第13話

 次に俺が目を覚ましたのは灰色の部屋だった。高級そうなソファに寝かされている。頭は冴えてるし体はどこも痛くない。さっきまでのことが夢だったかのよう。


 ソファから起き上がる。毛足の長いじゅうたん、今にも落ちてきそうなシャンデリア、難しそうな本がずらっと並ぶ本棚。どれも見たことがあるような装飾。


 部屋の反対側に女の人。窓を開けてタバコを吸っていた。なぜか上裸で、こっちに背を向けている。背中には大きな鹿の入れ墨。金箔の装飾が外の光を受けてきらめいている。


『起きたか、少年ボーイ。待ちくたびれたぞ。想定より2本多く吸ってしまった。我輩の肺がんリスクを高めたこと、反省してもらいたいね』


 ハスキーな声。彼女がこちらを振り向く。銀髪のボブ。白濁の瞳。顔を上下に分ける横一線の縫い傷。薄い唇。不思議と威圧感のある容貌。胸は小さめ。タバコの火を消し、俺に近付いてくる。


「……上は羽織ったらどうですか、みっともない」


 一応女性なのだから肌を赤裸々に見せるのはよろしくない、という理性がまず働いた。彼女は顔をしかめ、しぶしぶコートを羽織った。前は閉めない。もう好きにしたらいい。


『そんなことを気にするか。よもや我輩に欲情するたちでもあるまい』


「ちゃんとしてくださいよ。組織のトップでしょ、あなた」


 俺は彼女に見覚えがある。選挙活動やポスター、チラシで何度も姿を目にした。俺たちが住んでいた水卜みうら市、行政のトップ。水卜市長、その人である。


 銀髪、白濁の瞳、傷だらけの顔、入れ墨(、露出狂)という異形ながらも、事務処理能力はすさまじく、市役所の仕事をほとんど1人で回している。


 それだけではない。警察から病院、消防、学校……全ての公共施設の管理者。水卜市に住むということは、彼女に生命線を握られていることに他ならない……とウワサで聞いている。


『我輩はこれがスタンダードなのだ。文句があるなら出馬して戦いにきたまえ。ん?』


「……遠慮します」


『そうだろう。大人しく長いものに巻かれていればいい。ずっとそうしていればよかったものを』


 市長は白濁の瞳を俺に向けてくる。どこまで見えているか分からない。何も見えていない気もするし、全て見透かされているような気もする。底知れない恐ろしい人だ。


『屍喰いもそれなりに長いこと続けてきたみたいだが、限度がある。氏名アリネームドを殺しすぎたな。もはや我輩でもかばいきれんよ』


「やっぱり、おばあちゃんの手帳に書かれていた電話番号は市長だったんですね、納得です。水卜市の情報が全て集まってくる市長なら、自立支援制度のことも、不法外国人の居場所も、オカルト宗教団体の詳細も知ってておかしくないですもんね」


『その通り。少年たちの行方を察して警官を送り込むことも容易だ。あんなに暴れられたのはいささか予想外だったがね。我輩の手駒が2割消失した。よくやるよ』


「やり過ぎですって。俺まで殺してやったんですから」


『楽しかったろ? ん?』


「……知りません」


『肯定と捉えるよ。全く、若いねぇ』


 俺は市長と流ちょうに会話する。こんなにのんきでいいのだろうか。何か大事なことを忘れてる気がする。


 確か……さっきまで俺は……橋の上で……


 アリ……


 あ


「そうだ! アリアは、アリアはどこです?! あなたがここまで連れてきたんでしょ?! 無事なんですか、生きてるんですか?!」


 俺の幼なじみのアリアがシんだかもしれない。安否を確かめないと。市長の肩をつかんで揺さぶる。市長は俺の手を振り払ったあと、コートの襟を正して咳払いした。


プリンセスか。あれは大分ボロボロだったな。まさにシ力を尽くして戦ったというべき有様だ』


「いいから! 無事かどうかだけ教えてください!」


『それは……本人から直接聞いてみるといい。ん?』


 市長が俺の背後を指差す。心臓がドクンと跳ねた。喉の渇きをつばを飲み込んで潤す。恐る恐る指の先を振り返る。


「んぉ……ふぁ〜あ、よくねたぁにゃ〜お」


 190cmを超える身長があくびを1つ。蒼く光る黒髪、病的なほど透けた白肌、上から下までセーラー服、スカーフがちょっとヨレてる。眠たそうなまぶたからは、紅く輝く瞳が見える。


 胸の底から熱いものが込み上げ、目と鼻からあふれてきた。顔中ずびすびになりながら、彼女に走り寄り、抱きつく。いつもの柔らかさ、たくましさ。赤ちゃんと獣が混じった匂い。幾千の思い出がよみがえる。


「アリア……アリア! よかった、無事で、本当に、本当によかった、よかったよ……!」


 セーラー服に俺の涙で染みができる。構わない。また洗濯してやる。いくらでも、何度でも。やがて大きな手が俺の頭を優しくなで、抱き返してくる。


「うぅん……アリアもよいかったぁ、ひさしぶりぃねぇ、あいたかったよぅ、りゔぅ」


「え? りゔ?」


「りゔぢゃんねぇ、あなたのおなまぇ。わすれちゃってぃ?」


「いや、その……あれ?」


 リヴ。俺の名前。生まれたときに付けられたはず。誰からも? 何のために? 俺だけ? 何のこと? 名前の意味は? 分からない。頭の隅に隠れて出てこない記憶がある。


『ここまでか。もういいだろう、下手に脳の資源リソースを消費するのはやめたまえ。機能に障害が出るかもしれない』


 市長は俺たちをソファに座らせ、自分も反対側に座る。コートのポッケからタバコを取り出し、火を付ける。深く息を吸い込んで、吐く。俺の顔に吐いた煙がかかり、苦い臭いが鼻腔をつく。市長は悪びれもせず脚を組み、口を開く。


『さて、少し話をしよう。少年たちを水卜市から追放する準備が整うまで。ん?』


「何の話です?」


『全部だよ。姫……屍喰女しぐるめアリアと、その祖母、屍喰女イチカ。少年の存在意義に、水卜市という壊れた町について。誰かに吐き出したい気分なんだ。でないと責任者なんてやってられないからね』


 俺はアリアと顔を見合わせる。アリアは優しく微笑んで俺の手を握ってくる。心が落ち着く大きさ、温かさ。俺も握り返す。市長はタバコの灰を落としてから、ゆっくりと語り始めた。


 今から18年前のこと、屍喰女イチカという科学者がいた。彼女は類まれな才能を発揮し、人間の遺伝子を恣意的に操作する技術を確立した。一躍遺伝子学の権威となる。


 日本政府は彼女を厚生労働省に抜てきし、当時大きな社会問題となっていた、超少子高齢化の解決にあたらせた。働き手の減少、社会保障費の増大……日本経済、財政はひっ迫していた。


 彼女は人造人間ホムンクルスを大量生産する計画を提案した。人工的に人口を増加させるのが早期解決の道だとして、政府を説得した。人造人間試験運用が開始されたのである。


 彼女は嬉々として人造人間製造技術の一般化に取り組んだが、前途多難であった。倫理的な問題もあり、公に協賛を募ることもできず、ほぼ独力で研究に臨んだ。


 功を焦った彼女はあろうことか、自分の家族を被験体として実験を行った。その過程で配偶者と息子夫婦をシなせてしまった。


 生まれたばかりの孫娘は実験に耐え、意図しない遺伝子が発現した。タンパク質を体内に留めておけない体質が発現したのである。


 また、テロメアに異常が見られた。タンパク質に反応して自生する症例を確認。彼女はこれを応用し、体細胞を無限に成長させる方法を発見。人造人間製造技術一般化の成功に至った。人間のコピーを無限に作れるように。


 政府はこれを受けて人造人間都市の設立を決定。地方都市の限界集落を隔離、改修し、人造人間を配置した。この人工都市は水卜市と名付けられ、いくつかの町に区分された。生活に必要なインフラも整備して。


 人造人間の組成は通常の人間と同じで、コピー元の情報を継承する。また、電気信号を操作することで任意の記憶を生成できた。これを利用し各人造人間にいくつかの固定観念を植え付けた。


『自分たちには名前が無くて当たり前』


『水卜市から外に出なくて当たり前』


『名前がある人間(オリジナル)には逆らわないのが当たり前』


 ……


 最後に水卜市の責任者として、人造人間の中で最も知能指数の高い個体を市長に定め、全ての権力を握らせた。


 こうして日本のとある場所に、政府機密の人造人間都市が設立された。彼らは国益のために生産活動に従事する。


 都市に幽閉されることに何の疑問も持たないまま。彼らは人間としての『まともなシカク』を与えられなかった。


 そうして屍喰女イチカは報酬として莫大な富を得たが、唯一の気がかりがあった。生き残った孫娘、屍喰女アリアの将来である。


 高タンパク源を常に摂取しないといけない。試行錯誤の結果、人肉が最適だと判明した。さらにテロメアの急成長により、通常の人間より数倍の身体能力を有することが予想された。


 とても通常の人間社会では生きていけない。彼女はアリアを水卜市で育てる決断をした。小学校〜高校があり、比較的治安がよい沙津町を住処に選んだ。


 人肉の調達ルートも確保した。市長に命令して水卜市の死角となる場所をリストアップさせる。そこでなら誰を殺しても事件化しない。痕跡を消す方法も確立させた。それらの情報は手帳にまとめた。


 さらに、両親を実験でシなせてしまった負い目から、アリアが可能な限り寂しくないように、いっしょに成長する仲間、友だち、幼なじみ……家族としての人造人間を製造することにした。


 父親の屍体から採取した遺伝子をベースに、男性乳児の個体を作り上げた。父親を利用した理由は、その方が本能的に親しみやすさを感じると思ったから。


 始めからアリアに添い遂げるために生み出されたこの個体を、彼女はリヴ(=LIVE)と名付けた。意味は、アリアを生き永らえさせるための糧として、有事の際は非常食となるように。


 こうして彼女はアリアを育てるための環境を自ら整え、リヴとともに3人家族で水卜市沙津町での生活を始めた。


 初めの10数年間は、何の問題もなく平和に生活できていた。アリアは実験の影響か脳に障害が生じ、精神的発育が大きく遅れることとなったが、十分に健康体で成長を続ける。


 彼女もアリアとのコミュニケーションに愛情を感じ、科学者としてではなく祖母としての人生を楽しんでいた。


 人造人間を殺して人肉を調達することにも抵抗はなかった。彼らは本当の人間ではないから、シんでも構わない。それよりも人肉をおいしそうに喰べるアリアの笑顔の方が大事だった。


 順風満帆かに見えた彼女だったが、今から7年前、水卜市の存在が政府外にリークされ、その非倫理性を世間に糾弾されるようになった。


 彼女は発起人として矢面に立たされ、激しい追及を受けた。政府は彼女をかばうことをしなかった。全ての責任を被ることになったのである。水卜市の存続も危うくなった。


 窮地に立たされた彼女は、自分の身とアリアの今後の立場を心配し、国外に味方を作ることにした。インドの遺伝子学研究所とコンタクトを取り、経済的支援、技術交流を行う約束を取り付けた。


 最終的には日本を脱出し、インド及び西部諸国に水卜市の代わりとなる人造人間都市を構築する計画まで立てていた。


 6年前のある日、有識者との議論のためにインドに呼ばれた。彼女はアリアとリヴを市長に任せ、4日間のスケジュールでインドへ旅立った。


 それから6年もの間、彼女はまだ帰国していない。旅路で何があったのか、生きているのかどうか、一切が不明。水卜市は創造主を失った。


 市長が代わって対外的に交渉を続けたが、所詮は人造人間、政府を通して外来の侵入を拒み続けることはできなかった。


 水卜市には外からの人間が住み着くようになった。犯罪に手を染め、外での行き場をなくしたはぐれものたちの最果ての地と成り果てた。彼らは抵抗しない人造人間を食い物にし、気ままに余生を謳歌する。


 相変わらず倫理的糾弾も続く。政府は証拠隠滅に舵を切り、水卜市の抹消を検討。軍隊を派遣して人造人間を全て廃棄する、あるいは爆弾を投下して町ごと消去するように。


 こうして水卜市は当初の目的、超少子高齢化に悩む日本の革新的解決策を見出す本義が完全に失われ、内外ともに腐敗した、存在してはならない都市へと変貌。


 その中で、屍喰女アリアとリヴは寄り添って助け合い、人を殺して喰べる屍喰いの習慣を健気に継続し、立派に成熟していくのであった……


『……というのが我輩たち、そして少年たちの全容だね。なんとなく察しはついていただろう?』


「なんとなくは。いくら何でも警察にバレなさすぎですし。町から見逃されてるって感じてましたよ。なぁアリア?」


「んほ? そうなん? し〜らんぺ」


「お前、気楽でいいなぁ」


『我輩は彼女……イチカさんの代わりに少年たちのことをずっと見てきたよ。それが使命とされてきたからね。未熟ながらに屍喰いもよくやってきたと言えよう』


「どうも」


「んぇ〜」


『だが、氏名アリを何人も殺したのはマズかった。外での身元がちゃんと残ってるものたちだ。倫理委員会にも指摘されて、本当大変なんだから』


「そんなこと言われても、俺たちはどれが人造人間でどれがオリジナルか分かりませんし」


「んだんだ」


『見るにたやすい『シカク』があるはずだろう。それが分からないほど愚かだったとは信じたくないが』


「「?」」


『まぁいい。極めつけは文化祭の件だ。まさか白昼人前堂々と在校生を殺すとは。いったい何をしてるんだか』


「あいつは殺されて当然ですよ。俺たちにひどいこといっぱいしたし」


「んん、あいつはゆるせぇんだに。きれちまったぁよ、おで」


『とにかくあの件で少年たちの存在は誤魔化しがきかなくなった。あれを握り潰そうとするなら、高校そのものを抹消せねばならないレベルだ。さすがにそこまでしてやる道理はない、嗜好もないさ』


「ですね」


「もんもん」


『だったらどうするか。少年たちの方を水卜市から出してしまえばいい。遠い町で平穏に暮らすがいいさ』


「手配してくれてるんですか? 俺たちのために?」


「どこいくぅ? やまがたちぇん?」


「国外だぞアリア。山形じゃない」


『まずはフィリピン。それからマレーシア、タイ、バングラデシュ、インド……イチカさんと関わりのあった研究者が少年たちを迎え入れてくれる。人肉も調達してくれるそうだ。好きな国で暮らせばいい。言語の壁は知らん。ボディランゲージでなんとかするんだ』


「それは得意です。普段からアリアと身振り手振りでコミュニケーションとってるんで。なぁ?」


「そだよ〜おけまる〜」


『何よりだ。さて、話をしていたらいい時間になった。直に水卜の港から捕鯨船が出る。それに乗って日本を出るんだ。客船じゃないから乗り心地はご愛嬌。我慢したまえ』


「船だって、楽しみだな」


「おふね〜ぷかぷか〜いいゆだな〜」


「そうだな、昔はお風呂に船のおもちゃを浮かべてたな。アリアが強く握って壊すから、湯船におもちゃの欠片が飛び散って片付けが大変で……本当に困ったんだから」


「それぇ〜、いわないでぇ〜、ひゃぁ〜」


『おい、積もる話はあとにしたまえ。表に車を回してある。さっさと行くがいい。2度と水卜に戻ってくるな』


「言われなくても、俺たちを人殺しの犯罪者にして、警察にボコボコにされる町なんか戻ってきませんよ」


「ばいば〜ぃ、おねぃさぁ〜ん」


 俺たちはソファを立って、扉を開けて灰色の部屋から出る……アリアに続けて俺も出ようとして、振り返る。市長はソファに脚を上げてタバコを吸う。吐いた煙が部屋に漂っては消えていく。


「市長、最後にいいですか?」


『なんだ?』


「市長はどうするんです? 水卜市はもう危ないんですよね? 存在を抹消されそうなくらい」


『あぁ、今この瞬間に消えてもおかしくない。悩みの種が頭の中で膨張して圧迫してるよ』


「だったら市長も逃げた方がいいんじゃないんですか? ここにいたらシんじゃいますよ、俺たちといっしょに来ません?」


『……』


「市長?」


 市長は天井を仰いだ。ひときわ長く深く息を吐き、それから眉をひそめて笑った。


『ハッ、逃げたいのはやまやまだがね。あいにく我輩は水卜の大将だ。大将首を落とさなければ戦は終わらないだろう? 我輩はここでシぬまでが使命だ。誇らしいよ』


 その言葉は本心か分からない。白濁の瞳は何の情報ももたらしてくれない。ただ、声色には一片の恐怖もない。覚悟は決まってるらしい。だったら余計な同情は失礼になる。


 俺は扉に手をかける。これが本当に水卜との別れ。軽く会釈してから外に出る。


『さらばだ、リヴ。アリアを頼んだぞ』


 扉が閉まる。灰色の部屋はもう開かない。耳に残った頼みごとを胸に誓い、アリアのもとへ向かった。


 俺たちは車に送迎され、港へ。大きな貨物船が停泊しており、乗船するよう促される。ほこりっぽくカビ臭い船内の、隅っこの船員室に放り込まれた。窓とベッドしかない質素すぎる部屋。


 最初の停泊地、フィリピンのマニラに着くまでここで数日を過ごすことになる。ベッドがカチカチで腰を痛めそうだな、と思った。


 野太い汽笛が聞こえ、船がゆっくり動き出す。船内は想像より揺れがガタガタ激しい。船自体も傾いていて平行でない。油断してると酔いそう。


 気持ちが悪くなってきたので、俺はベッドの上に丸まって毛布をかぶる。するとアリアもどかんと飛び乗ってきて、俺にひっつく。2人してベッドに丸まりながら過ごす。


「海外、初めてだ。それどころか水卜市の外に出たのも初か。ちょっと緊張するな」


「たのちみぃよ、リヴ。アリアといっしょにいるしぃ、たのちくないわけないもんねぇ」


「そうか……うん、そうかも。楽しもう」


「えやえや」


「アリアはフィリピンに行ったら何したい?」


「ふぃりっぷぅ? なにができるん?」


「え〜っと……俺もよく知らないな。地理の授業でバナナが有名だとは聞いたけど」


「ばにゃぁにゃぁ?! たべぅ! こ〜んなにたくさん! にとん!」


「2トンも食べるのか? すごいな、ちょっと俺にも分けてくれ」


「いぃよ〜、にんげんのおにくもわけたげるねぇ」


「あぁ、向こうでも屍喰いしなきゃな。日本人と肉質とか変わるのかな? どうなんだろ?」


「おたべたべくらべしたかったにぇ、ざぁんねん」


「俺を喰べるか? 俺も日本人だから、一応。人造だけど」


「や! リヴはやぁなのぉ! たべたらなくなるぅ! そんなのやぁ〜あぁ〜ん、ぐすん」


「分かった分かった、俺はいなくならないから。泣かないで、な?」


「おけ」


「うわ、泣き止むの早」


 他愛もない話をして時間を過ごす。波の揺れをベッド越しに感じながら、日夜を繰り返す。やることもないからずっと寝ている。寝つきがよくなるように、子守歌を何度も歌う。


「「ほたるのひかり……♪ まどのゆき……♪ ふみよむつきひ……♪ かさねつつ……♪ いつしかとしも……♪ すぎのとを……♪ あけてぞけさは……♪ わかれゆく……♪」」


 2人で口ずさむこの歌は汽笛に紛れることなく、心をどこまでも穏やかになだらかに広げていく。俺たちは本当に水卜から出た。これから新しい物語が始まる。新しい俺とアリアの、幸せな人生が。


 世界一大切なものを守り抜く。


 今度こそ、きっと。

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