第7話
まずアパートの下敷きになった4人を引っ張り出すところから始まった。みんなかろうじて息があったが、きちんとアリアが殴って殺した。
できるだけ散らばった肉片を集めて、変態おじさんの屍体も持ってくる。6人の屍体(うち1人は細切れの肉塊)を並べて、キレイなところだけを喰べる。変態おじさんは意外と内臓がキレイでおいしかったらしい。
喰べるのも終われば片付けの時間。喰べ残しをわっせわっせと山の中腹まで運び、シャベルでえんやえんやと穴を掘る。アリアがショベルカーのごとくスピードで掘ってくれたが、それでも6人がすっかり埋まるだけ掘るのは大変らしかった。
直径2m、深さ1mまで掘ったところで、『かえりにアイスかってぇ、じゃなけりゃがんばるんばむりぃ~』とブーブー文句を垂れていた。仕方ないから買うのを約束すると、倍速したように機敏に掘り進め、最終的に直径4m、深さ3mまで掘ってくれた。住めるくらい広い穴になった。
ぽいぽい屍体を捨てて、肥料を全部投入して白骨化を促進しつつ、土を戻す。穴を埋めて土をパンパン叩いて固めたら、片付け完了。ちょっとした工事くらい地面を掘り起こすことになったが、アリアがいれば重機いらず。
「さぁ、帰ろう」
「アイスゥ~、やくそくぅ~!」
「分かった分かった。コンビニの買い占めてやるから」
「やたぁ~! かえろかえろはよかえろぉ~!」
「こらこら、1人で走っていくな。俺がお金持ってるんだから、自分だけ行ってもしょうがないだろうが。全くもぅ」
帰りに寄ったコンビニで、本当に在庫がなくなるまで買わされた。それを全部一晩のうちに食べ切ってしまって、案の定お腹を壊してトイレにこもった。朝になるまで出てこなかった。
「うふぅ~、ぽんぽんぺいん~……」
「50個も一気に食べるからだ、自業自得だな」
こうして不法滞在外国人屍喰いもつつがなく、アリアの下痢で終わった。俺のナイフの出番はまた今度。次はもっとうまくやってみせる。
次の月曜日、今度は放課後。アリアが帰り道に捕まえたカラスの羽をちぎって遊んでいるのを止めさせてから、次の屍喰いについて話し合う。
「こないだ戦えて満足したろ? 次からは普通のでいいな? またおじさんの酔っ払い殺すぞ」
「ん~えぇ~? い~いけんどぉ~、でもぉ~、でもでもぉ~……」
「何だ、思うところがあるならはっきりするんだ」
「う、う~」
「遠慮するな、ほら」
「う~……い~っぷぁいぶちゃぶちゃころしちゃいたいなぁ~、たべたべしちゃいたぁいなぁ~……って」
「いっぱい殺して喰べたい? こないだ6人やったろ、足りなかったか?」
「もっともぉっとぉ~」
「何人殺したい?」
「100にんくらぁい」
「ひゃっ……ひゃひゃひゃひゃひゃ、100人だぁ~~~?!」
あまりの数字に驚いて姿勢を崩し、側溝に落ちて足をくじいた。だけど、そんな痛みが気にならないくらい、アリアの返事に絶望していた。慌てて言い返す。
「無理無理無理無理、ぜ~~~ったい無理! 小さい村だぞ、100人なんて! おばあちゃんの手帳にもやり方載ってない、諦めろ!」
「やぁ~! ゆうことゆえっていったのそっちぃ~! やりたぁいのぉ~、なんでも100にんころしたいぃ~!」
「だいいち、そんなに殺してどうするの! 喰べきれないでしょ!」
「たべるもん! ぜ~~~んぶぽんぽんにいれちゃるもぉん!」
「ウソつくんじゃない! できるはずない! そんなことありえない! この話おしまい! 帰るぞ!」
「いぃぃぃ~~~やぁぁぁ~~~! もうもうもう100にんがいいいいいいいい~! んあぁ~ん!」
地面に転がって駄々をこねるアリア。セーラー服が汚れるからやめさせたいが、今度ばっかりは言うことを聞いてやれない。さすがにぶっ飛んでる。
アリアにとって人間は喰材と同じ。地平線を埋め尽くすくらい山盛りのご飯を喰べてみたいという心境は分かる。心境は。実現は不可能に違いない。俺はため息を漏らしながら、あの人に電話をかけた。
「……というわけで、一度に100人殺したいっていうんです。さすがに無理ですよね?」
『できるだろ。何を言っている』
「へぇ? できる?」
『100の人間が集まる
「それは……う~ん……」
何も言い返せなかった。100という大きさに、ハナから無理だと決めつけてしまった。改めて考えてみる……アイドルのコンサートとかどうだろう。100人じゃきかない、もっと集まるか。
学校、病院、スポーツの大会、同人誌即売会、フリースタイルダンジョン……案外大勢が集まる状況はあるかも。しかし、ちょうど100人というのが難しい。
もっと多くてもいいけれど、殺し損ねて逃がす可能性が出てくる。屍喰いの目撃者を逃がすわけにはいかない。全員確実に殺せる環境が望ましい。望ましいんだけど……
「いろいろ候補は思いつきましたけど、やっぱり無理ですよ。ちょうど100人で、かつ全員殺せる場が整ってる状況はありません。そんな都合がいいやつら、この世のどこにも……」
『いる。
「はぁ? 本当ですか?」
『本当だとも。知りたいか?』
「知りたいです。さっさと教えてください」
『だったらものの頼み方というのがあるだろう』
「……お願いします」
『聞こえないな』
「……すみません、教えてください」
『我輩は忙しい、切るぞ』
「……俺が間違ってました。どうしようもない雑魚です。こんな頭では思いつきませんので、答えを教えてくださいませんか」
『素直でよろしい。それならば教える気も出てくるというもの』
屈辱。自分が未熟なせいで
『崇愛教という宗教法人がある。その水卜支部が近くにあるはずだ。位置情報は送ってやる。詳しいことは自分で調べろ。もう悔しい思いをしないようにな』
ツー、ツー……
捨て台詞を残して切りやがった。ちくしょうめ。スマホをポッケに突っ込む。とにかく、俺のプライドを犠牲にして、屍喰い100人斬りの目途は立った。アリアを喜ばせてやる。
「ほら、いつまでも寝てないで。100人、やらせてやるから。今週は忙しくなるぞ」
「いえぇ~?! ほんとにぃ~?!」
「本当だよ。頑張ろうな」
「やぁりぃ~! だぁいしゅきしゅきほーるづぅ~!」
するとガバッと起き上がり、すさまじい力で抱きしめてくる。背骨がギリギリと悲鳴を上げる。あの変態おじさんが2つに折れたのを思い出して、ぞっとした。
「分かったから、俺も大好きだから、痛いから、放して……」
「はいさぁい! どぞ!」
「いてて……ハグはもうちょっと加減してな」
「ひゃっくにん、ひゃっくにぃん~! にんにんにぃ~ん! うふふのふ、たのしみぃ~!」
両足でピョンピョン跳ねながら全身で喜びを表現する。本当にうれしそう。その笑顔を見るために俺は頑張ってるまである。ちゃんとやり切らないと。まずは情報収集だ。『崇愛教』とやらを調べる。
その夜、アリアがぐうすぴ寝ている横でこっそり起きて、崇愛教の情報をまとめた。結構ちゃんとしてる(表向きは)団体らしく、Webホームページまであった。
崇愛教は20年前に設立された宗教団体で、設立から5年後に法人格を取得している。愛を全てに勝る頂点とし、『隣人の隣人まで愛していきましょう、さすれば世界に愛の輪廻がめぐって、真の平和が訪れるでしょう』と説いている。うさんくさ。
ホームページにはおじちゃんおばちゃんたちが談笑してる写真がいくつも掲載されている。安全で楽しい宗教であることをアピールしているのだ。だけど、実態は違いそう。
俺はホームページから移って、口コミ掲示板をチェックした。こういう匿名で何でも書き込める場所には根っこの情報がたくさん集まってくる。その分ウソも多い点には注意。『崇愛教』のワードで検索すると、300件以上のスレが出てきた。
『家族が崇愛教に入信してしまった、どうしよう』『崇愛教ってヤバい?』『崇愛教の脱税調査の件』『会費が高すぎる宗教、崇愛教www』『崇愛教の友人が帰ってこないんだけど』……不穏なタイトルばっかり。めぼしいスレを開いて確認していく。
崇愛教はどうやら反社会勢力、また特定政治団体の両方と関わりがあるらしい。強引な勧誘で信者数を増やし、高い会費を押し付ける。支払いを拒否すると、ヤクザだか半グレだかが家まで押し寄せてきて滅多打ちにする。
そうやって会費を集めたら、政治団体へ上納する。今の野党傘下の名前も挙がっていた。小橋法人は収益に税金がかからない。だから政治団体が一時的にお金を預け、後で引き出す貯金箱の役割を果たしているそう。
あくまで口コミ程度の情報だが、火の無いところに煙は立たない。これだけ証言があればさすがにクロだろう。上層部がやってるだけで、末端の信者は何も知らないかもしれないけど、崇愛教は犯罪集団だ。
特に目を引いた情報があった。崇愛教は各支部で月に1回金曜日、礼拝集会を開く。講堂に信者全員集まって、何時間もぶっ通しで礼拝するイカれた所業。講堂の扉は時限式の特注品で、いったんスイッチを入れると、制限時間が経過するまで外からも内からも開かない仕様になっている。扉は15cmの鉄鋼製で、押し破ることもできない。
礼拝の途中で退出しようとする信者を逃がさないために作った扉らしいが、俺たちにとっては
決まりだ。次の屍喰いは崇愛教水卜支部でやる。そこならアリアの願い(ワガママ)を叶えてやれる。100人……が本当に集まるかは分からないけど、多分50人くらいは一気に殺してやれる。そんなにいるなら、俺も殺す練習くらいできるかも。
「今度は俺もちゃんと殺すよ。見ててな」
よだれを垂らすアリアの口元を拭う。すると俺の指を食べ物だと思ったのか、唇で甘噛みしてくる。ふにふに、ふみふみと優しく上下の唇で挟み込まれる。
頭からつま先まで、熱いものが巡った。可愛い……超えて愛しい。赤ちゃんみたい。指をくわえさせたまま、もう片方の手でそっと頭をなでてやる。長い髪はサラサラで、触っていて心地いい。アリアはより静かに深く寝息を立てる。
これが愛か。崇愛教も間違ってないかもしれない。ちょっとだけ屍喰いの相手に共感できる、そんな深夜。
だけど、怪しいオーラはプンプン。屋根の上で100羽のカラスが鳴いている。地面は30匹のネズミが行ったり来たりしている。50体のゴキブリが赤黒い染み?に集まってる。正門の上に掲げられた木製の『愛』の看板が、湿気か何かでぐにゃりと歪んでいる。
オカルトらしい雰囲気といえば聞こえはいいが、陰気臭くて怪しげな見た目。オバケでも出そう。アリアが背筋をブルッと震わせ、俺の腕を握り潰しそうなほどしっかりつかむ。大量の手汗がアリアの内心を表していた。
そう言えばアリアはホラーが苦手だった。昔おねしょしたときも、前の日の夜にテレビで『本当にあるかも? 怖い話』の特番を見ていて、怖くなってトイレに行けなかったからだったのを思い出す。
「大丈夫。今日は人間が100人くらいいるだけで、お化けなんていないから。いてもアリアの方が強くて怖い、そうだろ?」
「う~、そうだけれどもぉ~」
「行こう、建物の中に入れば怖くないよ」
俺はアリアの手をニギニギしてやりながら、慎重に正門をくぐった。前髪パッツンで紫のスーツを着た小柄なおじさんが、ニコニコ微笑みながら俺たちを出迎えてくれた。
「初めまして、ワタクシはこちらの支部長を仰せつかっております、上田ソートと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「あぅお~」
「お若い方が訪ねてくるのは珍しい。入信希望ですか?」
「そうです。ね、お姉ちゃん?」
「おねっ?! おっほぉ! おねぇちゃそ?! むっふぅん!」
突然のお姉ちゃん呼びに大きく動揺するアリア。あたふたあたふたする巨体を思いっきりはたく。
(どこで興奮してんだ、おい。姉弟設定にした方が話がスムーズだろ、合わせろ)
(う、うんむ)
「どうされました?」
「いえ、なんでもないです。俺たち姉弟、崇愛教に入りたくって。今日は集会もあるって話も聞きましたから、ちょうどいいかなって」
「えぇ、よくご存じですね。今日は月に一度の大集会の日です。支部の信者120人が講堂に集まり、5時間たっぷり愛を育む、清らかな礼拝の機会なのですよ」
120人、多い分には問題無い。5時間もあるのか。その間ずっと閉じ込められたまま。トイレとかどうするんだ?
「講堂は時限式の鍵がかかりますから、5時間経つまで絶対に開きません。トイレにも行けませんから、あらかじめ済ませてきてもらいます」
そうらしい。ちゃんと済ませておこう。アリアをお漏らしさせるわけにはいかない。
「お二人も愛の集会に参加されますか?」
「はい、喜んで」
「あいぃ~」
「分かりました。それでは講堂に案内しますので、ついてきてください」
支部長の上田さんの案内で建物の中を進む。中は学校みたいなコンクリート造りで、ちまちまと高そうな壺や絵が飾られている。やっぱりお金は稼いでるみたい。
俺たちもこのあと、『集会に参加したんだから立派な信者だ、会費を払え』といってお金を搾り取られる流れになるんだろう。いいよ、払ってやるさ。誰か生き残りがいたらな。俺たちはしっかりトイレを済ませてから、講堂へ踏み入った。
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