シュガー・コーン・チャンネル

レトロ星人

第1話

「せーのっ、シュガーとコーンの『脳味噌シャブシャブチャンネル』へようこそ~~★」


 画面の右側に流れるコメントのダムが決壊した。死神たちがこぞって大人気Fortuberの生配信に群がり、狂喜乱舞しているのが文字越しに伝わる。


黒光りした小さな羽根が頭に生えた死神の双子姉妹は、慣れた口調で嬉々と喋り始めた。外見は人間で言えば二十歳前後くらいだが、実年齢は定かではない。

「サーバー堕としのシュガー・コーン」の異名を持つ二人の配信の幕が開いた。コーンがパフスリーブをフリフリ揺らし手を振る。


「わぁ、お出迎えコメントシャワーありがと。ショーシャンクみたいできもちぃー」

「え~~このチャンネルは私たち双子のシュガーとコーンがグダグダ雑談したり、ピコピコゲームしたり、とにかく森羅万象するチャンネルです! 土曜の今夜は料理枠っ! コーン今日の料理は?」


「じゃかじゃかじゃかじゃか……じゃん! 人間の脳味噌です~~! いつもと一緒」

「やっぱ人間のが一番だよね」

「わかる~~」


 シュガーがテーブルの皿の上に用意した、つるつるの脳味噌を撫で回す。


「えっと今回も銀河一大・大・大好きな、助手のマグイちゃんに食べてもらいます。はいマグイちゃん挨拶!」


 ブン、ブン! シュガーに柄を掴まれたのはペット兼助手の死神傘だ。大きな枕くらいの長さしかない。四つの眼を開閉しながら頭を振るが、口が無いので一言もしゃべれない。


「ありがと~~はい今日もかわいい!」

「まって、シュガー。一万ドネ送ってくれた死神さんがいる」

「マジで!? ヤバ。大富豪さんありがと! マグイちゃん食レポの準備いい? じゃあリスナーのみなさん、今夜も刮目・刮目~~★」


 テーブルの上に浮かんだ死神傘の体がバッと開いた。脳味噌をゾゾゾゾっと一気に内側に吸引して、数秒間溜めこむ。


 チョロロロロ、ブシュッ! ペットボトルに無数の小さな穴を空けたように、脳汁が勢いよく部屋中に飛び散った。赤濁の汚物が髪や顔などにベッタリと襲いかかるが、死神特有の能力で二秒程度で霧散していく。


「じゃコメント読みまーす。何でもカモン! コーンどーぞ!」


 責任感が強いシュガーが進行を務めるが、実際は似た者同士。ノリは大差無い。二人の頭の黒い羽根が待ちきれず小刻みに動く。


「一発目。『コーンちゃんの赤ちゃんが欲しいです』……キッッッッモ! はい牢屋いき。通報したから震えて寝ろ」


 ガチィン! 文字列に手錠がかけられ『たすけてええぇ』という断末魔と共に画面外へ連行された。


「続いて『好きな食べ物は何ですか?』シュガーはぁ、硝子の破片パフェ!」

「コーンは鉱山のドヴ~~」

「えーっと『最近流行りのアニメ、君の毒ガスに恋をした……は好き?』アレ嫌い。主人公が生理的に無理過ぎて一話で切った」


 ビジュアルが破壊的にかわいい二人が歯に衣着せぬトークを展開する。コメントのボルテージが天井までブチ上がる。


「続いて、『いつも紅いネイルはきれいだね』……は? なんつった?」


 シュガーの瞳孔が開きパタパタしていた羽根が止まる。

「ネイル『は』って何? 頭の羽根から足の爪先までかわいいでしょ~~! うがぁー!」


半ギレにコメント欄が光速で飛びついた。双子のご褒美に涎を撒き散らしたリスナーたちの粘液によって、画面がネバネバに成り果てる。

ドMな連中に思わず二人が笑った時、死神傘の血しぶきが止まった。四つの眼が満足そうに細くなっている。


「お。脳味噌シャブシャブ食べて美味しかった?」

「よし、今日の料理枠はここまで! じゃみんなでお別れの挨拶。せーのっ、眼福・眼福~~★」


 コン、コン。


「え」

 和やかな空気が一瞬で永久凍土に変わった。ドアをノックする音にコメント欄がグラッグラ揺れる。


『今なんか音したよな』

『もしかして彼氏……?』


 Fortubeサーバーの容量を示すゲージが堕ちるパンク寸前になる。慌てたシュガーがギザギザの歯を見せながら取り繕う。


「じゃ、じゃあバイバイ~~アハハ……」

 バコォン! 配信を強制終了したコーンが即、憂さ晴らしにマウスをドアに投げつけてぶち壊した。すると、犯人が姿を現した。


「……お、わりい。配信中だったか」

「っざけんな! パパ、何してくれてんのよ!」


 冴えない死神のおっさんだ。目の下の黒いクマから哀愁が漂う男が、腹巻き姿でケツをボリボリかいている。二人とそっくりの羽根が無ければ親子だと信じられない。一応、伝説の死神のはずだが。


「わ、悪かったって……」


 ブボッ。

「あ、ほらオナラも謝って……ごふっ!」


 コーンが内臓めがけてドロップキックを食らわせた。

「全部吐き出させてやるわ! あーニンニクくっさぁ~~。空気清浄機クラッシャーかなぁ!?」


「うがぁー! Fortuber生命終わらせるつもり!? いつも言ってんじゃん配信の時は来・る・なって! 超絶空気読めないから人間のママに逃げられたんじゃん!」


「うっ」

 クリティカルヒット。顔が塑性変形した。


「あばら骨コンベア工場の派遣社員だか何だか知んないけどさー、いっつもお仕事コロコロ変えて……いい年して私たちにたかるのやめてくれる? 名誉ニートおじさん」


「ニートじゃねえ……フリーターだ……」


 もう威厳もクソも無い。

「えっと、ニンニク・デス・ポテチいるか? うまいぞ?」


「出てけえええええええええっ!」


 二人が死神傘の柄を掴んでチェストすると、壁まで突き飛ばされてダウンした。


カーン! 勝負あり。死神傘がすかさずゴングを鳴らした。マッハ三のジェット機並みの速度でドアの鍵がかけられる。「体臭がゲロの死神、永久にお断り」の金属のプレートをぶら下げられて。


「クソ……アイツが家を出ちまったばっかりに……」


 父親は鼻水を垂らしてすすり泣きながら、トボトボ螺旋階段を降りた。今夜も冷蔵庫のデス・ブレンド・ドリンクに逃避するのだった。


「うめえ……お前だけが俺の味方だ……デス・ブレンド」


* * * * *


「君明日から来なくて良いよ」


 父親は工場をクビになった。ニンニク・デス・ポテチにドハマリした結果、オナラが慢性化して止まらず何日も欠勤するハメになったからだ。


そして平日は会社に行くフリをして、とりあえず当てもなく空を彷徨っていた。娘になんて切り出せばいいかわからずに。

どんよりした、雷がゴロゴロした空。活火山から立ち昇る不穏なガス。人間界と違って快晴が無い、いつもの変わり映えしない天候だ。


妻に逃げられたショックで力を失った伝説の死神は、昔の姿の見る影も無かった。


「なんで俺ばっかりこんな目に……畜生、畜生……」


 今日はデス・ブレンド・ドリンクをいつもの四倍自棄飲みしながら宙を浮いていた。


* * * * *



 休日の夜。双子は配信部屋とは別室のゴシック調の部屋で、明かりを消して映画を観ていた。


人骨製天蓋付きベッドが置かれ、壁にわさわさ蠢くゴリラの胸毛の標本が飾ってある。プロジェクターの映像には、巨きなピンクの羊と黄色の馬が交尾しているシーンが延々と流れている。

十種類のポテチを用意したシュガーが、顔を照らされながら呟いた。


「これ入るのかな。あ、ポテチ交換しよ。プールの塩素味、気になる~~」

「どーぞ。無理よこんなの。入ったらペ●スが頭蓋骨を突き破って脳漿が飛び散るわ」

「でも~~ア●ルには挿入できるに清き一票!」

「やっぱいけるかも。だって体の割にアレ、ピンマイクじゃん」

「キャハハハハッ! あー、今月も疲れた」

「ね。肉体労働のバイトは体にくるよ~~うがぁー」


 実は今週、二人は隠れて土方で働いていた。Fortuberで大金を稼ぐ傍らでアルバイトの掛け持ちをしている。


最も高い城を買って死神界を見下ろす、全てはその野望の為だ。


死神界では下位の存在である人間は疎まれるから、二人はハーフであることを隠しながら生活している。


そのせいで小さい頃から、自由に生きた心地がしなかった。誰よりも自由奔放な生き方を求める性分の双子にとって、その現実は到底許せなかった。


 コン、コン。


「おい手紙が来てるぞ」


「パパ~~! 今、交尾のいいシーンなの。てか勝手にドア開けんな!」

「本ッ当に空気読めないわね顔面陥没コンクリート」


 父親の腹を正拳突きした後、特注の脳髄液のインクで書かれた手紙を開いた。


「うがぁー、やっと届いた!」

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