第8話

 講堂の中は既に信者でにぎわっていた。虫がうごめいているみたいで、ちょっと気色悪い。目を凝らすと姿が見えてくる。


 パーマのおばちゃん、白髪のおじちゃん……猫背のお兄さん、ピアスだらけのお姉さん……いろんな人がいる。みんなみんな生きているんだ。だからみんなこの場でシぬ。アリアのために、さようなら。


 講堂の中心にステージがあり、それを円形に囲むように座席が配置されている。アリアと2人でステージから離れた席に座る。120人の着席はほとんど完了してる。すぐに扉が閉まるだろう。


 薄暗くて席がふかふかだから、自然と眠気が出てくる。今から屍喰いするというのに、寝てる場合じゃない。自分のほっぺをつねって眠気を払う。すると、肩に重い感触を感じた。嫌な感じがして振り向くと、アリアが頭を預けて寝てしまいそうになっていた。早。


「寝ちゃダメだ~、寝ると殺せないぞ~、気をしっかり保て~」


「あぅあぅ~」


 アリアをなんとか揺さぶって起こしているうちに、がちゃんと重々しい音が響いた。扉の方。扉を席を立って見ると、支部長が扉に向かって何やらいじいじしているところだった。きっと鍵をかけられたのだ。ここはもはや密室になった。


 ステージがパッとライトに照らされ、支部長がステージに上がる。自信たっぷりな足取り。意気揚々とマイクを握る。深く息を吸い込んで、


「みなさ〜ん! 愛、育んでますかァァァ〜〜〜?!」

 

 ハウリングが響くくらいのバカデカ声。講堂が揺れてホコリが舞う。俺たちは思わず耳をふさぐが、周りの信者はウットリと支部長を見つめる。


「ノンノン、返事が聞こえない、愛が足りてませんよ。こんなんじゃワタクシ、悲しくなっちゃいます……オヨヨ……」


 わざとらしい泣き真似。それを見た信者が口々に謝罪を叫ぶ。


『ごめんなさい支部長! ちゃんと返事します!』


『あまりに雄々しい姿に見惚れてました!』


『先生にオラの愛を見てもらうど! うぉぉぉ!』


「もぅ、次は大きい声で返事してくださいね? いきますよ〜、せ〜のッ、愛、育んでますかァァァ〜〜〜?!」


『『『育んでまァァァ〜〜〜す!』』』


 120人の講堂を揺るがす大声量。鼓膜が痛い。


「いいですよぉ〜! みんなの愛、ひしひしと感じ取りました! ただいまから崇愛教水卜支部の愛の礼拝、始めまぁ〜す!」


『『『やったぁ〜!』』』


「ではではまず、教義その1!『愛は体で表す』、みなさん知ってますよねぇ?」


『『『知ってまぁ〜す!』』』


「じゃあ指ハートを作って愛を表してみましょう! せ~のッ、愛ずっきゅぅ~ん!」


『『『ずっきゅぅ~ん!』』』


 なんだこれ。こんなのが礼拝か。ちょっとは真面目な宗教らしさを見せてくれよ。本当に呆れる。こんなんでヤクザと付き合いがあって、脱税もしてたら、悪いウワサも絶えないわな。


 俺の冷ややかな視線をよそに、コール&レスポンスを繰り返し、礼拝という名のコンサートは進んでいく。アリアは完全に寝落ちしてしまった。


 1時間後。まだまだ熱狂冷めやらない講堂に、支部長もどんどんご機嫌になっていく。講堂をぐるぐると見回し、何かを探すような素振りを見せる。そして俺たちの方を見ると、ビシッと指差してきた。


「みなさん、ちょうど今日来てくれた入信の子たちがそこにいますよ! まだ若いのに崇愛教に価値を見出した、前途ある可能性です! 拍手、拍手~!」


 支部長の合図で生温かい拍手に包まれ、120のねっとりとした視線が俺たちを襲う。全方位を囲まれ、俺はいたたまれなさを感じ、怖気づいてしまった。今から全員殺すというのに、いざとなると動けない。アリアは寝ちゃってるし。


「せっかくだから一言意気込みをもらっちゃいましょうか! ステージに上がってきてください! さぁさぁ!」


 支部長がそう言うと、周囲の信者が俺たちを急かしてくる。


『呼ばれてるぞ、早く行きなさい!』


『これも支部長からの愛よ、しっかり受け止めて!』


『あらやだ、こっちの女の子寝ちゃってるわよ?! なんて不真面目な!』


 俺は空気に流され、アリアをどうにか引きずってステージに上がった。アリアは立ったまま寝ている。どうしようもない。支部長にマイクを渡され、ステージの中央に。


「どうぞ。愛を込めて話してください」


 思ったよりステージは高く、ライトはまぶしい。120という数もずっと多く感じる。みんな俺が何をしゃべるかに注目する。講堂がシンと静かになる。口が溶接されたように開かない。喉がキュッと締まって開かない。俺は人前であがってしまうタチらしい。初めて自覚した。


 何十秒か経って、ずっと黙り込む俺。支部長は助け船を出してくれない。席からヒソヒソ声が聞こえる。俺の陰口を言っているのか、それとも俺に興味をなくして世間話をしているのか、どちらにせよ情けない。あぁもう、早く全員シんでくれ……アリア……


「んぁ、おねぃちゃんにまかせいって」


 俺が縮こまっていると、その肩をドンと叩き、マイクを奪う大きな影。アリアが目を覚ました。俺の代わりにステージの中央に立ち、胸を張る。突然のスピーカーの交代に、再び視線が集まる。いったい何をしゃべるのか。アリアが息を吸い込み、マイクに口をつけた。


「あ~んおぁ~てぇすてすてす、たっだいみゃいくのてぇすとちゅうぅ~。ほぉたぁ~るのぉ~ひぃかぁ~ありぃ~♪ まぁどぉ~のゆぅきぃ~♪」


 マイクのテスト中からいきなり歌い出した。いつもの子守歌。あっけに取られる支部長と信者たち。一方俺と言えば、くすくす笑えてきた。


 アリアらしいマイクパフォーマンスに、緊張が解けていく。俺もアリアといっしょにステージの中央に立つ。マイクに顔を近づけて、いっしょに歌う。


「ふみぃ~よむぅつきぃ~ひ♪ かぁさ~ぁねぇつぅつ~♪ いぃつぅ~しかぁとしぃ~も♪ すぅぎぃ~のぉ~とぉ~を~♪ あ~けぇ~てぞぉけぇさぁ~は♪ わぁかぁ~れゆぅ~くぅ~♪」


 アリアとデュエットなんて初めて。結構楽しい。アリアが笑う。つられて俺も笑顔になる。アリアといっしょなら何でもできる。3番まで歌いきったころには、もう人前で恥ずかしいという気持ちはみじんもなくなっていた。


「アリア、もう大丈夫。あとは俺が話すよ」


「だいじょぶ? いけりゅ?」


「いけりゅいけりゅ。待ってて」


「ん、ならよしぃ。いっけぇ」


 アリアが俺にマイクを譲って、一歩下がる。支部長が何か言いたげだったが、アリアが首根っこをつかみ、アゴを握り潰して封殺した。今のうち。マイクに口をつける。


「あ、あ~、みなさん、聞こえておりますでしょうか。聞こえておりますね、はい。俺たちは水卜市立沙津さづ高校の2年生です。今日はみなさんを殺して喰べにきました」


 ざわつく講堂。意味不明ととらえられる発言に、冷ややかな目が飛んでくる。構わず続ける。


「今夜の主役はこの人、屍喰女しぐるめアリア~!」


「ひゅ~、ひゅ~! アリアちゃん、ぱーちーだぉ〜!」


 俺がアリアを指差すと、腕をぶんぶん振り回して応える。支部長の首をつかんだまま。支部長は白目をむいた力なくぶら下がっている。それを見て悲鳴をもらす信者たち。


『ちょっと、支部長に何してんのよ!』


『そこはあんたたちのステージじゃないのよ、降りなさい!』


 やんややんや金切り声が上がり、騒がしくなる講堂。無視して続ける。彼ら彼女らをあざ笑うように。


「さぁさぁどこもかしこもお立合い、地獄の沙汰もアリア次第、12.0人斬りをしてみたい、きっとこの場に積み上がる屍体……屍喰い、Now on stage。アリア、やっちゃって」


「あぃさい! みしりおぅけぃ!」

 

 元気よく返事したアリアは、支部長の頭と胴体を掴み、雑巾絞りのように固く絞る。首がミチミチと捻じれ、顔に血が溜まって真っ赤に膨れ上がる。


「んっちゃぁい!」


 ぶりぃん


 支部長の頭がちぎれる。血が飛び散って、最前列の席に座っていたおばさんの顔にかかる。何が起こったか分からないという顔。


「ほいさぁ!」


 ばっちゃぁん


 アリアが支部長の頭を野球ボールのように投げつけた。そのおばさんの顔にクリーンヒット。お互いの顔が弾け飛び、肉片が辺りに飛び散る。そこまでして、ようやく周囲が事態を把握する。


『『『うわぁぁぁーーー?! ひっ、人殺しぃ! 逃げろぉ!』』』


 既に2人シんで、阿鼻叫喚の講堂。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。みな必シの形相。意味ないのに。何人も出入り口の扉に押しかけ、拳で叩いたり体当たりしたりする。


『開けてくれッ、誰か、誰かぁーーー!』


 だけど、扉はびくともしない。信者ならよく知ってるはず、時限式の扉はあと4時間は開かない。頑丈すぎて破ることもできない。扉のそばでうなだれる。


 なんて気分がいいんだ。ここまでうまくいくなんて。全ての準備が整った。アリアも準備万端。全身をウズウズさせ、黒髪が逆立ち、紅い瞳がギラついている。


「行けアリア! 好き放題やっちゃいな!」


「ウ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 アリアは咆哮とともに大ジャンプ。ステージから飛び降り、講堂の中腹へドカンと着地。テンション高く座席を飛び回り、すれ違いざまに信者を殺していく。ステージの上からよく見えた。


『ぎゃっ』


『ひぇっ』


『いやぁっ』


 爪でひっかけば顔がえぐれ、拳で殴れば体が吹っ飛び、足で蹴れば折れて砕ける。瞬きしてる間に3人はシんでいる。まさに無双、鬼神のごとく。講堂はアリアの狩場と化した。


 ライトに照らされる血が実に鮮やかで、赤からオレンジまで色とりどりの光を帯び、アリアの躍動を美しく彩る。老若男女の断末魔は、屍喰いを通して軽やかな音楽に変わる。まるで野原を舞う1匹の蝶のように、血の海を泳ぎ屍体の山を築いていく。


 俺は最初に殺した支部長の体を立てて、隣に座る。背中をバシバシ叩いて、聞く耳を持たない支部長に語りかける。


「愛って何なんでしょうね。あなたたちが信じたそれは、あなたたち自身を救ってくれませんでしたね」


 遠くでアリアが誰かに馬乗りになって、大腸を引きずり出しているのが見える。


「俺はあれを愛しています。アリアだけじゃなくて、屍喰いそのものを。胸が灼けて股間が腫れあがりそうな情動に襲われるんです。全てに勝る純粋な力、美しさ、可愛らしいさ……そういうものに直面したとき、本当の信仰は生まれるのかも。冥土の土産に覚えていってくださいね」


 返事はない。支部長の体がくたっとへたりこむ。紫のスーツは赤黒く変色していた。俺は静かにアリアを見守る。


 アリアが50人は殺したころ、俺も動き出す。ポッケからナイフを取り出す。ちゃんと研いできたから刃がピカピカだ。今度こそやってやる。覚悟を決めるんだ。


 講堂を見回す。アリアに触れられて生き残ってるやつ、シにきれないで床を這って席の陰に隠れてるやつ。そいつにこっそり近づき、首筋に刃を突き立てる。俺にすがるような目を向け、口をぱくぱくさせる。


『た、頼む……助けてくれ……』


「うるさい、手元が狂う」


 刃をグッと押し込む。人間の皮は意外と分厚い。本気で力を込めて、ようやくプツッと切れ込みが入る。深く刺し込んでいく。皮の下には太い血管があるから、それを突き破る。ビュッと血が噴き出して、顔にかかった。手が緩みそうになるが、まだまだ。


 刃を埋めるように、一息に突き刺す。刃渡り10cm、全部埋まるくらい。この深さでようやく殺すに足る。勢いよくナイフを引き抜く。倒れる人間の体に沿って、鮮血が弧を描く。生温かい血が俺の全身に触れる。


 目の前の人間が失血シしていく。俺がやった。やり遂げたんだ。あぁ、生きてるって感じがする。脳に刺さっていたくさびを取り外したような、天にも昇る感動。アリアはいつもこれを味わっていた、ようやく隣に並んだ。やった、やったぁ……


 噴き出す血の勢いが弱まったころ、それまで人間だったものは屍体に変わる。ピクリとも動かなくなったのを見て、次へ。俺はアリアが殺し損ねたヤツらにとどめをさす。万が一にも生き残りがいてはいけないから。


 はしゃぎ回るアリアの邪魔にならないよう、身をかがめてこっそり講堂を移動する。


「あと70……60人くらいか、頑張ろう」


 ナイフの血と脂を袖でふき取った。


 アリアが殺して殺して殺して殺して殺して、俺も殺す。そんなことを繰り返していたら、とうとうあと1人になった。眼鏡をかけたお兄さん。しぶとく屍体の影に隠れて生き残っていたが、俺に見つかってしまった。


 屍体に引っかかって足をくじいてしまったようで、俺たちが近づいても逃げようとしない。代わりに手を合わせて拝んでくる。


『お願いしますお願いします……外に妻も子どももいるんです……今僕がシんだら路頭に迷ってしまいます……どうかどうか……』


 アリアは俺が握るナイフをじ~っと見てる。


「んにゃ、それ、いい?」


「ナイフか? そこそこの切れ味だったな。いい買い物をした」


「つきゃいたぃ~、か~し~て~」


「いいけど、ベトベトで切れなくなってるぞ?」


「いいから~」


 アリアにナイフを貸した。光り物に興奮してるようで、ふんふんとポーズを決めて面白がっている。やがてお兄さんに向き直り、ニカッと笑った。ズンズン歩み寄り、ナイフを高く掲げる。


『い、嫌だ……シにたくない……』


「ちぇりゃぁ!」


 どすっ


 お兄さんのつむじにナイフを垂直に刺した。ぐるぐるとかき混ぜるようにナイフを回す。お兄さんが白目をむき、顔の穴という穴から血を垂れ流す。


「んん~、せいっはぁぁぁ!」


 ずびゃびゃびゃぁ


 頭から股の下まで、一気にナイフで引き裂いた。体が真ん中の亀裂でパカッと割れ、左右で真っ二つ。眼鏡も二つに割れ、べしゃっと床に倒れ込んだ。


「うぉっせぇぇぇい! おぉわったぁ~!」


「これで120人、全滅か。けっこう隠れてるのがいて時間がかかったな」


 振り返れば、実に凄惨な光景が広がっている。ついさっきまで生き生きとした人間で埋まっていた講堂は、赤の絵の具で塗りつぶしたような血の海が広がっている。誰も彼も体がバラバラになっていて、恐怖に満ちた表情をしている。


 座席に千切れた腕や脚が引っかかり、通路に飛び出た肺や胃腸が転がり、天井のライトに頭がぶら下がっているやつもいる。あそこまで吹き飛んだのか、何をしたんだろう。


 ここからは喰事タイム。ありあまるごちそう、アリアにとってはビュッフェだ。心臓を10個喰べ、脳みそを20個すすり、肝臓、ひ臓、すい臓をそれぞれ30個ずつ……いつもより食欲が刺激されているようで、ひたすらに喰べていった。


「アリア~、うんまいかぁ~?」


「うままぁ~い! いっぱぁ~い! ちょ~ちあわせぇ~い!」


 口に肉片をいっぱいつけながら、満面の笑みで返事をする。アリアが幸せならそれでよし。


「こっちにも心臓あるからな~、遠慮せずにいっぱい喰べるんだぞ~」


「ふぁ~い!」


 俺はアリアが喰べやすいように、屍体を一カ所に集めてやり、ナイフで臓器を取り出して並べてやった。扉の時限が開くまでに、多分40kgは屍体を喰べたと思う。アリアのお腹がぱんぱんに膨らんで、スカートの留め具が閉まらなくなっていた。


 がちゃん、と重々しい音が響いた。扉が開き、俺たちは講堂から出た。空気が新鮮で澄んでいる感じがする。ふとアリアの顔を見ると、ピエロみたいに口周りが真っ赤に染まっていた。


「あははっ、なんだアリア、ひどい顔になってるぞ」


「んむぅ~? そっちだって、おかおまっかっかだぁよ」


「え? マジ?」


 慌てて顔を触ると、確かにおでこのところまで血で濡れていた。それに気づかないくらい夢中で殺し、屍体を触っていたらしい。俺たちは顔を見合わせて笑った。



「あっひゃっひゃっひゃぁ! たのちい、たのちかったんねぇ!」


「あぁ、楽しかったよ。屍喰いってこんな気持ちになれるんだな。初めて知った」


「そだよ~、これからもいぃ~っぱい、ころしていっこうねぇ~」


「そうだな、楽しく殺して喰べていこう」


 片付けの準備をしながら、俺は今一度屍喰いの異常性と中毒性を噛み締めた。

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