第2話

 日曜日。キノコ痴夫人の豪邸の庭で、毒海月姫を含めた死神仲間の四人で約束のティータイムをすることになった。

パラソルの下で四人はトランプをしていた。周囲は無数の人間の眼球が、見えない海月の力で浮いている。気品高い口調のキノコ痴夫人が、ガラス製のティーポットでトトトと注いだ紅茶を飲む。


「ポクポク。やっぱり硫黄ダージリンティーの香りが一番ですわ。お三方、さっきのシロナガスクジラの交尾の話理解して頂けました? あー、たぎります。発情が止まりませんわねえ」

「ゲラゲラゲ。わっちは耳にタコだ。上等な眼球を人間界の手土産に持ってきてやったんだぜ。なのに猥談ばっかりじゃねえかキノコビッチ」

「あら、子孫を残す大事なテーマですのよ。シュガーさんとコーンさんは例の映画を鑑賞なさいました?」

「観たよ。羊と馬のヤツね。イカしてた~~やっぱ痴夫人のチョイスは好き!」

「あら嬉しい! 小躍りしちゃう。ポクポク」

「お前等、スペードの四で上がりだ。これで二十九連勝。もっとわっちを楽しませろ下手クソチョモランマ」


 イラっとしたシュガーが即反論する。


「ちょっと海月姫ちゃん、そんな言い方ないじゃん!? まぐれのくせにイキっててマジムカつくー」

「事実じゃねえか。雑魚の砂糖女」

「それシュガーのこと!? あったま来た。マグイちゃん、出て来て!」

「ゲラ。海月共出てこい。毒で痺れてえみてえだな、クソ双子」


 三人が立ち上がった勢いで、紅茶が豪快にトランプにぶちまけられた。

 ブブブブ……。キノコ痴夫人がやれやれと止めに入ろうとしたところで、バイブ音が鳴った。コーンのスマホだ。


「え、待ってヤバい、大物釣れた! マッチングアプリで、あの大都会のゴキブリ街ナンバーワン・ホストが私たちに会いたいって! 『来週、僕の城でお会いしませんか』だって! 大勢の男女でディナーするみたい」

「嘘に決まってんだろボケ」

「いや、何度もチャットでやりとりしてるから! マジでチャンスあるよ!」

「お二方提案がございます。毒海月姫さんが同行してアシストをしてみてはいかが?」

「ハァ!? なんでだよ。わっちはこんなウゼえヤツら……」

「私たちだってこんなイキリ海月……うっ」


 キノコ痴夫人が笑顔を絶やさないままダンプカー口調で説き伏せる。

「お三方? いつまで子供じみた喧嘩をするつもりですの? 昔からずっと仲裁するわたくしにも我慢の限界がありますのよ? 協力してこれを機に仲良くしなさい」


 怖気づいた三人は爆速ししおどしのようにカコンカコンうなづくしかなかった。ふと見渡すと、地鳴りと共に宙に浮いていた眼球の群れが芝生に落ちていた。ジュクリと腐食している。三人のヒソヒソ話が始まった。


「なあシュガー、コーン今の力なんだ?」

「海月姫ちゃんの痺れ毒とは全然違うタイプだね。キノコの効力みたい」


 すると双子がテーブルから離れ、踵を返して歩き始めた。


「三人でディナーに出席ね。海月姫ちゃんメモッといて!」

「オイオイオイオイ、マジで乗るのかよ、そのクソ怪しいクソホストの誘いによ」

「もちろん! 巨きな城をゲットするチャンスだしねー。ま、いずれは死神界一の城に住む予定だけど!」


 毒海月姫が眉をひそめた。


「お前等が素性を隠してたのがリークされたのかも知れねえんだぞ! ド変態に素っ裸にされに行くのか?」

「……上等じゃん! これは私たちの『闘い』なんだよ。ハーフがクソでカスなこの死神界を見返す闘いだよ。ね? シュガー!」

「もし嘘ならマグイちゃんの力で~~ソイツの顔面を馬車で轢いた猿のはらわたにしちゃうー」

「ぜ~~ったいに城を手に入れる! もしかして海月姫ちゃんひよってるぅ?」


 煽られた毒海月姫も啖呵を切った。

「ゲラゲラゲ! ざっけんな! その代わりそいつが黒だったら、脳味噌をぶんどって海月共のエサにするかんな!」

「ポクポク……決まりですわね。お三方の無事を祈りますわ」

「そんじゃお二人さんまったね~~サイコーのティータイムだったよー」

 その一言を背に双子は自信たっぷりに歩き出した。


* * * * *


「……はい、ボス。シュガーとコーンで間違いありません。特徴が完全に一致しました」


 ここは城の中のとある一室。人間界最大規模のマフィアのボスに向かってPC越しに話しているのは、知的な容姿でありながら、冷酷非道な性格を合わせ持つ人間アルゴ・バーン。

彼は自身の計画が成功することを確信し、画面越しにほくそ笑んだ。


「よくやったアルゴ。二人を引き渡せば約束した莫大な富をお前に授けよう」

「必ず成功して見せます。ではまた後ほど……」


 リモート通話が終了すると、異様に背が高く目が血走った、マッチ棒のような執事が音もなく現れた。年老いたスーツ姿の彼が、椅子に座った金髪でショートヘアの主に呼びかける。


「ご主人様、お役に立てたようでなによりです」

「バーンでいいって言ってるだろ。いつも並外れた仕事をしてくれて助かるよ」

「コフフ。光栄で御座います。既に貴方様にピッタリの生贄を用意しております。とあるルートで入手した特殊兵器のチェーンソーで、彼の羽根を引きちぎって魔改造する準備も完璧です。それで、先ほどのマフィアの方との約束は……」


 アルゴは口元をクシャリと歪めた。髪をオーバヘッドにかき分けてのけぞった。


「ヒャハハハハッハッハハハハッ! 僕があんなゴミの財産なんて欲しいワケがねえだろ! ああ、楽しみだぜシュガー、コーン。僕が欲しいのは最高の『素材』だ……!」


 執事が満面の笑みでうやうやしくお辞儀をした。


「コフフ。それでこそバーン様で御座います。では当日の準備を進めると致しましょう」

 執事が退室するとアルゴは机の上の設計図のような資料を舐めるように眺めた。そこには死神のデッサンが執拗なほど事細かに描かれていた。

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