Episode.3 幽霊酒場とアウルディーン工房の誕生
◆ 邪魔される工房探し◆
ハンター試験を終えた翌日。
ネルフィとレオンは「新米ハンター向け工房斡旋案内」を手に街を巡っていた。
しかし、紹介される物件はどれも門前払い。
「……また断られましたね」ネルフィは淡々と呟く。
「昨日の試験で目立ちすぎたんだ」レオンが低く吐き捨てる。
アルスはホログラム越しに肩をすくめる。
「ネルフィ様、妨害は確実に意図的です。ギルド上層部、あるいは裏組織が動いているかと」
「ふん……気に入らねえ連中だな」レオンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ネルフィの肩を庇うように歩く。
「だけど俺がいる。ネルフィは俺が守る」
唐突な言葉に、ネルフィは瞬きする。
「……いきなり何を言っているんですか」
「いや、本気だから」
――レオンの瞳は真っ直ぐ。犬のような忠誠と情熱を宿していた。
ネルフィは小さくため息をつき、地図を広げた。
「……なら、残された物件へ行きましょう。街外れに“曰くつき”の場所が一つあるようです」
◆◇◆◇
◆ 幽霊酒場との出会い◆
街外れの地下へと続く階段は、湿った苔の匂いが漂い、まるで墓所のように冷たかった。
ネルフィとレオンが重い扉を押し開いた瞬間――空気は一変する。
「……うっ、なんだ、この寒気……」
レオンが思わず肩をすくめる。
酒場の中は異様な静寂に包まれ、割れたグラス、崩れかけた椅子、壁の黒い斑点が不気味に浮かぶ。
次の瞬間――床板が勝手に軋み、赤黒いランプがひとりでに点滅した。
「にゃにゃにゃーっ!? おばけだにゃーっ!」
アカが飛び上がり、シロはネルフィの肩にしがみつく。
「にゃふふ……こわいこわいこわいっ! ネルフィ守ってぇぇ!」
レオンは大剣を構えるが、足がわずかに震えていた。
「チッ……っ、ちょっと驚いただけだ! 本物の悪霊なら、斬り伏せて――」
その言葉を嘲笑うように、壁一面の影が揺らめき、人の形を成す。
黒髪を垂らした和装姿の女が浮かび上がり、血のような瞳で告げた。
「……ここに入った者は、二度と陽の下に戻れぬ……」
冷気が押し寄せ、椅子がひとりでに倒れる。まるで本物の悪霊の呪い。
アルスが警告する。
「ネルフィ様! 霊的反応、急激に上昇――」
だがネルフィは動じない。腰のポーチから小箱を取り出す。
「――
青白い光が走り、視界が切り替わる。
偽りの瘴気が剥がれ落ち、浮かび上がったのは――驚きに目を丸くする、美しい女性の姿。
「……まさか、私を“見える”なんて」
彼女――リュミエールは肩を揺らし、くすくすと笑い出した。
「怖がらせてごめんなさい。本当は人を傷つけたりしないわ。ただ……ここに来る人を追い返したかったの」
ネルフィは眉をひそめ、まっすぐ告げる。
「この酒場を――工房に変えたいと思っています」
リュミエールは一瞬驚いたが、すぐに楽しげに微笑んだ。
「……面白い子ね。いいわ。あなたなら、この場所を陽の下へ連れ戻せるかもしれない」
◆◇◆◇
◆ アウルディーン工房の誕生◆
ネルフィはディメンション・ストレージを展開した。
光の魔法陣が床一面に広がり、空間そのものがきしみながら膨張する。
酒場の狭い地下室が、次々と異空間へと繋がり――壁や天井が折りたたまれるように変形し、まるで“別世界”の研究拠点が生まれ始めた。
最新鋭の設備導入
アルスの制御により、数々の最新設備がストレージから展開されていく。
多目的ホロスクリーン:空中に三次元映像を投影し、戦術シミュレーションから試薬の分子構造解析までを一括で行える。
魔導冷却保存庫:錬金薬や実験素材を低温で長期保存する施設。アナベルが後に常駐することになるエリアで、毒草や希少薬草の栽培棚も並んでいる。
大型実験プラットフォーム:リルやアイアンセンチネル級の大型兵器すら分解・改良できる強化床。魔法陣とエネルギーラインが組み込まれ、即座に戦闘試験場へ変形可能。
コルトが整備点検を行いながら胸を張る。
「戦闘実験モジュール、稼働確認ヨシ!」
フィクスが配線を繋ぎ直しながら工具を振るう。
「修理系統、再起動完了! 壊れてもすぐ直せる!」
ミーナが端末を叩き、酒場全体をスキャンして報告する。
「データベース同期……完了。酒場の基盤を魔導回路に組み込みました。ここはもう“工房要塞”です」
デイジーは椅子とテーブルを並べ直し、ポットに茶を注ぐ。
「はい、癒し空間も忘れずに……ネルフィ様、みなさんの休憩所は整えておきましたよ♪」
拡張された異空間区画
ネルフィは指先で魔法陣を操作し、空間を分割した。
「――空間拡張、区画生成開始」
壁が軋みながらせり出し、複数の扉が出現する。
そこはただの地下酒場ではなく、異空間ラボ群へと変貌していった。
ネルフィのラボ:膨大な設計図と半完成品の発明品が並ぶ。机の上には試作魔導銃や、未公開のプロトタイプ兵器の部品が散乱。壁一面にはエネルギー回路式を描いた光のホログラムが絶え間なく流れている。
発明品の倉庫:無数の棚に整理された小型兵器、薬品、捕獲網、機械部品。コルトとミーナが管理する。
仲間の寝室:簡易ながらも清潔なベッドと収納が整った部屋。リル用に広いスペースのある部屋や、レオンのために鍛錬設備を兼ね備えた部屋も。アカ&シロの部屋は小さな遊び場付き。
共同作業スペース:整備台や会議卓があり、工房の仲間全員が集まって設計や調合を行える場所。魔法陣投影盤による立体設計が可能。
レオンは周囲を見回し、呆然と呟いた。
「……これが本当に、あの薄暗い酒場だったのか」
リルは床に伏せながら警戒を続け、アカとシロは新しい部屋を駆け回ってはしゃいでいた。
「にゃにゃーっ♪ アカの秘密基地にゃ!」
「にゃふふ〜! ベッドがふっかふかだよぉ〜!」
工房家族の始まり
ネルフィは中央のテーブルに立ち、白衣を翻しながら宣言する。
「今日からここは《アウルディーン工房》。私たちの研究と冒険の拠点になる」
リュミエールは柱の影に寄りかかり、目を細めて笑った。
「ふふ……いいわ。ここなら、もう寂しくない。私も“仲間”にしてちょうだい」
レオンはその光景を見つめ、短く笑みを漏らした。
「工房どころか……もう小さな王国みたいだな」
ネルフィは頷き、胸を張る。
「王国よりも自由で、王国よりも強い場所にする。――私たちの家族のために」
こうして、廃墟同然の酒場は、異空間を抱え込む最新鋭の工房要塞へと生まれ変わった。
そしてここから、ネルフィたちの物語は本格的に始動するのだった。
◆◇◆◇
◆ レオンの犬系男子モード◆
工房がひとまず形になり、設備の動作確認も一段落した頃。
ネルフィは机に散らばる図面を整え、深呼吸して椅子に腰を下ろした。
「ふぅ……これで基盤は完成。あとは細かい調整だけね」
額にかかるオレンジ色の髪を指先で払い、首に掛けたヘッドフォンを外す。
その仕草を、いつの間にかすぐ傍に座っていたレオンが見逃さなかった。
「……」
「なにか?」ネルフィが顔を上げると、彼は無言のまま隣に腰を落とした。
気づけば距離は近すぎるほど近い。肩と肩が触れ合う。
「いや……隣にいると落ち着く」
唐突な言葉。真っ直ぐな瞳。
ネルフィは思わず頬を赤く染め、少し視線を逸らした。
「……作業の邪魔です」
「邪魔でもいい」レオンは即答する。
「俺はネルフィの“番犬”だからな。ずっと隣にいて、誰にも触れさせない」
その言葉に、リルが低く唸り声を上げる。
「ガルル……」
――大狼の瞳には「お前こそ距離を取りすぎだ」という牽制が宿っていた。
アルスはため息を吐き、ホログラム姿で苦言を呈す。
「レオン様、距離感というものをお考えください。ネルフィ様は発明者であり、今は研究者モードです」
しかしレオンは頑なに首を横に振った。
「研究でも、戦いでも、休む時でも……俺は彼女の隣にいる。そう決めた」
ネルフィは両手で図面を整え直し、呆れ半分でため息をつく。
「……本当に、犬みたいですね」
その言葉に、レオンの口元がわずかに緩む。
「犬でいい。吠えて、守って、忠誠を誓う。それが俺の役割だから」
アカとシロはくすくす笑い、リュミエールは壁際で扇子を口元に当てて楽しげに眺めていた。
――ネルフィの胸の奥では、複雑な気持ちが交錯していた。
(……もう、どうしてこんなに真っ直ぐで、しつこいんだろう。可愛い、と思う自分もいる。でも……困る。私はまだ、研究とリュシェルと、この工房を守ることで精一杯なのに……)
小さく首を振って気持ちを切り替えようとする。
だが隣に座るレオンの体温が、思考を振り切るほど鮮明で。
――その存在が、彼女にとって「ただの仲間」以上のものになり始めていることを、ネルフィ自身も否定できなくなっていた。
工房の空気は、少しだけ温かく――そして賑やかになっていった。
◆◇◆◇
◆ ヘリオス・コングロマリットの失墜◆
漆黒の大理石テーブルの上に、無数のホログラム書類が次々と投影されていた。
赤い文字が踊る。「契約解除」「特許使用権剥奪」「取引停止」。
CEOギルバート・ヘリオスは額に汗を滲ませ、拳でテーブルを叩いた。
「馬鹿な……なぜ全ての特許が“あの小娘”に移っている!? 我が社の技術はヘリオスのものだろう!」
法務担当役員が青ざめた顔でホログラムを操作しながら答える。
「ですが……記録にはすべて、ネルフィ・アウルディーンが正規発明者として登録されています。彼女の母リュシアの特許群も……相続によってネルフィに完全移管されていました」
重役たちの間に動揺が走る。
「どういうことだ、リュシアの娘だと? あの幽霊のように消えた天才科学者の……?」
「我々は“社の功績”として利用していただけでは……」
ギルバートは声を荒げる。
「ふざけるな! 我がヘリオスは大陸最大のコングロマリットだ! 十歳そこらの小娘一人に膝を折るなど……!」
しかし財務担当役員が冷徹に告げた。
「現実を見てください、社長。
既に腐蝕帝国が取引を破棄しました。さらにエリムハイド王国もネルフィとの直接契約を発表……。
我々の基幹部門――兵器、薬学、エネルギーの全てで契約停止が始まっています。資金繰りは――あと半年も持たない」
会議室に沈黙が落ちた。
ギルバートは椅子から立ち上がり、窓の外の夜景を睨みつけた。
「……あの小娘、必ず潰す。特許を取り戻し、世間を黙らせる。どんな手を使ってでもだ」
その声には焦りだけでなく、底知れぬ憎悪が滲んでいた。
重役の一人が、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「……“ネルフィ・アウルディーン”――この名が、我々の時代を終わらせるのかもしれない」
会議室の空気は重く、崩壊の足音だけが静かに響いていた。
◆◇◆◇
◆ 迫る影◆
その夜――王都の喧騒の裏側、闇に沈んだ路地のさらに奥。
薄汚れた酒場の奥座敷で、煙と酒精の匂いに包まれながら、不穏な声が低く囁き合う。
「……奴の名はネルフィ・アウルディーン。ヘリオスを追放されながらも、工房を立ち上げ、要塞すら蘇らせた娘だ」
「ただの子供ではない。技術と魔導を融合させる化け物……いや、未来の脅威だ」
蝋燭の炎が揺れるたび、壁に映る影は、複数の異なる勢力の輪郭を描き出す。
【 腐蝕帝国の密偵 】
「皇女エリュシア様はすでに動いている。王女リュシェルを標的にすれば、エリムハイド王国もろとも掌握できる」
低く笑った声が、鉄錆の匂いを漂わせる。
【大陸の暗殺者ギルド 】
「依頼は受けている。灰仮面の兵だけでなく、忍び系の刺客も差し向けよう。彼女の喉を裂くのに理由はいらぬ」
背後の闇で、刃がひときわ鋭く光を反射した。
【
「市場はすでに乱れ始めている。ヘリオスが崩れた後、残る利権を奪うのは我らだ。アウルディーン工房が広がれば、我らの毒草市場が潰れる。……芽は早めに摘むのが道理」
【ヴァロス】
酒場の隅、仮面を被った商人が杯を揺らす。
「ふふ……混沌は良い。争いは利を生む。ネルフィという小娘には、利用価値がある。使い潰すか、帝国に売るか……さて、どう料理してやろうか」
その場に居合わせた全ての影が笑った。
それは取引ではなく、まるで死刑宣告の合唱。
外では、まだ工房の仲間たちが無邪気に笑い合っている。
だが、気づかぬうちに――すでに幾重もの刃と網が、ネルフィたちへと迫りつつあった。
誰が先に動くか、誰が最も深く喰らうか。
その答えは、もう間もなく明らかになる。
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