第6話
パパ活女子たちの
次の月曜日、学校のお昼休み。いつものセットを食べるアリアを眺めながら、次の屍喰いの希望を聞いてやる。
「アリアさ〜ん、次は誰を殺りたいですか〜?」
「んむぅ〜、だれでもいいにょ〜ん」
「わっかりました〜」
「あ、いやぁ〜? やっぱぁ〜? たたかえっちゃうやちゅのがいいかもぉ〜?」
「戦えるやつ? どゆこと?」
「ちゅまんないからぁ、さいきん。はごたえないのぉ、みんな。ぽかぽかやられちゃいなだけでぇ」
「あぁ、アリアが一方的に殺すだけで、ほとんど無抵抗だもんな。それがつまんないって言ってるのか」
「そゆこと〜」
「反抗してくるやつと戦ってみたいと。んん〜、でもさぁ、そんなやついるかぁ?」
「いにゃい? あくのそしきぃとかいにゃぁい?」
「悪の組織? ヒーローものの見すぎだって」
「やぁ〜、たたかいたぁい〜、わるわるのやっちゃあ、ぽかぽかのぽんにしてやりちゃいのぉ〜」
「全くもぅ、そんなのいるわけないだろ」
一応、あの人に電話をかけて聞いてみた。
「というわけで、悪の組織が
『舐めてんのか、
「舐めてませんよ。真剣に悩んでるんですから。アリアがちょうどよく勝てそうな悪いやつらがいないものかと」
『その辺のやつらをまとめて殺せばいいだろ』
「人数が多いだけじゃダメなんです。反抗してくる気概がないと。血の気が多いのに弱くて群れてるやつらに心当たりがありませんか?」
『そんな都合よくあると思うか?』
「聞いてみるまで分かりません」
『相変わらず
「どうも。それで、ありますか?」
『あるね』
「ありがとうございます」
『まだ教えるとは言ってない』
「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとう」
『いっぺん殴ってやりたいね、少年。対面で会う機会があれば。約束してくれ』
「はいはい」
ツー、ツー……
しばらくして位置情報が送られてきた。沙津町の隣の隣の隣町、山のふもと。人けが無いどころか誰ひとり住んでなさそうな
「次は山に行くからな。セーラー服の下に長ズボン履くんだ。虫刺されとかあるかもしれないし」
「やまぁ?! むしぃ?! かぶとむしぃ、へらくれすぅ?!」
「今の時期じゃカブトムシはいないな。ヘラクレスオオカブトも最強の男もいない。イモムシかヘビか不審者くらいしかいないんじゃないかな」
「ふしんしゃ! へんたぁい! つかまえりゅぅ!」
「はいはい、変態さんがいるといいな」
変な方向にテンションが上がるアリアをなだめつつ、位置情報を航空写真で見たり、SNSで検索したりして、詳しい情報を集めた。
結論、そこは年季の入ったアパートで、不法滞在外国人の住処ということが分かった。不法滞在とは、在留資格をもたないのに、こっそり日本で暮らすことである。犯罪も犯罪だが、資格の照会が難しく、なかなか検挙できないでいる……とネットニュースで見た。
しかもその場所、とあるSNSの投稿によれば、大麻を栽培している……かもしれないという。大麻とはアサ系の植物の葉っぱを乾燥させたもので、精神作用物質が含まれており、吸引すると一時的に快楽を得られる。しかし中毒性が高く、人体に悪影響を及ぼすとして、日本では規制されている。
タトゥーが入ったアジア系~北欧系の男たちがパーティをしている様子も投稿されている。背景の山の形が隣の隣の隣町のそれと一致しているので、こいつらで間違いないだろう。
投稿された写真に写っている男たちは5人。どれもこれもタンクトップで、ガラが悪そう。手を出せばキレて仕返ししてきそうではある。ちょうどいいや。
問題は、アリアがちゃんとこいつらに勝てるかどうか。素手で人間をバラバラにできるパワーがあるとはいえ、体格のいい外国人と1対5で戦って大丈夫なのか。
ひょっとしたら無傷で済まないかもしれない。ひざをすりむいたり足をくじいたりして、エンエンと泣き出すかもしれない。それはかわいそうだ。万が一に備えて俺も準備した方がいい。ワンチャン殺しを手伝わないと。
俺は屍喰いの前にホームセンターに寄って、木工細工用のナイフを購入。刃渡り10cmほどの簡易的なもの。一刺しで殺すには心許ないけど、重傷を与えるには十分だろう。懐に忍ばせておく。
それと片付けの方法も考えないといけない。おばあちゃんの手帳の屍喰いスポットに無い場所だから。ただこんなときの方法も手帳に書いてあった。内容は単純、『山なら埋めるべし』と。
確かに、山が近いなら埋めればいい。アリアにシャベルを持たせれば、屍体を埋める大穴を掘るのも簡単だろう。そこに肥料をまけば、すぐに白骨化しそう。問題なし。
準備は整った。麦わら帽子と虫かご、虫取り網を本気で持っていこうとするアリアと取っ組み合いの末、なんとか家に置いていかせることに成功した。
金曜日、不法滞在外国人屍喰いの日。俺たちは電車とバスを乗り継いで、隣の隣の隣町の山のふもと、アパート前までやってきた。杉林の中にポツンと建っている。
トタンの屋根がサビていて、コンクリートの壁はひび割れている。アパートというより古びた長屋みたい。今にも崩れそう。
本当に人が住んでいるのかと不安になるが、駐車場にハイエースや軽トラが停まっている。それに中からやかましい話し声が聞こえる。いるにはいるらしい。俺はパーカーのポッケに入れたナイフを握り締める。少し手汗をかいていた。
「突入するぞ、覚悟はいいか、アリア……アリア?」
ふと振り返ると、アリアがいない。静かな木々のざわめきと虫の音ばかりが響く。しまった、目を離した隙に山に入っていってしまったらしい。
「アリアッ、アリア~~~?!」
大声で呼んでもむなしくやまびこが返ってくるだけ。どうするどうするどうする? 山で迷子になったら見つけるのは至難の業。下手に追ってしまうと俺まで迷子になりかねない。山岳救助隊を呼ぶべきか? 善は急げ、すぐに電話して……
「あぁ~い、よんだぁ?」
ぬぽっと戻ってきた。気軽さにズッコケそうになる。
「ど、どこ行ってたんだよ?! 心配したんだからな!」
「へんたいつかまえちゃあ、ほりゃ」
アリアが両手に抱えてきたのは、ハゲ頭のおじさん。裸に女性ものの下着をつけて、ハァハァ息を荒くしている。
『クソッ……まさか山奥でブラジャーをつけて森林浴する趣味を楽しんでいたら、巨体の女子高生に捕まってしまうなんて……それはそれで興奮する……ニチャア』
「わわっ?! 本当に変態捕まえてくるやつがあるか! バッチィ! 元のところに戻してきなさい!」
「んぇ~? ころしちゃあだめぇ?」
「あ、殺してもいいよ。どうせ穴掘って埋めるし、1人増えるくらい変わらんだろ」
「ほいじゃあころすぅ! でぇい!」
『ぐぉっ?! ぎぃぃぃぁぁぁ!』
アリアがおじさんを抱いたまま、ギュギュッと両腕に力を込める。鯖折り。バキバキと背骨が砕ける音がしたかと思えば、背中側にぽっきり2つに折れた。
「その辺の草むらに隠しておきな。後でまとめて埋めるから」
「うぁい~」
変態おじさんの屍体を捨て置いてから、今度こそアパートに向かう。騒ぎ声が1番うるさい部屋へ。どうやら一部屋に全員集まっているらしい。ラッキー。インターホンを……が無いから、ドアをノックする。
返事がない。もう一度。
返事がない。聞こえてないらしい。めんどくさい。拳でドンドン殴りつける。
すると、騒ぎ声が急に止んだ。しばらく待っていると、ドアが10cmだけ開いた。黒い顔がこちらをのぞく。
「Shit, 誰だ?」
「ご注文ありがとうございます~、ドキドキピザのデリバリーです~」
「おいぁ~」
「What, ピザだと? おい、誰が頼んだ?」
男が部屋の中に向かって振り返る。ドアを押さえる力が緩んだ。この隙を見逃さない。
「今だアリア、GoGoGo!」
「ぼぁぁぁい!」
アリアがドアを蹴り飛ばして入室。男が吹き飛んで奥の部屋に転がり込む。続けて俺たちも部屋に土足で上がり込む。
「「「「What happened?! なんだお前らぁぁぁ?!」」」」
「……」
大小さまざまな男たちが計5人、タンクトップで酒盛りをしていた。床には深緑の葉っぱが入った袋が散乱している。部屋の空気も臭い。大麻だ。本当に作ってた。大犯罪者、殺していいな。
「ひゃっふぅ~! アリちゃんマンさんじょぉ! わるわるもんもんどもぉ、せいばいしてくれりゅぅ!」
「よっ、アリちゃんマン、決まってるぅ!」
「そうじゃあろぅ! さぁさ、みぃ~んなころしちゃるぞぉ! かかってらっしゃいなぁ!」
アリアがカンフーっぽいポーズを取って挑発する。男たちのこめかみに血管が浮き、目がたちまち血走り、こちらをにらんでくる。中でもひときわ体格のいい白人の男が、ゆっくりとアリアに近づいてきた。
「F○ck'in boy and girl, ここにベビーシッターはいねぇんだぜ。痛い目見る前にとっとお家に帰りな」
デカい。アリアより大きい身長、たっぷり2mはある。腕も丸太のように筋骨隆々で、アリアの3倍くらい太い。さっき突入したときも1人だけ冷静だった。こいつがここのボスとみて間違いないだろう。
「わるもんめぇ! ぶっつぶしゅ!」
アリアが男に手を伸ばした瞬間、バタンと倒れた。何が起こったか分からない。気が付けばアリアが男に寝技をかけられ、床に組み伏せられている。
「「「「Yeahhh! さっすがボス、
「Goddamn, 俺は
「んむぅ? むんがぁ~!」
「Dumb, 動くな。ひじの関節がキマッてる。下手に動けば折れるぜ」
アリアが他の男に負けている。他の男と体を重ねている。その光景に胸を焦がし、足を速め、ナイフを振りかぶらせる。男の頭目がけて刃先を向け、突っ込む。
「「「「Oh, no?! ボス、危なぁい!」」」」
「Bad! ふん!」
ナイフが男の頭に当たる寸前にかわされ、アリアを押さえつけたままのタックルで弾き飛ばされた。今度は俺が玄関までふっ飛ばされ、ナイフを落としてしまう。男は無傷。情けない、こんな簡単にやられるなんて……
「Punpee, 頭みたいな動かしやすい部位を狙うもんじゃないぜ。狙うなら避けづらい部位だ、胴体とか首元とかな」
こいつ、強い。中学から屍喰いしてきた中で1番強い。まさかこんなことになるなんて。アリアが敵わない相手、俺にもどうしようもできない相手……いったいどうしたら……
「ずぇりゃぁぁぁ!」
ぢゅどぉん
轟音とともに訪れる地響き。アリアが押さえつけられたままの姿勢で、地面を殴り抜いた。クレーターのような穴が空き、アパート全体が震えて傾き出す。
「No way?! どんなパワーしてやがる?!」
「「「「Holy Shit?! 家が崩れるぞ、逃げろぉ!」」」」
男たちの悲鳴間もなく天井が崩れ、みんなトタン屋根の下敷きになった。男たちも無事では済まないだろう。俺だけが玄関にいて外に近かったので、なんとか逃げ出せた。
アパートがぺしゃんこになっている。たくさんの大麻の葉が宙に舞っていて、俺の頭に降ってくる。男たちが違法に築き上げたものが、たったパンチ一発でパァ。
とんでもない光景だが、全てこの目で見た事実。開いた口がふさがらない。しばらくしてアリアが瓦礫の下から這い出てきた。砂ぼこりまみれだが、大きな怪我はなさそう。本人は満面の笑み。
「きひゃひゃひゃ、アリちゃんパンチさくれちゅぅ~! しゅんごいでっしゃろぉ、このぷぁわー! むっきんむっきん!」
満面の笑みで二の腕をムキムキさせるポージングを取る。俺は恐怖にも近い畏敬の念を抱いていた。この生き物は他と格が違う。人間を超越したところにいる。だから人を殺しても許されるし、喰べても平気なんだ。
俺がこの生き物に見初められたこと、そばにいることを許してもらえていることに感謝しないと。心を込めてお世話してやるんだ。そんな気持ちが自然と湧いてきた。
「Ummm……Booo! ようやく抜け出せたぞ、この野郎が!」
ボスと思しき男も瓦礫の下から出てきた。タンクトップを着ていたせいか全身擦り傷だらけで、血が流れている。アリアの目が輝いた。
「ラウンドツーじゃんねぇ、そりゃぁ、ふぁいっ!」
アリアがすっ飛んでいく。男はファイティングポーズをとって迎え撃つ。
「Silly! 何度やっても同じことだ!」
男がアリアの腕をとる。そのままアリアの体の下に肩を入れて、アリアを転がそうとする。
しかし。
「そりゃあさっきみたよぉ! どぉん!」
アリアが腰を深く沈める。男の体が入る余地がなくなり、寝技に移れない。男の体が弾き飛ばされ、距離が空く。
俺は感動した。アリアはこの瞬間にも学習している。どんどん強くなる。広がり続ける宇宙のように、アリアの可能性は無限大。
「F○ck! 柔術を防いだだけでいい気になるなよ! 俺は元々、ボクシングスタイルなんだぁ! Drarararararararararara!」
男がフットワークを駆使したパンチラッシュを繰り出す。アリアもそれにラッシュで応える。千手観音のようなパンチの打ち合いに、俺も思わず息をのむ。
「んっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「Drarararararararararararararara!」
「ほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅほぅ!」
「Drarararararararararara……!」
「おっほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほんほん!」
「Drarararara……?!」
男がどんどん息切れするのに対し、アリアはどんどん勢いを増す。瞬く間にパンチの数が倍々になり、男を押していく。
「ケ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛」
「Ouch?!」
男の手が止まり、アリアのパンチをモロに食らう。30mは吹き飛んだところへ、アリアが全速力で追いかける。思い切り踏み切って高く飛び上がり、くるくる回ってライダーキック。
「とっどめぇ~! アリちゃんライダァ~、きぃぃぃ~~~っく!」
「Shit, Damn, F○ck you------!!!」
どばっしゃぁん
アリアのつま先が男の体にめり込み、そのまま足首、脚、胴体、頭まで通り抜け、破裂。四肢爆散。細切れの肉塊がバラバラと辺りに落ちる。タンクトップの切れ端が俺の足元にヒラリ舞い落ちた。
こうして歴代最強の男は、屍体すら残らずシんだ。一時はどうなることかと思ったが、
「アリア、やったな。お疲れ様」
「ふ~っ、ふぅ~っ、きっひゃぁ~! たんのしかったぁ~! あいつぅ、めぇ~~~っちゃつよかったぉ! すんごいおもしろおかしい! へんたいつかまえるよりよっぽど!」
「そりゃそうだ。で、1つ気になることがあるんだが」
「ふぅ、あいさぃ?」
「こんなにバラバラに殺しちゃって、喰べられないけど。いいのか?」
「……あ」
「もったいない。せっかく引き締まった体のいい肉だったのに」
「んぉあぁぁぁ~~~?! せじゃぁん~~~! なぁんでおしえてくんなかったぁ~!」
アリアは俺の体をガクガク揺さぶる。いや俺のせいじゃないって。戦うのが楽しすぎて後で喰べることまで考えてなかったな。やれやれ。
「まぁ瓦礫を漁れば他のやつらの屍体が出てくるかもしれないし、それで我慢しな。最悪変態おじさんもいるし」
「うべぇぁ~、つんよいやっちゃぁ、たべたべしたかったんよぉ~」
泣きべそをかきながらガラガラと瓦礫をどかすアリア。そのそばに、俺がさっき落としたナイフがあった。拾い上げると、どこにも血はついてない、新品みたいにキレイ。アリアは全身血まみれで戦っていたというのに。
「俺はもう少ししっかりしないといけないな。殺すなら本気でやらないと」
「んぇ? なんかゆぅた?」
「何にも言ってないよ。さっさと喰べるもん喰べて、片付けしよう」
俺はナイフをしまって、家から運んできたシャベルを取り出す。『気持ちの切り替え切り替え』と自分に言い聞かせた。
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