第38話_新しい札の棚

 翌朝、昇降口の掲示板に新しい棚が据え付けられていた。薄い合板に灰青のペンキを塗り、角は丸められている。札を差し込むスリットが四段に並び、上には小さく書かれていた。

 ——〈役割札棚〉。

 由依が脚立の上から最後のネジを締め、大夢が下で支える。龍平は延長コードをまとめ、卓哉は札棚の横に「仮置き」スペースを描いた。奈緒子は掲示板の隙間に水性ペンで「差し戻し不可」の印を添える。咲子はその様子をスマホで撮影し、プリントアウトして横に貼った。森本は既に集まった札の番号を割り振り、透明なラベルを用意した。

 「これで、昨日の「言葉と公開」が形になる」由依が脚立から降りて、両手を払った。

 「役割札って、思ったより自由だよな」大夢がつぶやく。「失敗して学ぶ、でもいいし、水物のふたを閉めるでもいい」

 「自由だからこそ、「札棚」で並べる意味があるんだ」龍平が言う。「線を引かないけど、太さを揃える。誰の札も「同じ強さ」で並ぶ」

 登校してきた生徒たちは、棚の前で立ち止まり、自分の札を差し込んでいく。

 ——「片づけで『次の人』のために手を残す」

 ——「声の窓の見張り」

 ——「水物ふた閉め親善大使」

 札の言葉はばらばらだが、角の丸さと文字の大きさは揃えられている。統一されたフォントはない。走り書きもあれば、几帳面なブロック体もある。それらが等間隔で棚に収まっていくのを見ていると、無秩序の中に秩序が生まれているように思えた。

 「これ、全部そろったらどうなるんだろう」一年の女子が呟いた。

 「何も起きないんじゃない?」咲子が笑う。「でも、「全部がそろっている」ということ自体が、次の修繕になる」

 「…確かに」女子はうなずき、棚に自分の札を差し込んだ。「『朝の一声は、相手の名前から』」

 放課後。監査人が再び校舎を巡っていた。昨日とは違い、封筒は持っていない。手にしているのは、透明なアクリル板に挟んだ一枚の札。

 「監査役も札を出すんですか?」卓哉が声をかける。

 「ええ。例外は作れないもの」彼女は札を差し込んだ。

 ——「誰も抜け落ちないように見届ける」

 黒字に赤い枠が一行、添えられる。

 ——観察:「監査人」の役割札は、他の札と同じ棚に並ぶ。※差し戻し不可。

 「これで完全に、一員ですね」由依が小さく微笑んだ。

 監査人は驚いたように瞬きをし、次いで頬を和らげた。「…そうかもしれない」

 その夜。職員室に、校長が一人で残っていた。机の上には回収された古い「修繕帳」の束。黒い丸がついた紙片が挟まれ、どれも「差し戻し不可」の判が押されている。

 校長は指でページを撫で、呟いた。

 「子どもたちのほうが、よほど上手に使うな」

 そして、新しい白紙を一枚、机に置いた。そこに書き入れたのは——

 ——「見守る」。

 誰にも渡さず、棚にも差さない。ただ、自分の机に貼るだけの札。

 翌日、昇降口の棚にはさらに多くの札が並んでいた。色とりどりの文字が一斉に差し込まれ、棚はひとつの壁画のように見えた。風が通るたび、札の端がカサカサと鳴り、生きているかのように響く。

 大夢はその音を聞きながら、小さく息をついた。

 「もう、「最後の一枚」を気にしなくていいな」

 「うん。——札の数だけ、始まりがある」由依が答えた。

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