第20話
その後、俺は肉が焼きあがるまでの間、師匠から動物や魔物の素材の剥ぎ取り方について色々と教わった。
俺は最初、『魔物』とは悪魔みたいな魔の者...のイメージがあったのだが...。
どうやら『魔物』とはその生物特有の魔法を使うあまり知性がない生物全般のことを指すらしい...。
そしてその魔物の括りの中にも、獣型は『魔獣』と分類され、まれに言葉を交わす知能をもつ者もいるらしいが...知性も知能も高く人よりも強い力をもつ獣は『聖獣』と呼ばれる事もあるんだそうだ。
(つまり、旅の途中で動物や魔物を狩り、その素材を剥ぎ取っておけば街で売って多少はお金が入ると言う訳か...。)
ちなみに、動物よりも魔物の方が攻撃や防御に特化している個体が多く、必然的にその素材の価値は高くなるのだそうだ。
(沢山倒せば稼げるんだろうけど...何せ荷物になるからなぁ...欲は出せないんだよなぁ...)
俺はその後も、師匠に価値の高い素材の見極め方や、それぞれの魔物の強さなどを聞きながら肉が焼けるまでの時間を潰したのだった...。
そして肉が焼けあがり、俺は師匠に言われてイリアに声を掛けに言った。
(あれ?こっちには居ない...。仕事部屋の方かな?)
俺はイリアの仕事部屋に向かい、扉をノックした...。
「イリアさん、ラビートが焼けあがりましたよ...」
すると扉越しからイリアの返事が返ってきた。
「あぁすまない。私は先に食事を済ませてあるから、あれは二人で食べてくれ。」
(なんだ、もう済ませてたのか...。イリアさん忙しいのかな...?)
俺は何か役に立てないかと思い扉越しにイリアに話しかけた。
「わかりました。ところでイリアさん、忙しいのであればお茶でも淹れて来ましょうか?」
するとイリアは言った。
「気を使わなくて大丈夫だレイド。今、明日デニスに渡す報告書を書いていてな。終わったら自分でやるから気にせずあいつと食べててくれ。」
(そう言えば明日はデニスの日か...。確か師匠が旅立つのは1週間待ってくれと言ってたから...俺が旅立つのもあと1週間ってことになるな...。)
「はい、分かりました。では失礼します。」
俺はその後、師匠のところへと戻りイリアの言葉を伝えた後、2人でラビートを食べたのだった。
そして翌日の早朝...。
「おはようございます!賢者様!剣聖様にレイドも!」
今日は毎週恒例のデニスの日がやってきた。
俺達はいつものように挨拶を交わしてからそれぞれいつも通りに動き始めた。
「よいしょ...っと。デニス、下ろす荷物はこれだけでいいのか?」
「あぁ待ってレイド!あと一箱あるからこれも頼むよ!」
「わかった!」
こうしていつものように俺は荷物を下ろし、その後、走竜たちに井戸から汲んだ水を与えた...。
2頭の様子を見ながらふと後ろを見ると、イリアと師匠はなにやらデニスと話し込んでいる様子だった。
「2頭ともいつも運んでくれてありがとな。」
そう言って額を撫でると、2頭は嬉しそうな鳴き声を上げてくれる。
(走竜か...最初は少し怖かったけど、今となっては可愛いく見えるんだよな...。)
俺は2頭が水を飲んでいる間、側でかっこよくも可愛いその姿を見て、ひと時の癒しを得ていた。
(いつかは旅のお供として一緒に旅するのも悪くないな。)
俺がしばらく旅の妄想を楽しんでいると、走竜は水を飲み終わり満足げに鳴いた。
「さてと...。」
俺は2つの空になった桶を手に取り、井戸の方へ片付けてから3人が居る方へと向かった。
すると、デニスが俺を見るなりすごく嬉しそうに言った。
「あ、レイド!聞いたよ、来週旅立つんだって!?」
「あぁ...うん、実はそうなんだ。」
あまりの喜びように少し驚きながら答えると、デニスが言った。
「しかも自由国家ベルディオンで冒険者になるんだとか!?」
「う、うん!そのつもりだけど...」
(なんかすごくグイグイくるな...。)
するとデニスは俺の手を握って、輝いた目をして言った。
「ならレイド!もし冒険者になったら僕が『護衛依頼』を指名で出すからその時は安く引き受けてくれるよね!?」
(あぁ...!なるほどそう言うことか。)
「あ、あぁ...うん!友達価格で引き受けるよデニス...。」
そう答えると、デニスの表情は満面の笑みへと変わり言った...。
「ありがとう親友!なら、そのお礼と旅立つ祝いとして、来週僕が途中まで竜車で送ってあげるよ!」
「えっ、いいのかデニス!?」
(確かイリアが歩くと3週間ほど掛かるって言ってたし...途中までとはいえ、送ってくれるのならその分街には早く着けるな!)
「もちろんだよレイド!」
「ありがとうデニス。じゃあよろしく頼むよ!」
こうして俺は、来週の今日デニスと一緒にここから出発することに決まったのだった。
そして時は流れ、特に変わることなくいつも通りの日々を過ごしている内に、いよいよ旅立ちの日がやってきた...。
(ふわぁ~っ...もう朝か...。)
俺はいつも通り、ベットから起き上がりまだ完全に目覚めていない体で外の井戸に向かった。
(ふぅーっ...気持ち良いな...。)
俺はいつも通りに井戸水で顔を洗い、うがいでさっぱりしてから寝癖を整えた。
「おぉレイド、いつも通りだな!」
「おはようレイド。」
すると師匠とイリアもいつも通りにやってきた。
「おはようございますイリアさん、それに師匠も。」
俺は二人が顔を洗ってる間に、干してある布を2枚用意して2人に持っていく。
「ありがとうレイド。」
「うむ、助かる。」
そして使い終わった布をまた干せば、1日の始まりなのだ。
(デニスが来たら、いよいよ旅か...。)
俺はデニスが来るのを待つ二人のところへと向かった。
すると師匠が背中を叩きながら言った...。
「いよいよ今日だなレイド!気分はどうだ?」
「いてて...はい師匠。正直、楽しみ半分...不安半分ってとこです。」
思っている事を正直に言うと、イリアが笑って言った。
「まぁ、初めての旅だからな仕方あるまい。」
「ハッハッハ!それもそうか!だが、お前の実力はかなりのもんだ...だからあまり気張らずにな!」
「そうだぞレイド、せっかくの旅立ちなんだから楽しんで行けばいいのさ。それに私も君の実力なら大丈夫だと確信している。」
俺は二人のお陰で元気が出てきた。
「ありがとうございます!俺、転生した場所がここで本当に良かったです!」
そう言って二人に頭を下げると、二人は俺の頭にそっと手を乗せて言った。
「頑張れよレイド。」
「用があればいつでも顔を出しに来るといい。」
(あぁ...温かいな二人とも...。よし!これからまた頑張るぞぉー!!)
「はい!必ずまた会いに来ます!師匠も!次会える日が来た時は、手合わせお願いします!!」
「ほう?それは楽しみだなレイド、では男の約束としようじゃないか!」
俺は師匠から出された手を握り、約束を交わしたのだった。
それから俺は、二人との約束をいつか果たすべく、今後について聞いてみることにした。
「あ、そう言えば師匠はこれからどうするんですか?」
(俺はてっきり、稽古が終わったらどこかに行くと思ってたけど...結局最後までここに居たんだよな...。)
すると師匠は、なんだか気恥ずかしそうに頬を搔きつつ、イリアをチラチラと確認しながら言った...。
「あぁ実はな...俺はもう引退した身だし、今更帰ってもやることもないのでな...その...イリアが良ければしばらくここに残ろうかと思ってだな...。」
(あれ...?師匠の顔、少し赤いような......?へっ...!?もしかして師匠!そう言うことなのか!?)
俺は師匠の素振りで察してしまった...。
するとそれを聞いていたイリアは普段通りの顔で師匠に言った。
「あぁ、私は別に構わないが?」
(えー!?これは...どっちだ?どっちの顔なんだイリアさーん!!!)
「そ、そうか!ならよろしく頼む...。と言う事だレイド!俺もここで待つことにするぞ!」
(師匠...!?え...?いつから?いつからだったんだ!?)
「そうですか...それならここに来れば二人に会えますね!」
(あれ...?ってことは、師匠からしたら俺...お邪魔だったのでは...?)
俺があれやこれやと考えていると、イリアが俺に話しかけてきた。
「そうだレイド。」
「は、ひぁい!」
(やべ、変な声出てしまった...。)
「ん?なんだその返事は...もしかして緊張でもしているのか?」
「あぁ...いえ!なんでもありません!」
俺が誤魔化すと、イリアは首を傾げたあといつも通りの様子で言った。
「これは私からの最後の助言だが...まず、お前の『無詠唱魔法』はなるべく他人には漏らさない様にしろ。」
「は、はい!けどイリアさん...おれ普通の魔法は数えるくらいしか覚えてないのですが...。」
俺が申し訳なくそう言うと、イリアは頷きながら言った。
「あぁ、私が教えたのだからそれは知っている...。なに...あれらの魔法だけで渡り合えとは言わないさ。だからレイド...『無詠唱魔法』を使うときはその魔法に合いそうな詠唱を口に出せばいい。」
俺はイリアの意図を理解した...。
「なるほど!つまり『オリジナル魔法』として周囲に認識させればいいと言うことですね!!」
するとイリアは微笑みながら言った。
「あぁ、そう言う事だレイド。いいか、もし国の偉い奴にでも知られたら必ずお前に追手がかかるだろう。下手をすれば『魔法都市国家エルメア』の学者達も動くだろうし、最悪の場合...お前を引き入れる為に国同士が戦争...と言う事もあり得る...。」
(あれ...?俺ってそんなにヤバい存在なのか...?でも...)
「いやいや流石に戦争は言い過ぎですよね...?」
すると、隣にいる師匠が言った。
「いいや、大いにあり得るぞレイド。現在、近隣諸国は程よい戦力で安定しているが、そこにどこの国にも属していない力をもった奴が現れたとなると、どの国も接触しようと躍起になるだろう。」
(そ、そんな...。)
「じゃあ、俺はこの先どうすれば...。」
すると師匠が笑いながら言った。
「ハッハッハ!まぁそう悲観するなレイドよ!そもそも知られなきゃ良い話だし、冒険者になれば国の政治事に関わる事も禁止される!それにもしそうなったとしたら俺の弟子として、力でねじ伏せてしまえばいい!ハッハッハ!」
(おいおい...。でもまぁ、弱肉強食の世界なんだし、それもアリではあるのか...。)
「まぁ、私個人としては、極力穏便に済ませて欲しいではあるが...命を脅かされるのであればそれもやむなしだろう。とにかくだレイド、お前はもうそれほどの力を手に入れていると言う事だけはしっかりと自覚しておくのだぞ。」
(二人がそこまで言うのなら本当にそうなのだろう...。)
「ありがとうございます二人とも...肝に銘じておきます...。」
(今後は立ち回りを考えなきゃな...。)
俺はこの先の事を考えてついため息を漏らした...。
すると、森の奥から竜車の走る音が聞こえてきた...。
「おはようございます賢者様!剣聖様に、レイドも!」
俺達は元気一杯のデニスに挨拶を交わし、俺は最後の『いつも通り』をこなすことにした。
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