第6話
『ではレイド!私に聞きたい事はありますか?』
俺はしばらく考えてから、いくつかの質問が浮かんだ。
(そうだな...まずレイエルとはこれからも話せるのか?)
『えーっとそうですね...。私は主がいつ目覚めても良いように主の側でお世話をしなくてはなりませんし、目覚めた時にこの世界のこれまでを報告する為に見ていなければならないので、いつでもと言うわけにはいきません...。それに、私はこの世界に深く干渉はできないのです。』
(そうか...ならこの会話が最後になるのか...。)
『そうかもしれません。ですが私はあなたに名前を与えた存在...ならば繋がりがある限りいつかはまたお話しできるかもしれませんね!』
俺はその言葉に安心した...。
(わかったよレイエル。それなら楽しみに待っておく!)
俺は続けて、洞窟にあった半透明のドームについて聞いてみた。
『なるほど...。半透明のドームは恐らく『結界』と呼ばれる類の魔法で、レイドが見た文様と言うのは『魔法陣』ですね。』
(あれが魔法なのか!!)
俺はこの時初めて魔法を知り、いつか使えるようになるかもしれないと思うと胸が高鳴り始めた。
『そうですね。私は『魔法』と言う技術にはあまり興味がなく詳しくはないですが...この世界のほとんどの種族は当たり前のように使っているので、きっとレイドも習得できると思いますよ!』
(よーし!なんか凄くやる気が出て来たぞ!色々と教えてくれてありがとレイエル!)
俺はこのとき、なんだか懐かしいような大きな喜びと期待感が沸いてきた。
『いえいえ!では最後にもう一つ私から贈り物を授けましょう...』
そう言うと、頭上から小さな光の玉が下りてきて俺の顔の前で止まった後、おでこからゆっくりと頭の中に入っていった...。
(レイエル...今のは...?)
俺は特に体に変化を感じないことに肩透かしを食らいながらレイエルに尋ねた。
『先程も言った通り、私はこの世界に深く干渉できません...。ですのでレイドに勇者の様な特別な力を授ける事は出来ないのです...。』
レイエルは少し悲しそうにそう言った。
『これは私からのささやかな贈り物。これでレイドはこの世界で使われている共通言語を理解し話すことができるようになりました。こんなものしか贈れない私をどうか許して下さい...。』
そう、俺は一つ見落としていたのだ...。
世界が違えば、当然言葉や文字も違う事を...。
(レイエル...許すもなにも、今の俺にとっては最高の贈り物だよ!この贈り物もそしてこの名前も!大事に使わせてもらいます!)
そして俺は深々と頭を下げた。
『あ、頭を上げて下さい...!コ、コホン!では最後にレイド...あなたはこれから多くの困難や幸せに出会うかと思いますが、あなたが言っていたように楽しく、そして私が言ったように自由にこの世界を生きてみて下さい。』
(分かった!俺頑張ってみるよ!)
こうして、俺の頭の中からレイエルは去って行った...。
(なんか、少し寂しいな...。次話す時までには何か思い出作らなきゃだな...!!)
「さてと!!」
俺は気を取り直して、食料と水を探しに森へ向かう事にした。
(とりあえずの拠点はさっきの場所にするとして...おっ?あれは...)
森に入ると、実がついている木々がちらほらとあり、俺はそのひとつを取ってナイフで切ってみた...。
(見た目は緑だったけども、中身は白く弾力があって柔らかい...。匂いは...果物っぽいけど...。)
俺はひとまず甘い香りがするその実を少しだけ舐めてみた...。
「これは...甘い!」
(舌も痺れはないし、これなら...!!)
俺は思い切って中身にかぶりついた。
「お、おいしい...!!」
こうして俺は、この世界で初めての食事を摂った。
(しかもこれだけ水分を含んでいるなら、絞ってジュースにもできそうだ...。)
それからその実をいくつか取って、洞窟の入口へと向かった。
(後は湖でもあれば、水浴びしながら洗濯もできるんだけどなぁ...。)
腕に抱えた木の実を見ながら歩いていると、突然前の方から落ち着いた女性の声が聞こえた...。
「おい、そこの君。」
俺は突然の声に驚き、腕に抱えていた実をいくつか落としてしまった...。
「は、はいっ!!」
咄嗟に返事を返して顔を上げると、少し先に30代くらいで整った顔立ちの美人が不思議そうな顔をしながら俺を見つめていた...。
「ちょっと聞きたいのだが...君は人間で間違いないか?」
俺はまさかすぎる質問に少し戸惑いながら答えた...。
「え...っは、はい!人間...?です!」
(え?何その質問...。これ、普通に答えていいんだよな...?俺、人間で合ってるよな...?)
するとその美人な女性は、俺の顔をじっと見ながら目の前まで歩いてきた。
「あ、あの~あなたは一体...?」
俺が尋ねると、女性はまだ人間であることを信用していないのか、俺の顔や体を上から下まで確認し、それからようやく口を開いた。
「うーん、確かに人間だな...。あぁ、すまない。私は『賢者』と呼ばれているものだ。」
そう言うと、『賢者』は姿勢を正し、俺の目をじっと見つめた。
(賢者...?賢者って、髭の長いおじいさんのイメージなんだが...。)
俺が首を傾げていると、賢者は少し驚いた顔で言った。
「お前まさか『賢者』を知らないのか!?」
(やばい...これってこの世界の常識なんだろうか...。あーえと...どうしよう...でも嘘は後々バレたときに面倒になりそうだし...。よし、ここは聞かれた事だけ答えておこう...)
俺はレイエルの話から、なんとなく転生の事は言ってはいけない気がしていたので、レイエルと転生については隠しておく事に決めた。
「えーっと...?はい、ごめんなさい。」
苦笑いしながら答えると、賢者はあきれた顔で言った...。
「まぁ、まだ子供だし知らないのも仕方がないか...。」
(ふぅ...なんとか大丈夫そうだ...。)
すると賢者は続けて言った。
「これでも一応物語になるくらいだから、認知されていると思っていたのだがな...。まぁいい、ところで少年...君は見たとこ冒険者にはまだ早そうだが、何故こんなところに居るんだ?」
(さて、どう説明しようか...。)
俺は脳をフル回転して、これまでのことを客観的に見た場合を想定してから経緯を教えた...。
「えーっと...信じられないと思うんですが...。実は目が覚めたら裸で洞窟の湖で溺れかけてて...。」
チラッと賢者を見ると、怪しむ顔で見ている...。
「それで、自分でもなんでここに居るのか思い出そうとしたんですけど...自分の名前以外思い出せなくて...。」
賢者を見ると次は驚いた表情をしている...。
「それから洞窟を彷徨っていたら骨になった死体があったので装備を頂いて...」
賢者を見ると、怪しむ顔に戻っている...。
「それからまた出口を探して彷徨っていたら半透明の不思議な何かに触れてしまい...」
賢者は何かを考えている様だった...。
俺は賢者の反応でなんとかいける気がしたので、情に訴えかけるように言った。
「そしたら大きな文様が現れて!それに驚いてひたすら走ってたらようやく外に出られて!今はお腹がすいたのでその辺の木から木の実を取って食べてました...。」
話を終えると、賢者は黙ったまま思いつめたような顔をしていた...。
(どうだ...?まぁ、ところどころ少し話は盛ってはいるけど、これくらいなら大丈夫なはず...!)
「...............。」
すると賢者はしばらく黙り込んだ後、吹っ切れたようにスッキリとした表情で言った。
「ふむ、君の事情は大体分かった。目が覚めたら湖で、しかも溺れかけて、そして記憶喪失になってて、つまりは何故こんな場所に居るのか分からないと言うことだな?それで?覚えてると言う君の名前は?」
(よし...!どうにか誤魔化せたようだ......。)
俺は心の中でガッツポーズをし、賢者に名前を教えた。
「は、はい!名前は...レイド。レイドって言います!」
「分かったレイドだな。私は『賢者イリア』イリアと呼んでもらって構わない。それでレイド、名前の他に思い出せる事はあるか?」
俺は無言で首を横に振った。
「そうか...。と言うことは行く当てもないのだよな...?」
今度は無言で縦に振った...。
「ここらか街へ行くとなると人の足では3週間ほど掛かる...。それに道中は魔物や盗賊に会わないとも限らないだろう。」
(魔物!?魔物ってどんなんだ...?てか、とっ...盗賊!?この世界ってもしかしてかなり物騒なのか!?)
俺は前世で人の怖さを知っている...。ただの一般人でも人を殺す奴がいるのに、盗賊が存在すると知り血の気が引いていくのを感じた...。
「それに出来る事なら共に街まで行ってあげたいのだが...私は訳あってこの地から離れることができない...。」
(一人でサバイバルしながら生きようと思ってたが...これはさすがに......)
すると、青ざめている俺を見たイリアは、優しい表情で微笑みながら言った。
「ふむ、ならレイド、しばらく私と暮らさないか?」
俺は美人からの突然の申し出に考え事が吹き飛んだ...。
「へっ...???」
突拍子もない言葉に変な声を出して固まっている俺を見て、イリアは説明しだした。
「あぁ、突然ですまない...。実は私はこの辺りに住んでいてな、一人で住むには十分すぎる家があるのだ。それに、私には頼れる知り合いも居るから君の名前を元に街に家族がいないか調べてもらえるよう連絡してみよう。」
これまで見ず知らずの人に一緒に暮らそうなんて言われた事なかったので、俺はどう答えていいのか迷った...。
(いやでも待てよ...?これってよく考えたらすごく良い申し出じゃないか?話を聞く限りこの世界は前世と違ってかなり物騒そうだし、中身は30代とは言え体はまだまだ子供...。それに身を守れる物はこのナイフだけだし、この体じゃ大人に力では絶対に敵わない...。しかも一緒に住もうと言っているのは『賢者』だ!この申し出を受ければこの世界の知らない知識と魔法だって教えてくれるかもしれない!!)
俺は一応の礼儀としてイリアに聞いた。
「あ、えと...その。イリアさんのご迷惑にならないでしょうか...?」
しかし、気遣いなど無用だと言わんばかりに、イリアは高笑いした後に言った。
「なに、遠慮するな!私は長い間一人だったしちょうど退屈してたとこだ!それに、こんな場所に子供を置いて、見て見ぬふりをして帰るほど私の心は腐ってはいないよ。」
そう言った後、イリアは俺が落とした木の実を拾い集めてくれた。
「それに...記憶も無く彷徨い続けるのは孤独でさぞ辛かろう...それに、私の知り合いが一応身元を調べてくれるとは思うが、もしも記憶が戻らなかった時のことも考慮しなければな...。なに、退屈しのぎ程度に私が色々と教えてやろう。」
そう言ってイリアは背を向け歩き始めた。
(ここまで言ってくれるなんて...。これは断る理由は無いな!よし!!)
俺はイリアについていくことに決めた。
「はい!よろしくお願いしますイリアさん!これからお世話になります!」
笑顔でそう言うと、イリアはチラッと振り返り言った。
「あぁ、それでいい。ほらついて来いはぐれるなよ。」
こうして俺は、異世界で人生初の二人暮らしをすることになったのだった。
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