第4話
そして、ついに待ちに待ったディナーの日がやって来た。
変装しつつ、黒い衣装にヒールを履いて華やかにドレスアップした二人が、メール通りに死神マップを使って飛んでいく。
長い時間をかけてやっと辿り着いた先はなんと殺風景なダムの上空だった。
「ここ? まさか……騙されたあぁ~~!」
ゴゴゴゴゴゴゴ。轟音が響くと共にダムの水がトルネードを描き、巨きな穴が姿を現した。不気味なその空洞へ周囲の空気が思い切り吸い寄せられた。
バキュームだ。ギュンッと引き込まれた二人は、一気にダム底にある大穴の真っ暗闇に落下していく。
「きゃああああああぁぁぁぁああああああ! ちょ、これどこまでいくの!?」
「なぁにこれえええええ! あっ、地面にぶつかる!? うがぁー! 出てきてマグイちゃん!」
バッ! 地面スレスレで死神傘が開いた。
尻もちをついた二人が見渡すと、そこは途方もなくだだっ広く思える、宵闇の空間だった。遠くに薄暗いスポットライトで照らされた怪しい城がそびえ立っている。コーンが息をのんだ。
「なにここ……ヤバくない?」
「あれがアルゴの城……ふ、ふーん。わ、私は別にビビってないけどっ?」
「コフフ。お待ちしておりました」
背後から低い声がした。二人の三倍くらいのデカい執事の登場だ。
「ギャー! 怖っ! 背高っ!」
「城の中でバーン様がお待ちです。さあ、ご案内いたします」
* * * * *
二人は贅肉だらけのサクラダファミリアのような城の中に足を踏み入れた。中はランプがポツポツと道を照らす不気味な空間で、静けさに包まれている。執事が歩きながら語りはじめた。
「昔話をいたしましょうか……バーン様は幼少期からモデルのランウェイの衣装に惚れ惚れしておりました。オーダーメイドの独創的な衣装を作る。その最高の『素材』をランウェイで世界中にお披露目して、喝采を浴びるのが夢でした」
「……ねー、何の話? アルゴはホストでしょ?」
「そして、やっとのことで探し出した最高の素材の持ち主はなんと、美しい死神でした。それを知った瞬間バーン様の長年の願望が形になったのです。コフフ……バーン様は唯一無二の素材の為なら手段を選びません。そう、こんな風に」
突如、廊下に穴が開いた。不意を突かれた二人が無様に落下していく。
「また落ちるのおおおおおおおぉおおぉっぉぉっっ!?」
* * * * *
最早どことも知れない階層のカーペットの上に、二人が棒立ちしている。
見上げた先の巨きなドアから談笑が聞こえる。重いそれを開けると、そこは派手なパーティーさながらのディナー会場だった。
「ゲラ。遅えよシュバー、ローン」
毒海月姫だ。奥がよく見えないほどグーンと伸びた長方形のテーブルに、他の客に混じってドレス姿でふんぞり返って座っている。見知った顔に二人の顔が緩んだ。
「ごめーん。ここに来るまで大変だったんだよ〜」
「なんかめっちゃ落とされるしさ。もークタクタ。うがぁ~」
パンパン。入口付近にある壇上で手を叩く音。アルゴだ。
「えー、お集まりのみなさん。人間界に最も近い地下空間にある極秘の闇の城『バーン・キャッスル』へようこそ! これから宴を開催しますが、下品で野蛮な人間とかいう下等種族はいないのでご安心を」
ドッと笑いが起きた。饒舌なトークがずっと続く中、あくびをかみ殺していた毒海月姫が何かを察知した。
「……嫌な予感がする。予定変更だ。さっさとずらかるぞボケ双子。なっ……!」
二人が気味悪くニヤニヤ笑い出した。
ドンッ! 毒海月姫は歯ぎしりしてテーブルに握りこぶしを叩きつけた。
(ゲラ、コイツ等替え玉だ! わっちが安心している隙にアイツ等と隔離されたんだ。恐らく大勢の死神の中にアルゴ側の人間が混じってやがる……一人じゃ手出しできねえ。二人はどこだ……!?)
すると、瓶底眼鏡をかけたパーマ頭の地味なスタッフの男が声をかけた。
反射的に毒海月姫が神経を研ぎ澄ますが、彼からはマフィア特有の強いオーラが感じられない。どうやら芯の弱い、平凡なボスの手下のようだ。
「どうなさいました? シュバーさんとローンさんがなにか?」
「いや……なんでもねえ」
* * * * *
そこは暗い地下の牢獄。ドレス姿の二人は枷で手足が固定され、大の字で壁に張り付けられていた。
天井からは切断された死神の羽根が無数に吊るされ、装飾が施されていた。金属の留め具が刺さっていたり焼き焦げた跡がある未完成なもの。銀糸を縫い付けたエレガントなもの。それらが並ぶ光景は荘厳だ。
いつの間にか、スーツ姿の本物のアルゴが現れた。
「拍子抜けですね。こんなに簡単にトラップに引っかかるなんて」
「うう……マグイちゃんは!?」
「武器の傘なら執事が奪っておきました。今どんな気分ですか、大人気Fortuberのシュガーとコーンさん?」
「早く解放しろスケベ! スケベ! スケベ!」
ギュイイイイン。スケベコールの中、不釣り合いな巨きなチェーンソーを取り出した。執事が死神の力を奪う際に使用したものだ。
「じっとして下さいよ。背中と頭の素材がきれいに削ぎ落とせないじゃないですか……」
「ねえちょっと待って、マグイちゃん助けてえええええぇ~~!」
「美しい……初めてボスに映像を見せてもらった瞬間、この極上の素材に出会う為に生まれて来たんだと確信しました……さあ、人間界の最高の晴れ舞台で、究極のオーダーメイドを披露しましょうか!」
「コイツ、頭のネジ外れてる……」
ギュウイイイイイイィン! アルゴが双子に詰め寄る。あと数ミリでコーンの背中の羽根が――――。
ガン! その時、鈍い音と共にアルゴが呻き声を上げてふらついた。誰かに後頭部を殴られたのだ。死神の力で生成した、身長サイズのハンマーを握り締めた父親だ。
「……ちったあカッコつけさせろ」
「パパ!」
ドゴン! のけぞったアルゴの後頭部をさらに強打。アルゴは床に突っ伏し、言葉を発さなくなった。
「やれやれ。全然力が足りねえな。おい帰るぞ。心配かけやがって」
「パパ……ちょっと見直したかも」
「え。そう?」
父親がニヤつくのと同時に、アルゴの手がピクリと動いた。すると背中の服を突き破り羽根が飛び出した。不穏なオーラをまとった死神の姿だ。
「コイツまだ意識が……うぐっ!」
父親が思い切り天井に叩きつけられた。蠢いた床が押しあがったのだ。そして咀嚼音と共に天井から血が噴き出し、床に千切れた羽根がボトボトと落ちてきた。
「えっ……噓でしょ……パパ?」
「ヒャハハハハッハッハハハハハハ!」
アルゴが髪をかき上げて背中を逸らせ、大笑いしはじめた。
「痛ってえなクソ汚ねえゴミ男が! 手間かけさせやがって。さっさと終わらせてやるよ。ハハハッハハッハハハ!」
コーンの頭の羽根を撫でようと手を近づける。その手つきは口調とは裏腹に繊細だった。
「安心しろ。僕が生まれ変わらせてやる」
コーンが目をつぶり、震えて涙目になる。
すると、手を伸ばしたアルゴの指がじわじわと緑色に変色し、腐って床にボロッと落ちた。気品のある声が地下室に響く。
「気づきませんでしたか、薄汚いお兄様? この部屋中に胞子が蔓延していることに」
ドアに寄りかかっている女性のシルエットが浮かび上がった。
「キノコ痴夫人!」
「なんだお前? 時間差で、遠くからでも攻撃できるってわけか……それは僕も同じなんだよ、豚があッ!」
「くっ!?」
アルゴが指を鳴らした。双子が張り付けられた壁の隣が一気に伸び、キノコ痴夫人が叩きつけられた。そして一瞬でダウンした。息を切らしたアルゴがそれを見てほくそ笑む。
「はあ、はあ、まだ左手は残ってんだキノコ女……ツメが甘……」
「ポクポク。ツメが甘いですわね」
アルゴが振り返ると双子が笑って立っていた。シュガーの手には、手足の枷を粉砕した死神傘。それを見届けたキノコ痴夫人は意識を失った。
「さっすが痴夫人! 執事をやっつけてマグイちゃんを奪ってくれてたなんて。マジでイカしてる~~!」
「壁が迫って出来た死角からマグイちゃんを投げるとか、ギャンブラー過ぎ!」
肩で息をするほど消耗しているアルゴの顔が引きつった。
「ま、待て! 交渉しようぜ。この城をくれてやるよ。だから……」
「あのさぁー、勘違いしてない? 私たち世界を見上げるだけの城には興味ないの」
「……いくよマグイちゃん、モード『ヴァルカニゼイション!』」
死神傘が一回り巨きく変身した。戦闘用の硬化した姿だ。
スッ…………。
二人が両手でそれを持って構えた。リーチは短いが、当たれば小さな雲を裂くほどとてつもない威力を発揮する。そして、口を揃えて開戦の合言葉を唱えた。
「シュガー・ラヴィリンス、コーン・ラヴィリンス……刳り貫くッ!!」
ヴォンッ! 一瞬で死神傘にエネルギーが注がれ膨張する。それを見たアルゴが激昂した。
「クソ女共があああああああああッ!」
「いっけええええええええええええええっ!」
アルゴが指を鳴らしたのを合図に背後の壁一面が襲いかかった! 部屋全体が一気に圧縮され、至近距離で双子に食らいつく!
ビリッ。
ドレススカートの末端が破れた。壁は盛り上がったまま静止している。双子は雷のような勢いでアルゴの胸をチェストしていた。
「ゴファアッ!」
「これはシュガーの分ッ!」
アルゴが大量の血を吐き出した。白目を剥いたまま一気に顔が青褪める。そして死神傘が引き抜かれ、もう一発が繰り出された。
「これはコーンの分だああッ!」
「……ゥグアアアッ!」
カッ! 再度引き抜かれた死神傘の全身が眩い金色に光った。最大級の力を込められた、正真正銘、最後の一発。
「これは痴夫人の分だああああああああああああああああッ!」
「グウウッ、ウッ、ウぁあああぁぁああああッ…………」
心臓をブチ抜かれたアルゴは、ついに完全に沈黙した。
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