばアイリスにしたい、と書かれている」
審問官長が審問官の言葉に重々しく頷く。大公は話を続けた。
「またシルヴィア様が当時子供を授かっていたことについては、当時、青竜……いや、サルードル公爵家から派遣されていた女性医師リリー・エラントが証言した書類もある」
審問官は正式な書類であることを証明するように、その女性医師のサインがされた証言書を周りに見せるために掲げ上げた。
「名前まで一緒なんて……。そんな偶然はありえないわよね」
「ではやはり……」
貴族たちもアイリスはレオナルドとシルヴィアの子だと納得したように、大きく頷いた。
大公が用意してくれていた書類のおかげで、うまくいきそうだと、アイリスはほっと安堵の吐息をつく。
「ところで、シルヴィア様が妊娠していた証拠は提出しましたが、ミランダ夫人が妊娠していた証拠はあるのでしょうか。もしないのだとしたら、侯爵とミランダ夫人が口裏を合わしているだけ、という可能性もありますね」
ニッと笑って大胆不敵に尋ねた大公の言葉に、貴族たちはその可能性があったかと疑うような目を侯爵たちに向けた。
「……いえ、私は国外でアイリスを産みましたので……」
ミランダがそう答えると、貴族たちはほら見ろとばかりにお互い肘でつつき合う。
「ですが……もしシルヴィア様がアイリスを産んだと主張するのであれば……王宮での、前アルフォルト侯爵殺害の後、どこで、どのようにしてシルヴィア様は子供を産んだというのでしょう?」
だがミランダはその場の雰囲気を煽るかのように、赤い唇の口角を上げて尋ね返した。
英雄の死にまつわる出来事は、この国の貴族たちにとって禁忌だった。だがその疑問を、何の遠慮もなく口にしたミランダに貴族たちはどよめく。
「そうだ。シルヴィア様は……行方不明になったままじゃないか!」
場の空気は一気に逆転した。アイリスは喉がひりついて、バックパックの紐を命綱のように握り締める。
「そうです。万が一アイリスが、妻に殺害された不幸な兄の子だとして、どうやって今まで育ってきた、というのでしょう? このことを考えれば、どちらの主張が正しいか言うまでもないでしょう」
侯爵の言葉に、貴族たちはようやく事態が完全に把握できたとばかりに納得したように唸り声を上げた。
「やはり本当の親元で育つのが一番なんじゃない?」
ころころと態度を変える貴族たちまで、まるで自分たちの敵のように思える。
無意識でアイリスはギリッと音がするほど奥歯を噛みしめた。
【アイリス。今だよ……ボクたちがつかんできた証拠を出そう!】
ティファの言葉に絶望に落ちかけていたアイリスはハッとする。
ぎゅっと握り締めていたバックパックの紐から指一本一本を離す。目を瞑って大きく息を吸うと、ぎゅっと右手の拳を握り締め、それをまっすぐに上げた。
「私、大切な証拠を持ってきました。発言を許可していただけますか?」
アイリスが手を上げると、驚いたように審問官がアイリスの顔を見た。大公がそっとアイリスの背中に触れる。
「アイリス本人が証拠を提出すると言っているんだ。当然受けてくれるだろう?」
大公の促しに、審問官長が頷く。
「それでは、アイリス嬢、証拠の提出をお願いします」
アイリスは大きく息を吸って手紙を取り出すと、アイリスたちの運命を勝手に手に入れようとしている侯爵を睨みつけた。
「この手紙の中で、アルフォルト侯爵と、ミランダ夫人が今回の裁判で嘘の証言を行う計画についてやり取りをしています」
アイリスは震える手で握った手紙を、近づいてきた審問官補佐に預ける。アイリスの渡した手紙を見た瞬間、侯爵がハッとする。
「なんでそんなものを……」
思わずと言った様子で声を上げるが、笑顔を崩さないミランダにわき腹を小突かれて、余計なことを言うまいと、慌てて口を閉じた。
「これは……確かに侯爵とミランダ夫人が交わした書状のように見受けられます。こちらの手紙には、このように書かれています」
その証拠を周りにいる貴族たちにまで知らしめるように、審問官は手紙を読み上げた。
「『レオナルド様の娘アイリス嬢について、私が証言台に立ちましょう。貴方との間の子供だと言えばいいのですよね』……そして文末には、ミランダ夫人の署名が書かれておりました」
審問官の話に今まで騒がしかった貴族たちの息を呑む声だけが響き渡った。
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