第12話
猛り狂ったアリアが橋に出現。腕をぶんぶん振り回して突っ込んでいく。200人の警官がいっせいに身構える。
『対象、発見! 発見!』
『確保だ! 殺すなよ!』
『麻酔銃の使用を許可する! 撃て、撃て!』
何十もの銃口がアリアに狙いを定め、発射。雨のような麻酔弾がアリアを襲う。だけど、麻酔弾は注射器を撃ち出すもの。普通の銃弾より空気抵抗も大きく弾速ははるかに遅い。
覚せいしたアリアは瞬間移動するかのごとく俊敏な動きで麻酔弾をかわし、かすりもしない。みるみる接近していく。
「ひょほぉっ、うぎゅぅっどぉぉぉ!」
勢いそのまま、強く肩を張って
「ぎひゃっ、ぎひゃひゃひゃひぃっはぁっ、ヒ゛ハ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
『警棒構え! とにかく無力化するんだ! あの方のもとへ連れて行くぞ!』
『『『おぉ!』』』
警察との格闘戦が始まった。アリアが腕を薙ぐと体が弾け飛び、脚を振り抜くと体を貫く。ちぎっては投げちぎっては投げ、武装警官を圧倒する。彼らの血と臓物が橋を赤く彩る。
しかし警察も気合十分。四肢が散り散りになった仲間の屍体を踏み越え、次々アリアに突撃する。シぬ直前までアリアを警棒で殴りつけ麻酔銃を撃ち、アリアの体力を減らしていく。
『日和るな! 突撃突撃!』
『麻酔銃は至近距離で撃ち込め! 確実に当てるんだ!』
恐れを知らない警察の波状攻撃に、思ったより手こずるアリア。40,50と警官をバラバラにする一方、背中に警棒の殴打をくらい、足元がふらつく。その隙を突かれ、とうとう脇腹に麻酔銃をくらってしまった。麻酔薬がアリアの体内に流れ込む。
「おぉっ?! ふむぅ……うぅん……」
アリアの動きが止まり、紅い瞳がとろんととろけ、まぶたがだんだん下りてくる……と思いきや、体をぐわんぐわん振り回し、必シに眠気を払う。
「ぐっぎゅぅぅぅあぁぁぁ! きかなぃっ、きかにゃぁ〜いもぉ〜ん!」
『効いてないぞ?! 1本じゃ足りないんだ、もっと撃ち込め!』
『1人1本! シんでも体に突き刺せ!』
『取り囲め! 動きを止めて隙を作るんだ! いけるぞ!』
足を踏み潰されながら、腕をちぎられながら、ヘルメットごと頭を砕かれながら、麻酔銃を撃つ警官たち。2本目が胴体に命中。アリアの動きがいっそう鈍くなる。
「うっうぅん……?! ぶるぶるぶるっ、ぢぃぃぃっ!」
アリアは声を張り上げるが、明らかに苦戦している。まだ警官は130人は残ってるのに、吹き飛ばす警官の数が減っていき、アリアを包囲する円がジリジリと縮まっていく。
焦った。本当に本当に負けるかも。頭が沸騰する思い。さすがにここまで押し込まれたアリアが、気合だけでどうにかなると思えない。なんとかしなくちゃ。
俺はナイフを握りしめ、物陰から飛び出る。足手まといになるとかは考えてない。たった1人でこの状況をひっくり返せるとも思ってない。
だけど、ここで何もせず指を咥えて見てる男にはなりたくない。アリアのためにできることがあるはずだから。何もしない男には何も起こらない人生しかやってこない。その思いが俺を橋へと向かわせた。
橋の上はアリアが孤軍奮闘、大騒ぎ。警官はみんなそっちを向いて気を取られている。隙だらけ。俺はナイフの刃を構え、アリアを取り囲む円の最後尾にいる警官に静かに近寄る。
重装備だが、可動部は装備が薄い。ヘルメットとベストの間、首周りとか。屈強な男でも弱点は変わらない。刃を首筋に当て、埋めるように刺す。俺には無警戒だったから、簡単に襲うことができた。
『がっ……?! あっ……』
前に120人斬りでやったときと同じ。深く刺してから引き抜かないとシには至らない。警官の首は太く肉厚で、なかなか刃が通らない。両手でナイフの柄を握り、体ごと押し込む。警官がぶるぶる震え、膝を折って崩れ落ちる。
ナイフを引き抜く。ぷしゅっ、ぷしゅぅっと血が噴き出る。警官は首を押さえて血を止める素振りを見せたあと、糸が切れた人形のように地面に倒れた。ピクリとも動かない。シんでくれた。
仲間が倒れたのを見て、何人かが振り返って俺に気付く。突然の襲来に動揺してるらしかった。俺から距離をとって警棒を構える。
『お前が殺したのか?! なんてことを!』
『あの女の仲間?! 男の確保は聞いてないぞ!』
『構うか、こいつも捕まえてしまえ!』
警官がワッと群がってくる。5人。130人……少し減って120人のうちの5人、微々たるものだが、何もやらないよりマシだ。アリアを助けるんだ。1人にタックルして、装備の隙間にナイフを突き立てる。
「うっがぁぁぁ! 俺たちの邪魔してんじゃねぇよ、くっそポリ公がぁ! シねぇ!」
『ぎゃっ?! や、やめろ、こいつ!』
背中をバカみたいに殴られる。皮ふの中で血管が弾けてる。めっちゃくちゃ痛い。だけど、アリアに冗談で素肌に平手打ちされたときの方がもっと痛かった。お前らごとき、アリアの敵じゃないんだ。
頭をガツンと殴られる。一瞬視界が白んだ。何も聞こえなくなり、指先の感覚が消えかけ、ナイフを落っことしそうになる。だけど、舌をかんで気を取り戻す。
「うっぎぃぃぃ! 絶対、絶対殺すぅぅぅ!」
口の中に広がる血と鉄の味を噛みしめながら、ナイフを突き刺し続ける。手首、ひじの裏側、脇、股関節、首……全部1回ずつは刺したころ、警官が目をむいて倒れた。
「っしゃぁぁぁ! 2人目ぇ! 殺すって、きんもちぃぃぃ! っきょぉぉぉぁぁぁ!」
『なんだこいつ、痛くないのか?!』
『ハイになってやがる、イカれてんだよ、こいつら!』
「なんだとぉ?! 俺たちは狂ってねぇ、壊れてもねぇし落ちてもねぇ! ただ精いっぱい、等身大で生きてんだよ! 分かるか?! 分からねぇだろうなぁお前らごときじゃぁぁぁ!」
そうだ、俺たちはただ生きてるだけ。それなのに世界には立ちふさがるものが多すぎる。だったら本気で打ち破るしかないだろう。俺はナイフの血と脂を拭ってから握り直す。
「シんでよぉぉぉ! お願いだからさぁぁぁ! 俺たちのためにシんでくれぇぇぇ!」
次の警官に抱きつく。頭が軽い。体も軽い。痛覚はどこかに落っことしたみたいだ。ナイフが沈む感覚が心地いい。全身全霊で殺しに集中できる。
あぁ、俺はやっと、アリアと同じ瞳を手に入れた。
「ハ゛ナ゛ハ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「ハ゛ル゛ホ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
『な、なんなんだ……こいつら』
橋の上で雄叫びが共鳴する。俺たちはただ生きるために、青臭い若さを振りまきながら、それぞれの武器を振りかざして、群がる命を奪っていった。
いて。
いてて。
いってぇ……
俺は頑張った。頑張ったけど……思ったより限界は早くて。俺の体はもろくて。脚を折られて指を砕かれて頭を割られた。片目は腫れて見えなくなった。キレた警官は結構凶暴らしい。
もうナイフを握る力もない。後ろ手に手錠をかけられるのにも抵抗できない。俺の背後には6つの屍体が転がる。
大金星だろう。特別な力もない、ただの男子が警官6人殺したなんて。俺はへらへら笑って、手錠をかける警官に話しかける。
「すごくないですか? 警官を6人も殺したんですよ? 褒めてくれません?」
『黙れ、名無しもどきが。あの方の命令がなかったら絶対に殺していた』
警官は手錠の鍵をかけ、俺を蹴り飛ばす。地面にあえなく転がる。アゴを打ったと思うが、痛覚がはっきりしないから分からない。
『そこで黙って見てろ。さっさとあの怪物を捕まえないといけないんだ』
遠くで怒号混じりに肉がちぎれる音が聞こえる。アリアはまだ戦っている。多分あと80人くらいだと思う。6人しか減らしてやれなかったが、俺はここまでかな……
俺はどうにか首を上げ、細かく深く息を吸い込む。あとはアリアに頑張ってもらえるよう、エールを送らないと。俺たちの幸せのために。橋の真ん中に向かって叫ぶ。
「アリッアァーーー! 6やった、6ぅぅぅ! 頑張ったよぉぉぉ! でもごめぇぇぇん! 俺終わったぁぁぁ! あと頼むなぁぁぁ!」
アリアの顔がぐりんとこちらを向いた。紅い瞳と目が合う。俺はかすかに笑って、うつ伏せに倒れる。精も魂も声も出し切った。できるだけのことはやった。あとは野となれ山となれ、アリアの沙汰次第。
「頑張れ、大好き……」
地面が温かい。眠気に誘われる。まぶたにも瞳にも焼き付いたアリアの愛くるしい顔に想いを寄せながら、そのまま目をつぶった。
黒い髪……白い肌……
小さい顔……大きい背丈……
紅い瞳……
アリア……
……
懐かしい夢を見た。俺たちがまだ小学校に入る前の、まだアリアの身長が俺と同じくらいだったときのこと。
おばあちゃんが屍喰いで家を空けてる間、『大人しく留守番してるんだよ』って言いつけを破って近くの公園に遊びに行った。
花壇に入り込んで花をちぎったり、カラスに石を投げたり、アリの巣に水を流し込んだり、木登りして枝を折ったりと子どもらしく無邪気に遊んだ。
「こっち、こっち! ハトさんシんでぅ! アリさんいっぱいいてぇ! つぶすのぉ!」
「まってよアリア〜、あしはやい〜、って、うわぁ?」
アリアについていこうして、足を滑らせて転んでしまった。膝をすりむいて、血がにじむ。最初は痛くなったが、つんつんと指でつついてるうちに、じんわり痛みが広がってきた。
「う……うぇぇぇ〜ん、おひざちぃでたぁ〜、いたいよ〜」
俺はわんわん泣いた。子どもは感覚が敏感だから、ちょっと血が出たくらいで全身で痛みを感じる。俺はその場から動けなくなった。
「ぐすっ……おばあちゃん……いたいぃ……ぐすん」
いつもならおばあちゃんが『あれまぁ大丈夫かい?』と抱っこしてくれるが、このときはそばにいない。いつ帰ってくるかも分からない。その不安もあって俺は大いに涙を流した。
そんな俺に、アリアがとことこと近づいてきた。膝を折ってしゃがみ込み、すりむいた跡をじっと眺める。興味津々の顔つき。
「ちぃ、でてぅ……ぷくぷくしてぅ……」
俺の膝におでこをくっつけ、ちろっと舌を出した。何をするかと思えば、舌先で傷口の血をぺろぺろ舐め出した。
「ひゃっ? なにしてん、アリア?」
「ちぅ、んみゃ、んみゃ」
俺はくすぐったさを感じながらも、そのまま舐めてもらった。何分も何分もそうされるうちに、血が固まって、傷口に薄皮が張った。痛みにも大分慣れて、立ち上がれるようになった。
「アリア……ありがと……」
「ちぃ、おいちぃ」
そこからはアリアに肩を貸してもらって、ゆっくり家に帰った。何度もよろよろとよろめいて、アリアまで転びそうになった。
家に着いてしばらくしたら、おばあちゃんが帰ってきた。俺の傷を大慌てで消毒して絆創膏を貼ってくれた。アリアが俺を助けたのを知ると、『えらいね、えらいね』と頭をなでて褒めてくれた。勝手に遊びに行ったのは不問にしてくれた。
あのときのアリアの温もりをずっと覚えている。身長を抜かされて、力で敵わなくなってからも、俺はアリアの優しさを……純粋さを忘れない。
そう、ずっと……
ずっと……
……
まぶたが開く。焼け焦げた臭いが鼻につく。俺に大きなものが寄りかかってる。俺を抱き起こし、背中に腕を回して支えてくれるような格好で。
おでことおでこをくっつけ、薄く開いた紅眼はまばたきもしない。閉じた唇の隙間から血が流れ落ちる。黒髪はバサバサに焼け切れる。白肌は煤と血に塗れる。セーラー服は焦げ付いている。
その体はシンと静まり返り、何の鼓動も聞こえない。熱い血潮も筋肉の躍動も感じない。生命の息吹が欠片も感じられない。それこそ屍体のように。
アリアだ。アリアが動かなくなった。力尽きたのだ。辺りを見渡せば、20人の警官が俺たちを取り囲み、何やら叫んだり話し込んだりしている。
『おい、シんだんじゃないか? いいのか?』
『仕方ないだろ。こっちが全滅しかけたんだ。ここまでしないといけない怪物だったんだよ』
『こりゃあ、あの方からお叱りを受けるかもしれんな』
『とにかく運ぶぞ。車を回せ。担架持ってこい』
そうかぁ、負けたか。さすがに200人は多かった。それでも180人は倒せた。惜しかったな。もうちょっとだった。俺が拳銃でも手に入れてれば違ったかな。後悔してもしかたないけど。
よく見たら、口元に肉の破片がついてる。殺しながら喰べて体力回復したんだな。頑張ったんだな。よくやったよ、俺たちは。
そっかぁ……無理だったかぁ……
うん……
……
……は?
は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は?
バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ
「バッッッカじゃねぇのぉぉぉ?! なぁぁぁに殺してんだよぉぉぉ! 俺のッ、俺の女だぞぉぉぉ! っざっけんじゃねぇよぉぉぉ!」
『暴れ出したぞ! 押さえろ!』
「ウッソだろぉぉぉ?! なぁぁぁ?! ウッソだと言ってくれよぉぉぉ! アリアァァァ! 起きてくれぇぇぇ! コイツら殺そうぜぇぇぇ! よぉぉぉ!」
『引きはがせ! 担架乗せろ!』
『こいつにも麻酔銃撃て! 早く!』
「シんでんじゃねぇってぇぇぇ! 水卜の外に出るんだろぉぉぉ?! いっしょに暮らすんだろぉぉぉ?! 幸せになるっていったじゃんかぁぁぁ! クッソ野郎ぉぉぉ!」
『ジタバタするな! これで大人しくしろ!』
『担架もう1台! 車は別に!』
『病院と連携を取れ! 医者を手配しろ!』
「うぐっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、
ぐふっ……あぁっ……」
『あの方に……市役所に連絡! 今すぐ!』
「りぃ……ぁ……」
こうして俺たちは警察に捕まった。俺も命を懸けて戦って、9割を殺しきったけど、水卜市の外につながる橋を越えるには足りなかった。自分の足で外の世界を見ることは叶わなかった。
俺たちの思い出も、逃避行も、屍喰いも。全てのシが終わりを迎える。
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