第二夜ー諮問と入門ー(後編)


翌朝、マドラはぎらついた陽光のもと、“属性適性試験„に向かっていた。正門付近で点呼を取られ、その時点で名前を呼ばれなかったら不合格が決定、名前を呼ばれていたら、霊樹林にて、試験に移る。


この試験によって、各自の属性適性が明らかになるという。六属性の教員が待つ聖域を一周し、どこかの前で教員が受験生の周囲の霊魂を感じ、その属性に適性があると認め、杖を地面に打ち付ければ、その属性に適性があると見なされる。

家の教育などで既にゲッシュを結んでいる学生は、この試験は自動で通過となる。


正門前の広場にマドラは着いた。


「マドラ・イモルグです。」


試験官に言うと、

「定刻までこちらでお待ちください。」

と言われた。どうやら足切りは回避できたらしい。心の中でガッツポーズをした。


既に、マドラの前に一人の受験生が先に着いていた。身長はだいぶ高いが、猫背なためか、あまり貫禄はない。男子なら大丈夫だろう、と思い、声をかけた。

「合格、できましたね。」

最初の一言として相応しくないことを、相変わらずこの少年は言ってしまう。


「ほ、本当、ですよね。自分も、信じられない、ですよ。」


猫背の少年は、口篭りながら答えた。乾いた羊毛のような跳ね気味の茶髪と、袖を握りしめているその姿は、彼の自信なさげな雰囲気を強調してしまっていた。


「自分、なんか……すごく、不安で……。もし、適性が、全部なかったらって……」

今度は茶髪の少年の方から、俯いたまま声をかけてきた。

「その場合は、不合格になる……らしいですね。」


マドラが答えると、少年は小さく身をすくめた。


「……でも、逆に複数出ることもあるって聞いてます。その場合は、より強く出た方が選ばれるらしくて。それでも差がないときは、自分で選んでいいって。……でも、きっと何かは見つかる、んじゃないかな。」


少しでも安心させようと付け加えたが、あまり効果はなかったようだ。どうやら、自分と同じく、心の壁が分厚いタイプらしい。


「僕はマドラ。君の名前は?」

さりげなくタメ口に切り替えて、声を和らげながら問いかけた。


「自分は、ゴドフリー。

ゴドフリー・スチュワート・カーフ……です。」

こちらはまだ敬語が外れないようだ。


暫くすると、

「おっとぉ~?ちと、遅れちまったかぁ~?」

ロン毛の男が来た。

「陰気な奴らが屯ってんなぁ~。ま、せいぜいこのマルジン・キャメロット・アヴァロン・ペンドラゴン様の咬ませ犬になってくれやぁ~。」

マルジンは試験官の方に近づいた。

「マルジン・キャメロット・アヴァロン・ペンドラゴンっす。今日はおなしゃっすぅ~」

試験官は名簿を一瞥し、冷静に宣告した。

「ペンドラゴンさん。あなたは面接で不合格になったので、本日の試験の受験資格はありません。残念ですが、お帰りください。」


「……あ?」


マルジンは立ち尽くした。誰も彼に何も言わない。風だけが静かに吹き抜けた。


「それでは定刻になったので、カーフさんとイモルグさん、試験会場に向かいましょう。」

どうやらこの班は、二人だけのようだ。


学院の敷地内の樹林は、普段は学生たちが訓練や呪文の研究に使い、晴れた日には軽食を広げる憩いの場でもある。が、今日は厳粛な試験(儀式というべきか)が行われる鎮守の森としての性格を強く帯びている。木々の間からは、野太くも灼かな鳴き声や、のっそりとした足音が微風のようにすり抜けていた。聖獣のものだろう。

ゴドフリーもマドラも、この空気を前にしては、もはや言葉を交わせない。


泉の中島に、六人の教師が立っていた。それぞれのローブは、属性を象徴する六色に染められている。

彼らは円環を描き、静かに受験者を待っていた。霊樹の葉は、この空気をより濃く演出するように、一枚一枚霊魂を整えるように、神秘的に整列していた。


まずはゴドフリーの番だ。島の真ん中の苔むした石の前に立つ。息を大きく吸い、目を閉じた。


――よかれというタイミングで、気の赴く方向に進み、そこから一周を始める。一歩一歩、霊魂の流れを感じながら、踏みしめていく。

黒、赤、青、緑、黄と進んでいく。どの教員も、反応を示さない。見ているマドラも、無論本人も、内心に動揺を走らす。

このままではいけない。白の教員の前を通る直前、ゴドフリーは最後の希望をこの色に託し、大きく深呼吸をした。そして、ついに最後の一歩を踏む。


…ツトン、ツトン。


白の教員は、杖を二度、静かに地面へと打ちつけた。


その瞬間、霊魂の流れが応えた。

木々の葉が、わずかに揺れる。ゴドフリーの口から、ほっと小さな息が洩れた。

――ゴドフリー・スチュワート・カーフは、白属性ドルイドの確約を手にした。


次はマドラの番だ。あまり重くない足取りで、石の前に立ち、目を瞑り深呼吸をする。


「現時点では、霊魂の流れなどと言われてもわからないでしょうから、とにかく森の風を心で受けるというイメージだけを持っておくことです。」

前にもらったローフの助言を頼りに、歩き始める。


まっすぐ向かったところは、緑の教員の前だった。

…ツトン。

一回だ。そこそこの適性はあるらしい。

青は反応がなく、赤の前でも一度鳴った。黒も無反応。

白の教員の前を通ったとき。


…ダンダンダンダン。


白の教員の杖が、強く反応した。周囲の若葉たちも、霊魂に揺らされるように、大きく軋んだ。

空気が、光が、音すらが、その場で澄みきっていくのを感じた。


ここに、二人の白ドルイドの誕生が約束された。


「マドラさん、白属性の反応、すごい出てましたね。よほど、才能があるんだろうなぁ…。」

ゴドフリーは卑屈になっているような悪意のない言い方でマドラを称賛した。マドラには、否定も肯定もできなかったので、話を変えた。


「僕ら、同じクラスだろうね。また会おうな。」

「…え?」


ゴドフリーは動揺しながらマドラを見下ろした。

「僕、ゴール連合王国に来てそんなに経ってないし……コミュ障だし。友達に、なってほしいな。」

「いや、そんな…。」

お互いにあまり目を合わせず、探り合いながらの会話だ。


「ゴドフリー、だと長いから、”ゴディ„って呼んで、いい?」


マドラの目には、顔を赤らめて頷くゴドフリー、いや、ゴディが映っていた。

――――――――――――

一週間後、家の掃除をしているローフとマドラのもとに、合格通知が届き、改めてマドラの合格、および白属性への適性が認められた。


「これからどうなるの?手続きとか」

ローフは箒を、壁に備え付けられた木の掛け棒に吊るし、そのまま振り返って答えた。

「手続きや金銭面に関しては私が引き受けますのでご安心を。お金は、いつか立派なドルイドになって返してくださいね。」

ローフはしれっと背筋を凍らせることを言いつつ、続きの説明を丁寧にする。


「ゾーノハンナからスカイ学院に通うのはさすがに骨が折れますから、トーク地区付近にある寮に住むことを推奨します。私も来年度から教員寮に移ります。君が所属する白属性と黒属性の合同クラスの副担任になるらしいですからね。」

(まだ先生と一緒に過ごせる!)

マドラの心はじんわりと熱くなった。なんの偶然か、マドラもローフと同じ白属性に決まったのだ。


「なんで対照的な2つの属性が合同のクラスになったの?」


「黒属性は、不人気でしてね。適性があっても、他にわずかでも反応があれば、そちらを選ぶ学生が多いんです。今年も一年コースには5人しかいないそうです。無理もありません。霊魂に直接干渉する力を忌避する者は多いですし、カイウス・ラバの遺恨がありますからね。」


カイウス・ラバ。100年以上前の戦国時代に禁忌を犯し、「奸臣」と呼ばれた史上の大悪党。マドラは、歴史の試験での記憶を手繰り、納得した。


「白属性は、あまり感じなかったかもしれませんが、毎回審査が厳正なのです。人を癒す属性ですからね。君ともう一人の彼は、実はかなり厳しく見られていたのですよ。」

マドラはより強い感慨を覚えた。ゴール四枝である祖父とは違う属性だが、自分にもその血は、確かに流れているようだ。


「属性のローブについては、私のものを分けて差し上げます。本来は公認の仕立て屋に発注するものですが、私たちは、背丈が近いですから、問題なく着られるでしょう。」


――待ち侘びていた瞬間が、あと数か月後に待っている。マドラは、期待ではちきれんばかりの胸を抑えきれず、破顔した。


諸々の書類を書き上げ、学院に提出した。

イオフィス月に入る中秋には、引っ越しの準備も整い、杖も届いた。

年の暮れには、寮での生活を始められるまでになっていた。入学は、翌年414年のケルヌンノス月2日。ゴール暦では、元日の静謐を終えたすぐ翌日が、始まりの合図となる。


ケルヌンノス月2日。

前日は年末年始の《ホロゥウェン祭》で大いに盛り上がったエイドだが、今はスカイ学院の入学式のために厳粛な空気を演出している。特にスカイ学院があるトーク地区には、学章である「黄色の三連星」の旗が至る所に掲げられ、新入生を重々しく歓迎している。


学生寮は、トーク地区の城壁の外側に面している。マドラは軽やかな足取りで寮から出た。ローフが発注した杖を持ち、お下がりのローブを身にまとって。

寮での生活は、まだ本格的には始まっていないが、今のところつつがなく過ごしている。


案内をしている先輩の学生に導かれ、先日の試験でも行った霊樹林に向かった。筆記試験で目を引いた紫髪の少女とは、まだ顔を合わせていない。

今日ここで、白属性の主神ルーとゲッシュを結ぶ。おそらくここで、長らく楽しみにしていた「神の声」を聞くことができる。

ーーマドラの胸は高鳴っていた。


案内された先には、樹齢を他よりもとっているであろう樫の木があり、側にはローフがいた。いつもと変わらない雰囲気だ。


「この木に、杖を翳し、呪文で語りかけてください。」


初めて唱える呪文だ。杖を握る右手の震えを、必死に左手で押さえ込む。

このゲッシュの呪文を唱えてからは、杖を媒介に呪文を使うことができるようになり、ドルイドとしての資格を得ることになる。


「……ゲッシュ・コー・マドラ・ルー。ルーとその魂よ。私はここに、大いなる自然に、自らの魂と体を捧ぐことを誓う。お頼み申す。不詳なる私に白き力を…!」


唱え終わると、マドラは大きく息を吸い込み、目を閉じた。

すると、


≪マドラ・イモルグよ。この私ルーが、汝に光と清めの力を授けよう。≫


男か女かわからない、厳かなトーンで、語りかけてくる声が聞こえた。いや、聞こえてはいなかったかもしれない。「聞いた」という記憶だけが脳に刻まれた感覚だ。


(今の、まさか。)


やっと神の声を「聞く」というところまではきた、のだが、


(……こんなもの、なのか)


声はあっけなく途切れた。残ったのはただの風と静寂。語らいも対話もなかった。


マドラは杖をそっと下ろし、目を開いた。


「終わったようですね。おめでとうございます。」

ローフが微笑んで言った。

しかしマドラの心は晴れなかった。


(やっぱり……根の国に行くしかない)


そのためにも、なんとしても根の国の専門家ビビアン・ホロゥウェンに会う必要がある。その思いが強くなった。

――しかし、実際に神の声が響いた感覚があった以上、神というものの実在は、彼の中で立証された。


「このあとは教室でオリエンテーションになります。南棟の2階、クーシー号室でお待ちください。」


クーシー号室。


ここが、白黒合同クラス、マドラたちの学びの拠点となる教室だ。自然の中にある校舎のため、木漏れ日がさしていた。

床と繋がった木の机に、扉一枚分くらいの大きさの吊るされた木版。これは、フコーカーの修道院でも見ていたものだ。

8台の机が並んでおり、一番後ろに2台、その前に3台、さらに前に3台並んでいる。先客はいない。1番後ろの手前側の席に「マドラ・イモルグ」と書かれた紙片があったため、そこに着席する。


「あっ!やっと見つけたー!」

女子が3人、喋りながら入室してきた。白いローブの子が1人、黒いローブが2人。8人クラスで、黒属性が5人と聞いていたので、白属性はマドラ、ゴドフリー、彼女の3人でおそらく確定だろう。


「てか、全然人来てないじゃん。2人とも、心配性すぎ!」

「え〜?あたしは心配してなかったけど〜、メアリの方がヤバかったよ〜?」

「えっ?!あたし?」

メアリ、と呼ばれていた黒属性のうちの1人は、黒髪黒目で、ゴール人らしからぬ独特の雰囲気を醸し出している。


その後、黒いローブの男子が2人入ってきた。皆揃って、陽キャそのものだな、とマドラは思った。読書をしようと思ったが、彼女たちの話し声のせいで集中できそうにない。こんなクラスに、マドラ・イモルグが馴染めるのだろうか。


誰とも目を合わせないように机に突っ伏していると、誰かが隣の席に荷物を置く音がした。ちらとそちらを見ると、


「あっ」

「…!」


目があった。あの眼鏡をかけた紫髪の少女が、そこに立っていた……薄紫のブラウスに吊るされた、上品な純黒のスカートを揺らしながら。


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