第10話
散々屋上で好き好きちゅっちゅっと愛を確かめ合っていたら、午後のシフトの時間に遅刻してしまった。アリアと2人して頭をポリポリかきながらクラスの女子に謝る。そこそこ怒られた。
そこからは熱心に仕事に打ち込んだ。俺は調理場でジュースを注いだりオムライスをレンチンしたりに専念、アリアは相変わらずお客の代わりに飲み食いして喜ばれてる。一気にオムライス10人前平らげて拍手されたりなんかして。
『アリアちゃんもっと食べて!』
『アリアたそいっしょに写真取ろう!』
『アリアちゃんハートマーク作って!』
「んへぇ〜、だいしゅきしゅき♡」
『『『んほぉ〜♡ 俺たちもだいしゅき〜♡』』』
やっぱり笑顔と好きを振りまいてお客を沸かせる。それでいい。周りをかき回して喜ばせるのはアリアのよさだから。いちいち邪魔したりしない。腹を立てたりしない。まだちょっと気にはなるけど。
接客の手が空いた一瞬、調理場の俺と目が合う。にやっと顔を崩して、唇をつんつんする。さっきの熱いキスが思い出されて、胸がドキンとする。小悪魔め。あかんべーで応える。するとアリアも舌を出し、笑って手を振る。そして接客に戻る。
いくら他の男に向き合おうが、褒められていい気になろうが、もう大丈夫。アリアの1番が俺だと分かってしまったから。俺のものだから。あとでいっぱいよしよししてやろう……できたらキスもしたい。クセになっちゃいそう。
そうしてアリアを中心に、メイド喫茶は大繁盛。だんだん日も暮れて人入りもまばらになり、大団円で文化祭を締めくくろうとしたとき……そいつはやってきた。
「メイド喫茶ァ? えれぇ賑わってんじゃン。おもしろそうじゃあねぇのォ、入ってやるかァ」
どかぁん
クラスのドアを蹴破って入店。ド金髪のウルフカット、ギョロッとした目、すきっ歯から漏れるヨダレ、着崩した制服からのぞくタトゥー……
他校のヤンキーを10人殺したとか、ヤクザとの付き合いがあるとか、覚せい剤の密輸に関わっているとか、あることないことウワサが絶えない。乱暴者のアウトサイダー。前の学校を退学になって転校してきた。
いつも学校に来ないが、楽しそうな文化祭には吸い寄せられてしまったらしい。伊藤が入店した途端、他の客が一瞬にして退店した。クラスの女子たちも調理場へ引っ込んでしまう。みんな伊藤を怖がっている。
「おいおいおいおいィ、俺はご主人様だろうがァ? さっさと注文取りにこいよォ、ボケメイドどもォ」
伊藤は真ん中の卓にどかっと腰を下ろし、テーブルをバンバン叩きながらメイドを呼ぶ。不機嫌にさせたらきっと大暴れするだろう。せっかくの店がめちゃくちゃになる。さっさと接客しないと。
だけど女子たちは怖がって近づこうともしない。伊藤がイラついて舌打ちする。そんな中、どすどすと伊藤に近づく大きなメイドさんの姿が。
「お、おきゃ〜りなしぇ〜ませぇ、ごしゅでぃんたまぁ」
「あァ? なんだこのデカブツゥ。こんなんもいるのかよォ」
アリアが堂々と接客についた。みんな固唾をのんで見守る。
「ごっちゅ〜もんもんはおきまりでぇしょ〜かぁ?」
「何言ってっか分かんねぇよォ。ちゃんとしゃべれねぇのかよクソォ。終わってんなァ」
「ごめんちゃぁい。んで、ちゅ〜もんめんはぁ?」
「このオムライスとやら持ってこいよォ、30秒以内なァ」
「あぁい」
アリアがすごすご調理場に戻ってきて、オムライスをレンチンする……しようとして分数が分からず戸惑っていたから、代わりに俺がやってやる。ついでにこそこそ話しかける。
(アリア、あんなやつに付き合わされて大丈夫か? 店から追い出した方がいいんじゃないか?)
(んにゃ、ごしゅでぃんたまぁはごしゅでぃんたまぁだから。ちゃぁんとメイドちゃん、やりきぃるよ、さいごっまっでぇ)
アリアはメイドとしての自覚が芽生えたらしい。あんなやつでもお客として扱う。飲食店員の鑑、真面目さに感動した。いいだろう、そこまで言うなら最後までやらせてやろう。オムライスをもって伊藤のもとへ戻る。
「おみゃ〜んたせしましったぁ、もえもえきゅ〜んなオムライチで〜ちゅ」
「おっせぇよォ。3分は待たされたわァ、アホォ。罰だァ、ケチャップでハートマークかけェ」
「う、う〜」
アリアがケチャップのボトルを構える。まずい、今までお客のを食べてばっかりだったから、マークをかくのはこれが初めてだ。果たしてうまくいくのか……
「うっちゃぁ!」
ぶりゅぶりゅぶりりゃぁん
気合が入りすぎてボトルを握り潰し、中身が全部出てきてしまった。皿からはみ出るくらい山盛りにかかったケチャップ。さすがに伊藤も顔をしかめる。
「ケチャップまみれにしやがってェ、こんなの食えるわきゃねぇだろうがァ! 作り直せコラァ!」
「う〜……」
アリアがケチャップオムライスを抱えてしょんぼり戻ってくる。俺がよしよしと慰めてやりながら、もう1個チン。再び伊藤のもとへ。
「ケチャップはもういいからァ、俺にあ〜んしろォ。ほら、スプーン持つんだよォ」
スプーンを渡されるアリア。俺は調理場から身を乗り出す。あ〜んはダメだろ。そんな恋人みたいな、他のお客にもそこまでやってない。さっきから偉そうすぎる。いくらなんでも止めに入る……
「やぁ」
俺に『待て』と手のひらを突き出してきた。真剣なまなざしを向けてくる。やる気だ、アリアは。店を守るために、あ〜んをあんな男に……
俺は悔しさのあまり、ズボンの上から自分の太ももをひっかく。ミミズ腫れになるくらい。そうしないと気が済まない。
アリアがスプーンを握り、オムライスの先っちょをすくい取り、伊藤の口へ運ぶ。得意げになって大口を開ける伊藤、ぱくっとスプーンを咥える。
すきっ歯でオムライスをこそぎ取り、もっちゃもっちゃと
「なんだァ、あ〜んはうめぇじゃねぇのォ。もっとやれェ、んァ」
うまいに決まってる、晩ご飯のときに毎回俺とあ〜んし合ってるからな。俺がスプーンの使い方とか、一度にすくう量とか、全部教えたんだ。俺があ〜んしてるようなもんだ、この野郎。
伊藤がアリアの差し出したスプーンをぺろぺろ舐めるのを見て、こめかみがピキッと痛んだ。アリアの邪魔はしない、俺が1番なのは分かってる……そのはずだったのに、燃え上がる思いが胸の内から全身を駆け巡る。あ〜んは続く、まだまだ続く……
「んっはァ、いいぜェおめェ、気に入ったァ。もっとこっちにこいィ」
伊藤はどんどん上機嫌に。ようやくアリアをそばに寄らせ、肩や腰に手を回す。調理場を飛び出しそうになる俺を、アリアが『大丈夫』と目配せしてくる。でも……それでも……
伊藤の手はアリアの体を這い回る。アリアはときどき体をビクッと跳ねさせながら、何も言わずに体を触らせている。抵抗できるはずなのに。そんなやつ、一撃でぶっ飛ばせるはずなのに。アリアは我慢する。
「いい体してんのなァ、どこもかしこもでっけぇでやんのォ。俺の女になるかァ? ん?」
髪を触り、肩、背中、腰……そして、その下のお尻をぐわしっとつかんだとき。俺の体は動いた。
「何やってんだてめぇゴッルァァァーーー!」
調理場から飛び出した勢いそのまま、アリアと伊藤の間に割って入り、伊藤の腕を叩き伏せる。アリアは赤眼をまん丸くし、伊藤は腕を押さえて俺をにらむ。それに負けないくらいにらみ返す。
「ってェ……何すんだクソ野郎ォ……」
「こっちのセリフじゃボッゲェ! 黙ってりゃあいい気になりやがって! やっていいことと悪いこと、限度も分からんのかクソゴミィ!」
「黙れよォ、お客は神様だろうがァ、知らねぇのかァ?」
「そりゃあ『お客』は神様だ! 今のお前は違う、ただの『変態痴漢ゴミクソアホバカ男』だ! 敬意を払う理由なんてねぇよ! 帰れ!」
「んだとゴラァ? 俺を誰だと思ってやがる」
伊藤がゆっくりと立ち上がり、詰め寄ってくる。息が獣臭い。首元の十字架のタトゥーに息をのむ。だけど一歩も退かない。後ろにアリアがいるから。こんなやつに近寄らせない。俺が守る。
「どけよォ、その女は俺と遊んでんだよォ」
「絶対どかない。お前なんかが触れていい女じゃない、失せろ」
「はァ〜……」
伊藤が大きなため息をつく。
「さっきからボゲだの失せろだの……調子こいてんじゃぁねぇぞテメェェェ!」
ぐぢゃっ
伊藤が突如右脚を振り抜いた。つま先が俺のみぞおちにめり込む。体が裂けるような痛みと噴き出す吐き気に襲われ、うずくまる。鼻がツンと辛くなって、のど奥からドロッとした胃液がこぼれてくる。
「おめぇみてぇなザコが俺に口きいてんじゃねぇぞォ! シねェ、シねシねシねシねシねシねェ!」
何度も何度も殴って蹴られる。右手でみぞおちを押さえ、左手で頭を守る。無防備な背中や脇腹にモロに蹴りが入り、鈍い痛みが全身に広がっていく。
これでいい。こういうのは俺の役目。アリアが嫌な目に遭わないなら、不良にボコられるくらい屁でもない。
ただ、ちょっと頭がふらふらして、吐き気が止まらないだけ。床に熱い吐瀉物が垂れるたび、『情けないなぁ』『俺がもうちょっと強かったらなぁ』とは思う。
アリアは平気か、大丈夫か……眼球を動かしてアリアの姿を探すと……いた。少し離れたところでぽかんとしてる。石のように固まったまま動かない。
それでいい。アリアが本気で動いてみろ、それこそ頑張って働いたのが台無しだ。メイドさんでいるために、店を店のままで終わらせるために……そのまま沈黙を保っていればいい。
これでいい、それでいいから。
なのに。
「……うきゃっ、うひっ、ひひひぃっ、うっひゃっひゃひゃひゃひゃぁ」
どこかから笑い声が響いた。声はどんどん大きくなる。
「ぶははははははっはぁっ、へぇぁっ、ぐぅぉっ、ぐぅぅぅわぉぉぉっ、ぎぃやぁおぉぉぉぉぉぉ」
だんだんトーンが移り、悲痛な叫び声に変わっていく
「おおおおおおああああああっ、ごおおおおおおああああああああああ!」
黒髪が逆立ち、赤い瞳が燃えるように光り、ドズンドズンと足を踏み鳴らし、拳を握りしめ、うなるような声を上げる。その体はまっすぐ伊藤の方へ。それだけはいけない。全てが無駄になる。
「よせッ、アリアァーーー!」
「キ゛ャ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
「っせぇなァ、んだよォ……」
ばぎゅん
一瞬。伊藤の顔を大きな手がつかんで、握り潰した。目も鼻も口も、肉ごとえぐられて消え失せた。頭の縦の断面があらわになる。
「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
今度は伊藤の腕をつかみ、思い切り振り回す。顔が欠けた体がヌンチャクのように宙を舞う。テーブルを吹き飛ばし、イスを倒れさせ、壁に穴を開け、床にヒビを入れる。
吹き飛ばしたテーブルがクラスの女子男子にぶつかってケガをする。俺は床に転がっていたから当たらなかったが、もはやメイド喫茶は跡形もなくなりつつあった。
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
ひときわ大きく振り回し、窓目がけてぶん投げた。つかんでいた腕がちぎれ、残った体は窓ガラスを突き破り、外へ。そのまま校庭へ落下し、沈黙。伊藤の腕だけが店内に残った。
店の中心には、肩で息をするアリア。伊藤の腕を落っことす。クラスの女子も男子も、何が起こったか分からないという顔でアリアを見つめる。俺もよく分からない。体の痛みを忘れるくらい困惑していた。
恐らくは、殺した。アリアが、伊藤を。どうして? ムカついたから? 尻を触られても何ともなかったのに? どうして急に……
「イ……ア……」
アリアがゆっくりと俺を振り向く。首をガクンと傾げ、紅眼から赤いものを垂れ流す。返り血じゃない、自分の血だ。血の涙を流している。
悲しんでる? 怒ってる? まさか……俺が傷ついたから? 伊藤に殴る蹴るされたから? それまで我慢してたのに怒ったのか? もしそうだとしたら……アリア、お前ってやつは……
お互いに歩み寄り、抱きしめる。相手の温もりを全身で感じるように、強く優しく。アリアの力強い拍動が聞こえる。相手を思いやる気持ちで胸がいっぱいになる。
「ありがとう、アリア、ありがとう……」
「う、う〜……」
この熱い気持ちのままキスしたい、そんな衝動に駆られるが、クラスの女子男子の視線に気づき、頭が冷える。そうだ、みんなの目の前で人を殺した。言い訳できる状況じゃない。
ヒソヒソ話を始める女子、クラスを出てどこかに走っていく男子、スマホを取り出す男子、今にも泣き出しそうな女子……俺たちの異常性を認識し始めている。もうここにはいられない。急がないと。
「アリアッ、逃げるぞ!」
「あぁい!」
俺の合図を待っていたかのように、アリアが俺を抱っこして割れた窓から飛び出す。そのまま校庭へ。ちょうど着地点にさっき投げた伊藤の体があった。思い切り踏んづけ、爆裂四散。粉々になった。
構わずアリアを走らせる。前に遅刻しそうになったとき以上スピードで学校を後にする。はるか遠くで悲鳴が聞こえた気がするが、無視。もう振り返らない。
いつもの屍喰いとは違う。みんなに目撃された。すぐに警察を呼ばれて、指名手配されるだろう。一刻も早くここを離れないと。俺たちは沙津町を……水卜市を出る。
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