第40話_最後の検収
校舎の影が長く伸びる午後、修繕室の机には最後の検収用の帳簿と、役割札棚から下げてきた札の束が置かれていた。薄い灰色の窓からは橙色の光が差し込み、紙の上に縦の影を作っている。
「じゃあ…始めようか」
由依が声をかけた。大夢、龍平、奈緒子、卓哉、咲子、そして監査人までもが席に着く。最後の検収は、形式以上に「儀式」に近い空気を纏っていた。
大夢が最初の札を手に取る。角丸の厚い札には、黒の太字で——「落ちても拾い、揃えて並べる」と記されていた。
「これは…最初期からずっと差してた札だな」
彼は感慨深げに読み上げ、机の中央に置いた。咲子が隣でうなずく。
「落ちても拾えばいいっていう考え方、みんながすぐ受け入れた。——棚そのものが、そういう仕組みになってたし」
奈緒子は次の札を手に取り、少し笑う。
「「旗を揚げる前に、結び目を確かめる」…これ、誰の?」
卓哉が口元を緩める。「俺だよ。舞台の旗、落ちたのをきっかけに思いついた」
笑いが生まれ、場の緊張が少しほどける。けれどそれも、この場を共有するための一部だ。
帳簿に記録するのは由依の役目だった。太字と細字を使い分けながら、彼女は丁寧に数字を刻んでいく。
——最終日、役割札掲出:延べ276枚。
——うち「個札」:41枚。
——落下:ゼロ。
「ゼロで終われたのは、みんなが「落ちること」を前提に準備したからだと思う」
龍平の声は低く、けれど確信を帯びていた。彼の「善悪が曖昧」な眼差しは、この場では調整役として力を持っている。
検収は続く。由依は帳簿に赤字で一文を添えた。
——「合図を同じ太さに揃えることで、命令の声量を減らし、速さを確保できた」
卓哉が冗談めかして「俺の「おもしろ係(本気)」も効果あっただろ」と言うと、監査人が珍しく声を立てて笑った。
「…あれは確かに効いてたな。棚に笑いを差すなんて、想定外だったけど」
咲子が、棚から外された最後の札を手にする。それは監査人自身が差したものだった。
——「謝るの先に、説明を置く」
「これ、棚に残す?」と咲子が問いかけると、監査人は首を振る。
「いや、持ち帰る。ここで差したのは、ここで区切るためだ」
その声にはもう、後悔や恐れの影はなかった。
最後に大夢が立ち上がり、黒板に一行だけ新しいルールを加えた。
——ルール㊴「札は揃えて並べ、風で揺れても落ちぬようにする」
チョークの音が止まると、部屋には小さな沈黙が訪れた。それは終わりではなく、「続けていく」ための静けさだった。
窓の外、風が校庭を走り抜ける。掲揚塔の旗が一瞬大きくはためき、落ち着く。
誰かが言った。「次は…何を差す?」
答えは出ない。けれど、それぞれの胸の中に角丸の余白は残っていた。
揺れても落ちない札のように、彼らの言葉は確かにここにあった。
放課後リペアログ—修繕帳で世界を直します— mynameis愛 @mynameisai
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