第3話

 後日、変装用に帽子を被ってサングラスをかけている双子の姿があった。アパレルショップの店内にある鏡の前で何やら葛藤していた。


「ねえ無理ぃ。お城行きのコーデなんて知らないよ~~! コーン助けてぇえええ」

「無難にゴスい黒マント? いっそ清楚系のレースのドレス? ……シュガーどうしよ」

 やや気弱な性格のコーンもぼやいた。


 コツコツ。足音がしたと思うと、切れ目で物腰の柔らかな店長と思しき若い死神が声をかけた。金髪でショートヘアが似合うかなり美形の好青年だ。頭に生えた黒い羽根があるので、二人と同じタイプの死神らしい。


「何かお探しでしょうか? ……例えばお城に着ていく服、とか」


 二人が頬を赤らめる。女性店員も周りの客もクスクス笑い出した。

「う、うがぁー! 聞こえてましたか……きっと正装だからこういう店には無いですよねぇ……失礼しましたああああっ!」


 シュバババっと服を畳んで店員に差出し、ドアの前まで猛ダッシュ!

「あ、お待ちを! もしかしてお城でお食事でしょうか?」

「なっ、なんでわかったの!?」


 困り顔で見上げると、彼は二コリと笑って小声でささやいた。


「ドレスコードは結構です。その服がお似合いですよ。実は、いつもお二人とチャットをするのが本当に楽しみでした」

「えっ!?」

「申し遅れました。その城の当主、またはゴキブリ街ナンバーワン・ホストのアルゴ・バーンです。お見知りおきを」


 そう言って名刺を差し出した。イケメンの華麗なサプライズに、頭の中が蝶々だらけのピンク満開花園ランドへと一変した。


「あの……もしかしてお二人の名前って……」

「~~っ!」


 思わず耳を塞いだ。胸の中で身バレのカウントダウンのドラムロールがドドドドドドドドドと鳴り響く。


「シュバーさん、ローンさんで間違いないですよね?」


 ギュンッ! 一瞬で更衣室にダイブ。シャッターを閉めると同時に、死神傘が突如出現し「カーン!」と作戦会議のベルを鳴らした。

「マーグーイちゃーん! 今は出なくていいからっ!」

「え、アプリのニックネームってことはまだバレてない? ギリセーフ?」

「シュガー悟られないように、落ち着いて。ラマーズ呼吸法。せえの!」


 ヒ~~ヒ~~フ~~。それを合図にアルゴの前に戻る。


「あ……合ってます。それで大正解! ね……コ……ローン!」

「う、うんシュ……バー」

「良かった。間違っていたらどうしようかと。ここは僕が個人的に経営してるお店なんです。よろしければ外で歩きながら話しませんか? 今日は素敵な曇天ですし」


 ダイヤモンド級の笑みに二人が目を丸くして立ち眩みを起こした。大都会を統べるホストのスマートさに女として顔がにやける。それを隠れて見ていた死神傘が呆れた。


「うん!」


* * * * *


 野外にある大型のショッピングモールは昼間からたくさんの死神でにぎわっていた。街にあるバザールに近い雰囲気だ。

鼻の生えた果物店や風船製オートマタ、台風のメロディが鳴るオルゴールなどの、雑多な商品が陳列された常設の店が建ち並ぶ。


木々の生えた、視界が開けた通りのスポットへ来た。浮いたオーラを放つ美男美女の三人組に周囲の視線が留まっていく。


「それじゃ、僕がエスコートさせていただきます。シュバーさん、ローンさん。この先に……」

「ちょっと待って、なんかイベントやってる!」

「行こ、アルゴ!」

「えっ?」


 グイっと手を引かれ大勢が集うスペースへ。大道芸人のブルーベリー男が大声で客を呼び込んでいる。

「さあさあ! アル中の風船を持って走るお子様、嗤い羊を連れたお姉さん! 皆々様方集まってくれえ! マグカップのマグカくんが人間の脳味噌を食べるショーで御座います!」

「あれ、シュバー、これって私たちの…」


 逆さのシルクハットに見物客の金貨が放り込まれていく。すると脳味噌が置かれたテーブルの近くに、分厚い唇がある大きなマグカップがヨチヨチ歩いて来た。


「いくぜ、いくぜ、いくぜえええ食レポターイム! ……ってあれえ? マグカくーん? ご機嫌斜めかな。お、おっかしいな」

「おい全然食わねえじゃねーか! つーかシュガーとコーンの脳味噌シャブシャブチャンネルのパクリじゃねえかあああ!」


 ブチ切れた見物客から色んな物がポカポカ投げ込まれる。それを見たアルゴが口を開いた。

「許せませんね。僕もあのすごく可愛いFortuberの大ファンなんです」

「カワ……」


 ガチン。乙女心が揺らいだ二人が石像化。

「……に、人気だよね……あんまり知らないけど」

「パクリとかありえないよねシュバー! クソブルーベリー野郎、人間界に堕ちろー! 寄生虫の餌食になれー!」

「全く。それはそうとお二人さん。これから僕の城に来ませんか?」


「え?」


 ペースを乱されたアルゴが攻めに転じた。不意打ちだ。素性がバレる寸前の双子は、万全の体制とは言い難かった。


「…………うがぁ」


 その時、空からチラチラと灰が降ってきた。死神界特有の火山灰だ。しかし死神たちは耐性があり、雨が降り注いできた感覚に似ていた。


「……ごめんアルゴ、汚れちゃうから私たち帰らなきゃ」

「えっ。お送りしますよ!」

「ごめーん。ディナーはまた今度にしよー! じゃね~~!」


 そう言って遠くの空へ飛び去った。すると上空で双子を見送るシルエットが現れた。伝説の死神こと父親だ。

「……一瞬だが、天候を支配できるくらいの力が戻ったのか。ふう、キザな男に言い寄られやがって、畜生」


 一方、地上ではアルゴが舌打ちをして歩きながらスマホを取り出した。


「ええ、逃しました。あの双子、一筋縄ではいかないようです、ボス」


 さっきのアパレルショップのドアを開けて中に入ると店員や客は誰もいない。どこからともなく執事が現れてシャッターを下ろした。

アルゴが腕を高く上げて指を鳴らす。突如、床の中央が波打ち、天井にくっついて咀嚼するように蠢きはじめる。

 ドロバババッ! 顎が外れたように床が地に落ちると、店内いっぱいに血が噴出し、隠していた死神の腕や脚、羽根の残骸が辺り一面に飛び散った。


「勤めていた連中を皆殺しにして、僕に油断するようにエキストラまで用意したんですが……舐めていました。次は確実に捕まえて引き渡して見せます。ではまた」


 そしてスマホをポケットにしまい髪をオーバヘッドにかき上げながら執事にボヤいた。


「ご機嫌なカバがベリーダンスで飛ばしたクソを食らってる気分だぜ。まあ、もうじき約束のディナーの日だ。計画に支障は無え。最高の素材になってもらうぜ、麗しい双子のお嬢さん?」


* * * * *


 その日の夜、帰宅した双子は並んだベッドで会話を交わした。


「ねえシュガー、ちょっと緊張してきた~~」

「大丈夫だよコーン。何かあったら激強の武器マグイちゃんと海月姫ちゃんがいるじゃん! ぜーったい城をゲットしようね」

「そーだよね。自由をもぎ取ってクソ死神界で下剋上だー! おやすみー」

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