第14話
俺たちはフィリピンからマレーシア、タイ、バングラデシュ、インドに渡った。どこに定住してもよかったが、どうせなら旅行気分で楽しもうと思い、いろいろ移動した。
数年後、さらに西アジアへ移動。さんざん道中の国を味わって、最終的にアラブ首長国連邦に落ち着いた。日本人街があって住みやすかったのが大きい。
長いこと西アジアで暮らすうち、アラビア語も分かるようになってきた。最初こそ『変なにょろにょろ文字』ぐらいの認識だったのが、今では日常会話はお手の物。
気候の違いにも慣れた。気温は高めだがカラッと晴れた日が多く、日本みたいに湿度高くじめじめしていないから、むしろ過ごしやすいと感じる。
おばあちゃんの知り合いの科学者から援助を受けつつ、こじんまりとしたアパート暮らし。地元で仕事を見つけて日銭を稼ぐ。研究所のバイトからスーパーの店員、ホテルのウェイターまで何でもやった。
やがて日系商社の子会社に就職し、地元企業と日系企業をつなげるコンサルのような仕事に就いた。金融や医療が主力分野で、学ぶことがまたまだいっぱいある。
アリアは家事を覚えた。俺が仕事で家を空けてる間、掃除から洗濯までやってくれる。料理は練習中で、ときどきフライパンを握り潰してダメにする。
それでもひよこ豆をペーストしたフムスはよく作ってくれる。朝にパンに塗って食べるとおいしい。だけど、褒めすぎ注意。張り切って一晩で20kg分フムスをペーストしたときは本当にどうしようかと思った。近所中に配って事なきを得た。
人肉は研究者の知り合いが定期便で送ってくれる。人造人間の実験で失敗作となった個体を加工し、アリアの喰用にしてくれた。鮮度は落ちるが余計なリスクを負わずに済む。
休日は町に出かける。民族衣装のローブを買って着たりする。ローブだから体の大きいアリアでも着やすい。アラビアンナイトのへそ出し肩出し踊り子衣装も売られてた。1番大きいサイズを一揃い買ってみる。
その日の晩、家でアリアが衣装を着る。アリアのたくましくも滑らかな肢体が艶やかに強調される。卓越した三角筋、大胸筋、上腕二頭筋。スカートに透けた大腿四頭筋が俺の欲情を誘った。アリアをベッドに押し倒す。
アリアは抵抗なく仰向けに倒れる。俺が上から覆いかぶさる。紅い瞳が潤んでる。俺は生唾を飲み、ズボンを下ろした。だけど、極度の緊張が下半身をめぐり、股間の膨張を妨げてしまう。
どうしたものかと焦っていると、アリアが優しく微笑み、キスしてくれた。唇を重ねるだけから、だんだんと舌を絡めて熱を帯びる。
大蛇のようなアリアの舌に必シに吸い付く。アリアが俺の舌を噛む。舌の筋を軽く噛み切り、ツゥと血が流れる。
アリアはほっぺをピンクに染めて、俺の血を1滴1滴舐め取る。丁寧に唾液と混ぜて飲み下し、甘い声を漏らす。
胸の内から愛しさがあふれてくる。緊張が解け、下半身に血潮が集まる。俺はパンツを脱ぎ捨て、アリアのスカートを外す。お互いが顔を合わせて、小さくうなずいた。
俺は思いの丈をぶつけた。俺の体の一部を何度も何度もアリアの中へ還す。腰骨と腰骨がぶつかってこすれるくらいに強く、深く、熱く、愛を奥まで注ぎ込む。
涙が止まらなかった。世界一大事な人と愛を確かめ合うのが、こんなに幸せで気持ちいいなんて知らなかった。
アリアも泣いていた。同じ気持ちでいてくれてる。お互いがお互いを心から愛している。それを形にして体に刻みつける。こんな夜が何日も続いた。
半年後、アリアの妊娠した。喜びもあったが、戸惑いもあった。俺たちが子どもを作っていいのか? その資格はあるのか? 取り返しのつかないことにならないか? 自分たちの生い立ちを考えると、少し心配になった。
「だいじょ〜ぶ、アリアとリヴのこだもん、きっとかわいいよぅ」
だけど、何よりアリアが1番うれしそうにしていた。子どもの名前をずっと考えて、ベビー用品を今のうちから買ってしまったりした。
俺も心を決め、産んでもらうことにした。家族が増える。気合を入れて働かないと。俺は仕事に精を出し、家計を支えた。
十月十日が過ぎ、出産。娘が産まれた。アリアに目元が似てる愛しの我が子。小ちゃくてもろい、触れれば壊してしまいそう。抱っこするにも一苦労。
アリアは軽々抱きかかえて授乳する。その手つきはとても優しく、柔らかく、愛に満ちている。昔はスプーンを噛みちぎるほど乱暴だったのに、いつの間にかこんなにも大人になった。
俺たちは成長を続ける。細胞がそうささやいているから。産声を上げた新しい命に、屍喰女の血は紡がれる。ふさわしい業を背負って。
娘はユーリと名付けた。
4年後。俺たちは郊外に家を買った。自然が豊かな大地で平穏に子育てをしている。ユーリは4歳になり、アリアは第二子を妊娠。順風満帆といえる生活。
「ぱぱぁ〜、こ〜えんつれてってぇ〜、こぅえ〜ん」
「分かった分かった。お昼ご飯に間に合うようにな。ママ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。ユーリ、くるまにきをつけて」
「はぁ〜い、いってきまぁ〜す」
ユーリに連れ立って公園へ。元気に野原を駆け回る。大きな病気もしないですくすくと育っている。アリアに似て美人さんになるだろう。
「ぱ〜ぱぁ〜、おいかけっこしてぇ〜、ゆぅりちゃんつかまえてごらぁ〜ん」
「パパに敵うと思ってるのか? よ〜し、すぐ捕まえてやるからな、待て待て〜」
「ひゃ〜」
ユーリの後ろをドタバタと走ると、キャッキャッと喜ぶ。勢いづいて足を速める……途端、足をくじいて転んでしまった。肘を強く地面に打つ。
「ぱぁぱぁ? どしたん?」
「いてて……転んじゃったよ。普段運動しないのに、はしゃぎすぎちゃったな」
「んぉ? おちちぃがでてるよ?」
「お乳? あ、血か。確かにすりむいちゃってるな」
肘は皮が破れて血がにじんでいた。滴るほどの量が出ている。いけないいけない、さっさと消毒して絆創膏を貼らないと。近くにドラッグストアがあったかな。
「……おぉ」
ユーリが俺の傷口を見て、目をまん丸にする。よちよちと近づいてきて腕にしがみつき、肘に顔をくっつける。
「どうした? 汚れるから離れた方がいいぞ」
「……」
「ユーリ?」
「……んぇ」
ぺちょ
生温かい感触。ユーリが舌をチロリと出し、血を舐める。にじんだ血を小さな舌でこそぎ取り、ごくんと飲み込む。俺は慌てて体を離した。
「な、何してるんだ?! ペッしなさい、ペッ!」
「ん、ん〜」
ユーリは指に少しついた血もちゅぱちゅぱ舐め取り、無邪気に笑う。その瞳は紅い輝きに満ちている。俺は戦慄した。
「ち、おいちぃ」
屍喰女は続く。シをいつまでも呼び込んで。
【完】
屍喰女アリアはシがない恋を知らない。 益荒男 正 @kamulo
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