第52話 魂の在り処


 熊野本宮での体験は、彼の創作活動において、一つの大きな到達点となった。物語の終着点が見えたことで、彼は、ようやく、本当の意味で、自分の物語の全体像を掴むことができたのだ。

 その夜、本宮近くの温泉宿に泊まった二人は、部屋で、これからのことを話していた。

 「物語の、終わりが見えたんだ」

 彼は、シオンに、大斎原で見た光景について、熱っぽく語った。

 シオンは、彼の話を、静かに、しかし、自分のことのように、嬉しそうな表情で聞いていた。

 「…よかったじゃん。あんた、やっと、自分の還る場所を見つけたんだな」

 「還る場所?」

 「そうだよ。あんたの魂の在り処。作家としての、ね。そこが、あんたの物語の、本当の故郷になる」

 その言葉は、彼がリョウさんに問われた、「お前には、帰る場所があるか?」という問いへの、一つの答えのように響いた。

 彼の帰る場所は、物理的な土地ではない。彼が、命を懸けて彫り上げるべき、物語の世界そのものなのだ。


 「ねえ」とシオンが言った。

 「その物語、完成したら、私に、一番最初に読ませて」

 「…当たり前だろ」

 「約束、だからな」

 二人は、指切りをする代わりに、互いの視線を、静かに交わした。そこには、もう、恋とか、愛とか、そういう言葉では表現できない、もっと深く、魂のレベルでの、強い結びつきが生まれていた。


 翌日、二人は、熊野を後にした。

 彼の旅は、まだ終わらない。物語の骨格はできたが、それを血肉の通ったものにするためには、まだまだ、多くの人々の声が必要だった。

 シオンもまた、彼の旅に、最後まで付き合うことを、決めていた。彼女はもう、世界の終わりを眺めてはいない。彼と共に、世界の始まりを、そして、そこに生きる人々の、小さくても確かな輝きを、見つけ続けたいと思っていた。

 二人は、再びヒッチハイクで、西へと向かった。

 次なる目的地は、高野山。そして、四国、九州へ。

 彼が運転手の物語を書き、シオンがその最初の読者となる。二人の旅は、創造と、批評という、二つの車輪を得て、より力強く、確かな道を、進み始めていた。

 甦りの道で、生まれ変わったのは、彼の魂だけではなかった。二人の関係もまた、新たな形へと、確かに、生まれ変わっていたのだ。

 西の空の向こうに、どんな物語が待っているのか。二人の顔には、かすかな不安と、それを上回る、大きな期待が浮かんでいた。

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